デートではありません
屋敷へと帰宅した私は、大慌てで地味じゃない服を探しに向かった。
「地味じゃない服……地味じゃない服……」
呪文のように呟きながら、私は並べられている外出用の上品な服をひとつひとつ掻き分けながら探していく。
「お、お嬢様。私共がお探し致しますので」
「いいのよ。動いていないと、やっぱり断ろうかしらって気持ちになってくるから。動いていた方が落ち着くの」
「断る……? どなたかとお約束をなさったのですか?」
「え? ええ。ルーファス様と出かける約束をしたのよ。ソフィー様に」
贈るものを一緒に選ぶためにね、と言いかけたところで、年配の女性使用人が大声を上げた。
「おおお奥様! 奥様! 大変でございます! お嬢様が男性とお出かけになるそうです!」
「あ、ちょっと!」
そのまま、彼女は部屋を飛び出して行き、声を聞きつけた使用人達の驚きの声が徐々に遠くの方へと移動していく。
どこまで行ったのよ!
別にデートとかじゃないんだから、あそこまで騒ぎ立てなくてもいいのに。
はぁ、とため息を吐いた私は、地味じゃない服探しを再開する。
数分後、息を切らせたお母様が部屋に飛び込んできたので、私は驚いて手を止めてしまった。
「リッ、リアッ……ちゃん!」
「取りあえず、落ち着いて下さい!」
物凄く息が上がっているじゃないですか! こんなお母様は初めて見たわよ。
どうどう、と落ち着かせていると、お母様は息が整ってきたのか私の肩を両手でガシッと掴んできた。
「ルーファス様ってバーネット侯爵家のルーファス様で間違いないわね?」
「ええ。そのルーファス様です」
「二人で出かけるの?」
「ええ。ですが、ソフィー様に」
贈るものを一緒に選ぶためなのです、と言いかけた私の口にお母様は人差し指で触れた。
いや、全て言わせて下さいよ。多分、大きな勘違いをしていると思うのよ。
「でかしたわ、リアちゃん! あのルーファス様を射止めるなんて! さすが私の娘。前に隙のある女性のことを聞いてきたのは、ルーファス様を射止めるためだったのね! 貴女は昔から可愛い子だったから、きっと素晴らしい男性を射止めると思っていたけれど、想像以上だったわ」
もはや、どこから突っ込みをいれていいか分からない……。
でも、さすがにルーファス様と付き合っているという誤解は解いておかないと、彼に迷惑をかけてしまう。
「私とルーファス様は、お母様が想像するような関係ではありません。今回はソフィー様への贈り物を選ぶので手伝って欲しいと仰ったので、一緒に出かけることになっただけです」
「あら、ルーファス様が女性と二人で出かけたなど伺ったことがないわ。それに、家族への贈り物を一緒に選んで欲しいと申し出るのは、デートしようと言えない恥ずかしがり屋さんが良く使う手よ?」
「ルーファス様は恥ずかしがり屋さんではないので、それは有り得ませんね。お母様は、どうして全てを恋愛に結びつけるのですか。単純にソフィー様と親しくしている私の意見を伺いたいだけでしょう」
お母様は、いじけたように指をいじりながら、だってぇと口にした。
「ソフィー様のことなら使用人に聞けばいいじゃないの? わざわざリアちゃんにお願いする必要性もないと思うのよ。それに、いくらソフィー様とリアちゃんの仲が良いとはいえ、姉や妹の友人と二人で出かけるのは、あまり聞かないわよ?」
「それは……。で、ですが、デートではないことだけは確かです」
現実を見て、お母様。貴女の娘は至って平凡で地味な容姿なのですよ。
あんな可愛らしい方から恋愛感情を持たれるなんてあり得ないのですよ。
納得したのかしてないのか、お母様は黙ったまま私を見ていた。
「さあ、お母様。私は着ていく服を選ばなければならないので」
「……いつもの服ではダメなの?」
「綺麗な服でと仰っていたので」
途端にお母様の目が輝きを取り戻した。
「ほら! ほら! 男性が女性の服に注文をつけるのは、いつもと違う女性を見たいからなのよ。それはすなわち」
「で・す・か・ら! ルーファス様の隣に地味な格好の地味な私がいるのは許せないってだけでしょう? 深読みしすぎです」
私の言葉を無視したお母様は、使用人に頼んで服を持ってくるように指示を出していた。
絶対に私に似合わない派手な服を勧められそうで、私は頭を抱えるしかない。
という、やり取りを経て、ルーファス様と出かける日がやってきた。
今日の私は、お母様がしつこく勧めてきた空色の服を着ている。
首元まで襟があるので、非常に清楚に見える。おまけに色的にも派手ではなく、かといって地味でもないという絶妙の服。
なんだかんだで、お母様の見立ては良いということなのかしら。
ついでに、私はガッツリと化粧と施されていた。
パーティーのときは、白粉と頬紅、それと口紅くらいなのだが、今日は眉を整えられ、目元の化粧もされた。
いつもよりは、見られる容姿になっていると思うものの、元が元だからねぇ。
「お嬢様。バーネット侯爵家の方がお越しです」
「……今、行くわ」
果たして、この格好はルーファス様のお気に召すものなのかという不安を抱え、私は彼の許へと足を進めた。
「お待たせ致しました」
「……別に待ってない、し……」
途中で喋るのを止めてしまったルーファス様は、唖然とした様子で私を見ていた。
これは、呆れられているのかしら? 地味な女が頑張ってお洒落をしたのが見て分かるくらいなのかしら。
「あの、いかがでしょうか? ご希望通り、綺麗な格好をしてみたのですが、ルーファス様の隣にいても不自然にはならないくらいには見えているでしょうか?」
「……」
「このように明るい色の服を着たのは、子供の頃以来で落ち着きませんね。自分じゃ似合っているのかどうか分かりませんから」
アハハと笑ってみるが、ルーファス様は無反応だ。
もしかして、言葉もないくらいに似合っていないの!?
「ルーファス様?」
呼びかけると、彼は驚いたように体をびくつかせた。
私から視線を外して、口元を手で覆っている。
「似合ってない」
「やはりですか」
「こともない」
「どちらですか!?」
思わず口に出すと、後ろからお母様の忍び笑いが聞こえてきた。
このままでは、またデートだとか言い出すに決まっているわ。ルーファス様に失礼だし、取りあえず屋敷から出ましょう。
「では、ルーファス様、参りましょうか。もうお店は決めてあるのですか?」
「いくつか見当はつけてあるよ。では、レストン伯爵夫人。お嬢さんを一日お借り致します」
「ええ。よろしくお願いしますね。いってらっしゃい、リアちゃん」
「い、行って参ります」
色んな感情を含んだ笑顔を向けられ、私の表情が引きつる。
とにかく、屋敷から出られるのだから、いいわよね。
そうして、ルーファス様と共に馬車へと乗って、私達は街へと向かった。
最初に到着したのは、シルク製品を取り扱っているお店だった。
馬車から先に降りたルーファス様が何故か私の方へと手を差し伸べている。
「あの、ルーファス様?」
「さっさと手を取ってくれる?」
「え?」
「何、その反応? もしかしてエスコートもできない男だと思ってるの?」
いえ、そんなことはないのだけれど……。
「あのね。いくら女性が苦手だからってエスコートぐらいできるよ!」
「そのようなことは思っておりません!」
「じゃあ、早く手を出して。いつまで経っても馬車から降りてこないなんて、僕が恥ずかしいでしょ」
確かにそれもそうだわ。
ちょっと恥ずかしいけれど、お店に入るまでの辛抱よ。
私は怖ず怖ずと差し出されたルーファス様の手を取った。
「段差に気を付けてよね」
「口にされると、失敗してしまいそうになります……」
「別に転んでも受け止めるし」
そう言って、ルーファス様はとても紳士的に私を馬車から降ろしてくれた。
お姫様みたいな扱いに、嬉しさと恥ずかしさで私の顔が熱くなる。
ルーファス様に手を引かれる形で歩いていたところ、周囲の人のざわめきが聞こえてきて、私が見回して見ると、通行人の視線がこちらに集まっていた。
しまった! ルーファス様が目立つ方だと忘れていたわ!
隣に私がいるとバレたら、血祭りにあげられちゃう!
「あら、ルーファス様の隣にいらっしゃるのは、どなたかしら?」
「さあ? 見かけないお顔ですね」
やった! いつもより濃い化粧のお蔭で気付かれてなきわ!
でも、見られるのは慣れないから、早くお店に入りたい……!
なるべく視線を下に向けないように頑張りながら、私達は無事にお店へと入った。
ルーファス様は品物を興味深そうに眺めながら、店主に色々と質問をしている。
ピンとくるものがないのか、彼は腕を組んで考え込んでしまった。
「刺繍されたハンカチもよろしいかもしれません。特に、ソフィー様がお好きな花が刺繍されたものですと喜ばれるかもしれませんよ」
「ふ~ん。ところで参考までに聞くけど、アメリアは好きな花ってあるの?」
「私ですか? 特に好きな花はございませんが、大輪の花よりかは、小さめの花の方が好みですね」
「そう。じゃあ、次の店に行くよ」
ということは、ルーファス様のお気に召すものがなかったということよね。
どういうものを求めているか、一応聞いておいた方が良いかもしれない。
「ちなみにルーファス様は、どのようなものを考えていらっしゃるのですか? 日常で使える物ですとか、飾って見て楽しむものですとかございますか?」
「……特に考えてないよ。アメリアの意見と直感で決めようと思っているから」
「そのような重大な任務を私に与えないで下さいませ……!」
「最後まで決まらなかったら、消去法で選んで買うから心配しなくていいよ」
ソフィー様に! あのソフィー様に、そんないい加減な方法で選んだ物を贈るなんて!
許されないことだわ。これは、なんとしても、ソフィー様に喜ばれるような贈り物を選んでルーファス様に勧めなくては……!
「何、立ち止まってるの? 次の店に行くよ」
「あ、お待ち下さいませ!」
店を出て行ったルーファス様の後を追って、私も外に出る。
「次は、少し先のガラス細工の店」
ということで、再び馬車に乗って、私達はガラス細工の店へと向かった。
ここで、私はひとつの商品に目が釘付けとなる。
それは、ガラス細工とオルゴールが一体化したものであった。
有名な曲を奏でながら、ダンスを踊っている男女のガラス細工がゆっくりと回っている。
「……綺麗」
「じゃあ、それにする。店主。これを」
あっさりと決めてしまったルーファス様を私は見上げる。
私が気に入っても、ソフィー様が気に入るとは限らないのに。
「ルーファス様。もう少し、お考えになった方がよろしいのではありませんか? 私の気に入ったものを贈っても、ソフィー様がお喜びになるとは限りません」
「何言っているの? これは姉さんにじゃなくて、アメリアに贈るために買ったんだけど」
「はい!?」
「ほら、いつも世話になってるし、今日も付き合って貰っているし……だから、お礼だよ! 深い意味はないからね! お礼だからね!」
ええ!? 目的は!? 当初の目的は!?
本来の目的の贈り物を選ばないといけないのに、なんで私に……。
ああ、いいえ、大丈夫よ。深い意味がないのはちゃんと理解しているわ。
「お礼だというのも深い意味がないのも分かっておりますから、ご安心下さいませ。それよりも、ソフィー様への贈り物を先に選びませんと」
「え? 分かっているの? ほんのちょっとでも、もしかしてとか思ってないの?」
「ええ。全く思っておりませんから、ご安心下さい。それよりも、ソフィー様への贈り物を……ルーファス様?」
え? 嘘でしょう? と言いながら、ルーファス様が目を瞠って私を見ていた。
これはどういう反応なのかしら。
「……僕の努力って……」
「あの、ルーファス様。もしかして、何か別の意味があったりしたのでしょうか?」
「はぁ!? ないけど!」
そうですよね。自惚れているみたいなことを言ってすみませんでした。
全力で否定されると、物凄く恥ずかしいわ。
余計なことを言ってしまったわね。
「で、では、ソフィー様への贈り物はいかが致しましょうか?」
これはもう、流してしまうに限ると、私は話題をすり替えた。
「姉さんの好きな花のガラス細工があったから、それを贈るつもり。アメリアと一緒に選んだって言ったら、喜んでくれると思うしね」
「私の名前など出さずとも、ルーファス様が心を込めて選んだものなら、ソフィー様は喜んで下さいます」
「だといいけどね」
きっとソフィー様は喜ぶと思うわ。
なぜ贈り物をしようと思ったのかを聞いたら、もっと喜んでくれる。
「ああ、包み終わったみたいだね」
ルーファス様の声に、私は我に返った。
「はい。アメリアの分」
手のひらに、さっきルーファス様が購入したガラス細工のオルゴールの入った袋が乗せられる。
そんなに重くないもののはずなのに、なぜかずっしりとした重量感があるように思えるわ。
「ありがとうございます。ソフィー様への贈り物を選ぶのにお付き合いしただけなのに、私にまで頂けるなんて。大事にしますね」
笑顔を浮かべて、そう言うと、ルーファス様は横目で私をチラリと見てすぐに視線を逸らした。
「……それ、お礼って言ったけど、ちょっと下心も入ってるから。あと、今日のアメリアはいつもよりも、可愛いし……というか可愛すぎるし……。服も似合ってるから、いつもそんな格好をすればいいのに」
下心? ……それって、何か私に頼みたいことがあって、賄賂のつもりで贈ったとかそういうこと?
というか、可愛いってルーファス様の目は大丈夫ですか? 化粧で多少誤魔化されていますが、元は地味な女ですよ?
唖然としている私と咳払いをするルーファス様。
どことなく気まずい空気が流れる。
「そ、それじゃ、贈り物も買ったし、菓子店に行こうか」
「購入したら帰るわけではないのですね」
「……いくらなんでも、早すぎるでしょ。夕方くらいまでは付き合ってもらうから」
「それ、楽しいですか? 私と一緒ですよ?」
ソフィー様の良いところを羅列するくらいしかできませんよ?
あとマリオン殿下の愚痴とか。
「アメリアと一緒だったら、退屈しないからね。僕は楽しいと思ってるし、アメリアと一緒に過ごしたいとも思ってるよ」
うわぁ、まるで恋愛小説のような台詞だわ。
無駄にドキドキして、自惚れそうになってしまう。
……ちょっと待って。それは、ダメよ! と私は首を振る。
いくら、ルーファス様がお優しいからって、私を好いているかもとか勘違いしてはいけないわ。
あくまでも、姉の友人として見ているだけ。
大体、身分が違うし、見た目も釣り合わないのだから、勘違いすること自体おこがましいわ。
自分を納得させているはずなのに、私の胸がなぜかズキンと痛んだ。
「百面相は見ていて楽しいけれど、絶対に碌なことを考えてないよね?」
「……そんなに顔に出ていましたか?」
「出てた。アメリアって結構顔に出るタイプだけど、気付いてなかったの?」
全然気付いていなかったわ。
気を付けようにも自覚がないから難しそうね。
「まあ、見ている側からすると、何を考えているのか分かるから助かるけど。……ほら、行くよ」
背中をポンと軽く叩かれ、私はルーファス様とガラス細工のお店を出た。
そうして、王都で有名なお菓子店で、私とルーファス様は時間の許す限り話をして、一日を終えたのだった。
お菓子店では、個室だったから人の視線を気にせずに済んだけれど、それでも気を張ったわ。
慣れてしまったから普通に話していたけれど、ルーファス様は物凄い美少年なのよね。
私よく普通に話せていたわね。
なんて考えながら帰宅した私は、話を聞きたそうなお母様を宥めてから自室に入る。
ルーファス様から貰ったガラス細工のオルゴールを袋から取り出して、ネジを巻き机に置く。
曲が流れ、上のガラス細工が回り始めるのを見ながら、夢みたいな一日を思い出して私の胸はドキドキしていた。
「まるで恋愛小説みたいな一日だったわ。私が家族以外の男の人と出かけるなんてね。相手がルーファス様で良かった。とても楽しかったわ」
帰るのが惜しくなるくらいに楽しかった。
何よりも、ルーファス様の新たな一面を見られて嬉しかったの。
今日の会話を思い出して、私は微笑んだ後で冷静になった。
「……どうしてこんなにはしゃいでいるのかしら? お父様と従兄弟以外の男性と初めて二人でお出かけしたから、強く印象に残っているだけよね、きっと」
うん。そうに違いないわ。
体験したことがなかったからよ。それに、恋愛小説のようなことが起こったから興奮しているだけだわ。
……なのに、どうしてこんなにドキドキとするのかしら?