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図書館での勉強と私の過去

 図書館へ向かうと放課後ということもあり、生徒はおらず、司書が一人だけ受付に座っている。

 生徒がいないことにホッとした私は司書に挨拶をして、恋愛小説の置かれている書架へとやってきた。

 恋愛小説を読んだことのないソフィー様は興味深そうに背表紙を眺めている。

 私は読んだことのある小説の中から、いくつか本を抜き出してテーブルに置いた。


「どうぞ、お掛け下さい。こちらの小説は、それぞれ設定が異なっておりますので、教本とするには最適だと思います」


 そう、と言って、一冊の小説を手に取ったソフィー様はゆっくりと読み始める。


「この小説は身分の低い令嬢と上位貴族の恋愛ものなのね。主人公の性格がロゼッタさんに良く似ていらっしゃるわ。上位貴族に対する礼儀がなっていなくて、ハラハラしてしまうけれど」

「小説ですので、そこら辺は緩く書かれているのです」

「でも、時代背景がしっかりとしているわ。この小説を書かれた方は貴族なのかしら?」

「いいえ、作者は平民です」

「まあ」


 驚いたようにソフィー様は目を見開いた。

 小説家の中には名前を変えている貴族もいるけれど、大半は平民なのよね。

 私も、それを知って驚いたから、ソフィー様の驚きも分かるわ。


「屋敷に勤めている使用人や、支援して下さる貴族に話を聞かれているようなのです」

「だから、違和感がさほどないのね」


 ソフィー様は感心しながら再び小説を読み始めた。

 最初は軽く読んでいたのに、次第に没頭していくのが分かる。

 これは、話しかけないほうがいいわね。

 私は、持ってきた小説を手に取り、中身の確認をしていく。


 しばらくして、パタンと本を閉じたソフィー様が大きなため息を吐いたのが分かった。

 顔を上げると、彼女は何だか難しい表情を浮かべている。


「どうかなさいましたか?」

「え? あ、いえ。この小説に出てくる主人公の恋敵の悪役令嬢がまるで私のようだと思って、いたたまれなくなってしまって」


 気まずげに目を逸らしたソフィー様は、見たくないのか小説をテーブルに置いて自分から遠ざけた。

 ああ、確かにその小説には恋敵である悪役令嬢が出てくるわね。でも、ほぼ全ての小説にそういった悪役令嬢は登場するのよ。

 ここで躓いてもらっては、全部読めなくなってしまう。


「恋愛小説に恋敵はつきものなのです。主人公と相手の距離を縮め、互いの恋心を自覚させるために必要なキャラクターなので、大体の小説にはでてきますね」

「そうなの? 挫折しそうだわ」

「でしたら、反面教師としてご覧になってはいかがでしょうか? このような振る舞いはするまいという視点でご覧になれば、いたたまれなさは軽減されるかと」

「……反面教師、反面教師ね。そうよね。私はこの悪役令嬢ではないのだから、自戒の意味をこめて読むべきよね」


 ソフィー様は遠ざけた小説を手に取り、閉じたところから読み始めたのだけれど、言葉では納得していても、やはり気が進まないのか読むペースは落ちている。

 集中できない状態で読んでも頭に入らないだろうと思った私は、ひとまずここで終わりにしようと考えた。


「もう時間も遅いですし、その小説はお借りしてご自宅で読まれてはどうですか?」

「そうね。全て読んでいたら日が暮れてしまうもの。手続きはあちらでよろしいのかしら? 少し待っていて下さる?」

「あ、私がお持ち致します」


 ソフィー様から小説を受け取り、テーブルに置かれている小説も持って私達は受付に向かい借りる手続きをする。

 図書館を後にした私達は、すっかり人のいなくなった校舎内を歩いていた。


「とりあえずは、借りた本を読むことから始めないといけないわね。時間がかかりそうだわ」

「小説の世界に没頭してしまえば早いですよ」

「そうだとよろしいけれど」


 と、呟いたソフィー様が突然足を止めた。

 釣られて私も足を止めて振り返ると、ソフィー様は不安そうな表情を浮かべている。


「勝手なことを申し上げるようだけれど、今日のことは他の人には秘密にして頂きたいの。クレイグ殿下のお耳に入ると困るし、皆さんがロゼッタさんに今以上の嫌悪感を抱いてしまうから。それに私も、知られたくなくて」

「改めて申し上げなくとも、秘密に致しますからご安心下さい。尊敬するソフィー様のお名前を汚すような真似は致しません」

「ありがとう。……でも、なぜアメリアさんはそこまで私にして下さるの? 貴女は私の友人だけれど、面と向かってお話をしたことは、あまりないでしょう?」


 いつも私は、皆さんの話に頷いて肯定するだけで、率先して話していたわけではないものね。

 でも、それは目立たないように大人しくしようとしていたから、話さないようにしていただけ。

 内心では、ソフィー様を尊敬しているし、彼女の力になりたいと思っていたのよね。

 それに。


「……話をしたことは少ないですが、私はソフィー様を心から尊敬し、お慕いしているからです」

「ありがたいことだと思うけれど、どうして?」


 不思議そうな顔をしているソフィー様に、私は理由を話し始める。


「今から五年ほど前になるでしょうか。私はソフィー様に助けて頂きまして、そのことにずっと感謝していたからです」

「私が?」


 五年前? とソフィー様は首を傾げている。

 あのときのことを私は鮮明に覚えているけれど、ソフィー様にとっては、きっと何気ない日常のことで覚えてはいないのね。


「五年前のお茶会で話し相手もおらず、一人でいた私にソフィー様が『私達と一緒にお話ししませんか?』と誘って下さったことです。ひとりぼっちだった私に手を差し伸べて下さった優しさに感動し、ソフィー様のお側にいたいと思ったのです」

「そう、そうだったの……。でも、ごめんなさい。私、覚えていないようで」

「いえ、私がソフィー様に感謝しているというだけですから。覚えていらっしゃらなくても、私にとっては大切な思い出なのです」

「……なんだか恥ずかしいわ。私は大層な人間ではないのに。それにアメリアさんは一人だったと仰るけれど、今の貴女はとても魅力的よ? 良くお話になるし、表情も豊かだわ。とても、ひとりぼっちだったとは思えないもの」


 一人だったのは、屋敷に籠もっていたからよ。

 でも、どうしてもお茶会に出席しなければならなくて、友人の作り方なんて分からなかった私は、誰にも話しかけることができなかっただけ。

 五年間、ソフィー様の近くにいて、皆さんの話し方を勉強した結果がこれだもの。


「屋敷に籠もっていた私にとって、あのお茶会が五年ぶりの社交の場だったのです。ですから、知り合いが誰もおらず」

「屋敷にずっと? ご病気だったの?」

「あ、いえ」

「もしかして、今も? だから、あまりお話をなさらなかったのかしら? こんな時間まで付き合わせてしまったけれど、お体は大丈夫なの?」

「それは……」


 口籠もった私は、十年前の出来事をソフィー様に話そうかどうかを悩んでいた。

 元々、話を振ったのは私だ。

 ソフィー様は言いふらすような人ではないから十年前のことは言っても構わない。

 言わないままでいたら、何か大きな勘違いをされて気を使わせてしまうだろうし。

 十年前のことは私の中である程度、整理はついている。話したくらいで傷つくことはない。だから、大丈夫。うん。大丈夫。

 決意した私は大きく深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。


「実は私が屋敷に籠もるようになったのは、十年前のある出来事が切っ掛けでした」

「ある出来事?」

「ええ。その前に、私の事情をお話させて下さい」


 私が静かに話し始めると、ソフィー様は姿勢を正した。

 大した話ではないから、なんだか悪い気がするわ、と思いながら、私は口を開く。


「私は両親が結婚して十年経ってから生まれた一人娘なのですが……そのお蔭で、生まれたときから、それはもう両親や使用人達から可愛がられました。『私の天使』だの『世界で一番可愛い』だの言われて育ったのです。だから、幼い私は自分をとんでもない美少女だと思っていたのです」

「愛されて育てられたのね」


 それはもう十分に愛されていましたとも。だから、勘違いしていたんだけれどね。

 ソフィー様から慈愛に満ちた目で見られながら、私は本題に入るべく、コホンと咳払いをした。


「勘違いをしたまま私は七歳になり、ピアノを嗜んでいた私は同年代の子供達よりも上手いということもあって、ある貴族のお屋敷に招かれてピアノの演奏をすることになりました。そこで、演奏を始めたところ、ご覧になっていた方々がヒソヒソと話し始め、そっと笑っていたのです。声が気になって集中力が途切れ、中断した私に『ドレスは派手だけど顔は地味』という言葉を招待されていた男の子が投げつけてきました」


 あまりの話にソフィー様は絶句している。

 今なら分かるけれど、招待した貴族は私を笑いものにしようとしていたんだと思う。

 それに彼女も気付いたのだろう。


「それで、私は周囲が笑っていることと自分が馬鹿にされていることに気付いて泣いてしまい、両親に連れられて、そのお屋敷を後にしました。そのことが、あまりにショックでしばらくは泣いて部屋から出ることができなかったのですが、あるとき窓に映る自分の顔を見て気付いたのです。私は招待されていた令嬢達とは違って可愛くない、地味だ、と」

「……なんて酷い話なのかしら。貴女は派手ではないけれど、とても可愛らしいお顔をしているわ。その場にいらした貴族達は心が腐っていたのよ。そのような中傷など気になさらず」


 慰めようとしているソフィー様を私は手で止めた。

 大丈夫。私は、笑われたことも馬鹿にされたことにもショックは受けたけれど、むしろ勘違いを正してくれたことに感謝もしているから。

 だって、あのまま育っていたら、自意識過剰な恥ずかしい大人になっていたもの。

 それに気付かせてくれたのだから、私にとってあれは必要なことだったのだと思う。

 とはいっても、あんな体験は一度で十分だけれどね。


「お優しい言葉をかけて頂き、ありがとうございます。ですが、私は自分を過大評価はしておりません。なので、当時は人の目が気になってしまい、屋敷に籠もるようになっていたのです」

「そのようなことが理由だったのね……。だから、母はあの様なことを……」

「ソフィー様のお母様が何か?」


 何だか気になることを言われ、私は首を傾げる。

 

「いいえ。何でもないわ。気にしないでちょうだい」

「はあ」


 気になるけれど、ソフィー様が何でもないと言っているのだから、しつこく聞くのは失礼よね。

 それに、ソフィー様のお母様と私は面識なんてないはずだもの。


「それよりも、理由を問い質すような真似をして申し訳ないわ」

「いいえ。話そうと思ったのは私の意志ですから。それに、そのときのことで私のような人間は人よりも目立つ真似をしたら出る杭は打たれるということを学べましたので、全てを失ったわけではありません」


 むしろ得たものの方が多かったわ。


「ですので、私はソフィー様や皆さんといるときに、あまり話さないようにしていたのです」


 私の話を聞いたソフィー様は、納得するように、ああ、と声に出した。


「貴女はいつも一歩引いた場所にいらしたから、もしかしたらつまらないのかしら? と疑問に思っていたのよ。あまり発言なさらなかったのは、そのような理由がお有りだったからなのね」

「つまらないなんて……! 決してそのようなことはありません! 私はソフィー様の近くにいられるだけで、それだけで嬉しかったのですから」

「ええ。お話を伺って納得したわ。そもそも、貴女は傷ついた私にハンカチを差し出して下さったし、一緒にいて下さったもの。つまらない、興味がないと思っていたのだとしたら、あの場で帰っていたものね。ショックで動けなかった私の側に付いていて下さったことに感謝するわ」


 ソフィー様が私の手を包み込み、暖かな眼差しを向けてくる。

 その手の温かさに私は思わず涙ぐんでしまった。


「悲しい出来事を思い出させてしまってごめんなさい」

「いえ、確かに傷つきましたが、自分のことを客観的に見られるようになったので、感謝もしているのです」

「お強いのね」


 尊敬の眼差しで見られるけれど、私はそこまで強くはないわ。


「強くなどございません。……それと、私の方からもお願いがあるのですが」

「何かしら?」


 こうしてソフィー様が変わるお手伝いをすると決めたけれど、やっぱり私は目立ちすぎるのが怖い。

 だって、悪目立ちしたら十年前のような目に遭うかもしれないもの。

 あのときは、私にも悪い部分があったから、何とか飲み込めた。

 だけど、今、同じように笑われて馬鹿にされたら、きっと立ち直れないと思う。

 それに、ソフィー様は王太子殿下や第二王子以外の特定の誰かと親しくお話することは、今までなかった。

 私に話しかけてきたら、注目を浴びるのは確実だわ。


「できれば、皆さんの前で二人でお会いするのは遠慮したいのです。今日のように人気のない放課後にお会いする方向でお願いしたいのです」

「それは困るわ。折角、気の許せる友人ができたのに、放課後しかお話しできないなんて悲しいもの」

「……ですが、それだと目立って」

「目立たないわ。この学院にどれだけ生徒がいると思っていらっしゃるの? 最初は注目を集めてしまうかもしれないけれど、慣れればそれが日常になるものよ。大丈夫。それに十年前の出来事なんて、子供だった皆さんは覚えていないかもしれないもの」


 ね? とソフィー様は言っているけれど、十年前のことを思い出されるよりも、悪目立ちして、あの顔でとか言われて笑われることになるのが怖いのです……!


「ソフィー様は皆さんと平等に仲良くされていらっしゃるので、私だけに話しかけたりしたら、他のご友人の皆さんが色々と仰るかもしれませんし」

「確かに、これまで私が特別親しくしていた友人はおりませんが、皆さんは、そのようなことであれこれ仰る方ではないわ」


 いや~、あの皆さんは我が強いですよ。

 ここで私が彼女から特別扱いされたら、絶対に文句が出るわ。

 という考えが顔に出ていたのか、ソフィー様が頬に手を当てて考え込んでしまう。


「……でしたら、明日から皆さんに平等に話しかけるわ。それなら大丈夫だと思うの。もしも、貴方とのことを聞かれたら図書館で……はクレイグ殿下に悟られるかもしれないから、温室で偶然お会いしたことにしましょう。それで、少しお話をして気が合うと分かり、話すようになった。これなら、納得して頂けると思うの」


 ああ、それなら混乱も少ないし、納得してくれるかもしれない。


「それに、どうしても外野の声が気になると仰るなら、私がどうにかしてみせます。私が貴方を守って見せます。貴女は私の友人なのですから」


 力強い言葉に胸を打たれ、ついに私は白旗を揚げた。

 無理だわ。ソフィー様に守ると言われて安心しない人はいない。


「……承知致しました。ですが、あの、あまり」

「分かっているわ。あからさまに貴女にだけ話しかけたりはしないから安心して。それに、今後のことをお話しするときは、ちゃんと放課後の人気のない場所でと約束するわ」

「我が儘を申し上げてしまい、申し訳ございません」

「いいえ、私の方が我が儘だわ。ごめんなさいね。でも、恋愛小説に詳しい貴女の協力が必要なのよ」


 ……恋愛小説には詳しいけれど、現実の恋愛事には詳しくないのよね。

 恋もしたことないし。

 でも、尊敬するソフィー様に頼りにされたら、力になりたいと思ってしまう。


「……どのくらいお役に立てるか分かりませんが、ソフィー様を支えますので」


 明日からのことに不安もあるけれど、尊敬する彼女の役に立てることが嬉しいという気持ちの方が勝っている。

 皆さんに話しかけるとソフィー様は言っているのだから、私だけが悪目立ちすることはないはず。

 そう、前向きに考えて私はソフィー様と共に学院を後にした。

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