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アルコールハラスメント

未成年の飲酒はダメ絶対。

「団長、過度のアルコールは脳細胞の死滅に繋がります」


その言葉が災害級魔獣の討伐を終えて無事に開催された慰労会の会場を凍りつかせる。上司の酒をキッパリと断るというあり得ない事態に第5竜騎士団の面々は静止する。自分のコップを握った面々の視線の先にはきょとんとした表情の第5竜騎士団団長と額に青筋を生やした副団長。この場にいる全ての人間がごくりと喉を鳴らす中、その言葉は放たれた。


「ちなみに未成年の身体的成長を著しく阻害する悪魔の飲み物です」


『‼』


上位職の人間に対する暴言に全員に緊張が走る中、第5竜騎士団団長レイ・アルフォードは目を見開く。


「え、まじで!!」


違った意味で驚いた少年は自分のコップを握ったまま声を上げた。



事の発端は災害級魔獣討伐任務帰還の慰労会


「皆、今回の演習は大義だった。無事に帰って来れた事を嬉しく思う」


第1食堂を解放し、今回の演習に伴う慰労会をその日第5竜騎士団は開催していた。今回は新任団員達の演習が災害級魔獣の討伐任務に変わったという異例の事態になったものの無事に全員が軽症で帰還した。今日はその帰還した面々を労うべく、第5竜騎士団団長レイ・アルフォードがコップを片手に慰労会開催の口上を述べる。


「無事に帰れた事を祝い、慰労会を開催する。みんな好きに飲んで食え❗乾杯」


『おお~う❗❗』


その合図を聞いた面々が近くの人間とグラスを合わせて杯に入れられた酒を一気に煽る。


「か~、うまい❗❗」


例に漏れず、酒の入った杯を一気飲みしたレイは満面の笑みでユークリッドを振り返る。


「ユークリッドもお疲れさん」


「お疲れ様でした」


口上を述べ終えた上司の労いにユークリッドは軽く頭を下げる。自分ように用意された席に戻って来た上司のコップに酒を注ぎ、ユークリッドは杯を合わせる。そのまま一口飲んでコップを置く。ユークリッドにとって酒は前世の鬼門。それが原因だとは言えないが原因となるものを今世では避けていた。


「あ~、うまい」


そんなユークリッドの前で前世基準では未成年に入る年下上司がごくごくとうまそうに喉を鳴らして酒を飲み干す。異世界の酒は葡萄酒か麦酒が基本。それを横目にユークリッドは脂っこいものをある程度避けながらつまみを口に運ぶ。空腹状態での飲酒は悪酔いの原因である。そんな自分とは裏腹に慰労会開催と同時に団長であるレイの前にはコップと酒のジョッキを抱えた面々がずらっと並ぶ。


「ありがとうございました❗」


「おう❗お疲れ様」


酒を飲んで杯をあける。開けては挨拶を繰り返すを上司を横目にユークリッドは腹ごしらえに勤しんでいた。空腹時の飲酒ほど身体によくないものはないからだ。ある程度、ユークリッドが腹を満たした頃には多くの人間の返礼を受けた上司が出来上がり始めたのは当然の事。上司だけでは受けきれないと気づいた時にはもう出来上がり、笑い出していた。気づかぬうちに傍に来ていたオルソとキリアが上司の代わりに返礼を受け始めた時には超ご機嫌。


「ユークリッド、ほらお前も飲めよ!」


「ありがとうございます」


けたけたと笑ってジョッキを差し出してくるのをユークリッドは当然と受ける。キリアやオルソにまで絡んでいる姿に上司の酒のタイプが“笑い上戸”だと知る。黙々と上司が注ぐ酒を少しは飲んだり、わざと溢したりしながらユークリッドはその猛攻をいなす。そうする間にも団長に水を飲ませ、酔いを覚まそうとするが酒の力を借りた上司の猛攻はとどまるところを知らない。そして前世ユークリッドを苦しめた体育会系の禁断の呪文が繰り出される。


「俺の酒が飲めないのかよ」


その一言にユークリッドの表情が消える。差し出された上司のコップと抱き抱えるジョッキを強奪し、その台詞を口にする。


「団長、過度の飲酒は脳細胞を死滅させます」


その一言が盛り上がる慰労会に切り込んだのだ。





「よ、楽しんでるか~」


禁断の上司からの酒の断り事件によって静まり返る第1食堂に仕事を終えて顔を出すために足を踏み入れたアルフレットは目を瞬く。キリアとオルソが揃って絶望的な表情を晒す中、酒によってほろ酔いの頭を真剣に回していたレイは現れた相手に真剣な眼差しを向ける。


「アルフレット、聞いてくれ。俺の身長が伸びるかもしれない」


「一体、何があったんだよ!」


いつになく真剣な一言にアルフレットは事態が分からずに突っ込む。ただの慰労会がなぜか凄まじい緊張感をはらんでいるのに頭痛がする。ユークリッドに視線を移すと本人も渋い表情をしているので犯人は明白だ。そんな緊張感を漂わせる周囲をよそに第5竜騎士団団長は副団長を見据える。


「ユークリッド、大事なことだから確認したい。その……酒を止めたらもしかして背は伸びるのか?」


「え、ええ……可能性としては」


つい失言をしてしまったユークリッドは上司からの真剣な眼差しにコップとジョッキを抱えたまま頷く。


「17歳はまだ成長期ですので」


ユークリッドのその言葉に今まで見たこともないほどの笑顔を浮かべた少年が拳を空に突き上げる。


「よっしゃゃぁ!」


その言葉に周囲の面々は年は下でも上司の器を持つ上司の悩みを悟る。そして団長でも17歳だもんなと生暖かい目を向ける。


「ユークリッド、俺禁酒するわ」


そんな周囲の生暖かい視線に気づかない上司はふふんと上機嫌で鼻歌を歌い出す。凍りついた慰労会は微妙に半解凍される。だが先ほどまでの熱を失った慰労会は白けた空気を漂わせる。普段なら人の機微に敏感な上司は身長の悩みから解放されて気づかない。


「アルフ。俺、葡萄ジュースとってくるわ」


「ああ……行って来い……」


「ふふん」


上機嫌でジュースを手に入れるために場を後にした上司を見送りアルフレットはユークリッドに嘆息する。


「ユークリッド」


「すいません……」


アルフレットからの叱責にユークリッドも肩を落とす。ついトラウマである酒を進められてキレてしまった。


「酒の飲み過ぎが怖くて……」


「お前の過去に何があったんだよ!」


体育会系における禁断の断りを行使したユークリッドにアルフレットは突っ込む。アルフレットの突っ込みに顔を半分覆ったユークリッドは絶望的な表情を晒す。前世の死因は胃がん。酒が原因かは分からないが一人娘の結婚式でバージンロードを歩くことすら出来なかった。それが辛かった。


「私は娘と一緒にバージンロードを歩くまでは死ねないんです!」


「いやいや、まず。お前子持ちじゃないよな!」


アルフレットの突っ込みにユークリッドはキッと相手を睨む。


「何を言うんです‼健康は金で買えません‼」


絶望的な表情を晒すユークリッドにアルフレットは突っ込む。


「もう何があったんだよ!」


微妙に盛り上がりにかいた慰労会に強制参加が決まったアルフレットは悲鳴を上げた。




「ジュース、ジュース」


もしかしたらこれ以上身長が伸びないかもしれないという悩みから解放された第5竜騎士団団長レイ・アルフォードはスキップで酒に弱い面々のために用意された葡萄ジュースに走りよる。禁酒するだけで背が伸びるなら禁酒なんて苦でもない。周囲の面々の視線よりもまず身長。ジュースです乾いた喉を潤す。


「うまい、もう一杯」


どごそのフレーズにありそうな言葉を呟いてジュースを飲む。そうしながら周囲を見回してようやく喧騒が少なくなってる事に気づく。よく見れば自身と同年齢ぐらいの団員が酒を飲むのをやめている。


「…………………………」


それに軽く小首を傾げて遠い目をした後、ポムと手を叩く。


「やっべぇ……禁断の呪文じゃん」


脳細胞の死滅は防いでもコミュニケーションを死滅させる禁断の呪文に酔いが覚めたレイはようやく気づく。


「さて……どうしたものか……」


周囲を見渡せば古参の人間は渋い表情をしているが副団長自ら断った酒を部下に進めることもできずにぎこちない空気が漂っているのに嘆息した。




“やってしまった……”


笑い上戸の団長がようやく酔いから覚めた頃…第5竜騎士団副団長ユークリッド・コンフリートは激しい後悔に教われていた。前世でも体育会系の仕事についていたユークリッドにとって飲みニケーションは仕事の一貫でもあった。前世の教訓から健康第一に生きて来たがまさかこんなところでつまづくと思っていなかった。


“次はどこに左遷でしょうか……”


いくらアルコールハラスメントを受けたとはいえ、階級制の仕事で上司の酒を断って無事でいられる訳はない。またそんな常識で生きてきた部下の反発も買っただろう。あーと呻いていると自身の視界に影が出来る。


「なに、百面相してんだよ」


その声に顔を上げるとそこには葡萄ジュースの杯を持った上司が笑いながらたっている。


「団長……」


思わず、17歳の少年にすがるような視線を向けるとニッと笑われる。次の瞬間、届いた言葉にユークリッドは耳を疑う。


「悪かったな、ユークリッド」


「え?」


その言葉に目を瞬くと上司が笑いながらジュースを飲む。


「俺、酔うといっつも絡むんだわ」


「い、いえ」


「しかも今日はいつもより飲み過ぎてて心配させたな。悪かった」


肩を竦める上司に目を見開いているとこちらの言葉が届いた面々に向かって振り向く。


「悪かったな。俺が絡み酒したからなんだわ。こいつ、妙に心配症だからな」


そう言ってユークリッドを指す。


「どうせ飲み過ぎて体を壊したらとか小難しく考えたんだろ?」


そう言ってこちらを向く上司がウィンクするのにユークリッドも立ち上がる。


「こちらこそ申し訳ありませんでした」


「気にすんな。元はと言えば絡み酒をした俺が悪い」


公に謝罪させることでユークリッドへの批判を回避し、レイは再びこちらを食い入るように見る部下を振り返る。


「な、俺達は多少飲み過ぎたぐらいで体なんて壊さないよな?」


そう茶目っ気たっぷりに問いかけると至るところから“そうだ、そうだ”と声が上がる。それを押さえて自身より身長の高いユークリッドをレイは見上げる。


「でも、お前は俺達が心配なんだよな」


そう言葉を投げ掛け、言外に後はお前の仕事だと微笑むとユークリッドが入れ替わるように一歩前に出る。


「先ほどはお騒がせしました。つい、私は心配症で」


自分の言葉で伝えようとユークリッドは声を張り上げる。


「私の知り合いに酒の飲み過ぎで体を壊して親を失った友がいます」


実際にはいないがこれは前世で残して来た自分の子供への釈罪。


「友人が死なないでくれとすがる中、彼の親は亡くなりました。友は突然の死に呆然としていました」


まだ成長期盛りの息子とは酒を飲み交わすことも娘の結婚式でバージンロードを歩くことも出来なかった。長年、自分を支えてくれた妻にも何も出来ずに死んでしまった。その事を記憶を取り戻してから幾度後悔しただろう。だから今世では健康第一で生きている。


「ですので団長にとっての大事な方がそんな思いをするなんて耐えられませんでした。だから僭越ながら注意させて頂きました」


「そうか……それは辛いだろうな」


「はい……まだ幼かった友はいたく意気消沈していました」


しんみりと過去の自分を思い出して微笑むと幾人かの男性が鼻を鳴らしている。


「また上司からの酒を断れず、中毒を起こして帰らぬ人になった友もいます。ですから酒の飲み過ぎには注意して頂ければと思います」


「ということだ。楽しい酒で体を壊すなんて馬鹿らしい。という訳で今日から第5竜騎士団は酒に関しては自己責任な。お酒の教養禁止!弱いやつには周りが気遣ってやれよ」


『はい‼』


上司の言葉に一斉に返事をした面々は先ほどのぎこちない空気が嘘のように再び喧騒が場を支配する。白けた空気を一瞬にして戻してみせた上司にユークリッドは頭を下げる。


「ありがとうございます」


「気にすんな」


その言葉にニッと笑うと自分の席に戻ったレイは今度は育ち盛りに相応しい食欲で腹を満たす事に専念した。



そののち……


第5竜騎士団においては団員一致でとある決まり事が決められる。それについて意見を求められた副団長が小首を傾げて発した標語が掲げられることになる。


『お酒は飲んでも飲まれるな。お酒の強要禁止』


本来の意味とは少し違うが副団長いわく……


お酒は楽しく飲みましょうに尽きるらしい。

いつもお読み頂きましてありがとうございます。100話記念品です。


今回は桜雪猫さんからのリクエストにお応えして、異世界での宴会事情をとりあえず、異世界の労働問題を解決しようと思います風にアレンジしました。


誤字脱字がありましたら申し訳ありません。

少しでも楽しんで頂ければ幸いです

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