仲間が増えました
マリオン殿下が言っていた通り、ロゼッタさんに対する嫌味や中傷は収まるどころか、悪化していた。
他所通り、ロゼッタさんが嫌がらせをされているという情報が王太子殿下の耳にも入ったお蔭で、殿下が彼女に嫌味を言っていた令嬢達を叱りつけたから。
王太子殿下が隠すこともなく公に動いたことで、マリオン殿下が危惧していた通り、上位貴族の令嬢達の顰蹙を買う結果となり、彼女達が動いてしまったというわけ。
上位貴族の令嬢が動いたことで、静観していた中位、下位貴族の令嬢達も右にならえとばかりにロゼッタさんをいじめ始めたの。
最初は、嫌味や中傷くらいだったのに、段々とわざとぶつかるとか、教科書や持ち物を捨てるとか、誰かのやった悪いことを無実のロゼッタさんになすりつけるといったようにいじめにエスカレートしていっている。
しかも、行っているのが上位貴族の令嬢達だから、ソフィー様の注意も意味を成さない。
ロゼッタさんもロゼッタさんで罰だとでも思っているのか、逃げることもせずにひたすら耐えているのよね。
おまけに、彼女は王太子殿下とは会わないと言っていたことを守ろうとして彼から逃げている状態。
どうしようもなくて、私は、はぁと息を吐き出した。
「どうかなさいましたか?」
前に私に声をかけてきてくれた下級生の女子生徒、名前をミランダさんというのだけれど、彼女が心配そうな表情を浮かべながら、私を見ていた。
今はソフィー様とミランダさん達と一緒に昼食を食べている最中だというのに、余計な心配をかけてしまったわ。
「……いえ、ロゼッタさんのことが心配で」
「お気持ちは分かりますが、上位貴族の令嬢方が動いている以上、私達には何もできません」
「ええ。分かっているのですが」
無闇に頭を突っ込んだら、両親やソフィー様に迷惑をかける結果となるのは分かりきっている。
尻ぬぐいを両親やソフィー様にさせてまで行うのは、勇気でもなんでもない。ただの無謀。
「大丈夫ですよ、アメリア様」
もう一人の下級生の女子生徒である、ジェーンさんは、そう口にすると穏やかな笑みを浮かべていた。
「大丈夫とは?」
「確かにロゼッタさんには敵が多いですが、味方も増えたのです」
あ、味方になってくれいている方もいるのね。
「それなら安心ね。やはりロゼッタさんの人徳なのかしら?」
ふふっと微笑んだソフィー様が心配することなど何もないのよ、と安心させるように私の肩に手を置いた。
「人徳と申しますか、身分違いの恋に色めき立って、ロゼッタさんと王太子殿下を応援なさる方が増えたのです。それで……ああ! 申し訳ございません!」
いきなりジェーンさんは大声を出してソフィー様に頭を下げた。
「突然、どうなさったの?」
「いえ、ソフィー様の前で申し上げることではございませんでした」
「……ああ、クレイグ殿下のことを仰ったからかしら? 別に構わないのに。ジェーンさんは気にしすぎよ」
「そんな! ソフィー様のお気持ちも考えずに、無神経でございました」
ソフィー様がこれまでと変わらぬ態度だったから、つい口が滑ってしまったのね。
私だって、その話を知っていたら、きっと同じように口にしていたわ。
「もう! 私は、クレイグ殿下のことは何とも思っていないのよ。元婚約者で尊敬する王太子殿下という気持ちしかないわ。だから、私は傷ついていないし大丈夫よ」
優しげに微笑んだソフィー様を見て、ジェーンさんの強張った表情が緩んでいく。
空気を変えるためかソフィー様は、ああ、そうだわと口にした。
「この間、アメリアさんがお二人に恋愛小説を薦めたと伺ったの。もうお読みになって?」
一瞬の間の後、ジェーンさんとミランダさんが同時に、はいと口にした。
そうなの。実はこの間、お二人に恋愛小説を薦めたのよ。
だって、恋愛小説仲間が欲しかったのだもの。盛り上がりたかったのだもの。
で、どうだったのかしら。面白かった? 興味をそそられた?
わくわくしながら、私がお二人を見つめていると、先にミランダさんが話し始める。
「恋愛小説は初めて読みましたが、架空の恋愛物にあそこまでのめり込むとは思ってもおりませんでした」
「続きが気になってしまい、中々読むのを止められなくて……。あれは悪魔の読み物です。お蔭で授業中に寝てしまうところでございました」
好意的な意見に私はテーブルの下で小さくガッツポーズをしたら、小さな声でソフィー様から注意を受けてしまう。
でも、ソフィー様もこっそり手を握りしめているではありませんか。
恋愛小説仲間が増えたことに、私とソフィー様はニンマリと微笑んだ。
布教活動をして本当に良かったわ。
引きずり込、じゃなかった、好きになってもらえたのだからね。
良かった、良かったと思っていると、ソフィー様が静かに口を開いた。
「図書館にも恋愛小説が置いてあるのよ」
ソフィー様の言葉に、お二人の目がキランと輝いた。
「しかも、生徒の皆さんはあまり恋愛小説に興味がないみたいなの。だから、いつ図書館に伺っても貸し出し中ということがなく、ご自分の読みたい恋愛小説をゆっくりと選ぶことができるのよ」
「しかも、割と長いシリーズ物もあるのです」
と、私は止めをさした。
お二人は、落ち着かない様子でチラチラと図書館の方向に視線を向けている。
集まりが解散となったら図書館に直行コースね。
恋愛小説で盛り上がれるのが本当に楽しみだわ。
「心配するお気持ちを一時でも忘れさせることができたかしら?」
お二人は恋愛小説にのめり込んでくれるかしら? と思っていると、お二人に聞こえないくらいの声でソフィー様に言われ、私は真顔になる。
もしかして、ロゼッタさんのことで何もできない私を心配してくれていたの?
「殿下もいらっしゃる、味方もいらっしゃる。彼女は一人ではないわ。いずれ殿下は決意なさるでしょうから、それまでの辛抱よ」
「ソフィー様は、色々と裏の事情を御存じなのですね」
「当たり前でしょう? 私は当事者でしてよ?」
そうだったわ。ソフィー様は王太子殿下と話し合っていたし、王家とバーネット侯爵家との取り決めのこともあるって言っていたわよね。
ソフィー様が大丈夫だと口にするなら、本当に大丈夫なのだろう。
でも、せめてロゼッタさんを中傷する方々を注意したり、悪い噂を否定して回ることくらいはしよう。
「それから、この間、ルーファスから貰ったガラス細工。あれは、アメリアさんの見立てだったのですってね。ルーファスが口を滑らせていたわ。アメリアさんと出かけたと伺って、驚いたのよ。弟と仲良くしてくれて、ありがとうね」
「いえ、あれはルーファス様が選んだものです。私は何も」
「え!? アメリア様とルーファス様ってそのようなご関係なのですか!」
「学院内では親しくしているところを拝見したことがございませんでしたが……。まあ、まあ、まあ」
「違います! ソフィー様への贈り物を選ぶのにお付き合いしただけです! 他の理由はございません!」
私は首を振って否定したけれど、向けられる視線は生暖かいまま。
「以前、ルーファス様がとんでもない美少女とお出かけなさったと噂になっておりましたが、まさか、アメリア様なのですか?」
「違います! それは別の方です! 私ではありません。有り得ません!」
「ですが、他にお二人で出かけていたという話は聞きませんでしたよ?」
「秘密にしていらっしゃるのでしょう? きっと、他の方に知られたくないと思っていらっしゃるのだと思います」
確かに二人で出かけたけれど、私は美少女じゃないもの。噂ではとんでもない美少女だったのでしょう?
尚更、私ではないわ。
大体、私はルーファス様を好きだけど、ルーファス様は他の方が好きなんです! とは彼の気持ちを考えると口が裂けても言えない。
チクチクと痛む胸を押さえながら、私はミランダさん達の言葉に全力で否定していた。