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すれ違い後、ただの痴話げんか

皆様の応援のお蔭で、10月15日頃にビーズログ文庫様から1,2巻同時発売されることとなりました。

ありがとうございました!


恋愛部分の加筆や修正、書き下ろしもありますので、楽しんで頂けたら幸いです。

よろしくお願いします!

 ああ、まただわ。


 私の視線の先では下級生と思しき令嬢達が遠慮がちにルーファス様に話しかけている。

 しばらくすると、令嬢達は彼から何か言われたのか、途端に肩を落として去って行った。

 ルーファス様との婚約が公表されてからというもの、ああいう場面をよく目にするようになっている。

 令嬢達だけなら家柄が釣り合っていないから婚約が本当なのかと聞いているのでは? と思えた。

 けれど、妙なことに男性達も同じようにルーファス様に声をかけて二、三言葉を交わすと肩を落として去って行くことがあるのだ。

 令嬢だけではなく子息もとなると、彼が何を聞かれているのか気になってしまう。

 婚約が発表されてから、一躍時の人になってしまった私やルーファス様は生徒達から注目を集めてしまい落ち着いて会話をすることもできないので、詳しい話を聞けずじまいだったけれど。

 というか、私にも色々と聞いてくるご令嬢が後を絶たないし、中々ルーファス様に近寄れない。


「婚約したら、ルーファス様と過ごす時間が増えるかと思っていたけれど、そうでもないのね」


 こんな愚痴を言ってしまうくらい、私は寂しさを感じてしまっていた。

 それに、ルーファス様の周囲には見目麗しい令嬢が沢山いることも私を不安にさせている。

 特に特徴のない私に飽きてしまうのでは? なんて思ってしまうくらいに一緒に過ごす時間がまったくない。

 もっとも、会うだけなら何も学院内ではなく屋敷に招待するとかすればいいだけの話であるけれど、それも簡単ではない。

 婚約が発表されてからというもの、レストン伯爵家にはお茶会の招待が引っ切りなしに来るようになっていた。

 それらの招待を断って彼と会うのは、これからのことを考えるととてもじゃないが褒められた行動だとは思えない。

 また、バーネット侯爵家は私達の婚約のみならず、ソフィー様達の婚約話もあるので、あちらはその比ではないと簡単に想像できる。


「また前みたいに、ルーファス様とお話がしたいのに……」


 他の貴族を軽んじることはできないこともあって、落ち着くまではこのままの状態が続くものだと思っていた。

 けれど、ルーファス様と話をする機会は私が予想するよりも意外と早くやってきたのである。



 私達の婚約の話が学院内でまだまだ盛り上がりを見せていたが、引っ切りなしに来ていたお茶会の招待状がようやく落ち着きを取り戻した頃だった。

 私は手紙でルーファス様からバーネット侯爵家に遊びに来ないかと誘われたのである。

 断る理由なんて全くなかったので、私は喜び勇んで即答で行きます! と返事を出した。

 彼からの手紙を受け取っただけで心が躍るなんて我ながら、単純だと思う。

 でも、久しぶりに彼とゆっくりお話ができるかと思うと本当に嬉しかったのだ。

 手紙で日にちを決めて、お母様や使用人と服を決めたりしてはしゃいで、指折り数えてその日を待った。


 そして迎えた当日。

 精一杯に着飾った私は弾む心を抑えきれない気持ちのまま、バーネット侯爵家に到着した。

 出迎えてくれたバーネット侯爵夫妻に挨拶をした後、私はルーファス様の待つ庭へと案内されたのである。

 庭にいた彼は私を見つけると嬉しそうに目を細めてくれた。

 久しぶりに間近で見る彼はとても輝いて見えて、それだけで私は胸がいっぱいになる。

 ボーッと彼に見惚れていたら、わざとらしく咳き込まれてしまい、私は慌てて一礼した。


「ご、ごきげんよう……!」


 情けないことに声が裏返ってしまった。

 挨拶すらまともにできないなんて、きっとルーファス様に呆れられる。

 恥ずかしさで彼の顔をまともに見られなくなっていると、忍び笑う声が聞こえてきた。

 不思議に思って視線を向けると、彼は口に片手を当てて肩を震わせている。


「…………いっそ、お腹を抱えて笑われた方がマシです」

「笑うつもりはなかったんだけど、想像していたアメリアの反応と違ってたから意表を突かれただけ」


 全然、申し訳なさそうに見えないわ。

 でもルーファス様の変わらぬ態度のお蔭で少し落ち着きを取り戻せたかも。

 あまり、変なことを言って嫌われないように気を付けないと。

 密かに心に決めた私は頬を触って表情を整える。

 そんな私を見たルーファス様は、なぜだか知らないけれど更に嬉しそうに表情を緩めた。


「学院内で顔は見てたけど、話をするのは久しぶり」

「そ、そうですね。学院でも屋敷でも色々とあって中々気軽にお話できませんでしたものね。ですが、招待して下さったということは、バーネット侯爵家も一段落したということでしょうか?」

「まあね。とはいっても、まだ母さんと姉さんは忙しそうにしてるよ」

「王家の、それも王太子殿下との婚約が決まりそうなのですから、尚更ですよね」

「同時期に話が広まって僕としては良かったけどね。お蔭で、こうしてアメリアと会うことができるんだから」


 ……今日のルーファス様は何だかいつもよりも素直だわ。

 その分、私はドキドキさせられてしまうのだけれど。

 毎回こうだったら……と考えると心臓が持たないから、どうか小出しにして欲しい。


「ソ、ソフィー様に申し訳ない気持ちになりますね。もっとマリオン殿下と過ごす時間が必要だと思いますので」

「そこは、マリオン殿下がなんとかするんじゃないの? ……ところで」


 そう言ってルーファス様は真顔になると、私にゆっくりと近寄って来た。


「婚約者に会えたっていうのに、姉さんのことを気遣うなんて、僕と会えて嬉しくないわけ?」

「いいいいえ! そんな! とても嬉しいです! 凄く嬉しいです! お会いする日を楽しみにしておりましたとも!」

「ふ、ふ~ん。そうなんだ……」


 私の返事がお気に召してくれたようで、ルーファス様はちょっとだけ頬を赤らめている。

 いきなりのことで考える間もなく本音を口にしてしまったけれど、結果的には正解だったようだ。

 私はホッと胸を撫で下ろす。

 ついでに、それとなく周囲を見回して見ると、綺麗にセッティングされたテーブルに様々なお菓子が並べられているのに気が付いた。

 私の視線に気付いたのか、ルーファス様はちょっと嫌そうに表情を歪ませる。


「……アメリアが来ると知って、母さんが料理人に作らせたんだよ」

「バーネット侯爵夫人が私のためにですか!? ……そこまでして頂けるなんて」

「思ったよりも、母さんはアメリアを気に入ってるからね」

「お気持ちは嬉しいですが、きっと十年前の出来事があったからですよね」


 地味だなんだと笑われて泣いて逃げ出したのを見ていたから、同情心があるのかもしれない。

 でも、ルーファス様は私の言葉に首を振った。


「母さんはバーネット侯爵家の名前に泥を塗ろうとしていた姉さんを止めたアメリアに感謝してるからね」

「それはソフィー様のためですし、何より私がそんなソフィー様を見たくなかったからだけですけれど」

「切っ掛けが何であれ、家が損をしない結果になったのは事実だから。それに、家に媚びるようなこともしなかったことも好印象を与えたみたい。まあ、無欲の勝利ってことで甘えたら?」

「……身に余る光栄ですね」


 そういえば、先ほど挨拶をしたときも手を握りしめて「ルーファスをお願いしますね……!」と仰って下さったわね。

 バーネット侯爵も隣で頷いていたし……。

 ソフィー様のために! と行動していたことが後々に良い方向に向かうなんて思ってもいなかったわ。

 まさか、その結果結婚相手を見つけることになるなんてこともね。

 人生、分からないこともあるものだわ、と私はマジマジとルーファス様を見つめてしまう。

 すると、彼は途端に視線を彷徨わせて落ち着かない様子を見せた。

 言葉にならない声を上げている彼は、セッティングされているテーブルに目を向ける。


「と、取りあえず、椅子に座ったら? 母さんが力を入れたお菓子を早く食べてもらいたいし」


 勧められるまま、やや強引に私はルーファス様よって椅子に座らされた。


「……改めて見ると、本当に色々と用意して下さったのですね。どれも美味しそうです。さすがバーネット侯爵家の料理人ですね」


 目の前に広がるお菓子の数々に私は目を奪われてしまう。

 褒められたことで、どことなくルーファス様は満足げにしている。

 その反応が年相応のように見えて和む中、私は一番近くにあった小さなイチゴのタルトを選び、近くにいた使用人に取ってもらう。

口に運んだ私は、その美味しさに目を剥いた。

 イチゴの甘酸っぱさとカスタードの控え目な甘さが絶妙だ。量も少ないので、いくらでも食べられてしまいそう。

 そんな私をルーファス様は頬杖をついて笑みを浮かべながら眺めていた。


「気に入ってもらえて嬉しいよ。……ところで、婚約が発表されてから誰かに何か言われたりしてない? 余計なことを言ってくる奴らはいない? 傷ついたりしてない?」

「え? 私にですか?」


 次は何のお菓子にしようかしら? と目移りしていた私は急に現実に引き戻される。

 心配するようなルーファし様の表情に、過去に色々とあった私を気にかけてくれていたのだと知ることができた。

 やはり、彼は心根の優しい方だ。いつだって私の気持ちを第一に考えてくれる。

 それが嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。


「大丈夫です。ロゼッタさんのこともあって、面と向かって嫌味を仰ってくる方はいません。あるとすれば、ルーファス様と会話は続いているのかとか聞いてくるだけですね」


 これは本当に不思議なのだけれど、なぜかルーファス様との会話が弾んでいるか皆さん聞きたがるのよ。

 皆さんは上位貴族のご子息と婚約した私がどのような会話をしているのか気になっているだけだと思って気にも留めていなかったのだけれど。

 でも、ルーファス様は私の言葉を聞いて、どこかホッとしたような様子を見せている。


「それならいいんだけど。……ちなみに、ちょっと気になっただけだけど、アメリアはそれに何て答えてるわけ?」

「普通に続いていますと返しています。実際、そうですし」

「で、聞いていた奴らはそれで引き下がるわけ?」

「引き下がる方もいらっしゃいますし、どのような会話をしているのかと詳しく聞きたがる方もいらっしゃいますね。ですが、尋ねてくる方は上位貴族のご子息とどのような話をしているのか興味があるのかもしれませんね」


 驚くような良縁に恵まれた人が身近にいたら、誰だって詳しい話を聞きたがるものだと思う。

 特に私はソフィー様の友人として周知されているし、中位貴族だから聞きやすいということもあるのだろう、と考えていた。


「……どうするも何も、アメリアが僕から特別視されているのか確かめようとしただけでしょ。面倒臭い」


 嫌そうに表情を歪めながら、ルーファス様は吐き捨てた。

 態度からありありとウンザリしている様子が見てとれる。

 私は、好奇心から聞いているだけだと思っていたのに、彼は違った認識をしていたようだ。

 嫌味を言われているわけではないのだから、そのように気にしなくてもいいというのに。


「ご令嬢の皆さんは、ルーファス様と婚約した私に興味があるだけですよ。心配するようなことはないと思います。それに、私よりもルーファス様の方が大変そうに思います」

「は? 僕が?」


 ちょうどルーファス様から話題にしてくれたから、私はちょっと前から気になっていたことを聞いてみようと口を開いた。


「ええ。私は何度かルーファス様がご令嬢やご子息の方から声をかけられている場面を遠目から見ていましたから。皆さん、ルーファス様から言われた言葉に落ち込んでいる様子だったので、何を話されているのか少し気になっていまして……」


 何を告げられるのか、ビクビクしながら私はルーファス様の言葉を待った。

 彼は少し考え込んだ後で「ああ」と思い当たることがあったのか、声を上げる。


「あれは、婚約は僕が望んだものなのかって聞かれてただけ。いきなりの話だったから、何か家同士の思惑があるんじゃないのかって疑ってる奴らがいるんだよ」

「確かに急でしたものね。私からしたらルーファス様とは順を追って親しくなったという認識でした。けれど、人目のないところでお話ししていたので周囲の方からすると納得よりも驚きが先に来たのかもしれませんね」

「それもあると思うけど……。ていうか、まさか令嬢達に話しかけられる僕を見て婚約を後悔してるなんてことはないだろうね?」


 え? と私は真顔になる。

 今の話のどこに婚約を後悔する要素があったのだろうか。

 なのに、ルーファス様は機嫌が悪そうにしているし、まったく把握できていない私をジロリと睨み付けてきた。


「言っておくけど、僕はどんなことがあったとしてもアメリアとの婚約を解消する気なんて微塵も無いから。ようやく婚約までこぎつけたっていうのに、他の奴なんて選ぶわけないでしょ」

「いえ、あの。そういうことではなく」

「じゃあ、僕との婚約を後悔してない?」

「あ、当たり前です! 後悔なんてするわけがありません。ルーファス様以上の方はいらっしゃいませんし、私が人生を共にしたいと思ったのは貴方だけなのですから!」


 どうにかしてルーファス様の勘違いを正そうと必死になって私は口を動かした。

 けれど、すぐに自分が何を言ったのか自覚して体が一気に熱くなる。

 頭が真っ白になっていたとはいえ、とんでもないことを口走ってしまった。

 青ざめた私と目を瞬かせているルーファス様との間で、しばし無言の時間が流れていく。


「……今の、本当?」


 私よりも先に正気に戻ったルーファス様が前のめりになって尋ねてきた。

 何と言っていいか分からない私は狼狽えながら無言になる。

 そんな私の顔を覗き込むようにして、彼は、はぁ、と息を吐いた。


「アメリアは考えすぎるところがあるから、僕に話しかける令嬢達を見て後悔してるのかなって思ってたけど、そうじゃないって知れてホッとした」

「確かにルーファス様の周囲には見目麗しい令嬢達がいますし、飽きて手を離されてしまうのではと不安にもなりましたけれど、先ほどのお言葉を聞いて消え去りました」

「やっぱり考えすぎてるし……。あのね、僕はアメリアが思っている以上にアメリアのことが好きだって自覚してよね。大体、初恋から十年も想ってたんだから、そう簡単に手を離すわけないでしょ」


 真剣なルーファス様の表情に、それが嘘でないと嫌でも分かる。

 思っていた以上に私は愛されているようだと知れて、胸が温かくなった。

 彼の言葉ひとつで私の不安は消し飛ぶのだから、恋というのは偉大である。

 同時に、ちゃんと欲しい言葉をくれる彼の誠実さが嬉しかった。


「ありがとうございます。私からしても初恋なので、ルーファス様のお気持ちに甘えることなく好かれ続ける努力をしていきますね」


 私の言葉にルーファス様は柔らかな微笑みを返してくれる。

 恋人らしい甘い雰囲気の中、私は自然と彼の手に自分の手を重ねていた。

 一瞬体を強張らせた彼は、手を動かして私の手を包み込んでくれる。

 そうして時間の許す限り、私達はずっと手を繋いでいたのだった。

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