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宣戦布告

 あれから、皆さんはソフィー様に色々な視線をぶつけては、ヒソヒソと何かを話したり、笑ったりとしていたの。

 十年前を思い出して腹が立ってくるけれど、いつもソフィー様に止められている。

 他にも、同情めいた視線とか、婚約者がいなくなった彼女を狙う男性の視線だとかがあったけれど、そういった視線に悩まされる時間は短期間で終わった。

 それは、マリオン殿下がよく話しかけてくるようになったからよ。

 周囲は婚約が白紙となったソフィー様を心配して、マリオン殿下が声をかけていると思っているみたい。

 でも、実際はソフィー様との距離を縮めようとしているだけなのよね。分かっているのは私のみ。

 そういった姿を見せていたせいか、生徒達の注目は徐々に浴びなくなっている。


 それよりも今は目の前の状況よね。

 と、私は少し離れた場所にいる王太子殿下に視線を向ける。


「それにしても、予想通りの展開になっておりますね」


 昼休みの最中、私は王太子殿下に群がっている令嬢達を見ながら呟いた。

 ソフィー様もそちらを見て、冷ややかな笑みを浮かべている。


「婚約が白紙になったのだもの。私の代わりに王太子妃になりたいという方がいらっしゃるのは分かりきったことだわ」

「それでも、白紙になって早々にだなんて」

「皆さん、前向きでよろしいのでは?」


 他人事のように言ったソフィー様は飄々としている。

 本当に吹っ切れたのね、と思っていると、テーブルに影が差した。

 見上げると、勝ち誇ったような笑みを浮かべたジゼル様が立っていたの。


「婚約が白紙となって落ち込んでいらっしゃるかと思っておりましたが、お元気そうですわね。もしかして、結局最後はクレイグ殿下がソフィー様をお選びになると思っていらっしゃるのかしら?」

「……特にそのようには思っておりません。どなたを選ぶのかはクレイグ殿下の自由ですから」

「あら、そう。では、私が行動してもよろしいのですね?」

「ええ。ご自由に。無事にクレイグ殿下のお心を射止めることができればよろしいですね」


 ソフィー様がニコリと微笑むと、ジゼル様の口元が引きつる。

 王太子殿下が誰を好きなのか、それは全校生徒が知っていることだもの。

 ロゼッタさんから奪えるものなら奪ってみろ、とソフィー様は言ったも同然。

 かなりの難易度だということはソフィー様の件で分かっているはず。


「クレイグ殿下と話し合われた結果ということですが、ご自分ではクレイグ殿下のお心を変えることができないと分かって逃げたのでしょう? 情けないことです」

「白紙にするのがお互いのためだと思ったからです。逃げたわけではございません」

「口では何とでも仰れるわ」


 ジゼル様ってば、ソフィー様に嫌味を言いに来たのかしら。

 別にわざわざ来なくても、王太子殿下のところに行けばいいのに。


「ジゼル様。クレイグ殿下にお近づきになる許可を私に得ずとも結構です。そのような時間がお有りなのですか? 他の方に先を越されていらっしゃいますよ」


 ソフィー様も私と同じことを考えていたみたい。

 チラリとジゼル様を見ると、彼女は目を吊り上げていた。

 うわ、怖い。

 慌てて視線を外すと、彼女の少し後ろにソフィー様の取り巻きだった令嬢達が気まずそうに佇んでいるのを見つけた。

 どうやら、彼女達はジゼル様の取り巻きとなったらしい。

 変わり身の早いことだわ。


「言われずとも、そうさせて頂きます。王太子妃になるのは、この私ですから。皆さんには少し良い気分を体験させて差し上げようと思っているだけですもの」

「皆様のことまで考えていらっしゃるなんて、お優しいですね」

「ええ。私は貴女と違ってクレイグ殿下を独り占めしようなどと考えておりませんもの。私を慕って側にいらした皆さんに報いるために行動しておりますので。上辺だけのお付き合いでは、いざというときに逃げられてしまいますからね」


 ジゼル様の目が少し後ろにいたソフィー様の元取り巻きの皆さんに向けられる。

 居心地が悪そうにしていた皆さんは、彼女の言葉を受けて安心したように笑みを浮かべていた。


「……それは、私の反省すべき点だったと思います。私はクレイグ殿下しか目に入っておりませんでしたからね。皆さんと向き合わなかった私の落ち度です」


 本気で思っているのか、ソフィー様は後悔しているような口調だった。


「ですから、貴女には、そこにいる中位貴族の令嬢しか残らなかったのでしょうね。クレイグ殿下の婚約者としてしか貴女の魅力はなかったということですわ」


 あまりの言い種に我慢できず、私は立ち上がった。


「そのようなことは……!」

「アメリアさん」


 ソフィー様から静かに名前を呼ばれた私は一瞬で冷静になり、そのまま椅子に腰を下ろす。

 訝しそうに私を見るジゼル様は、何かを思い出したのか、ああ、と小さな声で呟いた。


「どこかで拝見した顔だと思っておりましたが、貴女、あのときのご令嬢でしたのね。十年前の自信満々で高飛車なご様子とは随分と印象が変わっていらっしゃるので、気付きませんでした。今もピアノは弾いていらっしゃるのかしら?」

「いえ」


 突然、十年前のことを言われ、私は戸惑いつつもそう答えた。

 十年前のことを知っているということは、あの場にジゼル様もいたということだ。

 何を言われるのか気になったけれど、不思議と前のような恐怖心はない。

 全く表情の変わらない私を見て、ジゼル様は探るような視線を向けてくる。


「お顔に似合わず、ピアノはお上手だったのに残念なことです。身なりを綺麗にしても外見が平凡だと見栄えが、ねぇ」


 クスクスと意地悪く笑うジゼル様の顔は酷いものであった。

 悪意を口にするとこういう表情になるのね。私は絶対に言わないようにしよう。

 人の振り見て我が振り直せというものね。

 冷静に考えていると、野次馬として近くにいた複数の生徒がジロジロと私を見ていることに気が付いた。


 もしかして、あの方達も十年前にあの場にいたのかしら? だったら、今の会話で私が泣いて逃げた子供だとバレてしまったということよね。

 バレたというのに、意外と動揺してないのは、過去を乗り越えて前を向こうと決心したからかもしれないわ。

 ちょっと強くなった自分が誇らしいと思ってしまう。


「ジゼル様。少々、口が過ぎるのではありませんか? アメリアさんは、大変可愛らしい方です。素直でいて優しく、人を幸せな気持ちにさせてくれる不思議な魅力の持ち主です。どうか訂正を」

「彼女と仲がよろしいのですね。中位貴族の令嬢など利点は何もないでしょうに」

「利点があるから親しくしているわけではございません。彼女と過ごしていると楽しいから一緒にいるのです」

「まあ、そうですの。そのような方が一人しかいらっしゃらないなんて、ソフィー様って案外寂しい方なのですね。見た目の釣り合いが全く取れておりませんが」


 何が可笑しいのか、ジゼル様と取り巻きの令嬢達は馬鹿にしたように笑っている。

 私は見た目のことなら言われ慣れているわ。自覚もしているから、傷つかない。

 だけど、ソフィー様を馬鹿にするのは許せない。

 ジッとジゼル様を見つめた私は彼女と目を合わせた。


「人は外見が全てではないと私は思っています。態度や仕草で人からの印象は変わりますから」


 いつぞやルーファス様から言われた言葉を私はそのまま口にした。

 ありがとうルーファス様。貴女のお蔭で私はソフィー様を馬鹿にするジゼル様に自分で意見を言うことができました。


「印象が変わってもソフィー様の側にいる時点で他者が見る目は厳しくなりますわよ? なんなら、私のところにいらっしゃる? 歓迎致しますわ」

「申し出は有難いのですが、私がソフィー様のお側にいたいのです」


 申し訳なさを顔に出したけれど、私は嫌だ。絶対に嫌だ。

 私はソフィー様の側にいると決めたのよ。

 大体、他人の悪口に興じたくないし、ジゼル様とは性格が合うわけがないもの。


「まあ、見る目がない方ですわね。向上心がないのかしら?」

「彼女は昔からそうですのよ」

「ええ。先日も、ソフィー様を尊敬していらっしゃるとか仰ってましたし。少し変わっていらっしゃるのですよ」


 ソフィー様の取り巻きだった令嬢達がジゼル様に言うと、彼女は嫌みったらしく笑って私を見てきた。


「つまり、ソフィー様とお似合いの方だということですわね。これは失礼しました。似た者同士、仲良くして下さいませ」


 オホホと口元に手を当てて高らかに笑ったジゼル様は、取り巻きの令嬢達を連れてようやく立ち去ってくれた。

 姿が見えなくなったところで、私とソフィー様は同時に項垂れた。

 傷ついたからじゃないわ。ただの疲労よ。


「……本当に、よくもまあ、あそこまで口にできるわねと思うわ」

「同感です。というか、皆さん、変わり身が早すぎると思います」

「ジゼル様は行動力がお有りだから、頼もしく見えるのでしょう。彼女が王太子妃に一番近い場所にいらっしゃるのだもの」


 そうなのよね。ダリモア侯爵家はバーネット侯爵家の次に権力のあるお家。

 最後まで婚約者候補として名前が挙がっていたのだから、ソフィー様との婚約が白紙になったら次はジゼル様が、となるのは自然だわ。

 でも、王太子殿下にはロゼッタさんがいる。


「行動力がお有りだからこそ、波乱もあると思うのよ」

「……どういうことでしょうか?」

「あのジゼル様がクレイグ殿下の想い人であるロゼッタさんに何もなさらないと思う?」


 思いません。

 いや、もう、全力で排除しにかかりますよね。

 なんせ、ソフィー様が嫌がらせしようか悩むくらいだもの。ジゼル様だったらやるわ。


「私としては、クレイグ殿下に幸せになって頂きたいと思っているのよ。色々な重圧で押しつぶされそうになる、あの方を支えられるのはロゼッタさんしかいないと思うから」


 ふぅ、と息を吐いたソフィー様は遠くを見つめていた。


「だからこそ、心配なのよ。嫌がらせをしようと考えていた私が申すことではないけれど、あのお二人の仲が引き裂かれるようなことにはなって欲しくないわ」

「さすがにジゼル様も愚かではないでしょうから、目立った真似はなさらないのでは?」

「そうだとよろしいわね」


 嫌がらせをすることを前提に話しているせいか、空気が重いまま私達は昼食を終える。

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