巻き込まれました
「いい加減にしてくれないか!」
学院内の玄関ホールで突然、誰かの大声が響き、私はソフィー様と一緒に驚いて足を止めた。
声のした方を見てみると、そこには声を出したと思われる王太子殿下と彼に庇われる形で青ざめているロゼッタさん。
そして、王太子殿下の前で震えているジゼル様達がいた。
これは一体、どういう状況なの?
「今、君はロゼッタをいじめるよう指示している人間がいると言っていたが、まさかソフィーだと言うんじゃないだろうな。彼女がそんなことをするような人間じゃないことは俺が一番良く知っている。大体、指示しているのは君だろう? 俺が何も知らないと思っているのか?」
「違います! 私はいつも彼女を庇っておりますのよ! いじめを指示しておりませんわ! 誤解です!」
「ああ、そうだったな。君はいつも他の令嬢からいじめられているロゼッタを助けていた。だが、それはあまりにも頻繁だ。どうして人気のないところでも顔を出せる。どうやって知った?」
「……それは。それは、私の友人がロゼッタさんをいじめていると報告があったので、それでですわ! 何もおかしなことはございません」
顔面蒼白のジゼル様は声を荒らげている。
もしかしたら、ジゼル様は王太子殿下にソフィー様が黒幕だって伝えようとしたのかもしれない。だけど、王太子殿下はジゼル様がロゼッタさんのいじめを指示していると言っていたから、何か証拠を持っているのかしら?
「私の元友人の皆さんを使ってあれこれとされていらしたから、私はジゼル様が指示していたと予想していたけれど、あれでは疑われても仕方ないわね」
「どこにでも顔を出していたら、疑われても仕方ありませんよね。最初のやり取りで私もジゼル様が手を引いていらっしゃると思っていたわけですが」
私達が冷静に話している中、王太子殿下は自分達に向けられている多数の生徒の視線を気にする素振りもなく、ただジゼル様を険しい顔で見据えていた。
「おかしなところはないだって? なら、君の友人ではない生徒達がロゼッタをいじめていたときにも君があらわれていた理由はなんだ。まさか、他の生徒も君に報告していたというのか?」
「ぐ、偶然ですわ! たまたま通りがかったのです! 私はロゼッタさんがいじめられていることを存じ上げていたので、彼女のことをそれとなく気にしておりましたの。ですので、他の方よりも彼女を助けることが多かっただけです」
「では、君がロゼッタにまるでソフィーが指示しているようなことを言っていた件はどう説明する? 先ほども言ったが、俺はソフィーが卑怯な真似をする人だとは思っていない。ジゼル嬢だってソフィーと付き合いは長いのだから、性格は良く知っているはずなのに、随分としつこくロゼッタに言っていたらしいじゃないか。それと同時にソフィーがロゼッタをいじめるよう指示していると噂が流れていたな。噂の発生源は君の友人だと調べはついているが」
言葉に詰まってしまったジゼル様が王太子殿下から視線を外して周囲を見回している。
まるで誰かを探しているような感じだわ。一体どうしたというのかしら。
追い詰められて言い訳を考えているとか? って目が合ってしまった!
私を見たジゼル様は動きを止めている。
さっきまでは明らかに動揺していたはずなのに、なぜか彼女は落ち着きを取り戻していた。
彼女はゆっくりと下を向きつつ、しおらしい態度で口を開く。
「それは……私も最初はソフィー様がいじめるよう指示されていると思っていたからでございます。ですが、この間、友人からあるお話を聞いて、それは違っていたのだと思い至ったのです。今日、殿下に伝えたかったのは、ロゼッタさんをいじめるよう指示していたのはソフィー様ではなく、その者だという件なのです」
「君でもなければ、ソフィーでもないと?」
「はい。私が個人的に調べた結果、真犯人が分かったのです」
「では、一体誰が」
半信半疑といった王太子殿下の言葉に、ジゼル様は顔を上げた。
「ロゼッタさんをいじめるよう指示していた真犯人は彼女だったのです!」
大声を出したジゼル様が、こちらの方を向いて勢いよく指を指してきた。
まさか、ロゼッタさんをいじめるよう指示していた人物が近くにいるなんて……!
私は誰なのかと思って周囲を見回した。
「…………アメリアさん。あれは多分、アメリアさんを指差しているのだと思うわ」
「はい!?」
ソフィー様に言われ、私はゆっくりとジゼル様を見る。
うわっ! すごく目が合っているわ!
って、私!? 真犯人って私!?
「いや、違いますよ! 私じゃありませんよ!」
手と首を振って私は全力で否定する。
「落ち着いて、アメリアさん。私は貴女が指示していたなんて疑ってもいないわ」
ソフィー様に優しく肩を抱かれ、狼狽えていた私は涙目になる。
「なんて白々しい態度なのでしょうか! クレイグ殿下、騙されないで下さいませ! 彼女は王太子妃になりたいという理由だけで、ソフィー様に近づき、婚約解消となるように仕向けた悪人なのです!」
「……そうなのか?」
半信半疑という感じで王太子殿下が私に視線を向けてきた。
勿論、違うので私は首を振って否定する。
「違うらしいが」
「彼女が嘘をついているだけですわ! 実際、彼女がソフィー様と親しくなってから、ソフィー様は変わられたではありませんか。そうして、本当にソフィー様とクレイグ殿下との婚約は解消となりました。今度はロゼッタさんをいじめるよう裏で画策して、彼女を排除しようとしたのですわ。全てご自分が王太子妃となるための策でございます」
「とは言われても、俺は彼女と一度話をしたことがあるが、そんな人間には見えなかった。心からソフィーを尊敬しているように見えたし、俺のことに興味もなさそうだった。それに、王太子妃になりたいと言われても、人柄をよく知らない俺が彼女を好きになることは難しいと思うが」
仰る通りでございます。
「きっと、ロゼッタさんがいなくなって傷ついたクレイグ殿下を慰めることで、殿下に好きになってもらおうとしているのですわ!」
ジゼル様、物凄い勢いで言ってのけているので王太子殿下が引いていますよ。
あと、ロゼッタさんも。
「よく、あのようなことがスラスラと出てきますね」
「ジゼル様がそうなさろうと考えていらしたからでしょうね。ある程度は効果があるかと思うけれど、確実ではないわね」
「ああ、それで」
のほほんとソフィー様と話していると、ジゼル様がキッと私を睨み付けてきた。
本当に巻き込むの止めて下さいよ。
「貴女! この間のお茶会でロゼッタさんを泣かせたそうじゃない! 本性をあらわすのが早すぎましたわね」
「え? 泣かせた?」
「わざとらしいですわよ! お茶会に出席された友人から聞きましたわ。貴女とロゼッタさんがお二人で話をしていたら、ロゼッタさんが急に泣き出したと」
急に泣き出した? ……あ! お母様のご友人に招かれたときのことを言っているのだわ!
会話が聞こえなかったら、確かに私がロゼッタさんを泣かせているように見えたかもしれない……。
真実を言おうにも、ロゼッタさんとの会話内容を話すことはできない。
秘密の話だとは言われていないけれど、大勢の人の前で話すような内容じゃないし。
どう説明しようかと悩んでいると、王太子殿下の後ろにいたロゼッタさんが歩み出てきた。
「違います! あれは、クレイグ殿下とのことに悩んでいた私の話を聞いて下さっただけです! 泣いたのは、私があまりにもソフィー様に対して失礼なことをしていると気付かされたからです」
「ですから、それがあの者の策なのですわ」
「いいえ。アメリアさんは、悩んでいる私の背中を押して下さいました。私が幸せになれる方を選んだら良いと仰って下さいました。そのアメリアさんが王太子妃になりたいと考えていらっしゃるとは思えません」
震えるロゼッタさんを王太子殿下がそっと抱きしめて落ち着かせている。
「あのような可愛らしさが私には足りなかったのでしょうね」
「いえ、私の前ではソフィー様はあのような感じですよ?」
「え? そうかしら?」
「ちょっとは取り乱したらどうですの!?」
ソフィー様の可愛らしいところを口にしようとしていたら、ジゼル様に叱られてしまったわ。
取り乱すも何も、後ろ暗いことは何もしていないのだもの。
「いえ、身に覚えがございませんので。それに私にそのような度胸はございません」
「そうです! アメリア様はいじめを指示なさるような方ではございません!」
「公衆の面前で、見ている者も加害者だと仰ったアメリア様がなさるわけがありません」
人混みの中から私を慕ってくれているミランダさんとジェーンさんの声が聞こえて、泣きそうになってしまう。
周囲の生徒達も、そうだそうだと同調してくれている。
前を向こうと色んな方に話しかけていたことで、私がそういう人間じゃないと信じてもらえていたのかもしれない。
過去の自分を改めようと行動していて良かったわ。
「大体、アメリアさんが王太子妃になりたいと仰っていたのですか?」
冷静な口調のソフィー様がジゼル様をジロリと睨み付けている。
彼女が出たら言い合いが始まってしまうんじゃ……。
「仰ってはおりませんでしたが……。ですが! 彼女は十年前に我が家で行われた演奏会に出席されていました。高飛車で、ご自分が一番の美少女なのだと信じ切っている彼女の姿を私は見ております。性格はそう変わりません。ですので、内心では、ご自分が王太子妃として相応しいと思っていらしてもおかしくはございません」
「……ああ、あれはジゼル様のお屋敷だったのですね」
「は?」
私の言葉にジゼル様は真顔になっている。
だって、あの出来事がショックすぎて、どこの貴族から招待されたのか覚えていなかったのよね。
だから、ジゼル様は私のことを知っていたのだと納得していると、不機嫌そうなルーファス様がこちらにやってきた。
今日も、変わらず素敵だわ。
「なんか面倒なことに巻き込まれてるし」
「ごきげんよう。まさか、私に矛先が向かってくるとは思いも寄りませんでしたので」
声が上擦らないように冷静に、冷静にと考えながら、私が参りました、と笑っていると、ルーファス様はため息を吐いてジゼル様を見た。
「いい加減にしたら? アメリアが王太子妃になりたいなんて考えているわけないでしょう?」
「関係のない方は口出ししないで下さいな」
「関係なくはないよ。僕はアメリアが王太子妃になりたいなんて思ってもいないって知っているからね。……だって、彼女は僕の婚約者なんだから」
ルーファス様の言葉に、その場の全員の動きが止まる。
今、何と? 婚約者? 私が? ルーファス様の?
「こ、こん、婚約者!? ルーファス様とアメリアさんが!? 有り得ません! そのようなお話は両親から聞いておりませんわ! 嘘までついて彼女を庇うなんて……!」
「嘘じゃないし。姉上のことがあって、公表するのが遅くなっているだけだし。バーネット侯爵家とレストン伯爵家で合意している話だよ」
そうだったの!? 私は何も聞いていないわ!
合意しているなら、ちゃんと話しておいて欲しいのだけれど。
ああ、お父様のことだから、私に言えなかったということも有り得るわ。
でも、ルーファス様と婚約だなんて。
同じくらいの家柄の方と婚約できればとは思っていたけれど、やっぱり好きな人と婚約できるという話を聞くと嬉しさがこみ上げてくる。
けれど、本当に? 本当に婚約するの?
「あの、ルーファス様」
「アメリアは黙ってて。僕に任せておけばいいから。とにかく黙ってて。余計なことは言わないで」
そう言って、ルーファス様が優しく微笑んだ。
余計なことは何も言わずに黙っていてってことは、私が口を出すとマズイってことかしら?
だとすると、これって多分、私を助けるために嘘をついているということ?
ああ、そうよね。ルーファス様には好きな方がいるのだものね。
でも、そうなると他の生徒もいるのに、どう説明するの? 私を助けるための嘘だったって説明されると、いたたまれなくなる。
あと、嘘だって知って物凄くショックなんですけれど。
「ということで、アメリアが王太子妃になりたいとは思っていないって分かってくれた?」
まさか、こんな話が出てくるとは思っていないだろうジゼル様は唇を噛みしめている。
綺麗なだけあって、物凄い迫力だわ。
「後は、王太子殿下に任せます。ちゃんと言い逃れできない証拠もあるのでしょう?」
「ああ、ちゃんとある。それと、ルーファス、君の婚約者を巻き込んでしまって申し訳ない」
「いえ、疑いを持たれるのが嫌だっただけですので。こちらには構わず、続けて下さい」
で、皆さんの注目は王太子殿下とジゼル様に戻った。
嘘でも婚約したとか言われたら、心臓に悪いわ。
今も心臓がドキドキしている。喜んでしまった私が馬鹿みたいじゃない。
八つ当たりだと分かっているのに、私はルーファス様を心の中で責めていると、王太子殿下の話が再開される。
「ジゼル嬢。君が大人しく罪を認めていれば出すこともなかったが、仕方あるまい。この手紙に見覚えがあるな? これは、君の友人に送られていたもので、中にはロゼッタをいじめるようにと書かれている。この手紙に使われている紙は他国で作られているもので、取引があるのはダリモア侯爵家のみ。筆跡鑑定もしてもらったが、君が書いたという結果が出た」
「違います! 私はアメリアさんに嵌められたのですわ!」
「あと、君は友人に自分が王太子妃となったら、便宜を図ると約束していたそうじゃないか。疑り深い君の友人は、その旨を書いてもらっていた。罪悪感のあった彼女からその手紙を俺は受け取っている。醜い言い訳を口にしないでもらえるか? 大体、人に罪をなすりつけようとする女性を俺が選ぶはずもない。そもそも、気位だけが高くて他者を見下すような性格の女性はご免だ」
王太子殿下にキッパリと拒絶されたことで、ジゼル様が唇を震わせている。
それにしても、王太子殿下ってジゼル様の本来の性格を知っていたのね。
「では、どなたを選ばれるというのです! まさか、そこの貧乏な女ではないでしょうね!」
怒りで体を震わせているジゼル様は、憎しみの籠もった目でロゼッタさんを睨み付けた。
「彼女は王太子妃には絶対になれませんわ! だって、そうでしょう? 王家の顔に泥を塗った、ただの貧乏な男爵令嬢ですわよ? クレイグ殿下がお選びになっても、国王陛下や王妃様が何と仰るか!」
「君に心配されなくても、父上達とは既に話し合っている。ソフィー、もしくは上位貴族の令嬢を選んだ場合は現状維持。ロゼッタを選んだ場合、俺は王位継承権を放棄して、卒業後は一臣下として生きていかねばならない、とな」
「な、な……」
言葉が出ないのか、ジゼル様は口をパクパクとさせていた。
周囲の生徒達も驚きのあまり王太子殿下を凝視しているし、そんな話になっていたと知らなかった私も驚いた。
「王太子と王族いう地位を捨てられるのですか……! 父親が亡くなれば、平民になるしかない、そんな女と結婚するために!」
「俺はロゼッタとは結婚しない。いや、できない。そもそも、俺は生涯誰とも結婚はしない。子供も残さない。一代限りの公爵として生きていくことを条件にロゼッタとのことを承諾してもらえた。だから、ロゼッタとは結婚しない代わりに、生涯俺の側にいて欲しいと願った」
「……彼女のどこが良いと仰るのですか……。目を覚まして下さいませ! クレイグ殿下は、他の令嬢とは少し違う彼女が物珍しいだけですわ。周囲から反対されて勘違いをしていらっしゃるだけです」
「ソフィーと婚約しているときは一時期ロゼッタと会うことができず、思いが募るばかりで、そのときは、置かれた状況からそう感じていると思っていたよ。だが、婚約が解消となって、障害が何もなくなってもロゼッタに対する気持ちは変わらなかった。むしろ日増しに強くなっていくほどだ。彼女がいじめられていると聞いて、居ても立ってもいられなくなって、俺は何があってもロゼッタを愛していることに気付いたんだ。彼女以外の女性など、考えられない」
周囲は息をのみ、王太子殿下を静かに見つめている。
私は、まるで恋愛小説みたいだわ、と関係ないことを思っていたけれど、ジゼル様一人だけが、怒りで体を震わせていた。
「……だからといって、王族としての務めを放棄するなど無責任ではありませんか?」
「ああ、俺は王族としての役目を果たさない馬鹿だ。国よりも一人の女性を選んだ大馬鹿者だ。だが、どこかでホッとしている。側に王として相応しい者がいたにも拘わらず、第一王子という理由だけで王太子になり、いつも失敗すれば落胆され、上手くやっても当たり前にしか見られないのが辛かった。皆の期待が重圧だった。俺は最初から王太子に、王に相応しい器ではなかったんだ。無理をして皆が理想とする王太子を演じていたに過ぎない。王太子妃として相応しいソフィーから目を背け、彼女を傷つけた最低の人間だ」
王太子殿下は、ゆっくりと視線をジゼル様からソフィー様に向ける。
「俺の最大の被害者は君だ。君の想いから目を背け逃げたことを謝罪する。本当に申し訳なかった。臣下として、王と王太子となるマリオンとその奥方を支え続けると誓う。死ぬまで国のために身を粉にして働くと誓おう」
「いいえ。私も理想の王太子殿下のお姿を押しつけておりました。その点でいえば、私も加害者でございます。クレイグ殿下の辛さ、苦しさに気付けなかった私にも責任がございます。道は違えてしまいますが、どうか、無理はなさらずに。ロゼッタさんとお幸せに……」
「ああ。君も、どうか幸せに」
王太子殿下の言葉からすると、ロゼッタさんは彼と共に生きることを選んだのね。
やったことがやったことだから、結婚できないのは仕方のない部分もあるけれど。
どこかシンミリとした空気が周囲に流れているが、頭に血が上ったジゼル様には関係ないらしく、鼻息が荒いままである。
「クレイグ殿下は」
「ジゼル嬢、今回の君の件だが、陛下と王妃、ダリモア侯爵に報告させてもらう。家に対する注意と謹慎処分で済まされるだろうが、今後、ロゼッタには近づくな。俺は君のしたことを死ぬまで忘れない。話は以上だ。行こうロゼッタ」
これ以上話をするつもりはなかったのか、王太子殿下はジゼル様の話を遮り、ロゼッタさんの背中に手を添えて、お二人は立ち去って行く。
去って行く後ろ姿を見つめながら、過呼吸になったジゼル様は友人に抱えられながら校舎へと消えて行った。
残された生徒達は、今し方起こったことを興奮気味に話したり、マリオン殿下が王太子になることに黄色い声を上げていたりしている。
もしかして、王家とバーネット侯爵家の取り決めってこのことだったの?
あのマリオン殿下が王太子になるなんてって驚いたけれど、そもそも彼も優秀な方だもの。
代わりにマリオン殿下が王太子となることで、ソフィー様と王太子殿下の婚約解消が認められたということだったのね。