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悪化してます

 ルーファス様と出かけたことで、誰かから何か言われるかと思っていたけど、不思議なほど何も起こらなかった。

 尤も、今の皆さんが注目しているのはロゼッタさんのことだから、ルーファス様の件にまで手が回らないのかもしれない。

 私にとっては良かったけれど、ロゼッタさんにとっては全然良くないわよね。

 味方がいない状態で、言い返すこともできないのだから。

 自業自得な面も勿論あるが、それでもやり過ぎだと思うのよ。


 と、私は廊下の向こうで、ロゼッタさんに嫌味を言っている令嬢達を見て眉を顰める。

 ソフィー様の元取り巻きだった皆さんの行動のせいで、ロゼッタさんに対して嫌がらせをしても良いという流れになってしまっているからか、ああいう場面を見ることが増えていた。

 今、嫌味を言っているだろう皆さんは、中位貴族の令嬢達で下位貴族のロゼッタさんにはどうすることもできない相手。


「全く、毎日毎日飽きもせず、お暇なのかしら。ですが、一度、ハッキリと申した方がよろしいかもしれないわね」


 私と同じように憤りを感じていたのか、ソフィー様の口調は怒りを含んでいた。

 止めるためにソフィー様と一緒に私もロゼッタさん達に近寄っていく。


「陰でコソコソなさらない心意気は素晴らしいけれど、淑女としてみっともなくてよ」

「ソフィー様!?」


 令嬢達は、いきなりソフィー様があらわれたものだから、驚いている。

 目立つところで嫌味を言っているのだから、ソフィー様が来ることくらい予想できたでしょうに。


「私達はソフィー様の無念を晴らすために行っているのです」

「ソフィー様のご友人方も仰っていたではありませんか」


 ああ、元取り巻きの令嬢達が言ったことを彼女達は信じているのね。

 それは違います、と口を開きかけた私をソフィー様が手で制してきた。

 ここはソフィー様に任せる場面なのに、出過ぎた真似をしてしまったわ。


「そう。では、私の無念とは?」

「ロゼッタさんのせいで婚約が解消となったではありませんか。ソフィー様は今も王太子殿下をお慕いしていらっしゃるのに……。お労しいことでございます」

「ですので、私達は傷ついてロゼッタさんに何も仰れないソフィー様の代わりに彼女を叱っているのです」

「そのようなことは私は頼んでないわ。勝手に私の気持ちを模造しないで頂戴」


 思いっきりソフィー様に切り捨てられ、彼女のためと信じ切っていた令嬢達の表情が強張る。

 これ、相当怒っているのかしら?


「私とクレイグ殿下は納得した上で婚約を解消したの。だから、私がロゼッタさんに対して腹を立てているということは一切ないわ。誰が何と仰っても、これだけは変わらない。皆さんには貴族令嬢として相応しい振る舞いをして欲しいと思っているの。今後、彼女に嫌味を仰ったり、笑ったりなどなさらないように」


 言い終えたソフィー様は周囲をグルリと見回した。


「皆さんも、よろしくて?」


 興味津々といったように、こちらを見ていた方々にも彼女は念を押す。

 その迫力に、周囲の生徒はコクコクと何度も頷いている。


「結構よ。それから、ロゼッタさん」

「は、はい!」


 ソフィー様の迫力に押されたのか、ロゼッタさんの声が上擦っていた。

 気持ちは分かるわ。今の彼女の毅然とした態度は、上位貴族の姿そのもの。

 私も知らない内に背筋が伸びてしまっている。


「貴女も真面目に嫌味をお聞きしなくてもよろしいのよ。私に対して罪悪感を抱くのもこれきりにして頂戴。もう終わったことなのだから、貴女も堂々となさって。それが私が望んでいることよ」

「……ありがとう、ございます。それと、本当に申し訳ございませんでした」

「ベイリー男爵と貴女は、すでに謝罪なさったでしょう。私もバーネット侯爵家も貴女方の謝罪を受け入れたのだから、これ以上の謝罪は不要よ。だから気になさらないで。それに、なるべくしてなった結果だもの。私は全てを受け入れているわ」


 涙目になったロゼッタさんは、深々とソフィー様に対して頭を下げた。

 それと受け止めた彼女は、私の肩を叩いてくる。


「参りましょう」


 颯爽とその場から離れるソフィー様の後を、我に返った私は追いかけた。


「伝えたいことは伝えたし、これで落ち着けばよろしいわね」

「あの様な場面は好んで見たいとは思いませんから。収まってくれることを望みます」

「どうだろうね。あの兄上が嫌がらせをされているロゼッタ嬢を放っておくはずがないから、もっと揉めるんじゃないかな?」


 人懐こい笑みを浮かべながら、物陰からマリオン殿下があらわれた。

 いつも神出鬼没なのよね。ビックリしたわ。いつから聞いていたのかしら?

 それにしても、今日はルーファス様は一緒じゃないのね。……残念。

 って、今はルーファスさまのことに意識を向けている場合じゃないわ。マリオン殿下は王太子殿下がロゼッタさんを放っておくはずがないと言ったわね。

 ああ、でも確かに王太子殿下がロゼッタさんの今の状況を知っちゃったら、きっと庇うわよね。

 そうなったら……。


「上位貴族のご令嬢方が敵に回ることになりますね」

「そういうこと。上位貴族の令嬢達がいじめに加担し始めたら、王族と同位貴族達しか相手を諫めることができないからね。……で、ソフィー。どうして俺から距離を取るの?」


 問われたソフィー様は、ぎこちない様子で首を横に振っている。


「いえ、突然いらっしゃったので驚いただけです」

「ああ、ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだよ」

「驚いた私が悪いのです。無礼をお許し下さい。それと、最近よく話しかけて下さいますが、婚約解消になって皆さんから好奇の視線に晒されている私を気遣って下さらなくてもよろしいのですよ? 私にはアメリアさんがいらっしゃるし、アメリアさんを尊敬し、彼女の側にいらっしゃる方もおりますから」


 途端に、マリオン殿下の眉がピクリと動いた。

 笑顔のはずなのに、空気が凍ったような気がするわ。


「別に俺はソフィーを気遣って話しかけているわけじゃないよ? それよりも、アメリア嬢を尊敬している令嬢達って?」


 冷ややかな目を私に向けてくるマリオン殿下。

 これは、説明しろと言っているのかしら? ……きっと、そうよね。

 話してもいいか空気を読みながら、私はゆっくりと口を開いた。


「……先日、ソフィー様から離れていった皆さんがロゼッタさんに嫌味を仰っていたので、私が止めたのです。そこで申し上げた私の言葉に、傍観者のままではいけないと気付かれた皆さんが私やソフィー様に話しかけて下さるようになって、それで共に過ごす時間が増えているということなのです」


 そうなのよね。

 これからも話しかけてよろしいですか? という言葉通り、彼女達は私とソフィー様によく話しかけてくれるようになったの。

 取り巻きの皆さんが離れて、ソフィー様と二人だったのが賑やかになったのよね。


 話を聞いたマリオン殿下の肩から力が抜けたのが分かる。

 納得してもらえて良かったわ。


「ソフィーが楽しそうに過ごしているみたいで安心したよ。でも、俺が話しかけているのは気遣っているからじゃないよ。俺がソフィーに話しかけたいから、そうしているだけ。そこは勘違いしないで欲しいな」

「違うのですか? 私はてっきり……」

「俺はそこまで優しい人間じゃないからね。落ち込んでいないか心配だったのは確かだけど、俺個人がソフィーを大事に思っているからだし」

「ありがとうございます……」


 照れたようにマリオン殿下からソフィー様は視線を外した。


「私は幸せ者ですね。マリオン殿下にアメリアさんや他の皆さん。それに、ルーファスもいるのですから。この間なんて、ルーファスからガラス細工をプレゼントされたのですよ? いつもはぶっきらぼうで素っ気ないのに、大事なところで私を励ましてくれるのです。本当に優しい弟です」


 途中からルーファス様の自慢が挟まって、私は名前が出ただけなのに挙動不審になってしまう。


「アメリアさん? どうかなさったの?」

「いいいえ、何もございません! ルーファス様は本当にお優しい方ですよね!」


 うわあ、とんでもなくどもってしまったわ。恥ずかしい。

 下を向いて私が落ち込んでいると、マリオン殿下が、本当にね、と私に触れずに話し始めてくれた。


「ルーファスは大分、口調で損をしているからね。俺は付き合いが長いから、本心を察することができるけれど、他の人はそうはいかないから。もっと、人当たりを良くすればいいのにって歯痒くなるよ」

「ええ。私もそう思います。あのままでは、良い出会いなどないのではないかと心配になりますもの」

「ああ、それは心配ないよ。ルーファスは、もう心に決めている人がいるみたいだから。この間なんて、二人で出かけていたみたいだしね。道行く人達の注目を集めていたようだよ? ルーファスの隣にいる、あの美少女は誰なのか、ってね」

「まあ、そうですの? ルーファスったら、私に教えてくれないなんて……」


 目を見開いて、驚いているソフィー様と同じく、私も衝撃を受けた。

 でも、考えて見れば、ルーファス様にだって想いを寄せている方がいてもおかしくないはず。

 きっと、ルーファス様に負けず劣らずの可愛らしい方なのでしょうね。あのルーファス様が好きになる方だもの、きっと性格も良いと思うわ。

 相手が誰が分からないけれど、散々お世話になったルーファス様には幸せになって欲しい。

 幸せになって欲しいと思っているのに、どうしてこんなに胸が痛むの? 泣きそうになっているの?

 見たこともない、名前も知らない相手を羨ましく思うなんて……。

 別に、私はルーファス様のことを好き、なわけ、じゃ。


 ……ちょっと待って。今の私ってまるでルーファス様に恋をしているみたいじゃない。

 こんな場面を恋愛小説で見たことがあるわ。

 恋、私がルーファス様に恋? ルーファス様を、好き?


 何度も何度も頭の中で反芻して、これまでのルーファス様との出来事や自分の感情の変化を思い出して、私はやっと自覚した。


 ああ、そっか。私はルーファス様のことが好きになってたんだ。だから、あんなに二人で出かけた後に胸をときめかせたり、他に好きな人がいると聞いてショックを受けたんだわ。


「どうしたの?」


 不意にマリオン殿下から声をかけられ、私はハッと我に返る。

 まさか、ルーファス様のことを好きだと自覚しました、なんて口にすることはできない。

 気持ちを知られるのは嫌。だって、他の方を好きなんでしょう?

 だったら、私がルーファス様のことを好きだというのは言わない方がいい。彼の耳に入って欲しくない。

 気まずくなるのは嫌だもの。

 そう思った私は、できるだけ自然に見えるように笑みを浮かべた。


「あの、その、少し考えごとをしておりました」

「そう、ならいいけどね。君は結構、自己評価が低いから、何か余計なことを考えているんじゃないかって思って」

「そのようなことはございません」

「あら、そう? 貴女はとても素敵な女性なのに、いつも自分なんて、と仰るじゃない。もっと自信を持ってもよろしいのに」


 自分では素敵な女性だとは思っていないから、ソフィー様の言葉に愛想笑いを返した。

 勿論、素敵な女性に憧れはあるわ。でも、今の私は精々、地味な女が頑張っている程度。ソフィー様の言う、素敵な女性の足元にも及ばない。

 自覚しているからこそ、自分に自信が持てないのよね。


「他人を変えることができるというのは大した才能だと思うよ。そこは誇ってもいいんじゃないかな? あんまり意固地になっていると、幸せを逃してしまう破目になると思うけれど」

「私を変えたのは紛れもなくアメリアさんなのだから。他の方が仰っても、きっと私は耳を傾けなかったはずよ。貴女だったから、私は変わろうと思ったのだもの」


 お二人から力説され、そうでもないのに、という気持ちと嬉しい気持ちが湧き上がってくる。

 だって、第二王子とバーネット侯爵家令嬢から言われているのだもの。

 調子に乗るのはダメだと思うけれど、褒められたらやっぱり嬉しいわ。


「……お褒め頂き、光栄です。そのような人に近づけるように精進致します」


 前向きな私の言葉に、お二人は満足げに頷いた。


「正直、君にもう少し自信を持ってもらわないと、これから大変だと思うから、前向きに考えてくれて助かったよ」

「何か起こるのですか?」

「起こるというか起こっているでしょう? ロゼッタ嬢に嫌がらせを指示しているのがソフィーだって話が広まっているからね」


 ああ、それね。

 私とソフィー様は顔を見合わせて苦笑する。


「いい迷惑だと思います。ソフィー様がそのようなことを指示なさるわけがございませんのに……。マリオン殿下がそう仰るということは、信じている方がいらっしゃるということですよね?」

「半々、といったところかな? ダリモア侯爵側の人間は信じているけれど、それ以外は半信半疑。様子見の状態だね」


 良かった。全ての生徒が信じているわけではないのね。


「でも、これからどうなるのかは分からないからね。俺もできる限りフォローするけれど、ソフィーの側にいるのは君だから。頼むよ」


 ソフィー様が指示していないのは、私が一番良く分かっているもの。

 どんなことがあっても、私は彼女の味方で居続けるわ。


「幸い、私を慕って下さる方もいらっしゃいますから。それに皆さんもソフィー様の日頃の行動を拝見していれば、きっと分かって下さると思います。何があっても、私はソフィー様の側にいると誓います」

「頼もしい言葉だね」

「私が守りますと申し上げたのに、情けないわね」


 確かに最初は、ソフィー様からそう言われたわ。

 でも、十年前のことは既に皆に知られている。これ以上、私の傷が深くなることはないから大丈夫。

 これまでもソフィー様には助けてもらっているもの。

 だから、今度は私の番。


「五年前の恩返しをさせて下さいませ。それに、友人を助けるのは当たり前ではございませんか」


 今の私はソフィー様の取り巻きではない。彼女の友人だと胸を張って言える。

 ソフィー様は、ハッとした後で優しく微笑みを浮かべた。


「そうね。そうだったわね。貴女は私の大事な友人。お互いに助け合うのが友人だものね」

「ええ。そうです」


 私達が笑い合うと、複雑そうな表情を浮かべたマリオン殿下が苦笑している。


「マリオン殿下」

「ああ、ルーファス。噂をすれば何とやらだね」

「なに、それ」


 突然のルーファス様の登場に、私の心臓が早くなる。

 声を聞いただけなのに、ドキドキするなんて……。


 心臓がうるさいくらいにドキドキしつつ、私は声がした方へと視線だけ動かしたんだけれど、いつもよりも輝いて見えてしまって直視できない。


「アメリア、何をジタバタしてるの?」


 下を向いて顔を手で覆っていたら、ルーファス様から話しかけられてしまった!

 顔を手で覆ったまま動きを止めて、どう返事しようかと私は悩んでしまう。

 私、今までどうやってルーファス様と話をしていたんだっけ?

 いつも通り話しかけるなんて無理!

 でも、何か言わないと変だと思われるし……。


「か、顔の」

「顔の?」

「マッサージをしておりました」

「その割りには、体がよく動いていたけど」


 さすがにこれは苦しいですよね! 分かってましたとも!


「ま、まあ。何もないならいいんだけど」

「ええ、はい! 何もございません!」


 やった、上手く誤魔化せた! という思いが先にきて、私はうっかり顔を上げてしまい、真正面からルーファス様を見てしまった。

 ああ、やっぱり、いつも見ているルーファス様とは違うように見える。

 恋って、こういう風になるんだ。

 ソフィー様がロゼッタさんに嫌がらせをしようかと悩んだ気持ちが今なら理解できる。

 自分の思い通りにならない心臓と思考に、私はどうしたらいいのかと悩んでいた。

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