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手紙

 「アメリアさん。このお手紙の差出人に覚えはあって? 昨日、教室の机の中に入っていたのよ」


 ソフィー様から差し出された一通の手紙。

 白い無地の封筒なんだけど、右下に紫のヒヤシンスの絵が小さく描かれていた。


「……中を拝見してもよろしいでしょうか?」

「ああ、ちょっとお待ちになって。読まれるのは恥ずかしいから、内容をかいつまんで話すわね」


 ソフィー様は手紙を取りだして読み始める。

 それによると、手紙の差出人は、王太子殿下とロゼッタさんが親密な関係になったことで、婚約者のソフィー様が心を痛めているのではないかと心配しているとのこと。

 おまけに、ソフィー様の笑顔が素敵だとか、弱い者に手を差し伸べることのできる優しいところを尊敬しているとか、強くあろうとして強がっているところが心配だとか、まあ、色々と書かれていたそうだ。

 差出人にも好きな人がいて、その人は他の人に想いを寄せているので、ソフィー様の気持ちがとてもよく分かると。だから、ソフィー様の力になりたい。

 訳あって名乗ることはできず、手紙でしか応援することができないけれど、ソフィー様が本音を吐き出せる人が側にいることを願っていると締められていたのだという。

 話を聞いたけれど、私は差出人に全く心当たりがないわ。


「申し訳ありませんが、差出人に心当たりはございません」

「ですが、手紙には、パーティーのときにアメリアさんが仰ったことで、自ら行動しなければと気付かされたと書かれていたのよ。見ているだけではダメだと気付かされたと」

「パーティー……?」


 パーティーって言ったら、この間の王家主催のパーティーよね?

 私に言われて自ら行動しなければと気付かされた? あのときに会った人なのかし、ら……。

 って! あのときに話をしたのはマリオン殿下とルーファス様しかいないじゃない!?

 ということは、もしかしてマリオン殿下!?

 でも、心当たりはマリオン殿下しかないし……。ルーファス様という線もあるけれど、自ら行動しなければと気付かされたという部分は当てはまらない。

 従兄弟とも一緒にいたけれど、彼がソフィー様に手紙を出すなんて考えられないし、そもそもそんな話はしていないもの。

 そういえば、マリオン殿下は自分のやり方でやるって言ってたわ。まさか、手紙という方法を取るとは意外だった。

 私の名前を出すなんて、これは面倒なことに巻き込まれてしまったかもしれない。


「え~と、その前に確認したいのですが、ソフィー様は手紙のお相手を知ってどうなさりたいのですか?」

「もちろん、お返事を出したいのよ。……返事は不要だと書かれていたけれど、ここまで私のことを心配して下さっているのですもの。返事をしないのは失礼でしょう? それに、書かれていた言葉が嬉しくて……。これまでの努力を認められたと思って感動してしまったのよ」

「か、考え直した方がよろしいのでは? 見ず知らずの他人ですよ? 少々、怖くはありませんか?」

「そう? お手紙からは誠実な人柄がにじみ出ていたけれど」


 いや、もう誠実さの欠片もないですよ!

 見た目天使だけど、お腹の中は真っ黒ですよ!


「それに、書かれている言葉がとても綺麗で人柄の良さがあらわれているわ。きっと心の美しい女性なのね。どのような方なのか想像が膨らむわ」


 ええ! いや、男性ですよ!

 ていうか、ソフィー様が女性だと勘違いするなんてマリオン殿下ってば、何を書いたのよ……。

 真実を告げた方がいいような気もするけれど、ソフィー様の夢を壊してしまうのも気が引けるわ。 

 どうしようかと思って黙ってしまった私を見て、ソフィー様は心配するような視線を投げかけてくる。


「何か不安がお有りなの?」

「……いえ。あの、ソフィー様はどうしても手紙のお返事を出したいのですよね?」

「ええ。ここまで私のことを心配して下さっているのだもの。私は大丈夫だと、本音を吐き出せる方が側にいるのだと伝えたいの。それに、できることなら、この方とも友人になりたいと思っているのよ」

「え?」


 穏やかな笑みを浮かべるソフィー様は、目を細めて手紙に視線を向けた。


「私が心を許せる友人はアメリアさんだけ。他の皆さんも友人だけれど、どうしても心から信頼できないの。だって、彼女達は私ではなく、バーネット侯爵家の令嬢としてしか私を見ていないと分かっているから」

「中にはソフィー様を尊敬している方もいらっしゃると思います」

「そうだと嬉しいわね。でも、分からないからこそ、私は心を許せる友人がもっと欲しいと思ったのよ。アメリアさんと仲良くなって、私は上辺だけの関係だけじゃない楽しさを知ってしまったもの。お互いのダメなところをさらけ出して、理解し合って、この方になら自分をさらけ出しても大丈夫だという安心感と共に過ごす楽しさをね。そのような関係になれる方がもっと増えれば、もっと楽しくなるのではないかと思ったのよ」


 寂しげに微笑むソフィー様を見て、私はズキリと胸が痛んだ。

 五年間、ソフィー様の側にいたというのに、私は彼女のことを何も分かってはいなかった。

 上辺だけで見ていたのは私だって同じだわ。

 だから、ソフィー様が心を許せる友人が欲しいというなら協力したいと思うんだけど、相手がねぇ。


「……ねえ、アメリアさん」


 遠慮がちに声をかけてくるソフィー様を見て、私は嫌な予感がした。


「相手のことを御存じであれば、手紙を届けてはもらえないかしら?」


 嫌な予感が的中したわ。

 マリオン殿下に手紙を渡すなんて高難易度じゃない。私には無理よ。


「あの」

「先ほど、パーティーの件をお話ししたら、何かに気付いたようなお顔をなさっていたわよね? 手紙の差出人に心当たりがあるのでしょう?」


 あ~! なんで顔に出ちゃったのよ! 私の馬鹿!

 いえ、でも、まだ思い違いだったで切り抜けられるわ。


「恐らく、違う方だと思います」

「違っていても良いの。その場で読んでもらって、違っていたら手紙を回収して頂ければ大丈夫でしょう?」

「それは……そう、ですが。あの、よろしければ、手紙ではなく、ソフィー様の言葉をお伝えしましょうか?」


 伝言だって嫌だけれど、手紙という大事な物を持って過ごすことに比べたらマシ。

 落として、誰かに拾われたらって考えたら、気が気じゃないわ。

 …………待って。今、気付いたけれど、これって結局マリオン殿下に協力する形になってる!?

 しまった。失言だったわ。


「それは私も考えたのだけれど、伝言だけだったら、私の真意が伝わらないかもしれないから」


 確かに、あの人がこう言っていました、だけじゃ伝わらないかもしれないけれど。

 手紙をマリオン殿下に渡すのは……。


「私が直接お手紙を渡したいけれど、訳あって名乗れないということは、この方はそれを望んでいないと思うのよ。だから、アメリアさんにお願いするしかなくて。私は、この方をもっと良く知ってみたいの。お友達になりたいのよ。だから、お願いできないかしら?」

「ソフィー様……」


 ソフィー様は必死になって私に頼んでいる。

 私だって、相手がマリオン殿下でなければ喜んで頷いたわ。

 でも……。

 どうしようかと悩み、私がソフィー様に視線を向けると、彼女は不安そうに手を握りしめていた。


「私は今の自分のままではダメだという自覚があるの。今のままではクレイグ殿下に見向きもされないから、自分を変える必要がある。でも、どう変われば良いのか分からないの。アメリアさんだけに甘えていてはいけないと思うのよ。それに、バーネット侯爵家の令嬢という身分に甘んじていてはいけないでしょう? だから、他の方の意見を伺ってみたいの」


 その言葉に私はハッとした。

 ソフィー様は勇気を出して一歩足を踏み出した。変わりたい、変わろうとしている。

 比べて私は、目立つのが嫌だと大人しくして人の目を避けている。

 自分を変えたいと思っているものの、私は行動しようとしない臆病者。

 今だって自分のことばかりで、ソフィー様のことを考えていなかった。

 一歩を踏み出そうとしている彼女を応援するべきなのに……。

 ここで断ったら、変わろうとしている彼女の邪魔をする結果となる。

 だったら、私もウダウダ悩まずに協力するべきよね。

 うん、と頷いた私は表情を引き締めた。


「分かりました。手紙を相手の方にお渡しします」

「本当に?」

「はい」

「ありがとう、アメリアさん。貴女の負担にならないように、以降の手紙のやり取りは個人的に行うようにするから。最初だけお願いできるかしら?」


 ソフィー様の言葉に私は、はいと返事を返した。

 

 それから私は手紙を受け取り、校内でマリオン殿下を探し始めた。

 少し時間がかかってしまったけれど、私は無事にマリオン殿下を見つけることができたの。


 そう、令嬢達と話しているマリオン殿下をね。


 これ、どうしようかしら。

 あの中に入るのは、どうしたって無理だわ。

 手紙を渡すなんてできっこない。

 う~ん、と悩んでいた私は、マリオン殿下の背後に窓があることに気が付いた。

 そうだわ、こっそり窓から呼ぼう。そうしよう。


 私は一旦、外に出て、マリオン殿下がいる窓の近くまで忍び足で近寄ると、持っていた鏡を使って中の様子を見てみた。

 すると、ちょうど令嬢達と話し終えたらしく、彼女達はマリオン殿下から離れて行く。

 今だわ!


 私は、窓から少し顔を出して、マリオン殿下、と小声で話しかけた。

 声が聞こえていたのか、彼は周囲を見回しているので、再度私は彼の名前を呼びかけた。

 背後の窓から声が聞こえていると分かったらしく、彼が振り向き、無事に視線が合う。

 少し顔を出していた私を見て、彼はひどく驚いているようだった。


「例のブツについて、お話があります」

「例のブツ?」


 少し考え込んでいたマリオン殿下だったけれど、すぐにソフィー様への手紙のことだと気付いたのか、周囲を気にしながら外に出てきてくれた。

 しゃがんでいた私に合わせて、近づいてきた彼もしゃがみ込む。


「君、何者? 全く気配がなかったんだけど」

「気配を消すのは得意なので。それよりもこれを」


 ソフィー様から預かった手紙を差し出すと、マリオン殿下は一瞬躊躇した後で受け取ってくれたわ。

 よし、無事に渡せた!


「……返事がくるなんて思ってなかったよ」

「ということは、本当にマリオン殿下が手紙を出されたのですね」

「うん。定期的に手紙を送って元気づけようかと思ってね。いつか、手紙のやり取りができればいいなとは思っていたけれど、こんなに早いとは思っていなかったよ」

「正体は明かさないのですか?」

「……僕からの手紙だと知ったら、ソフィーは困るだろうから。彼女のやることを邪魔しないと言ったんだから、正体がばれたらまずいでしょう? まあ、君が手紙を持ってきてくれるとは思わなかったけれどね。ありがとう」


 ソフィー様からの手紙が余程嬉しかったのか、マリオン殿下は本当に心からの笑みを浮かべていた。

 ソフィー様を本気で愛しているというのが伝わってくる。

 ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、もしかしたらソフィー様はマリオン殿下と一緒になる方が幸せになれるのではないかと思ってしまった。

 でも、すぐに正気に戻った私は頭を振る。

 ソフィー様の願いは王太子殿下に好かれること。それを忘れてはいけないわ。

 手紙も渡したし、余計なことを考える前に帰ろう。


「では、手紙はお渡ししましたので、私は失礼します」

「あ、ちょっと待って」

「何か?」


 立ち上がりかけた私が動きを止めると、マリオン殿下は作り笑いとすぐに分かるような笑みを浮かべていた。

 本日二度目の嫌な予感がするわ。


「明日、ソフィーへの手紙を持ってくるから、それを彼女に渡して欲しいんだけど」

「嫌です」

「即答はひどいなぁ」


 まずいわ。うっかり、条件反射で答えてしまった。

 声の感じからして、マリオン殿下は怒ってはいないみたいだけど。


「最初だけだよ。手紙をどこに置いて、いつ回収するかというのが決まるまでの間だけ。決まりさえすれば、後は勝手にやり取りするから」

「ですが、お二人の手紙の受け渡しをするのは、落としたりしたらどうしようかと思ってしまうので、怖いのですが」

「あれ? ソフィーとの手紙のやり取りには反対しないんだ? 兄上と上手く行くようにしたいんじゃなかったの?」

「ソフィー様がご自分を変えたいと思っていらっしゃるので。そのために、他の方の意見を伺いたいそうです。私は、ソフィー様を応援したいだけですから」


 なるほど、とマリオン殿下は納得したようだ。


「ちなみに、ソフィー様は手紙のお相手が女性だと思っていらっしゃいますよ」

「うん。そう思われるように書いたからね。男からだと知ったら、警戒されると思って」


 腹黒だわ。策士だわ。

 ああ、笑顔が胡散臭く見えてくる。


「ということで、手紙の受け渡しを少しの間、お願いするね」


 話が勝手にまとまりかけていることに、私は焦る。


「せ、せめて、ソフィー様からの手紙だけでお願いします」

「だったら、俺の手紙は誰が渡してくれるの?」

「え~と、それは……。あ、そもそも、手紙はソフィー様の机に入れていたのですよね? だったら、それで構わないのではないでしょうか?」


 私の提案にマリオン殿下は顔を曇らせた。


「それなんだけど、俺の周りには常に人がいて一人になれる時間がほとんどないんだよね。手紙を入れられたのも、なんとか女子生徒から逃げた結果だし。毎回、上手く行くとも限らないでしょう? それに、俺がソフィーの机に手紙を入れている現場を見られる可能性もあるしね」


 ああ、マリオン殿下は目立つものね。

 それを考えると、ソフィー様の机に入れるのは難しいかもしれないわ。

 う~ん。となると、彼女の側にいて、疑われることなく手紙を渡せる人にお願いできればいいのだけれど。

 いたかしら? と考えていた私は、条件に合致する方が一人いたことを思い出した。


「でしたら、ルーファス様に渡されてはいかがでしょうか?」


 ルーファス様を巻き込むことに多少の罪悪感はある。でも、お二人の手紙を持っているのは生きた心地がしないもの。

 文句を言われたら、精一杯謝罪しよう。許してくれるか分からないのが怖いわね。

 でも、これならどうかしら? とマリオン殿下を見てみると、彼はニッコリと微笑んだ。


「それは良い案だね。なら、ルーファスに渡すことにするよ。少しの間、迷惑をかけるけれどソフィーからの手紙をよろしく頼むね。じゃあ、そういうことで」


 マリオン殿下は私の返事を聞かぬまま、その場から立ち去ってしまう。


「……しまった。勢いでソフィー様からの手紙だけでって言っちゃってたわ。私の馬鹿!」


 見事な自業自得っぷりに私は中腰のまま、しばらく動けず固まっていた。

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