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練習して実践してみましょう

 翌日、学院から帰宅して私や使用人達が忙しく準備をしていると、しばらくしてソフィー様とルーファス様が屋敷にいらしたの。

 応接間にソフィー様達をお通しして、私は部屋にいた使用人に声をかける。


「三人で話をするから、給仕はいらないわ」

「畏まりました」


 部屋を出て行った使用人を見送ったソフィー様は意外そうな目で私を見ていた。


「どうなさいました?」

「いえ、貴女の普段の話し方に驚いてしまって。貴族なのだから当たり前なのに、なぜか貴女は使用人に対しても私達に対する態度と同じように接していると思っていたから。あ、これは失言だったわね。ごめんなさい」

「いえ、大人しく地味でいるように心掛けておりましたから、そう思われても仕方がないと思います」


 幼少時、両親や使用人にとてつもなく可愛がられていた私は、調子に乗って強気な態度を使用人達にとっていたのだ。

 さすがお嬢様です! とノリノリで付き合ってくれたものだから、さらに調子に乗っていたのよね。

 でも、十年前のことがあって、弱気な態度で使用人達に接したら、お嬢様がご病気だ! と大騒ぎになり、慌てて彼らに対する態度を変えるのを止めたの。

 どうせ、家でしか見せないんだもの、と開き直ったのよ。


「貴女がお優しい方で良かったわ。でも、いけないことは、いけないと教えてね」

「特に心が広いわけではないのですが……。まあ、私の話は置いておいて、早速、始めませんか?」

「え、ええ」


 強引に話を切り上げ、私とソフィー様は立ち上がる。


「まずは自然によろける練習をしましょう」

「……それなのだけれど、よく分からないのよ。どうすればいいのかしら?」


 ソフィー様は、いつも緊張感を持って失敗しないようにと気を付けていたから、わざとよろけるというのは難しいかもしれないわ。

 ここは見本を見せた方がいいかも。


「では、私が実際にやってみますね。ルーファス様、手伝ってもらえますか?」

「はぁ!? 何で僕が!」

「ソフィー様に相手役をしてもらうと客観的に見ることができないと思いまして。お願いできないでしょうか?」


 縋るようにルーファス様を見ると、彼が若干たじろいだのが分かった。


「ルーファス様のお力が必要なのです。お願いします」


 相手役がいないとできないのだもの。

 なんとか了承してもらえないかと私は必死に頼み込むとルーファス様が、はぁ、とため息を吐いた。


「そこまで言うのなら、やってあげる」

「ありがとうございます! 私がよろけるので、肩を持って下さい」

「……できるかどうか分かんないけどね」


 不安になるようなことを言わないで下さいよ!

 受け止められなくて倒れたら恥ずかしいじゃないですか!


「まあ、上手くよろけてよね」

「……よろしくお願いします」


 とりあえず、ルーファス様にはその場に立っていてもらい、私が歩いて近寄り足がもつれてよろける、という体でやることにした。

 緊張しながら、私は彼に近づき足がもつれてよろけてみせる。


「あっ!」


 とよろけてみると、ルーファス様は自然に私の肩を支えてくれた。

 なんだかんだいって、ちゃんとやってくれるのね。

 ホッとした私が顔を上げると、バッチリとルーファス様と目が合った。

 近くで見ると本当に整いすぎているくらいにお綺麗な顔をしている。

 美少年を間近で見られるなんて役得かもしれない、と私は思ったのだけれど、彼はすぐにそっぽを向いてしまった。

 耳が赤くなっているわ。女性が苦手だって聞いたし、女性と触れ合うのが恥ずかしいのかもしれないわ。


「……こんな感じですが、ソフィー様いかがですか?」


 なるべくルーファス様に触れないようにしながら私はソフィー様に意見を聞いてみる。


「拝見してみて、私には難しすぎるように感じたわ。まず、自然によろけるというのが難易度が高すぎると思うの」

「そうですか……」


 ソフィー様本人が無理だと感じていることを強要はできないわ。

 別の方法を考えないと。

 だとしたら、どういった方法がいいかしら?

 う~ん、と考え込んでいると、ルーファス様が不機嫌そうな声を上げた。


「なんで、あんたは平気なの!?」

「何がですか?」

「何がって……。僕が肩を支えたんだよ? だったら、もうちょっと戸惑うとか、顔を赤らめるとかあるでしょ!」


 平然としている私に不満なのか、ルーファス様は怒っているようだわ。

 でも、頬を赤らめるとか言われても、今のはソフィー様にお見せするためにやったことだし……。

 緊張していたけれど、恥ずかしいとかいう感情はなかったもの。

 それに、ルーファス様のような顔の整った可愛らしい方が相手だとしても、見本としてだから、特に何も感じなかったのよね。


「ええっと、その……申し訳ありません。見本としてお見せするものですので、特には」

「何それ! 僕のことを男として見てないってこと!?」

「いえ、ルーファス様は大変魅力的な男性だと思いますが、私のような者からすると遠い存在と申しますか……。あの、つまり、特に深くは考えておりませんでした」


 申し訳ありません! と私が口にすると、ルーファス様は唖然としていた。

 いや、男性としてはとても魅力的だと思うのよ。

 でも、なんていうか、だからこそ私に見向きもしないと分かっているから冷静になれている部分もあるのよね。


「……意識していた僕が馬鹿みたいじゃない」

「え? 今、何と仰ったのですか?」

「何も言ってないよ!」


 いや、言いましたよね?

 小声だったから聞こえなかったけれど、絶対に何か言いましたよね?


 納得できないでいた私は、ジッとルーファス様を見てみるけれど、彼は目を逸らしたまま何も喋ろうとしない。

 釈然としないまま、お互いに黙り込んでしまう。


「と、とにかく! 僕は何も言ってないからね! ほら、姉さんと練習するんでしょ!」


 これは、これ以上言っても教えてくれなさそうな雰囲気ね。

 気になるけれど、今日の目的はソフィー様の予習だもの。ルーファス様を問い詰める場じゃない。

 気持ちを切り替えた私は、ソフィー様がどうしたら自然によろけることができるのか、ということに考えをシフトした。

 難しいとなると他の方法を考えなければならない。

 制服のスカートは短いし、自然とよろけることが無理なら、淑女の必須となるあれしか残されていないわよね。


「……ソフィー様が自然によろけるというのが難易度が高いというのであれば、貧血という設定で練習した方が良いかもしれませんね。まずは先ほどと同じように私がやってみますね」


 広い場所に移動した私は、手の甲を額に当てて苦悶の表情を浮かべながらフラ~と体を傾かせた。

 すると、慌てたようにソフィー様とルーファス様が駆け寄って、私の体を抱き寄せてくれたのである。


「大丈夫なの!?」

「ちょっと、いきなりどうしたの!?」

「あの、お二人共……。今のは演技です」


 しっかりと自分の足で立ち上がると、ソフィー様とルーファス様は目を見開き絶句している。


「では、今のを参考にしてやってみて下さい」


 さあ、どうぞと私は手を動かす。


「ちょ、ちょっとお待ちになって。本当に今のが演技だったの? まるで本当に貧血で倒れそうになっているみたいだったわ」

「具合が悪いように見えたけど、今のが演技だったの!?」

「まあ、本当ですか? そのように仰って頂けて光栄です」


 狼狽えているお二人に向かって、私は微笑みを浮かべた。

 幼少時に使用人から困ったときは貧血で倒れそうになるのが一番だと教えられたし、あと、か弱く繊細な女性であると思われるから、習得しておいて損は無いと言われたのよね。

 そういうものなのね! と能天気に思っていた私は、来る日も来る日も貧血で倒れそうになる練習に明け暮れたのよ。

 お蔭で、特に使うこともない特技ができてしまったのだけれど。

 意外なところで役に立ったわね。何でもやっておくものだわ。


「……驚いたわ。貴女には私の存じ上げない面がまだまだありそうね」

「うふふ」


 あまりに格好悪い理由ばかりなので、知られたくなかった私は笑って誤魔化した。


「では、やるわ」


 意気込んだソフィ様は、さっきまで私のいた場所に移動し、手の甲を額に当てて膝をガクッと曲げて二、三歩、足を動かした。

 

「ど、どうたったかしら?」


 ソフィー様はすぐに体を元に戻すと、頬を紅潮させ、期待に満ちた眼差しで私を見てくる。

 私は自分でも頬が引きつるのが分かった。ルーファス様も、手で目を覆ってしまっている。

 想像以上でした。これは、一発本番でやらなくて正解だったわ。

 どう答えたものかと悩んでいると、不安そうな表情を浮かべたソフィー様と目が合った。


「申し上げにくいとは思うけれど、正直に仰って欲しいのよ。この場でお世辞は不要だもの。私は、クレイグ殿下に好かれたいの。だから、どのような言葉であっても受け止めるわ」


 さあ、仰って、とソフィー様は私を見つめている。

 これは、言葉を選んで言うよりも、正直に言った方がいいかもしれないわ。

 何よりもソフィー様が望んでいることだもの。

 グッと手を握った私は、深呼吸をして覚悟を決める。


「……そうですね。正直なところ、少し不自然かもしれません。貧血なのですから、着地する足で踏ん張ってはいけません。そのまま前に歩くように足を動かしてく下さい。踏ん張ってしまったら、意識がしっかりしている証拠です。膝はほんの少し曲げる程度で構いません。足を曲げるというよりは、腰を落とすような感じで。体全体が柔らかな動作になるように気を付けながら、もう一回挑戦してみましょうか」

「助言が多いよ!」

「待って頂戴……! 情報量が多すぎるわ! 少し整理させて」


 ソファに座って私が言ったことを復唱しているソフィー様の後ろで、暇だった私は磨き上げた貧血のフリを何度も繰り返していた。

 ルーファス様は呆れたように私を見つめていたけれどね。


「柔らかく、腰を落とすようによろめく……。いいわ、もう一度やりましょう」


 立ち上がったソフィー様が、もう一度よろめくフリをする。

 先ほどのような感じではないが、やっぱりまだ硬さが残っている。


「それで、貧血のつもりなら、本当の貧血の人達に謝罪しなければならないくらいだよ」

「ルーファス様! ……あの、失礼ですが、ソフィー様は困ったときは貧血のフリをして倒れて、その場を去るという行動は御存じですよね?」

「ええ、存じ上げているわ。でも、王太子殿下の婚約者となってから、困った状況になることが全くなかったので、そのような行動を取ったことは……」


 そうですよね……。王太子殿下の婚約者に失礼なことをする方なんていませんよね。

 大体、すでに婚約者がいるのだから、か弱く見せる必要もないわけだし。

 これは、かなりの練習が必要かも。


「ルーファスまで口にするということは、今のもいけなかったのね」

「緊張して体が硬くなっていらっしゃるのか、不自然に見えてしまうのです。なるべく自然体で、ここには私しかおりませんし。こればかりは、練習して慣れることしか上達はできませんから」

「でも、床に倒れてしまわないか怖いのよ」


 目を伏せたソフィー様がポツリと呟いた言葉に、私は盲点だった! と気が付いた。

 慣れている私ならともかく、ソフィー様はこれが初めてなのだから恐怖心があって当たり前よ。

 いきなり上級者向けの練習方法を押しつけてしまったわ。


「申し訳ございません。ソフィー様の事情を考慮しておりませんでした。でしたら、床ではなく、ソファを使いましょう。バーネット侯爵家のものよりは質は劣りますが、我が家のソファもふかふかですから。倒れ込んだとしても痛くはございませんので」


 人払いをしているため、私がソファを動かしてテーブルから遠ざけた。

 これなら、テーブルにぶつかる心配もない。


「上手くできなくて、申し訳ないわ」

「最初から上手くできる方はいらっしゃいません。皆、練習して上手くなるのです。時間はまだございますもの」

「それもそうね。手間をかけてしまうけれど」

「いいえ、ソフィー様のためですから!」


 私は、ソファが動かないように背もたれをしっかりと支えると、ルーファス様も嫌そうにしながらも一緒に支えてくれた。

 ソフィ様は三人掛けのソファの前に移動し、先ほどと同じようにソファに向かってよろめいて、ふかふかの部分に手をつく。

 ソファに向かっていったせいで恐怖心は薄れたのか、これまでで一番自然であった。


「……素晴らしいです! どこからどうご覧になっても、貧血でした! まごうことなき貧血でした!」

「まあ、今までで一番良かったよ」

「本当? ちゃんとできていて?」

「はい!」

「なら、もっと練習しなくてはね」


 そう言うと、ソフィー様は時間が許す限り、貧血でよろめく練習を繰り返していた。

 最終的に、ソファがなくても完璧に習得したのである。



 三日後、あれからさらに練習を重ねたソフィー様は自信をつけ、ついに実行に移す日がやってきた。

 ルーファス様とも話し合った結果、練習で行った貧血でよろめくという設定で実行することになっている。

 緊張した面持ちの彼女は、手をギュッと握り、やれるわ、大丈夫、私はできる、と自分に言い聞かせるように呟いていた。


「では、参るわ」

「健闘をお祈りしております」


 王太子殿下の許にソフィー様を送り出し、私は気配を消して、それとなく二人の様子を伺う。

 二、三言葉を交わした後で、席を立とうとしたソフィー様が手の甲を額に当てて、王太子殿下の方へとよろめいた。

 王太子殿下に抱き寄せられる形となり、ソフィー様は彼の胸元にしなだれかかる。

 

「大事ないか!?」

「……ええ、少し目眩が……」


 切なげな表情を浮かべ、王太子殿下を見上げているソフィー様は完璧に貧血を起こした令嬢そのものだわ!

 でも、間近で見る王太子殿下に恥ずかしくなって頬を染めるのはお止め下さい!

 仮病がバレます!


「目眩? そういえば顔も赤いな……。熱があるのかもしれない。いつから具合が悪いのだ!?」

「あ、いえ。先ほど急に」

「急に!? いきなり具合が悪くなるなど、重病かもしれない。おい、医者を呼んで来い!」

「え?」

「畏まりました!」


 顔色を変えた王太子殿下の表情が切羽詰まっていたせいか、従者が慌てて医者を呼びに走って行ってしまう。

 顔を赤くさせていたソフィー様は、医者という言葉に顔の色が赤から青へと変化していく。

 小刻みに震える彼女の手を不安で震えていると勘違いしたのか王太子殿下がそっと握った。


「大丈夫だ。すぐに医者がくる」

「え、ええ……」


 ほどなくして医者が到着し、王太子殿下に付き添われてソフィー様は学院内に併設されている診察室へと行ってしまった。


 その後、診察を受けたソフィー様は、特に何も悪いところは見られなかったが、念のためということで、自宅でしばらく療養することになってしまったのである。

 私はお見舞いと今後のことを話し合うためにバーネット侯爵家へ向かい、項垂れているソフィー様と面会した。


「……こんなはずでは」

「病気なんて見つかるはずがございませんものね」

「自分でも驚くくらいに健康だということが診察で分かったくらいよ……。でもね、これまで私が寝込んでも手紙だけで一度もお見舞いにいらっしゃらなかった王太子殿下が、お見舞いにいらしたの。それはもう心配して下さってね。ほら、あそこに飾ってあるお花。あれを持ってきて下さったのよ」


 沈み込んでいたソフィー様は、王太子殿下がお見舞いに来てくれたときのことを思い出したのか、表情が明るくなる。


「大騒ぎになってしまったけれど、クレイグ殿下と距離は近づいたような気がするわ。この調子で、もっとクレイグ殿下と親しくなれるように頑張らなくては……!」

「そうですね。今回は貧血という設定でしたので、大騒ぎになってしまいましたが、別の方法で試してみてもよろしいかもしれません」

「ええ。小説にあったように、躓いてよろけて見せた方が良いわ。これなら、病気だとは思われないでしょうし。明後日から登校できる許可がおりたので、また協力して頂戴ね?」

「はい」


 結果として大騒ぎになってしまったけれど、お蔭で王太子殿下の態度に変化が見られた。

 この調子でいけば、きっと王太子殿下は、すぐ隣にいた自分を愛する女性のひたむきな愛に気付き、戻ってくる。

 そう思った私は、ソフィー様と今回の反省点を出し合い、今後のことを話し合った。

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