両親との話し合い
夢見心地のまま私が帰宅すると、お父様とお母様が血相を変えて駆け寄ってきた。
「リ、リアちゃん! さっき、バーネット侯爵家の使者がいらして、リアちゃんとルーファス様との婚約を打診する手紙を受け取ったのだけれど!」
「どういうことだ! ルーファス様と親しくしていたなんて聞いていないぞ!」
「やっぱり、私の勘は当たっていたのね! バーネット侯爵家のルーファス様だなんて。さすがよ、リアちゃん!」
「どうして俺に報告しなかった。よりにもよってバーネット侯爵家とは……。表立って細かく刻んでやれないじゃないか!」
落ち着いて下さい! あと同時に話さないで……!
お母様は満面の笑みだし、お父様は顔を真っ赤にさせているし、あまりに対照的すぎるわ。
でも、いきなりバーネット侯爵家のルーファス様との婚約を打診されたら、そうなるわよね。
数時間前の私がそうだったもの。
というか、バーネット侯爵家からこんなに早く打診が来るなんて。
「そ、それで、アメリア。まさか、婚約を受け入れるなんて言わないだろうね? 目立つのが嫌で大人しくしていたんだから、バーネット侯爵家との結婚なんて嫌だろう?」
ね? ね? とお父様が必死に私に訴えかけている。
隣にいるお母様の目が吊り上がっているわ。お父様、落ち着いて。
「あなた! リアちゃんの幸せを邪魔するおつもりですか!?」
「そんなこと言われても……。アメリアの幸せは田舎で静かに暮らすことだろう? アメリアの願いとは真逆じゃないか。心配になるのは当たり前」
「リアちゃんのためと仰いつつ、ご自分が嫌なだけではありませんの? 十七歳になるのに、婚約者を決めようともなさらず、のらりくらりと避けておいでだったではありませんか。大体、うちがバーネット侯爵家から打診された婚約を断れるとお思いですか?」
言われたことが事実だったのか、お父様の勢いがなくなる。
怒ったお母様には誰も勝てないのよね。
「さ、リアちゃん。お父様の仰ることは気にせずに答えて頂戴。婚約話に異論はないの?」
穏やかな表情に変わっていたお母様に詰め寄られ、私が控え目に頷くと、この世の終わりみたいな顔でお父様が絶句してしまった。
「ということは、リアちゃんもルーファス様を好いているのね?」
「……はい。お慕いしております。ルーファス様にはこれまで色々と助けて頂きまして。それに、今のままではいけないと思っているだけで行動することができなかった私の背中を押して下さったのです」
「感謝の気持ちを好きだと勘違いしているだけじゃないのか?」
「あなた!」
お母様にペシッと腕を叩かれたお父様は泣きそうになっている。
愛されているのは嬉しいけれど、ルーファス様とのことに賛成してくれないのはへこむわ。
「お父様。ルーファス様は本当にお優しい方です。少し天の邪鬼なところもありますが、すぐにフォローして下さいますもの。決して感謝しているからというだけで好きになったわけではありません。ルーファス様の色々な面を拝見して、好きだと気付いたのです」
だから、反対はしないで下さい、という思いを込めてお父様を見ると、頭を抱えて呻きだしてしまった。
「お、お父様!?」
「大丈夫よ。娘の幸せと娘を溺愛する父親の間で葛藤しているだけだから」
「こんなになるほどに!?」
それほどまでに愛されているなんて、やっぱり私は幸せ者よね。
ただ、愛情が重すぎるとは思うけれど。
「お父様。実はルーファス様はレストン伯爵家に婿入りする方向で考えているそうなのです」
「え? ということは、アメリアはずっと家にいるのかい?」
「バーネット侯爵から許可を頂ければ、そうなります」
私が口にすると、真顔だったお父様の表情がパァと輝きだした。
「聞いたか、グロリア!」
「ええ。聞いておりました」
「ずっと家にいてくれるなんて、これほど嬉しいことはない!」
立ち上がったお父様はお母様の手を取って満面の笑みを浮かべている。
立ち直ってもらえたようで何よりだわ。
「ですが、お父様は跡継ぎをどのようにお考えだったのでしょうか? 従兄弟をと考えていたのなら、申し訳ないことをしてしまったかもしれません」
「いや、大丈夫だ。最初からアメリアに婿を取るからと言っていたので、何も問題はない」
「では、ルーファス様との婚約の件は」
「愛する娘を奪われることは未だに許しがたいが、バーネット侯爵家から打診された婚約を断ることもできん。非常に不愉快だが、了承したいと思っている」
「ありがとうございます!」
渋々でも了承して貰えて良かったわ。
お母様もホッとしているみたい。
「お手紙には二日後にレストン伯爵家にバーネット侯爵夫妻がいらっしゃると書かれていたのだけれど、さすがに私達が伺った方がいいわよね」
「立場を考えたら、こちらから伺った方が良い。すぐに、その旨を書いた手紙をあちらに送ろう」
そう言うと、お父様は急ぎ足で書斎へと言ってしまった。
「でも、本当に良かったわ。十年前のことからリアちゃんはずっと落ち込んでいたから。こうして、自分から幸せを掴めたことが私は嬉しくて仕方ないの」
「お母様……」
「ルーファス様はとても良い方だし、何よりもリアちゃんが自ら望んでいるのですもの。貴族は政略結婚が当たり前だとしても、やっぱり愛する娘には好きな方と結ばれて欲しいと思っていたのよ」
そんなことを考えていたのね。
お母様の言葉に私は涙ぐんでしまう。
「貴方はずっと、自分を地味だと平凡だと言っていたけれど、私達にとったら世界一可愛い娘なのよ。優しくて、物事をハッキリと言う貴方はとても魅力的で自慢の娘なの。それを忘れないで」
「はい。ありがとうございます」
差し出された手を私はしっかりと握る。
私はいつだって、お母様とお父様に愛されているのだわ。
レストン伯爵家に生まれて良かった。お父様とお母様の子供で良かったと私は心の底から思った。
そうして二日後。
私達はバーネット侯爵家へと赴き、そこでルーファス様と婚約することで合意した。
ルーファス様がレストン伯爵家に入る形となり、すぐに陛下の許可を貰ったのである。
バーネット侯爵夫妻は私達を歓迎してくれたわ。
特に侯爵夫人は、私を気にかけていたみたい。
十年前のことを間近で見ていたから尚更そうだったのだと、ルーファス様が教えてくれた。
素敵な女性になりましたねと言われて、私は嬉しくも恐れ多い気持ちになってしまったわ。
こうして、正式に私はルーファス様の婚約者となったの。
ちなみに、ロゼッタさんをいじめるよう指示していたジゼル様は王太子殿下が言っていた通り、謹慎処分となった。
彼女に加担していたソフィー様の元取り巻きの皆さんは注意だけで済まされたが、生徒達から白い目で見られ、学院で肩身の狭い思いをしている。
謹慎がとけた後のジゼル様がどういうことになるのか、それだけで分かってしまう。
元取り巻きの皆さんは、自分達がやったことをソフィー様に謝罪して、また親しくして欲しいと言ってきたけれど、彼女はキッパリと拒絶したの。
『私が親しくする相手は私が決めるわ。貴女方は、ご自分の意志で私から離れたのでしょう? 都合が良すぎるとは思わないの?』
そう言われた皆さんは、肩を落として立ち去って行った。
ソフィー様は、これで学院も落ち着くわね、と言っていたけれど、私とルーファス様の婚約が決まったことで、色々と言ってくる人達はいるでしょうね。
どうなることか、と思っている中、国内の貴族達に私とルーファス様の婚約が発表されたの。