ロゼッタさんと私
その日、私はお母様と一緒にお母様の友人が主催するお茶会へと招かれていた。
私達の他にも数組の母娘が招かれていたんだけれど、その中になんとロゼッタさんがいたの!
彼女によく似て、穏やかで優しそうなお母様は、私のお母様のご友人と親しげに話をしていたわ。
すごい偶然ね。お母様の友人の友人がロゼッタさんのお母様だったなんて。
私は、チラリとロゼッタさんの様子を見てみると、彼女はお茶会を楽しんでいるようには見えなかった。
どちらかというと落ち込んでいるような感じがするわ。ここには学院で彼女をいじめている令嬢はいないのに……。
それだけ、いつも学院内で上位貴族の令嬢達からいじめられているのが辛いのかもしれない。
味方が多いとは言っても、いつも言われていたらそうなるわよね。
「ごきげんよう、ロゼッタさん」
下を向いていたロゼッタさんに私が声をかけると、彼女はハッとしたように顔を上げた。
私を確認した彼女は目を見開いて驚いている。
考えごとをしていて急に話しかけられたら、驚くわよね。
「ご、ごきげんよう、アメリアさん」
「驚かせてしまってごめんなさい。ですが、このような場でお会いできるとは驚きました」
「はい。私も驚きました。アメリアさんのお母様とも子爵夫人は友人だったのですね」
すごい偶然ですね、とロゼッタさんは微笑んでいるけれど、どこかぎこちなさがある。
「あの、その後、ソフィー様はいかがでしょうか? 本当に傷ついてはいらっしゃらないでしょうか? 前にソフィー様は気にしていないと仰っておりましたが、さすがにお言葉をそのまま信じることもできなくて」
「私が拝見した限りでは、傷ついていらっしゃいませんよ。最近は、親しくしているミランダさんとジェーンさんと一緒に恋愛小説のことで盛り上がっていますので」
「恋愛小説で、ですか? ソフィー様でも恋愛小説を読まれるのですね。少し意外です。ですが、お元気そうだと伺って安心致しました」
「ですので、ロゼッタさんがそこまで心配なさらずとも大丈夫です。ソフィー様は前を向いていらっしゃいます」
そこまで責任を感じなくても大丈夫だと私はロゼッタさんに伝えると、彼女はホッとしたように息を吐き出した。
「それにソフィー様は、王太子殿下とロゼッタさんが上手くいくことを願っておりますもの」
「そうなのですか!?」
信じられないとでも言いたげに、ロゼッタさんの目が大きくなる。
まあ、そうよね。お二人の婚約解消になった切っ掛けの張本人からしたら、その反応になるわよね。
「約束を破って、クレイグ殿下とお話ししている私を怒ってはいないのですか?」
「あれは仕方のない部分もございます。上位貴族のご令嬢が出られている以上、王太子殿下かマリオン殿下しか止められませんし、庇えませんもの。大体、ロゼッタさんから話し掛けているわけではないですし。それよりも、ロゼッタさんは大丈夫ですか? お辛くはありませんか?」
学院から離れた場所でいじめのことを話題にするのはいけないとは思うけれど、ロゼッタさんの様子が深刻そうだったので、つい私は口にしていた。
キュッと口を結んだ彼女は、目線を下に向ける。
「助けて下さる方がいらっしゃるので、そこまで辛くはないのです。それに、私のしたことはこれぐらいでは償えませんから」
「それなのですが、ロゼッタさんは、必要以上に責任を感じていらっしゃると思うのです。償いということなら、ベイリー男爵に対する処罰で済んでいるではありませんか。王家とバーネット侯爵家が、それで良しとしたのなら、ロゼッタさんはすでに罪を償っていると思うのです」
「ですが、それだと私に対して何も」
「何もないということはありませんでしょう? だって、ロゼッタさんは、その……」
さすがに平民になるのだから、困るでしょう? とは言いにくいわ。
ロゼッタさんは、私が言いたいことを察したのか、苦笑している。
「ええ。父が亡くなったら平民になりますね。ですが、それはまだ先の話です。猶予はありますので、身の振り方を考える時間がありますから。だからこそ、私はこれが罰だとは思えないのです」
「どういうことでしょうか?」
「ベイリー男爵家は貴族というよりは、どちらかというと裕福な平民のような家なのです。貴族としての教育は受けましたが、価値観はどちらかというと平民に近いので、仮に平民になったとしても、さほど違和感なく暮らしていけると思います」
でも、貴族だからこそ受けられるものもあると思うのに。
「ソフィー様の幸せを壊してしまったのに、このような罪で良いはずがないと思ってしまうのです。ソフィー様はお優しい方なので私を責めることもせず、庇って下さいました。クレイグ殿下もそうです。辛いお立場になったのにも拘わらず、私を守って下さいます。私のしたことは、最低のことなのに……。それに、ソフィー様は私とクレイグ殿下のことを応援して下さっている。だからこそ、私はクレイグ殿下の手を取るべきではないのかもしれません」
どうして、王太子殿下の手を取らない方が良いという話になるの?
婚約は解消となって、ソフィー様はお二人を応援している。ロゼッタさんに対する処罰はされたし、その後に王太子殿下とお付き合いしても、混乱はあれど、前ほど問題にはならないんじゃないかしら?
まあ、婚約解消に至った原因の女性と付き合うというのは、世間体が悪いと思うけれど。
「あの、お見かけしている限り、王太子殿下は以前と変わらぬ気持ちだという印象を持ちましたが。ロゼッタさんも王太子殿下を好きなのですよね? 両思いであれば、世間体は良くありませんが、お互いに婚約者もいないので大丈夫なのでは?」
「…………私は、クレイグ殿下と結ばれるのが本当に良いことなのか分からないのです」
ロゼッタさんは、ソフィー様と王太子殿下が婚約解消になったことに物凄く責任を感じている。
こうなってしまったのは、彼女だけのせいではないと思うのだけれど。
「ソフィー様とのことで、そのように悩んでいらっしゃるのですか? ならば、遠慮することはないと思いますが」
「その気持ちもありますが、クレイグ殿下との身分のこともございますし、あの方の未来を閉ざしてしまって良いのだろうかと思ってしまいまして。クレイグ殿下は、自分が選んだ道だと、自分の手を取って欲しい、死ぬまで側にいて欲しいと仰って下さいました」
え? 王太子殿下ってば、既にロゼッタさんに告白していたの!?
驚いている私とは違い、彼女はすごく深刻そうにしている。
「申し出は嬉しいと思いました。できれば、あの方の手を取りたいと分不相応ながら思ってしまいました。ですが、一時の感情に身を任せるにはあまりにも愚かなことだと分かっているのです。誰かを不幸にしてまで、私は幸せになりたいわけではないのです」
なんというか、ロゼッタさんも真面目な方よね。
立場と経緯を考えたら、彼女のように思うのも無理はないと思うけれど、ちょっと責任を感じすぎじゃないかしら。
「ご自分の気持ちに正直になられるのが一番だと思いますよ? 何やら、王家とバーネット侯爵家の間で取り決めがあったらしく、丸く収まるらしいですから。王太子殿下と一緒になられて、幸せになれると思うのならば、殿下の手をお取りになるのも良いかと思います。まずは王太子殿下とじっくり話し合われては?」
「アメリアさんは反対ではないのですか? ソフィー様を尊敬していらっしゃると仰っていましたよね? なら、私が王太子殿下の手を取るのはお嫌なのでは」
「嫌など思いませんし、思う権利もございません」
最初は、おいおい……と思っていたけれど、今はそんなことはない。
何よりも、ソフィー様が吹っ切って過去としたことだもの。
本人が、もう良いと言っているのに、私がとやかくいうことじゃない。
ロゼッタさんと接して、彼女が裏表のない責任感が強すぎる真面目な女性だということも分かったし。
償うために学院でいじめられていても耐えていたのでしょう? もう良いじゃない。
王家もバーネット侯爵家も終わらせたことを、まるで正義だと言わんばかりにいじめている方がどうかと思うもの。
だから、彼女には頑張って欲しいと思ったの。
「罰はもう受けていらっしゃるではありませんか。あとはロゼッタさんがどうなさるのかというだけです。私は貴女を応援します」
「……どうして、そのように優しい言葉をかけて下さるのですか?」
ロゼッタさんの可愛らしい顔がクシャリと歪み、目から大粒の涙がこぼれ落ちた。
どうしよう! 泣かせてしまったわ!
泣かせたかったわけじゃなかったのに、どうしよう!
私がアタフタしていると、ロゼッタさんはハンカチーフを取り出して目元を拭っている。
「私はソフィー様からクレイグ殿下を奪った悪女なのに……」
「ああ、もう! いい加減になさって下さい!」
加害者意識が強すぎるロゼッタさんに、私はついに痺れを切らしてしまった。
「よろしいですか? ソフィー様は王太子殿下へのお気持ちはもうないと仰っておりました。謝罪も受け入れているとも仰いました。貴女が王太子殿下の手をお取りになったところで、ソフィー様は傷つきません。ソフィー様を理由にして、あれこれ悩むのはお止め下さい。むしろ、そちらの方がソフィー様に対して失礼です。申し訳ないと思うのは貴女の勝手ですが、少しは話を聞いて下さいませ」
言い切った後で、私は冷静になって自分の失言に頭を抱えた。
ロゼッタさんに対して、キツイことを言ってしまったわ。
考え無しの行動だったと自己嫌悪していると、ポカンと口を開けたロゼッタさんが呆然とした様子で私を見ていた。
「余計なことを申し上げてしまいましたね。申し訳ございませんでした」
「……いえ、いいえ。アメリアさんの仰る通りです。私はずっとソフィー様に申し訳ない、傷つけてまでクレイグ殿下と一緒になるのはいけないと、そればかり考えておりました。ですが、それは許して下さったソフィー様に対してとても失礼なことをしていたのですね……。ここまで言われないと気付けないなんて、情けないと思います。悲劇のヒロインに酔っていただけだったと気付かせて下さって、ありがとうございます」
涙が止まったロゼッタさんは、深々と私に頭を下げている。
その様子に私は慌てふためく。
「お止め下さい! 頭を上げて下さいませ。余計なことを申し上げたのは私なのですから」
「いいえ。私の思い上がりを指摘して下さっただけです」
顔を上げたロゼッタさんは、先ほどまでの落ち込んだ様子とは違い、わずかに笑みを浮かべていた。
「一度、きちんとクレイグ殿下とお話をしてみようと思います。その上で、あの方の手を取るかどうかを決めます。ありがとうございました」
もう一度、頭を下げたロゼッタさんはニコリと笑うと、私から離れていった。
失言したと思っていたことが、どうやら彼女のためになったみたい。
……良い方向に行きそうで良かったとは思うけれど、本当にこの性格を何とかしないと。
感情のままに動くのは自重しないといけないわ。
私はロゼッタさんの後ろ姿を眺めながら、そう思っていた。
その様子を冷ややかな目で見ていた方がいたとも知らずに。