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それからの話

 ルーファス様の婚約が発表されて、すぐに私は学院中の生徒達の注目を浴びていた。

 王太子殿下が継承権を放棄してマリオン殿下が王太子となったのが発表されたのとほぼ同時だったからそこまで騒がれなかったのは幸いだわ。

 でも、ルーファス様は令嬢達から人気のある方だから、きっと好意的には見て貰えないだろうと思っていた私の予想通り、私を憎らしげに見てくる方や、通り過ぎる際に「なんでこんな地味な子が」なんて言われたりしているのよね。

 地味なのは事実だから今更傷つかないし、言われるだけなら我慢もできる。

 私はもう、笑われて泣く弱虫ではないから。悪いことは何もしていないのだから、堂々としていれば良いと思っているの。

 それに、ロゼッタさんの件があったから、処分を恐れた彼女達から呼び出されるとか文句を言われることもない。

 バーネット侯爵家との婚約だから、皆さんが興味津々となるのは覚悟していたし、時間が解決してくれるものだと私は思っていた。

 でも、思っていたよりも、もっと早くに皆さんは私への興味をなくしてしまったの。

 私への興味がなくなった理由。それは王太子となったマリオン殿下とソフィー様が婚約するのではないかという噂が出回り始めたから。

 元々、クレイグ殿下との婚約を解消する条件として、マリオン殿下との婚約が持ち上がったのだそうだ。

 ソフィー様が王太子妃になるのは変わらないから、婚約解消が認められたのね、と彼女から聞いた私は納得したのよね。



 そんなある日、私がソフィー様と一緒に学院の中庭で話をしていると、マリオン殿下がやってきた。


「やあ、ソフィー」

「ごきげんよう、マリオン殿下」


 私も挨拶をした後で、邪魔にならないように控え目に頭を下げた。


「ソフィーからの呼び出しなんて、珍しいね。どうしたの?」

「ええ、確認したいことがございまして」

「確認とは?」

「名無しの君のことに関してです」


 途端にマリオン殿下の表情が強張る。

 名無しの君って、もしかして手紙の? ソフィー様は差出人が誰か分かっているということなのかしら。

 だから、マリオン殿下を呼び出したの?


「……何の、ことかな?」

「あら、どうしてそのように動揺なさるのですか? 心当たりがあるのですか?」

「いや……」

「ならば、私の口から申し上げますね。……私が手紙のやり取りをしていた、お相手はマリオン殿下なのでしょう?」


 うわあ、バレていたのだわ……。ソフィー様の表情からは怒っているのか判断がつかない。

 疑問系で聞いているけれど、しっかりと口にしていたから、きっとソフィー様は確信しているのね。

 これ、黙っていた私も怒られてしまうんじゃないかしら。


「夏の長期休暇でマリオン殿下がレストン伯爵領へとお越しになったとき、殿下は名無しの君としかしていないお話を私になさいましたね。それで、もしや名無しの君はマリオン殿下なのではないかと思ったのです。その後も何度か名無しの君としかしていないお話をわざと話題にしてみましたところ、全てお答えになりました。それで確信したのです」


 ちょっと! マリオン殿下、迂闊過ぎ!

 ああ、ソフィー様の目が笑っていないような気がする。

 怒っているのかしら? 怒っているのよね?


「どのような理由がお有りかは存じ上げませんが、隠し事をされたままマリオン殿下と親しくし続けるのは、さすがに引っかかりまして」

「ごめんなさい!」


 腰を九十度に曲げたマリオン殿下は、ソフィー様へと頭を下げている。

 慌てて私も、ソフィー様に向かって頭を下げた。


「申し訳ありませんでした!」

「あら、どうしてアメリアさんも謝罪なさるの? ……ああ、そうね。貴女は手紙の相手がマリオン殿下だと御存じだったのですものね」

「はい。存じ上げておりました」

「アメリアさんの性格は分かっているわ。きっとマリオン殿下から強制されたのでしょう? 王族の方からの命に背くことなどできないもの。貴女の責任ではないわ。それに、私は怒っているわけではないの」


 え? 怒っていないの? 嘘をついていたのに?


「私があの手紙に励まされていたのは事実だもの。新しい友人ができたことが嬉しかったの。お相手がマリオン殿下だったのは驚いたけれど、怒りはないわ」

「ソフィー……」

「それで、マリオン殿下。私と親しくしていると噂になっておりますが、よろしいのですか? 殿下には想いを寄せている方がいらっしゃるのでしょう? お手紙に、そう書かれていたではありませんか。私と婚約などということになれば、殿下がお困りになるのではないでしょうか? お相手に勘違いをされてしまいますよ? それに私は婚約せずともよろしいと思っておりますので、遠慮せず仰って下さいね」


 …………マリオン殿下! 自分で自分の足を引っ張っているじゃないですか!

 ここで、全部暴露して下さいよ! ほら、その好きな人はソフィー様だって言えば全部解決しますから。


 さすがに空気を読んで口には出さなかったが、顔を上げていたマリオン殿下の顔をジッと見て、言って! と念じていた。

 念が通じたのか、マリオン殿下は軽く頷き口を開く。


「実は、手紙に書いた俺の好きな人っていうのはソフィーのことなんだよ」

「……え!? 私!?」

「そう。俺は子供の頃からずっとソフィーが好きだったんだ。でも、兄上と婚約することが決まって諦めた。だから、ソフィーと親しくしていると噂になっても、まったく困らない。だけど、君に謝らなければならないことがあるんだ」


 まさか、王太子、じゃなかった、クレイグ殿下とロゼッタさんに協力していた件を言うつもり?

 聞いたら、ソフィー様はさすがに怒るんじゃないかしら? 大丈夫なの?


「俺は、兄上とロゼッタ嬢が二人きりになれるように、兄上のアリバイ作りに協力していたんだ。それで二人の距離は縮まってしまった。俺がソフィーを手に入れたいと、愚かな願いを持ってしまったがためにね」


 ソフィー様は驚いて絶句している。

 できれば、それは死ぬまで黙っていた方が良かったのでは? と思っていると、少し落ち着いたのかソフィー様が、そう、と呟いた。


「怒っても無理はない話だと思うよ。両家の取り決めを破られても、縁を切られても仕方のないことをしたと思っている」

「婚約の件でしたら、マリオン殿下の好きな方が私ということなら、断りませんし縁も切りません」

「いいの? 裏でコソコソ動き回っていたような男だよ?」

「別にマリオン殿下が協力なさらずとも、あのお二人は恋に落ちていたと思うのです。ただ、少し早まってしまっただけかと。あれがなければ、私は自分の悪いところに気付けず、クレイグ殿下からもっと距離を置かれていたでしょうし。何よりもアメリアさんと親しくなることなどなかったでしょうから。ですから、そこまでご自分を責めずともよろしいのですよ?」


 なんというお優しい言葉……!

 完璧な令嬢の理想のお姿だわ。惚れ惚れしてしまう。

 マリオン殿下もそうだったようで、彼は熱の籠もった瞳をソフィー様に向けていた。


「御存じですか? 今の私は毎日がとても充実しておりますの。気の許せる友人達と好きな恋愛小説のお話で盛り上がって楽しく過ごしているのです。私の世界はとても広がり、今まで見えなかったものが見えるようになりました。クレイグ殿下しか見えていなかった頃は考えもしなかった生活です。このような充実した日々を送れるのは、ある意味でマリオン殿下のお蔭なのかもしれません」

「……ソフィーは、やっぱり優しい人だね」

「優しくなどございません。嫉妬からロゼッタさんに嫌がらせをしようかと思ってしまうような女ですもの」

「でも、しなかったよね?」

「全てはアメリアさんのお蔭です。彼女がいらっしゃらなかったらと思うと、怖くなります。彼女が手を差し伸べて下さったからこそ、私の世界が広がったのですから。アメリアさんが私の世界に色をつけて下さいましたの」


 慈愛に満ちた顔でソフィー様は私を見つめてくるけど、大袈裟だわ!

 私は、ただ恋愛小説を参考にしようと提案しただけだもの。

 変わったのはソフィー様の意志。


「そうだね。アメリア嬢は不思議な子だよ。兄上に協力していた俺を止めるくらいだもの」

「あら、アメリアさんがそのようなことをなさったのですか?」

「うん。あれで俺は自分の愚かさを知ることができたからね」


 止めて! 暖かな眼差しを私に向けてこないで!


「わ、私のことなど、今はよろしいではありませんか! ささ、早く続きを!」


 今はお二人の話でしょ!

 私のことよりも、そっちを話した方がいいですよ!


「あら、話が脱線してしまいましたね。……ともかく、私はマリオン殿下との婚約話を断るつもりはございません。長い間、私を想って下さったことは大変嬉しく思います。マリオン殿下のお気持ちに応えたいと思っていますので。私にマリオン殿下のことを教えて下さいませ。殿下の苦しみや辛さを共有して、共に信頼関係を築いていきたいと思っております」

「そうだね。隠し事はせずに向き合って、辛さや苦しみだけじゃなく楽しさも共有できるようにしよう。俺を愛してくれなくてもいい。信頼関係を築いて共に支え合って国を守っていこう」


 見つめ合って笑っている姿は、とんでもなく絵になるわ。

 私が画家だったら、一枚の絵にしたいくらい。

 美しいお二人の姿に私が惚れ惚れしていると、背後から呆れたような声が聞こえてきた。


「真っ昼間から、学院の中庭で何をしてるの? 見ているこっちが恥ずかしいんだけど」


 この声はルーファス様ね。

 彼のせいでお二人が顔を逸らしてしまったわ。折角、良い雰囲気だったのに。

 口を尖らせた私が振り返り、ルーファス様をジト目で見つめる。


「いや、だって。自分の姉のあんな姿を見たいとは思わないでしょ」

「それは、そうですが……」


 身内がイチャイチャしている場面なんて進んで見たいとは思わないのは分かる。

 お父様とお母様を毎日見ている私がよく抱いている感情だから。

 でも、良い雰囲気だったのに……と考えていると、ルーファス様が私をジッと見ていることに気が付いた。


「あの、何か?」

「久しぶりに顔を真正面から見たと思っただけ」


 そういえば、婚約をしてからというもの、私はルーファス様の顔をまともに見ることができなくなっていたんだったわ。

 会話をするときは、いつだって視線を逸らしていたから、本当に久しぶりにルーファス様のお顔を見たんだった。

 自覚したら恥ずかしくなって、私は視線を下に向けてしまう。


「また下を向いてるし。何? 僕の顔が嫌いなわけ?」

「いいえ! とても、可愛らしいお顔だと思っておりますとも!」

「褒められてるけど、ちっとも嬉しくない……!」

「褒めているのに!?」


 褒めたのに怒られるなんて、納得がいかないわ……!


「あのさ! 男に可愛いとか褒め言葉でもなんでもないからね! 僕だって、これから背が高くなって、声も低くなって、今の比じゃないくらいにモテるかもしれないんだからね!」

「そ、それは困ります!」


 思わず顔を上げると、目を見開いているルーファス様が目に入った。


「困るの?」

「……困ります」

「何で?」


 何でってそりゃあ、あれですよ。


「それは……私が、ルーファス様を……す、き、だから、です」


 消え入るような声で言うと、ルーファス様が固まった。


「……好き? 今、好きって言った?」

「何度も仰らないで下さい!」

「初めて聞いたんだから、仕方ないでしょ!」


 あれ? そうだったっけ?

 私は婚約話が出た頃から思い返してみると、確かに言ってなかったと気が付いた。

 あっという間に話がまとまったから、言う機会がなかったんだわ。あと、すっかり言った気になっていたから。

 それに、顔を見られなくて、そういった話をしていなかったし。

 まさか、初告白がこれなんて……。

 もっと、場所を考えれば良かった! こんな売り言葉に買い言葉みたいな感じで告白するなんて……!


「そういうことは早く言ってよ! 僕の片思いだって、ずっと思ってたんだからね!」

「申し訳ございません!」

「謝らないで!」

「申し訳ございません!」


 謝るなと言われているのに謝ってしまったわ。

 私がアワアワしていると、楽しそうに笑う声が聞こえてきた。


「二人は本当に仲が良いのね」

「ルーファスのあんな顔は初めて見たよ」


 しまった! マリオン殿下とソフィー様がいたのだった!

 情けない初告白をお二人にまで見られていたなんて。


「アメリアさん。弟のことをよろしくお願いするわね。少し意地っ張りで天の邪鬼なところはあるけれど、とても良い子なのよ」

「俺達は邪魔だろうから、そろそろ行くよ。じゃあね。アメリア嬢、ルーファス」


 挨拶をした後でマリオン殿下とソフィー様は校舎へと戻っていった。


「姉上は余計なことばかり言うんだから」

「そのように仰ってはいけません。ルーファス様のことを思っての言葉ではありませんか」

「……分かってる。ちょっと恥ずかしかっただけ。あと、これ」


 はぁ、とため息を吐いたルーファス様は、手に持っていた小さな箱を差し出してくる。


「渡そうと思って探してたの」

「ありがとうございます」


 小さな箱を受け取った私は丁寧に包装を解いていく。

 箱を開けると、中にはシンプルなガーネットのイヤリングが入っていた。


「これを私に? 誕生日でもないのに、受け取るのは悪いです」

「一応……婚約したから。その記念にって思っただけだし。あんまり派手だとアメリアが嫌がると思って、シンプルなやつにしてみたんだけど」

「嬉しいです。ですが、私からはプレゼントを何もしていないのに……」

「それなら、さっき貰ったから」


 どういうこと? 何もプレゼントなんてしていないわ。


「さっき、僕のことを好きって言ってくれたでしょ」

「申し上げましたが、さすがにそれはプレゼントにはならないかと」

「僕が嬉しかったんだから、いいの! それよりも、気に入ったの?」

「ええ。勿論です。ルーファス様が私にためにとプレゼントして下さったのですから、当然です」


 ルーファス様からのプレゼントに笑みを浮かべていると、彼は言葉に詰まり、私から視線をわざとらしく逸らした。


「どうかなさいましたか?」

「何でもないから、触れないで。それよりも、ちょっとイヤリングを付けてみたら? どんな感じか見てみたいから」

「はあ」


 何となく話題を逸らされた感がするけれど、他でもないルーファス様の頼みだ。

 私はイヤリングを手にとって、耳に付けようと試みたけれど、鏡がないからか中々上手くいかない。

 手間取っていると、見かねたのかルーファス様が私の手からイヤリングを取り、耳たぶに触れてくる。

 ついでに私に接近してきたことから、心臓が五月蠅いくらいにドキドキしている。

 早く終わって! と願っているのに、中々耳たぶが挟まれる感触がない。


「あの、ルーファス様」

「手元が狂うから喋りかけないで。なんで付けようと思ったんだろ」

「やはり自分で」

「いい! 僕がやるから!」


 はい。分かりました。

 喋りかけずに大人しくしていると、しばらくして耳たぶが挟まれる感触がして、無事にイヤリングが装着された。


「うん。やっぱり、似合う」


 優しく微笑んだルーファス様の顔に私はドキッとする。

 同時に、このような方の婚約者になれた自分の幸運に感謝した。

 きっと、これから色々なことがあるだろうけれど、ルーファス様と一緒なら乗り越えられる。

 この方となら、どんな苦労も苦労とは思わない。


「……私、ルーファス様と婚約できて幸せです」

「いきなり何を言い出すの!」


 頬を染めたルーファス様は、失礼だけれどやっぱり可愛らしいわ。

 フフッと笑った私を見て、彼は頬を膨らませたが本気で怒っているわけではないことは分かっていた。

 穏やかな雰囲気が、その場に流れている。



 まさか、ルーファス様と婚約することになるなんて、人生って分からないものね。

 私がソフィー様にハンカチを差し出したことから始まったと考えると、少し不思議な気分になる。

 でも、あの行動がなければ、今の私はいなかった。

 今も目立ち過ぎないように、大人しくしていようと人の顔色を窺っていただけだったでしょうね。

 行動してソフィー様と仲良くなり、ルーファス様やマリオン殿下と出会って、私の人生は大きく変わった。

 良い方向に変わったの。

 自信はまだ持てないけれど、それでも前を向こうと思えたのは目の前にいるルーファス様が背中を押してくれたから。

 ソフィー様の言ったとおりね。臆病で揉め事を避けたいという事なかれ主義だった頃とは、世界がまるで違う。

 ほんの少し勇気を持つだけで、世界はこんなにも変わるのだもの。

 今は、自分に恥じないように生きていきたいと、そう思っている。


 だから、私は私らしく、これからを生きていく。


これにて完結となります。

ブクマ、評価、感想などありがとうございました。

とても励みになりました。

最後まで読んで頂き、本当にありがとうございます!


※皆様の応援のお蔭で、10月15日頃にビーズログ文庫様から1,2巻同時発売されることとなりました。

ありがとうございます!


※お知らせ

新作「気弱令嬢に成り代わった元悪女」を投稿しました。

https://ncode.syosetu.com/n2925hr/

悪女の汚名を着せられ亡くなった令嬢が二十年後に家族から疎まれている気弱な令嬢に成り代わり、彼女の名誉を回復させようとするお話しです。

興味がありましたら、ご覧頂けると嬉しいです。よろしくお願い致します。

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[良い点] とても読後感のいい物語でした。 みんな収まるところに収まり。
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