私の人生計画では下級貴族に嫁ぐ予定だった
私は地球の日本という国から異世界に転生した。
その世界は前世で言う中世ヨーロッパの様な見た目と体系をしていた。だが、魔法や魔法が込められた魔道具が発達しており、衛生面など現代日本に近い。
そんな私が転生したのはドリム国のマクダヴェル辺境伯爵家で、今回我が家の領地に隣国リアナが攻めてきて、その鎮圧に王太子殿下と第二王子殿下が騎士団を連れやって来てくれた。
戦争は我が国の勝利に終わり、今夜は祝勝会が行われる。
私は次期マクダヴェル辺境伯である父に殿下方の話相手になる様に言いつかってしまった。
はっきり言って権力者って面倒くさい。特に王族や高位貴族は一夫多妻が認められているので、前世での精神を持っている私には耐えられない。
それだけじゃない、身分が上がるに連れてそれ相応の義務が生じる。はっきり言ってごめんである。
私の人生設計では低位貴族の子弟と結ばれ細々と生活できればそれで良いのだ。昼ドラのドロドロした関係なんてたまったものじゃない。
幸い私には兄と姉が一人ずつおり、マクダヴェル辺境伯家継嗣は決まっている。
魔法のあるこの世界では、中世ヨーロッパの様な大勢をしていても貴族間の婚約は早くはない。寧ろ遅い。結婚する少し前にするのが通常だ。
何故かというと人の持つ魔力には相性というものがあり、相性の良い人同士が子をなした時その子供に魔法技能が遺伝しやすいためだ。
その為、魔力の相性の良い者と結婚するのがこの国の王侯貴族の常識だ。
そのせいか王太子殿下は公爵令嬢と婚約しているが第二王子殿下は婚約していない。
私の兄と姉は結婚しているが私は婚約者すら存在していない現状だ。父が第二王子殿下と場を設けようとしているのは火を見るより明らかだった。
はー、王族との繋がりを持とうとかお父様も権力が欲しいのだろうか……。あー、憂鬱だ。
祝勝会が始まり、殿下方が広間にやって来たて挨拶をした。
「殿下方、今回は援軍ありがとうございました。マクダヴェル辺境伯が孫マリエッタ・フォン・マクダヴェルと申します。御蔭で我が領民は今まで通り平穏に過ごしております」
お父様が何を考えているかは置いておいて、私の計画の為に当たり障りのない挨拶をした。
「君が辺境伯の孫姫か。噂はヴォルフガング殿から聞いているよ」
ヴォルフガングというのは現マクダヴェル辺境伯の祖父の事だ。
ひー、お爺様王族に何の話をしたの!?
王太子殿下の答えに私は卒倒しそうになった。
「ああ、君がマクダヴェル家の幻姫か。噂は色々聞いているよ、今夜は君が話相手になってくれるのかな」
第二王子殿下も続いて話かけて来た。
私の噂って何!? 幻姫って?
確かに辺境伯領から中々出て行かないから中央の社交界にはあまり出ないけど、尾ひれはひれが着いていそうで嫌ー!
ああ、このまま退出しちゃダメかしら。……はい、駄目ですね。お父様が確り見ている中で帰るなんてできそうにない。
溜息を吐きそうになるのを気合で堪えて、にこやかに対応する。
「まあ、殿下方に知られているなんて畏れ多い。本日は私の方こそ宜しくお願いします」
そんな私達の挨拶に祝勝会に呼ばれた令嬢達の嫉妬の目線が募る。
きっと王都に戻ってからの祝勝会よりマシであろうその視線に耐えつつ私は殿下方の問いに答えて行く。
憂鬱な心情を悟られない様ににこやかに対応しつつ、当たり障りのない返答を返して行く。
ああ、殿下方の話相手なんてお爺様やお父様、お兄様がやる方が自然じゃない!?
私が殿下方と会談していると様々な人々が話かけて来た。
文官武官を問わず高官からの話は良い、私も言葉遊びに興じよう。
しかし、中には殿下方に取り入ろうという方も居る訳で、そういう方は私の事を烈火のごとくギラついた目で見て来る。
特に御令嬢方が……。
一応さ、隣国との戦場近くの簡易祝勝会という事で辺境伯城でのパーティーだからお客様も兵士や騎士、その関係者や近隣の領地の方々な訳で辺境伯家より身分の高い者って殿下方位のものなんだよ。
それなのに令嬢方の何割かは私に挨拶もしないって礼儀に反するよね。
……あー、早く終わらないかな。こんな事なら書類仕事をしていた方が良かった。
もう何度目になるか分からない溜息を周りに分からない様にそっと吐き出した。
二桁を超える令嬢方の襲来に王太子殿下の機嫌が明らかに悪くなる。
王太子殿下は婚約者である公爵令嬢を溺愛しており、側妃を娶る気がない事を公言している方だ。
そんな王太子殿下に色目を使う令嬢が多ければ、辟易するのも仕方がない。
「マリエッタ姫、申し訳ないが私はそろそろ退出させてもらうよ。戦後処理もしなくてはならないからね」
「そういう事なら僕も下がらせてもらおうかな。兄上の補佐をしなければならないし」
王太子殿下がもう我慢できないと退出しようとし、第二王子殿下も追従して退出しようとした。
これは不味い。まだ王族である殿下方には居てもらわないと困る。今帰られたりしたら話相手である私の失態だ。
「皆様、まだまだ殿下方とお話したいとお思いですわ。もう暫く居てもらう訳には参りませんか?」
私も帰りたいよ! と思いつつ心にもない事を言ったせいか、もの凄い棒読みになってしまった。
しまった! 不味い、此処は謝ろう。
「「ぷっ」」
どこが壺に入ったのか殿下方が突然笑い出した。
「クク、すまない。私は君の事は結構気にいったよ」
「そうだね。僕も気にいった」
「は? ……申し訳ありません」
王太子殿下と第二王子殿下が私の事を気にいったという。どういう事だ。
咄嗟に変な声が出て、謝罪をした。
「私達に媚を売らないどころか事務的な対応しかしない。そういう所が気にいったよ。カイン、婚約者候補にどうだい?」
「良いですね」
カイン様というのは第二王子殿下の名前で、王太子殿下はエドワード様という。
は!? 第二王子殿下の婚約者候補? いやいや、ないない。断らせていただきます。
「畏れ多い事でございます。私には荷が勝ち過ぎておりますし、公爵家、侯爵家の姫様方にはとても及びません」
「辺境伯といえば侯爵位と並ぶ名門、僕の妃にしても過不足ないと思うけど。それとも好きな男でも居るのかい?」
確かにこの国では辺境伯爵家は侯爵家と同列に遇される。遇されるけどね。侯爵家どころか公爵家にも年頃の姫君は数人居るよね。
じっと見つめて来る第二王子殿下に冷や汗が流れる。
何だろうこの嘘を吐いてはいけない感じは。
「……お慕いする殿方はいらっしゃいませんが……」
第二王子殿下の圧迫感につい本音がポロリと漏れる。
「そっか、良かった。君に免じて暫く会場に居る事にするよ。でも、これは貸しだからね。ね、兄上」
「そうだな。もう暫く居るとしよう」
何だろう第二王子殿下の笑顔が黒い気がした。
でも、会場に居てくれるという両殿下にホッと息を吐いた。
祝勝会も終わり息を盛大に吐き出しているとお爺様から呼び出しがかかった。
ノックをしてお爺様の執務室に入るとお父様とお兄様も揃っていた。
……何だろう、凄く嫌な予感がする。
「マリエッタ、カイン殿下よりお前を婚約者候補にするようにと話が来た」
お爺様の言葉に私は奇声を上げた。
「え? はあ!?」
ええ!? 私断ったよね。
「何て声を出しているんだ。明日、カイン殿下とお茶会の支度を整えている。確りもてなすように」
お父様は柳眉を寄せ私に命を下す。
「まあ、王族からの申し出だしね。断れないよ」
お兄様が良い笑顔で言い切った。
「……はい」
私は祝勝会の時以上に憂鬱になった。
「それだけだ、下がって休みなさい」
「はい。失礼しました」
お爺様が下がって良いというのでさっさと下がらせてもらう。
えー、お茶会を第二王子殿下としないといけないの……。
部屋に着いた私はグッタリとベッドに倒れ込んだ。
日はあっさり登り翌日、私は第二王子殿下と庭園の見える部屋でお茶を飲んでいる。
とりあえず第二王子殿下の話を聞きそれに答えて行く。
私からは話さないよ。だって話題なんてないもの。
「ふふ、やっぱり君は良いな。話していてホッとするよ」
「そうですか」
「御令嬢との会話は皆ギラギラしていて落ち着かないんだよ」
そう苦笑する第二王子殿下に私は少し気の毒になった。
確かに現代日本よりこの世界の令嬢の方が肉食系だ。そんな方々に囲まれて居れば落ち着かないだろう。
「どうだろう、魔力合わせをしないかい?」
魔力合わせというのは互いに魔力を流し魔力の相性を探るというものだ。
「いいえ、辞退させていただきます」
魔力合わせをしてもし相性が良かったりなんかしたら嫌な予感しかしない。此処は断る一択だ。
しかし第二王子殿下は私の手を握り魔力を流して来る。
手を引いたがガッチリ握られており手が離れない。途端に身体に巡る甘い感覚。不味い相性良いかも。咄嗟に俯いたが身体を甘く痺れる感覚が駆け巡る。
「魔力を僕にも流して?」
第二王子殿下は甘く囁いて来る。
私は首を振りそれを拒絶した。
第二王子殿下は私の顎を掴むと上を向かせる。バッチリ目の合う第二王子殿下と私。
「君の様子を見ていれば相性は良さそうだね。早く僕に魔力を流してくれないとキスをしてしまうよ」
そう言って第二王子殿下は私に顔を近づけて来る。
キス位でこれからを棒に振りたくない。
第二王子殿下のキラキラしい顔が近付いて来る。太陽に煌めく金髪に湖を思わせる碧眼。その美貌にクラリとくる自身を叱咤しギュッと目を閉じる。
第二王子殿下の唇が私の唇に重なったと思った瞬間、私の魔力が第二王子殿下に流れる感覚がした。
ハッとして目を開けると第二王子殿下が嬉しそうに微笑んでいる場面に遭遇した。
合わさっていた唇を離すと第二王子殿下は私に分かりやすく話してくれた。
「王族には相手の魔力を自分に取り込む秘術があってね。それを使わせてもらったよ。うん、やっぱり君とは相性良いみたいだね」
何そのご都合主義。私の頑張りは何だったの。
にこやかに笑う第二王子殿下に私はガックリと項垂れる。
「こんなに相性が良いんだ、もう婚約するしかないと思うよ」
第二王子殿下の言葉に私は力なく首を振った。
「どうしてそんなに嫌がるの?」
「……私は一夫多妻制が嫌なんです。それに王族には義務が多く、私はそれができるとは思いません」
力なく言葉にする私に第二王子殿下は「それなら大丈夫だよ」と簡単に答えた。
私が顔を上げ第二王子殿下を見ると微笑みながら頷かれた。
「僕が君だけを愛すれば良いだけだろう。それに僕は臣下に下るつもりだし、これで問題ないね。ねえ、そろそろ名前を呼んで」
簡単に言ってのける第二王子殿下に私は呆気に取られた。
「名前ですか? カイン殿下とお呼びすれば?」
「殿下はいらないかな」
私が名前を呼ぶと即座に返答が返ってきた。
「カイン様?」
「様もいらない」
「……」
何? 呼び捨てにしろと? それって婚約を承知した様なものじゃん。
王族の名前を敬称なしで呼べるのは婚約者か結婚相手位のものだ。
私が黙ってしまうと第二王子殿下は黒い笑みでニヤリと笑った。
「君には貸しがあったよね。それを返してよ。……しょうがないね、兄上も知っているし兄上に力になってもらおうかな」
「……カイン」
「何? 聞こえない」
絶対聞こえているよね。この腹黒王子!
「カイン! これで良いんでしょ」
「うん。それで良いよ」
ああ、私の人生設計は何処から狂ったのか……。