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この展開は予想外です

 ほぼ毎日のようにソフィー様が取り巻きの皆さんのお屋敷に行くのが落ち着いた頃、私はマリオン殿下から指定された日に学院の外れにある建物の一部屋に来るようにと言われていた。

 指定された日は奇しくも学院内である噂話が広まり、ソフィー様達が中庭でお茶会をしながら、その噂話をしていた日。

 その噂話というは、新たにわき起こったものではなく、再燃したもの。

 つまり、王太子殿下がロゼッタさんと会っている、という噂。

 それを聞いた取り巻きの皆さんは一様に目を吊り上げていた。

 ただ、ソフィー様は予想していたことだったのか、あまり動揺は見られなかったけれど。


「クレイグ殿下も困った方だわ。お会いになるのなら、人目につかない場所を選べばよろしいのに」


 小声で囁かれたソフィー様の言葉に隣に座っていた私はギョッとした。

 ロゼッタさんの悪口に熱中しているから皆さんには聞こえていないと思うけれど、それでも他の人がいる場で、その発言は色々とマズイと思う。


「ソフィー様」


 彼女にしか聞こえないように私は、その発言は危険だということを伝える。


「あら、いけない」


 ソフィー様は悪びれない様子でニコリと笑った。

 一体、どうしたというのかしら。ソフィー様らしくないわ。

 私が心配していると、ソフィー様は何かを思い出したのか、あ、と声に出した。


「ねえ、アメリアさん。この後、図書館でお話ししたいのだけれど、時間はあって?」

「……申し訳ございません。今日は用事がありまして」


 この後、マリオン殿下から呼び出されているのよね。何を言われるのかちょっと怖いけれど。

 行けないと知って残念そうな表情を浮かべているソフィー様に、謝罪の言葉を口にする。

 小声でソフィー様とお話ししていると、一人の令嬢が私に声をかけてきた。


「ねぇ、アメリアさん。貴女だって憤りを感じていらっしゃるでしょう?」

「え?」

「ソフィー様という婚約者がいらっしゃるにも拘わらず、王太子殿下に近寄るロゼッタさんに対して怒りを感じるでしょう? と伺っておりますのよ。他の殿方にもお近づきになっているし、とんでもない悪女だと思いますでしょう?」


 他の皆さんの視線が私に集まる。

 自分達と同じくロゼッタさんに怒りを感じていると、彼女達は思っているようだわ。

 以前までの私だったら曖昧に笑って誤魔化していた場面だけれど、今の私はそういったことはしたくない。

 傍観者だって加害者になるって知っているから。

 だから私は、自分の考えていることを嘘偽りなく答えよう。


「私は、ロゼッタさんに対して憤りを感じてはおりません」


 答えると、皆さんは驚いたように目を見開いている。


「まあ、アメリアさんはロゼッタさんの味方なのですか?」

「そのようなことではございません。確かに王太子殿下と親しくしておられるのはどうなのかと思ってはいますが、王太子殿下だけではございませんでしょう? それに、私はロゼッタさんのことをよく存じ上げておりません。彼女が本当に悪女、と言われるような女性なのか存じ上げないので、憤るとまではいかないだけです」

「そのようなことを仰るのですね……」


 私を非難するような視線を向ける皆さん。

 だけど、私はロゼッタさんに対して憤りも怒りも感じていないのよ。

 そもそも、近寄ることを許可している王太子殿下にも責任があると思っている。王太子殿下がきちんと適切な距離を保っていればいいだけの話なのだもの。

 曖昧にしているから、皆さんから不満の声が上がる。


「ソフィー様に対する裏切りですわ」

「そうです。ロゼッタさんに怒りを感じないなんて信じられません」

「貴女、まさかロゼッタさんと王太子殿下を応援していらっしゃるのではないでしょうね」


 また斜め上の考えを……。


「応援してなどおりません。私は応援しているのはソフィー様だけでございます」

「でしたら、ロゼッタさんに対して」

「お止めなさい」


 文句を言おうとした令嬢を一瞥したソフィー様が冷めた声で制止する。

 一気に場の空気が凍ってしまったわ。


「私もロゼッタさんに対して憤り、怒りは感じておりません。勝手に私の気持ちを代弁なさらないで」

「ソフィー様?」


 張本人からの言葉に、皆さんは困惑している。

 ムスッとした表情を浮かべているソフィー様は、皆さんを見回した。


「ご自分達と同じ考えでないからといって責めるのはお止めなさい。お一人お一人、違う人間なのだから、考えが違っていて当たり前でしょう? 貴女方はロゼッタさんに憤り、怒りを感じているように、私やアメリアさんはそうではないというだけよ。私を使って結束しようとしないでちょうだい」

「お言葉ですが、ロゼッタさんの行動は見過ごせるものではございません。学院中の生徒が危機感を抱いているのですよ?」

「それでも、真実がどうなのかも存じ上げない状態でロゼッタさんを悪く仰るのはどうなのかしら? 本当にいけないと思ったら、私がロゼッタさんと王太子殿下に申し上げます。ですので、彼女のお話はこれで終わりにしましょう」


 まだ何か言い足りないのか、皆さんは不満そうにしていたけれど、ソフィー様から言われてしまえば何も言うことはできない。

 微笑みを浮かべたソフィー様が別の話題を口にしたことで、ロゼッタさんのお話は終わったの。


 しばらく皆さんと会話をした後でお茶会は終わり、私はマリオン殿下に会うために学院内の外れにある建物へと向かった。


「ここで合ってるわよね。学院内の外れにある建物ってこれしかないし」


 老朽化で今は使われていない建物はかなり年季が入っている。

 今すぐに壊れそうという感じじゃないけれど、進んで足を踏み入れようとは思わない。


「え~と、確か二階に上がって三つ目の部屋だったよね。ノックはしないで中に入れとか、無礼にも程があると思うわ。まあ、マリオン殿下が仰るなら、そうするけど」


 ブツブツと独り言を言いながら、私は呼び出された部屋の前までやってきた。

 本当にノックをしないでいいのかな、と思いつつ、言いつけは守らなければと思い、私は扉を開ける。


 すると、中にいた人達が目を見開いて私を凝視していた。

 私も扉を開けたまま固まり、何も言うことができない。

 

 どうして、王太子殿下とロゼッタさんがいるの!? ていうか、抱き合ってますよね!?


 見間違いでなければ、本人よね?

 前に、図書館の方へ向かう王太子殿下を見かけたけれど、あれはやっぱりロゼッタさんに会いに行っていたということなの?

 

 お二人は、すぐに体を離したけれど、抱き合っていたのは間違いない。

 というか、絶対にマリオン殿下に嵌められたのよね、これ。

 お二人が密会していた現場を私に見せてどうしようというのよ!


 私がここにいないマリオン殿下を責めていると、先に正気に戻った王太子殿下が口を開いた。


「申し訳ないが、ここで見たことは内密にしてもらいたい」


 そうなりますよね。口を封じにかかりますよね。

 でも、私はソフィー様の友人。黙っていることはできないわ。

 大体、ソフィー様が距離を置いた途端にこれってどうなの? 軽率な行動を取る王太子殿下が信じられないわ。

 ソフィー様があれだけ悩んでいるのに。

 どうしても私は王太子殿下のお願いを聞きたくはなかった。 


「申し訳ございませんが、私はソフィー様の友人ですので、内密にすることはできません」


 私がソフィー様と友人だと知った王太子殿下は更に目を見開いているし、ロゼッタさんに至っては怖いのか子鹿のように震えている。


「私はアメリア・レストンと申します。レストン伯爵家の娘でございます。失礼ながら、これはどのような状況なのでしょうか?」


 自分でも驚くけれど、私は冷静さを取り戻していた。

 驚きよりも、どちらかというと怒りの感情が強い。勿論、王太子殿下に対してね。

 前を向こうと決める前だったら、きっと頷いて逃げていたはずなのに、心持ちひとつでこうも変わるのね。

 

「少し、彼女の相談に乗っていただけだ。疚しいことは何もない」

「こんな人気のない、外れにあるところで、でございますか?」

「そうだ。人目のあるところだと、どうしても他の生徒に見られてしまうのでな」

「ですが、お二人が会われていることは既に噂となっております。相談と仰いましたが、触れ合う必要はないはずです。それに、婚約者がいらっしゃるのに女性と二人きりというのは、さすがに……」


 苦しい言い訳だと思うのよ。

 見たままを言えば、密会していたとしか思えないもの。


「……軽率な行動だったというのは認めよう。落ち込んでいた彼女の肩に触れただけで、本当に疚しいことは何もない」

「では、ソフィー様にお伝えしても問題はございませんね」


 途端に王太子殿下は表情を強張らせる。

 言われたら困ることをしているという自覚があるのなら、自重するべきだと思うわ。


「……それは、ソフィーにいらぬ心配をかけてしまう」

「ソフィー様は、きちんと事情をお聞きになった上で判断なさいます。問題がないと思えば何も仰ることはございません」

「俺は君よりもソフィーとの付き合いが長い。だから、彼女の考えることが分かる。彼女はきっと、取り乱して泣いてしまうだろう。だから、秘密にしてもらいたいんだ」


 以前までのソフィー様だったら、そうなっていたでしょうね。

 でも、今のソフィー様は取り乱したりなんかしない。きちんと話を聞いた上で判断すると思う。

 

「私は五年前よりずっと側でソフィー様を拝見して参りました。その高潔さ、真面目さを尊敬し、お慕い申し上げているのです。そのソフィー様に今のお話が耳に入ったとしても、取り乱したりなどなさるわけがございません。王太子殿下も疚しいことがないのであれば、もっと堂々となさって下さいませ」


 お二人が必要以上に親密であるというのは分かっているから、疚しいことだらけだと思うわ。

 実際に、お二人は押し黙ってしまっているし。

 言おうかどうか、悩んだけれど、どうしても私は言いたい! と思い、不敬を覚悟で言わせてもらった。


「王太子殿下は、ソフィー様のことをどう考えていらっしゃるのでしょうか? ご自身の行動が周囲に影響を与えることを御存じでいらっしゃいますか?」

「……分かっている。俺は、ソフィーを……」


 言いかけたところで、その場に第三者の声が響いた。


「私が何です?」


 驚いて後ろを振り向くと、無表情のソフィー様が腕を組んで立っていた。

 どうしてここにソフィー様が!?

 何も言えずにいると、彼女はゆっくりと部屋に入ってくる。


「少し前から会話を伺っておりました。噂は耳にしておりましたから、特に驚きはございませんでしたが……」

「ソフィー、これは!」

「言い訳は結構でございます。私が伺いたいのはひとつだけ。クレイグ殿下はロゼッタさんを愛していらっしゃるのですか?」


 問われた王太子殿下は口をパクパクとさせて、言葉が出てこない様子だった。


「それは……」

「否定なさらないということは、それが事実だと私は受け取りますが。ああ、責めているわけではございません。私はただ、明らかにしたいだけなのです」

「済まない」


 謝罪の言葉を口にしたことで、王太子殿下はロゼッタさんを好きだということを認めた形となる。

 すると、子鹿のように震えていたロゼッタさんが一歩前に進み出た。


「申し訳ございません! 言い訳のしようもございません! 全ては私が悪いのです。ソフィー様がいらっしゃるのを存じ上げながら、私は自分の欲に勝てませんでした。この場で終わりにしますから、どうか罰は私だけにして下さい!」


 深々と頭を下げたロゼッタさんを一瞥したソフィー様は、冷めた目を王太子殿下に向けた。


「女性にこのようなことをさせていらっしゃいますが、クレイグ殿下はどうなのです? まさか、ロゼッタさんに罪をなすりつけるおつもりなのですか?」

「……いや、そのようなことはしない。君という存在がありながら、ロゼッタと会っていた俺が悪い。最初に声をかけたのは俺だ。話をしようと近づいたのも俺だ」

「そうですか。では、殿下はロゼッタさんを愛していらっしゃるということでよろしいですね」


 冷静な口調で口にするソフィー様にお二人は面食らっているのか、互いに顔を見合わせている。

 私も、どうしてソフィー様が落ち着いているのか不思議だった。


「まさか遊びだったのですか? 卒業後は自由がないからと今の内に遊んでおこうと考えていらしたと」

「違う! 俺はロゼッタを……愛して、いるから」

「承知致しました。それで、どうなさるおつもりで? 私と婚約しているのですから、彼女を王太子妃とするのは不可能だと思われますが、愛人にでもなさいますか?」

「愛人になどするわけがない! 俺は……自由にできるのは学院を卒業するまでだと言われていたから、彼女とのことは思い出にするつもりだった。決して、君を傷つけようと思ったわけじゃない」


 王太子殿下の話を聞いたソフィー様は呆れたように息を吐いた。

 どうしようもない、という感情が漏れている。


「そうですか。よく分かりました。アメリアさん。クレイグ殿下と二人で話がしたいので、ロゼッタさんをお連れして席を外してもらえるかしら?」

「構いませんが、大丈夫ですか?」

「大丈夫よ。少し話をするだけだもの。気を付けて帰ってね」

「……分かりました。それでは、失礼します」


 この部屋に来て始めて笑顔を見せてくれたソフィー様に安心しつつ、私はロゼッタさんを連れて建物から出た。

 校門まで向かう間、話すことが何もなく無言だったのだけれど、不意に彼女から話しかけられる。


「申し訳ございませんでした」

「いえ、私の方こそ部外者なのに、あれこれと口にしてしまって申し訳ありませんでした」

「アメリア様はソフィー様のご友人ですもの。それに、舞い上がってクレイグ殿下から離れなかった私が悪いのですから」

「本当に王太子殿下をお慕いしていらっしゃるのですね」


 少し間が空いて彼女は、はい、と口にした。


「最初は、同じ趣味だということが分かり、それで会話をするようになったのです」

「まあ、そうでしたか」

「はい。触覚の素晴らしさ、跳躍距離に関して盛り上がりまして」

「お待ち下さい」


 思わずロゼッタさんの話を止めてしまったわ。

 だって、想定外のことを言われたんだもの。触覚って何よ。跳躍距離って何!?

 どんな話題で王太子殿下と盛り上がったのよ!


「え? 触覚の素晴らしさですか? 跳躍距離ですか?」

「はい。偶然、裏庭で昆虫採集をなさっているクレイグ殿下と遭遇しまして。意外だと思いましたが、私も昆虫は好きでしたので、それで」


 昆虫好きってどこかで聞いたことがあるような……。

 ……あ! 前にソフィー様が話していたあれ!?

 あれって王太子殿下の好みのことだったの!?

 ということはレースやフリルが好きっていうのも王太子殿下!?

 男らしい方だと思っていたから意外だわ。

 でも、あのソフィー様が戸惑われたのも考えれば無理はないかも。


「そうして、親しくさせて頂いていたところ、他の男性にも声をかけられることが多くなりまして」


 ああ、いつも違う男性と一緒にいるとか噂になっていたものね。

 王太子殿下と親しくしているから、興味本位で声をかけられていたのかしら?


「田舎の出ということもあり、都会に慣れていない私が珍しかったのでしょう。それとは別に、王太子殿下と親しくしているからと面白がって声をかけてくる方もいらっしゃいました。裏では、誰が私を落とせるかと賭けをされていたそうで、あからさまに誘われるので困っていたところ、クレイグ殿下に何度も助けて頂いたのです」


 人を賭け事の道具にするとは、なんて性格の悪い方達なのかしら。

 自分のことじゃないのに、腹が立つわ。

 だけど、ロゼッタさんは、そうした王太子殿下の対応から彼を好きになってしまったのね。

 困っているところを助けてもらったら、そりゃあ感謝もするし好意も持つわ。


「ただ、遠くからお姿を拝見しているだけで良かったのに、立場も考えずに馬鹿なことをしてしまいました。単純に盛り上がって、傷つく方がいらっしゃることに目を逸らしていたのです。ハッキリと拒絶するべきでした」


 私はロゼッタさんの言うことに何も言えなかった。


「ソフィー様には、後日きちんと謝罪を致します。謝罪することしか私にはできませんが、もうクレイグ殿下とお会いすることは致しません。このようなことになって、ようやく気付けたのが情けないですが、私にできる償いはしたいので」


 物凄く丁寧に頭を下げたロゼッタさんは、そのまま馬車に乗って遠ざかっていく。

 ソフィー様と王太子殿下の話し合いがどうなるのか気になりつつ、私も馬車に乗り、屋敷へと帰った。 

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