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マリオン殿下からのお礼

 マリオン殿下は、あれからすぐに返事を書いたようで、数日後に私はソフィー様から返事が書かれた手紙を預かることとなった。

 で、マリオン殿下に手紙を渡さなければならないのだけれど、彼はいつも生徒に囲まれていて、とてもじゃないが渡せそうにもない。一人になるのをジッと待っているのに、常に誰かが側にいるのだ。

 そんなこんなで、私は一週間経っても手紙を渡せていなかったのよね。

 でも、一日中マリオン殿下を観察していたら彼の行動パターンが規則的だということに気付けた。

 まず、彼が一人になるのは、お花を摘みに行くときのみということ。

 他は従者や他の方が側にいるから、容易に近づくことはできない。

 そして、お花を摘みに行くのは二限目が終わった頃と、昼食後、それに午後の授業が終わった直後。

 途中の移動は一人で、声をかけるならそこしかない。

 更に、時間割などから彼が使用する場所を予想し、ルートを調べ上げた。

 後は簡単。

 通りがかる彼を物陰に隠れて待てばいいだけ。

 そうして、私は無事に手紙を渡すことに成功した。

 二度ほど、そんなことをしていると、ようやく受け渡し場所が決まったみたいでマリオン殿下から感謝の言葉と共に報告を受けたのよ。

 重圧から解放されてホッとしたわ。

 

 あと、マリオン殿下は本当に王太子殿下に協力していないみたいで、ロゼッタさんと王太子殿下が二人で会っているという噂を聞かなくなっていた。

 代わりにソフィー様と王太子殿下が一緒にいる時間が増えているので、彼女はとても嬉しそうにしているの。

 あれから、彼女は恋愛小説を参考に色々としているようで、今日は王太子殿下とこういう会話をしたとか、どこそこに出掛けたという話を聞くようになっていた。

 本当に嬉しそうに話しているから、私も嬉しくて仕方がない。



 そんなある日の休日、私は出掛けるために馭者に声をかけた。


「あ、今日はグラン・オルベールまで馬車を出してくれる? 新しいケーキが出たんですって」


 グラン・オルベールは王家御用達の有名なお菓子のお店。

 焼き菓子やタルトも美味しいけれど、一番美味しいのは何といってもケーキなのよね。

 王家御用達だから貴族も贔屓にしているし、とっても美味しいの。有名なお店だから、昼間は人が多いのだけど、私は人目につかないようにお客さんの少ない時間帯によく行くのよ。

 まあ、夕方近くだから、そんなにお菓子は残っていないんだけれど。

 今日も新作のケーキは売り切れている可能性が高いわ。

 だけど、なくても構わないの。あそこのお菓子はどれでも美味しいんだもの。

 いくつか買って、お母様へのお土産にしようと思い、馬車に乗った私はウキウキしながら店に到着するのを待った。


 しばらくして馬車が止まり、お店に到着したのだと知る。

 扉が開いて、私は馬車から降りると一目散にお店へと入った。


「いらっしゃいませ」


 声をかけてきた店員に軽く会釈をして、並べられているお菓子の札に目を向ける。

 さすがに新作のケーキは売り切れているみたいだったけれど、まだ食べたことのないお菓子の札が残っていた。

 どれにしようかと悩んでいると、店員が近づいてくる。


「失礼ですが、アメリア・レストン様でお間違いないでしょうか?」

「え? はい。アメリア・レストンは私ですが」


 なぜ、私の名前を知っているのだろうかと思っていると、店員はこちらへどうぞ、と奥の個室を指し示した。


「あの」

「ご予約を承っております」

「予約? 予約なんてしていないけれど」

「ですが、確かにアメリア様をあちらにご案内するようにと仰せつかっております」


 さあ、どうぞ、と言われ、私は疑問に思いながらも言われるまま、奥の個室へと向かった。

 中には誰もおらず、私は席に座って首を傾げる。

 言われるまま来てしまったけれど、これは何なのかしら? 本当に来て良かったの?

 なんて悩んでいる間に店員がやってきて、私の目の前に見たことのないケーキが置かれる。


「え? これはもしかして、新作のケーキ?」

「はい。上の者からアメリア様にお出しするようにと」


 事務的に答えた店員は、ケーキと飲み物を置くと静かに去って行った。

 これは、本当にどういうことなのかしら?

 ……でも、美味しそうね。本当に美味しそう。

 目の前に置かれたケーキに私は目が釘付けとなる。


「私にって出されたんだから、頂いて構わないわよね」


 誰が何のためにしているのか分からないけれど、食べ物には何の罪もない。

 私にって出されたのだから、食べても問題はないはず。


「では、いただきます」


 フォークを持ち、私は新作のケーキを食べ始める。


「うわ、生地が柔らかくてクリームの甘さが際立ってる。本当に美味しいわ。売り切れてたのに、食べられて幸運だったかも」


 しかも甘さがしつこくないから、いくらでも食べられそうだわ。

 お土産に買って帰りたいくらい。

 味に感動しながら、あっという間に私はケーキを完食してしまった。


「皆さんが仰った通りの美味しさだわ」


 ソフィー様の近くにいると、周りの人から新作のケーキとか流行のお店とかを知る機会が多いのよね。

 だから、覚えておいて後から一人で楽しんでいるのだけれど。

 皆さん、ソフィー様に好かれようと、色々と情報を仕入れてくれているからか、味や物の品質は保証されているし、話題に乗り遅れることもないから非常に助かっているのよね。


「さて、紅茶も頂いたし、お土産を買って帰ろうかしら」


 席を立ちかけた私は、個室のドアをノックする音が聞こえたことで動きを止める。

 こちらの返事を聞かずにドアが開き、外からここにいるはずのないマリオン殿下が現れ、私は目を見開いた。

 固まっている私を尻目に、彼は正面に腰を下ろした。


「新作のケーキは美味しかったかい?」


 和やかに語りかけてくるマリオン殿下。

 私は、なぜここに彼がいるのか分からず、未だ固まっていた。


「あ、俺がどうしてここにいるのかって思っている?」


 呆然としたまま、私は頷いた。


「それは、予約したのが俺だったからだよ」


 驚いた? とおどけたように口にしているが、驚くなんてものじゃないわ。

 何が目的なの?

 あ、まさか、ソフィー様とのことに協力してもらうためにやったとか?

 だとしたら、ケーキを食べるんじゃなかったわ。

 マリオン殿下の思う壺じゃないの!


「き、協力は」

「違うよ。ソフィーとのことに協力して欲しいから、君に賄賂を渡したわけじゃないよ」

「では、どうして」


 それが理由でないのなら、私に新作のケーキをご馳走する理由にはならないはず。


「君には手紙の件で助けてもらったからね。これはそのお礼だよ。君は休日によく訪れるって聞いていたから、事前にお店に頼んでおいたんだ」

「お礼ですか?」

「そう。俺がソフィーの文通友達になれたお礼」

「はあ」


 あの腹黒王子がお礼をするなんて、信じられない気持ちでいっぱいなんだけれど。

 それが目的だと言うのだから、言葉の裏なんて考えずに素直に感謝するべきよね。

 でも、王太子殿下に協力するのは止めてくれているのよね。なんというか意外だわ。

 マリオン殿下は、自分の気持ちを抑えることなんてしないと思っていたから。


「本当に、王太子殿下とロゼッタさんの件から手を引いて下さったのですね」

「当たり前でしょう? ソフィーから嫌われるかもしれないし、罪悪感も持っていたからね。それに、今の嬉しそうなソフィーの顔を見たら、兄上に協力しようとは思えないよ」

「ソフィー様の幸せを第一に考えて下さっているのですね」

「まあ、それに気付かせてくれたのは君だけどね。だから、今日のは、そのお礼も兼ねているんだよ」


 別にお礼を言われるようなことは何もしていないと思うのに……。何だか悪い気がするわ。


「君は目立つのが嫌だっていう情報を得ていたから、わざわざ偽名を使って個室を用意したんだよ」

「お気遣いに感謝致します」

「これぐらいなんともないよ。それにしても、君から手紙を渡されたときは本当に毎回驚かされていたんだけど。何か特別な訓練でも受けているの?」


 特別な訓練!? そんなもの受けたことなんてないわ。

 ああ、でも、人目に付かないように細心の注意を払っているから、それがマリオン殿下を驚かせているのかもしれない。

 それに、ソフィー様の側にいるようになって、目立たないように、話し掛けられないようにと気配をなくすようにしていたからね。そのせいかも。


「特別な訓練は受けておりませんが、気配をなくして目立たないようにと日々、励んでおりますので、目立たないようにといったことには人よりも長けているかもしれません」

「王族の俺が気付かないくらいなんだから、大したものだよね。それに、毎回、俺が一人でいるときに声をかけてきていたし」

「それは、マリオン殿下の行動を調べて、いつならお一人になるかが分かったので、それででございます」


 私の言葉にマリオン殿下は目を見開いた。

 あ、これはいけなかったかもしれない。本人に対して後をつけ回していましたって言ったわよね、これ。

 誰だって、陰でこそこそ自分のことを調べられていたら気分は良くないわよね。


「申し訳ございませんでした」


 私は立ち上がって、深々と頭を下げる。


「いや、周囲に人がいる俺に手紙を渡すのは大変だろうと思っていたから、気にしていないよ。……それにしても驚いたね。君、スパイの才能があるんじゃない?」

「ス、スパイ!?」


 思ってもいなかった言葉に私は声が裏返る。

 スパイって、陰で他国や自国の不穏分子の動向やらを調べる職業でしょう?

 無理無理無理! 私にそんなことができるはずがないわ。

 大体、国家機密を取り扱うなんて。それに、スパイになれるような才能なんてないし。


「評価して下さるのは嬉しいのですが、私には務まらないかと」

「そう? 相手の行動パターンを調べ上げて、こっそり接触を持てるなんて大した才能だと思うけれどね。いつも気配がないから、すごいと思っていたんだよ?」

「いえ、それは買い被りすぎかと」

「君って、驚くくらいに自己評価が低いんだね」


 そうかしら? これ以上ないくらいに私は自分のことを理解しているけれど。

 本当に過大な評価だわ。


「俺から見たら、君ほどスパイ向けの人材もいないけれど。だって、気配を消すのが得意で、目立つ容姿でもないから相手から警戒もされないし、害意はないと思われるでしょう?」

「そうではありますが……。それだけでスパイが務まるとは思えませんが」

「あのね。スパイっていうのは、相手から情報を聞き出すのが仕事なんだよ。害意がないと思っているからこそ、相手はペラペラと情報を喋る。とても貴重な情報をね」


 とても王子様とは思えないようにマリオン殿下はニヤッと笑っている。

 評価してくれているけれど、私にその気は全くない。


「あの、私の夢は同じような男性と結婚して田舎で静かに暮らすのが夢ですので、スパイになるのは遠慮したいのですが」

「それは残念」


 とか言っているのに、マリオン殿下はまったく残念そうには思っていなさそう。

 世間話として話題に出しただけなのかもしれないわ。


「君の性格は調べているから知っているよ。それに君は、ちょっとうっかりなところがあるみたいだしね」

「うっかりですか?」

「そう。本人に向かって貴方のことを調べていました、なんてバラすんだから。本物のスパイだったら、その場で捕まるよ」


 自覚がある分、頭が痛いわ。言わなくてもいいことを言ってしまうのは私の悪いところなんだもの。

 私はもう一度、勢いよく頭を下げた。 


「本当に申し訳ございませんでした……!」

「さっきも言ったけれど、別に気にしてないよ。皆の前で君が手紙を俺に渡したらどうなるかくらい予想がつくからね。君の善意のお蔭で俺は助かったんだし、そんな些細なことはどうでもいいんだ」


 た、助かったわ。と、思ったけれど、こういう善意に甘えるのがいけないのよね。

 うっかり余計なことを言わないように気を付けないと。


「じゃあ、俺はそろそろ帰るよ。今日は君に感謝を伝えるためにきただけだしね。あと、お土産用に新作のケーキを頼んでおいたから」

「あ、ありがとうございます」

「俺の方こそ、感謝するよ。君のお蔭でソフィーと手紙の交換ができるんだから」

「それは、ソフィー様が望んでいらっしゃることですから」


 私はソフィー様から手紙を預かって、マリオン殿下に渡しただけだもの。

 相手が誰かは知らなくてもね。

 だから、ありがとうと感謝されるのは違うと思っている。


「それでも、君がいなかったらここまで上手くは行かなかっただろうね。俺が馬鹿なことをしたせいで、ソフィーや君に迷惑をかけているんだから」

「ですが、そのこともあって王太子殿下と過ごす時間が増えてソフィー様はとても嬉しそうにしていらっしゃいます」

「……その嬉しさが長続きすれば良いけれどね」


 含みのある言い方をするマリオン殿下に私は、どういうことなのかと疑問を投げかけた。


「どういうことも何も、兄上の本当の姿を知ってソフィーがこれまで通りにしていられるのかなって思っただけ。そうなってくれると俺としては助かるけれど」


 軽やかに笑ったマリオン殿下は詳しく説明することもなく、個室から出て行ってしまう。

 残された私は、王太子殿下とソフィー様のことが心配になり、しばらくその場から動けずにいた。

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