利用なんてしていません
前半にルーファスの出番が少ないなと思ったので、追加しました。
4話からルーファスの出番を増やしていますので、先にそちらを呼んだ方が違和感がないかもしれません。
ソフィー様の部屋から玄関まで向かう途中、私は廊下で待ち構えていたルーファス様に呼び止められた。
どうやら私に話があるようで、庭に付いて来て、と言われてしまう。
上位貴族のルーファス様に言われたら断ることもできず、私は大人しく彼の後に付いていった。
しばらく歩いて、誰もいない場所へとやってきたルーファス様が振り返った。
「あんた、何が目的なの?」
「どういうことでしょうか?」
「それは、その……聞かないとモヤモヤしたままだし、僕が安心できないっていうか、確かめたいっていうか、違っていて欲しいというか……。ともかく! クレイグ殿下に好かれるために姉さんに協力しているって言うけど、あんたに何のメリットもないけど何でって聞きたいの」
「……分かりました。たった今、メリットがないと仰いましたが、私にメリットはございますよ?」
「それ、バーネット侯爵家に恩を売ろうとしているとかじゃないよね?」
なぜかルーファス様は不安そうに私を上目遣いに見ている。
美少年の上目遣いは破壊力が抜群だわ。
……そうじゃないでしょう! 私はソフィー様の幸せのために協力しているのよ!
バーネット侯爵家に恩を売るためじゃないってちゃんと否定しないと。
「違います。御存じないと思いますが、ソフィー様は私の恩人なのです。ひとりぼっちだった私に手を差し伸べて下さり、側にいることを許して下さった方。そのようにお優しいソフィー様を尊敬しておりますし、恩を売るなど考えたこともありません」
「……本当に?」
ルーファス様から確かめるように聞かれ、私は力強く何度も頷いた。
「ソフィー様を利用しようなどという浅ましい行いはしておりません!」
「でも、恩人だからってここまでする?」
「します! 私はソフィー様の幸せを望んでいるのですから!」
力強く私が言い切ると、ルーファス様から肩の力が抜けたのが分かった。
はぁ、と息を吐いた彼は大分落ち着いたようで最初のときのような態度ではなくなっていた。
「あの、ルーファス様。私は本当にソフィー様を利用しておりません。信じて下さい」
「……あんたが姉さんを尊敬しているっていうのは、今の言葉でよく分かったよ。疑ってごめん。そうじゃないって知ってちょっと安心した。あ、安心したっていうのは、姉さんが傷つく結果にならないってことに安心したって意味で、あんたが利用していたことに安心したわけじゃないからね!」
「はい。ルーファス様はお姉様想いなのですね。私は一人っ子なので羨ましいです」
「そういうことでもないんだけど……。まあ、それでいいか。ところで、あんたは自分の幸せは考えていないわけ?」
「私は地味で平凡な女ですから、目立たないことが幸せに繋がりますので、今は幸せですよ?」
意味が分からないといった風にルーファス様が眉を寄せる。
そうよね。可愛らしい彼からしたら何を言っているのかって思うわよね。
「……あんたのどこが地味で平凡なわけ?」
「え? 見た目ですが」
「はあ!? 僕と至近距離で見つめ合っても狼狽えもしなかったあんたが平凡な女なわけないでしょ! 普通の女は頬を赤らめたり、上目遣いに僕を見てきたりするの!」
「あれは、そうなると事前に分かっていたから動揺しなかっただけです。不意打ちだったら、きっとそうなっていました。それに、至近距離で拝見したルーファス様のお顔は大変お綺麗でしたよ?」
役得だな、なんて思っていたもの。
そして、褒められたルーファス様は顔を赤くさせて口をパクパクと動かしていた。
これはどういう反応なのかしら? 予想外のことを私が言ってしまった?
「そんな顔をしていなかったじゃない! 本当にそう思っていたの? あのときは僕を男として見ていなかったでしょ」
「それは、ルーファス様がソフィー様の弟君ということもありましたし、私のような人間がときめくなど、おこがましいという気持ちもありまして」
私が口にすると、ルーファス様はその場に蹲ってしまった。
何やら小声でブツブツと呟いているけれど、断片的にしか声が聞こえてこない。
動揺だとか馬鹿みたいだとかかすかに聞こえてくる。
「どうなさったのですか?」
見ていられなくなって私が声をかけると、物凄い勢いでルーファス様が顔を上げた。
若干涙目になっている彼はすぐに立ち上がり、私に近づいてくる。
「あの」
「これだけ狼狽えているのに、平然としているのを見ると僕が馬鹿みたいに思えるんだけど」
「何を仰っているのですか?」
「……えい!」
可愛らしい声とともに、ルーファス様が突然、私の手を握ってきた。
思いも寄らなかった行動に私は驚きで目を瞠る。
自分のではない手のぬくもりを感じてルーファス様の手って意外と温かいんだな、なんて私は思っていた。
「どう!? ちょっとはドキドキした?」
「はい。驚きました」
「そっちのドキドキじゃない! 今のは不意打ちだったでしょ! だったら動揺したり頬を赤らめたりしなよ!」
なんて理不尽なことを……!
正直、なんとも思っていない方から手を握られても恥じらったりしないと思うのだけれど。
ああ、でも恋愛小説のヒロイン達は恥じらっていたわよね。
なら、私は女性として失格なのかもしれないわ。
「申し訳ありませんでした。淑女としてあるまじき行為でした」
「いや、淑女としてじゃなくてさ。僕を男として見ていたら、喜んだりするでしょ、普通」
「喜ぶ……。いえ、私のような人間には勿体ない感情かと」
これ以上ルーファス様を刺激しないように、私はいつものように曖昧に笑って誤魔化してみせる。
でも、彼の癇に障ったのか、ますます不機嫌そうになってしまった。
私から手を離したルーファス様は、ジッとこちらを見つめている。
「その、私のような人間っていうの止めなよ。聞いててイライラしてくる」
「ですが、事実ですし」
「事実? 何? もしかして誰かに馬鹿にされでもしたの?」
「まあ、そのような感じです」
さすがに過去の出来事をルーファス様に言うことはできないわ。
無闇に傷を抉りたくないし。
「そうやって言われ続けてきて、下を向いているわけね」
「いえ、言われたのは一回だったのですが」
「はあ!? 一回でそれ? ちょっと脆いんじゃないの? 大体、一回だったら、そいつが意地悪で言っただけじゃないの? 真に受けるなんてどうかしていると思うんだけど」
キツイ言葉に私は下を向いた。
分かってる。ルーファス様の言いたいことも理解しているわ。
昔の私だったら、一人の方に言われたくらい鼻で笑って終わっていたと思うもの。
だけど、あの場のほぼ全員が私を笑っていた。客観的に見ても不釣り合いだと思ったからこそ笑われたのよ。
反論しようと私が顔を上げると、真面目な顔をしたルーファス様と目が合った。
「僕は地味だとは思わなかったけど」
「ルーファス様?」
「何があったのかは知らないけど、自分で思い込んで傷ついて周囲の目に怯えるのは馬鹿らしいと思うんだけど。そいつらを見返してやろうという気概はないわけ?」
「見返すなんて……。私には無理です」
ルーファス様は私を地味とは思っていないと言っていたけれど、やったところで笑われて終わるのは目に見えている。
落ち込んだ様子の私を見て、もしかしたらルーファス様は励まそうとしてくれたのかもしれない。
どうでもいい相手なら、ここまで言ってはくれないもの。
きっと、彼は言い方がキツイだけで優しい方なのだわ。
胸が温かくなっていると、ルーファス様は呆れたような表情を浮かべている。
「本当に自分に自信がないんだ……。それでよく姉さんに協力しようと思ったね」
失望しているみたいな言い方に私の胸がズキリと痛んだ。
不器用ながら私を励ましてくれたルーファス様から、これ以上失望されたくない。
「自信がないなりに、私はソフィー様を助けたいと思ったのです。ソフィー様が笑って下さることを望んでいるのです。ですので、協力したいと思いました」
「行動力があるんだか、ないんだか分からないね。それに、姉さんと接しているように振る舞っているあんたは、少なくとも生き生きとしていたよ。あれが本当の姿なんでしょ? だったら隠さないで見せればいいのに」
「あれは、ソフィー様の可愛らしさを引き出そうと思って必死だったのです。それにそのような態度を取れば笑われてしまいます」
「……勿体ない」
ポツリと呟かれた言葉は小さくて私の耳には聞こえなかった。
「今、なんと仰ったのですか?」
「別に何も言ってないよ」
ルーファス様は慌てたように私から顔を逸らした。
私に聞かれたらまずいことを言ったのかもしれないわ。なら、深く聞くのは止めた方がいいわよね。
「まあ、あんたの考えは分かったし、もういいや」
「そうですか。では、失礼致します」
頭を下げて立ち去ろうとすると、背後からルーファス様に呼び止められてしまう。
「別の思惑で動いている人がいるから、気を付けなよね」
「え?」
「誰かとは言えないけど。じゃあね」
気になることを告げて、ルーファス様は屋敷へと足早に戻って行く。
残された私は、言われた言葉に首を傾げるしかなかった。