名も無き少女から見た二人
何の変哲もない私の学院生活が一変し始めたのは、数ヶ月前のことだった。
でも、私はクレイグ殿下が男爵令嬢と恋に落ちたのも、ソフィー様と婚約破棄をしたのも、マリオン殿下が王太子になったのも、全て他人事のように眺めていた。
親が上位貴族の下の方にいるというだけの侯爵令嬢である私には、どうすることもできない事態だ。
社交界で有名なソフィー様に憧れる気持ちはあれど、あの中に入って上手く事態を収拾させることなど絶対にできない。
なのに、彼女……アメリア・レストン伯爵令嬢は、やってのけたのだ。
素直に賞賛に値すると思う。
最初は、私を含めた全員がクレイグ殿下の火遊びだと思っていたのに、状況は徐々に変化し、最終的にとんでもない結果へとなってしまった。
しかしながら、結果だけでいえば誰も不幸にはなっていない。
元凶のロゼッタさんはそうでもないけれど、政略結婚が当たり前の中で愛する人と一緒になれるのだから、それだけでも十分だと思っている。
今現在は彼女への風当たりもほぼなくなっているのだが、別の話題に令嬢はおろか令息でさえも夢中になっていた。
それは騒動の最中に降って湧いたルーファス様とアメリアさんの婚約話。
なんせ、ルーファス様は令嬢達の人気が高い。そもそも婚約者がいなかったから、なんとか彼の相手に納まろうと沢山の令嬢達が火花を散らしているのを見ていた。
まったく彼に興味のなかった私はアメリアさんと婚約したのを良かったわね、なんて思っているぐらいで特に何も思うことはなかったのだけれど……。
でも、上位貴族のはしくれともなると、聞きたくもない話を聞かされてしまう。
今もそうだった。
迎えが来るまで時間があるからと、中庭にやってきたのが間違いだった。
私が座っている近くのテーブルで同じクラスの令嬢達がヒソヒソと話す声が漏れ聞こえてきたのである。
人の悪口など聞いていて楽しいものではない。
さっさとこの場を離れてしまおうと腰を浮かせたところで、不幸にも話を振られてしまった。
面倒臭いと思いつつも無視できず、私は座り直す振りをして視線を彼女達に向ける。
「私達のお話を伺っていたと思いますが、ルーファス様がお可哀想ではありませんか?」
「聞きたくも無いのに聞こえてきただけだけれど、一応答えるわ。……私が拝見したルーファス様は幸せそうに見えていてよ」
「どこがです!? ルーファス様は、婚約は自らが望んだものだと仰っていましたが、アメリアさんがソフィー様の件を上手く取りなしたことを盾に、身分の釣り合わない婚約を無理にさせられただけだと拝見していれば分かります」
思わず私は鼻で笑ってしまった。
どこをどう見れば、不幸せに見えるというのだ。
彼女達はアメリアさんと話すルーファス様がどんな顔をしているのか見ていないらしい。
他の令嬢から話しかけられても投げやりな態度で早々と話を切り上げる方が、ジッと相手の目を見て楽しそうに話をしているのだ。
誰かに呼ばれた彼女を引き留めてまで会話を続けようとしているのを見たこともある。
アメリアさんが見ていないときなど、見ているこちらが恥ずかしくなるくらい嬉しそうに表情を綻ばせているというのに。
彼女達の目は都合の良いものしか見えていないようだ。
どうせ、彼女達は上位貴族のはしくれである私の同意を得て、自分達の不満が正当なものだと思いたいだけ。
冷めた目を向ける私に、彼女達は思っていた反応と違うのか若干勢いを削がれている。
しかし、言い負かされるのは嫌なのか、何か文句をつけようとしているように見えた。
「だ、大体、アメリアさんは大人しくて影に隠れているような方ではありませんか。華やかなルーファス様と並んだところで引き立て役にもなりません」
「そうかしら? 拝見しているこちらが微笑ましくなるほどお似合いだと思うわ」
「……随分とアメリアさんの肩を持つのですね」
「本人に面と向かって口にできないことを話している人達よりも素晴らしい人だと思っているだけよ。ご不満なら、ルーファス様やアメリアさんに申し上げては?」
などと言ったけれど、令嬢達にできるはずがない。
余計なことをしてルーファス様に嫌われたくないだろうし、度を超えてしまってジゼル様達の二の舞になっても困るだろうから。
前例がある以上は、文句がある人達は彼女達のように影でコソコソ愚痴を言うしかできないのだ。
悪口を言う暇があるのなら、良い結婚相手を見つける努力をすればいいのに。
無駄なことばかりしている彼女達の気持ちがさっぱり分からない。
私が思うに、彼女達はアメリアさんが自分達よりも劣っていると思っているのだろう。
下に見ていた相手に立場を逆転され、悔しいという気持ちが根っこにあると見える。
馬鹿馬鹿しいと思えてならない。
アメリアさんのどこに劣る点があるというのか。
「貴女達がどう思おうが勝手だけれど、アメリアさんはお心が離れていくのに胸を痛めていたソフィー様の側にずっといて、ときに上位貴族に立ち向かい、ソフィー様を噂から守っていらした。私でも持っていない、強い信念と相手を思う優しいお心がなければできないわ」
「そ、それは逃げ遅れたからだけではありませんか!」
「そうです! たまたまそのような状況になっただけで、運が良かったのです」
「同じ立場であれば、私達だってルーファス様と婚約できる機会はありました!」
「なら、貴女達はクレイグ殿下やマリオン殿下とも怖じ気づくことなく話すことができるかしら。大衆の前でも毅然として身の潔白を証明できて?」
さすがにそれはできないのか、彼女達は口を噤んだ。
誰だって王族を前にしたら舞い上がるものだ。ついでに親しくなって、自分の地位を上げたい者が多い。
私だって緊張してまともに会話するのは難しい。世間話が普通に出来る貴族の方が少ないくらいだ。
なのに、アメリアさんは誰に対しても態度や言葉が変わらない。
腹の探り合いが常な貴族にしては珍しいと思っていた。
私が彼女を評価しているのも、こういう点が理由としてある。
令嬢達は私の言葉に冷静になったのか気落ちした様子を見せていた。
「……確かに、アメリアさんの行動や他の方に対する態度を見れば、その他大勢とは違うと分かります。分かりますが……!」
「ルーファス様のお相手は私達では敵わないようなご令嬢であって欲しかったのです」
「そうすれば、私達だって諦めがつきますのに……。せめて、アメリアさんがロゼッタさんのように可憐な方であれば」
……くだらなさすぎる。
今の時点で、彼女達がアメリアさんに勝っている部分などないに等しい。
あるとすれば、辛うじて家柄が上であるということだけだ。
大体、容姿など年と共に変わる。年を重ねて大事になるのは、その人の持つ雰囲気。
意地悪なことをしている人は常に嫌な感じが漏れ出ているし、いつも微笑んでいる人は優しそうなオーラを出している。
アメリアさんは、恐らく後者だ。きっといつまでも少女のような可愛い雰囲気のご婦人になるに違いない。
そうした人は、常に気持ちの良い人達が側に寄ってくる。
…………と、ここまで考えるたけれど、だからルーファス様はアメリアさんに惹かれたのかもしれない。
「……人を見る目がお有りだったということかしら?」
「どういうことです?」
怪訝そうな顔で見てくる令嬢達を見て、私は心の声が漏れていたことに気が付いた。
誤魔化しても良かったけれど、良い印象を持っているアメリアさんの誤解をときたいとも思っていた私は、思っていることを包み隠さずにぶちまけることにした。
「アメリアさんは、どこか人を安心させる雰囲気を持っているでしょう? それに穏やかそうで親身になって悩みを聞いてくれそう。だから、ルーファス様は彼女の内面に惹かれたのかしら? と思ったのよ」
「内面とは……また、大袈裟な。ルーファス様との婚約はアメリアさんに対するご褒美のようなものではありませんか」
「けれど、ルーファス様は楽しそうに話をしていらっしゃるわよ? それもかなり長い時間。あの彼がお名前で呼ぶほど気に入っていらっしゃるのだから、相当惚れ込んでいるのでしょうね」
「……い、いくら、お話が盛り上がっているとはいえ、バーネット侯爵から無下にするなと言われているだけでしょう」
「義務で話しているのならば、早々に話を切り上げるはずよ。それに、他の人に呼ばれた彼女を引き留めることもしないはずだわ。……いい加減、現実を見たらどうなのかしら? 家同士の婚約などではなく、想い合って結ばれたのだと認めては?」
令嬢達の疑問という悪足掻きに反論し続けた結果、彼女達は下を向いて互いに目を合わせるまでになっていた。
自分達の考えは間違っていたのでは? と思っているのだろう。
これで、嫌なことを話す人達が減ったと安心して彼女達から視線を外すと、立ち止まってこちらを見ているソフィー様がいることに私は気付いた。
彼女は私を見てニッコリと嬉しそうに微笑んでいる。
軽く会釈をしたということは、どうやらアメリアさんとルーファス様の誤解を解いた私に感謝している、と見ていいのかもしれない。
憧れの的である彼女に認められたような気がして、私は興奮で一気に体が熱くなる。
……良いことをしたら、自分に返ってくるというのは本当だった。
面倒臭いと思っていたけれど、今日はなんていい一日なのだろうか。
すっかり上機嫌になった私は幸せな気分のまま帰りたい、と目の前にいる令嬢達に向かって優雅に別れを告げる。
校門までの道中、私は何度もスキップしそうになるのを堪えながら、ニヤニヤしている口元を手で押さえていた。
外に出た私は、我が家の馬車はどこかしら? と顔を動かしていると、先ほどまで話題になっていたアメリアさんの姿を発見する。
すぐ側には婚約者のルーファス様もいた。
彼女達はレストン伯爵家の馬車の前で話をしていて、アメリアさんが首傾げて何かを呟いた瞬間に、ルーファス様のお顔は真っ赤になって口に手を当てて顔を背けてしまった。
何が彼をそうさせたのか分かっていないアメリアさんは、オロオロとしている。
対して、彼は背伸びしたいのか何でもないといったような態度を取っていた。
そうして、再び会話が始まると、困り顔だった彼女の表情が満面の笑みに変わっていく。
「ほら、やっぱりお似合いだわ」
つられて自然と笑顔になった私は、しばらく彼女達から目を離せなかった。
けれど、迎えにきた者に声をかけられ、私は後ろ髪を引かれる思いで立ち去るしかなかった。
どうか、この先も見る人を幸せにする二人であって欲しい。
そう思いながら、迎えの馬車に乗り込んだ私は満足感でいっぱいになって、帰路についたのだった。
※お知らせ
「ワケあり王女としたたかな騎士」という新連載を始めました。
https://ncode.syosetu.com/n9317fa/
冷遇されていた王女と近衛騎士のラブコメです。
片思い中の近衛騎士と一緒に事件を解決したり巻き込まれたりしながら自分の居場所を取り戻すかもしれないお話です。
前向きで深く物事を考えない主人公と割と小生意気な年上近衛騎士の恋愛ものとなっています。
R-15表記ですが、一応保険で付けてあります。
興味がありましたら、ご覧頂けると嬉しいです。よろしくお願い致します。




