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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第7章
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第89話 鎮守の森にて その3

「文乃も淳之介も出来ることは全て試してくれたが、清水を清らかにすることは出来なかった。そこで、俺はこの鎮守の森に太古からいる精霊の力を借りることにしたのだ」


神社の参道や拝所を取り囲むように森があるが、それは氏神を守るための大切なお役目を持った精霊たちが住む場所でもある。


あのまま何も策を講じずにいれば、汚染された岩清水が更に悪化したり、水が枯渇するような事態が起こる可能性も高い。


そんなことになれば、精霊たちもたまったもんではないはず。クニヌシはそこに勝機を見出した。


「お代はこの髪で良いと言うのでな、俺の願いと交換したまでだ。それだけのことよ」


夏樹はどうも腑に落ちないといった顔でクニヌシに問いかけた。

事の顛末を知らないのは夏樹と拓海の二人だけである。


「クニヌシ?精霊さんたちは見返りを要求するものなの?」


「当然だ。おかしなことを聞くではないか、夏樹。お前も神に何かを願えば、それに相当する代償を神に払わねばならんのだぞ。等価交換は基本ではないか」


「無償の愛ではないのね・・・」


夏樹を取り巻く全員が人間である夏樹の驚く様がおかしくて、皆で声を出して笑った。


願いを叶えたいのであれば、それに見合う何かしらの報酬を相手に渡す必要がある、ということは彼らにとっては当然のこと。


神々や精霊たちの間でも、近頃の人間はこれを知らずに、自分の願い事だけをする傾向について、非常にけしからん、としばしば話題にあがるトピックだ。


「お前も例外ではないぞ?神々に頼みごとをする時は、賽銭箱に金銭を投げ込むだろ?忘れるなよ。願い事は大きいほど、お前が払う代償は大きいということを」


なるほど、と夏樹も笑っていたが、ふと拓海のことが脳裏に浮かんだ。

拓海が払った犠牲とは、報酬とはなんだったんだろう、と。

笑える要素が見つからない。


夏樹から笑顔は消えた。

救いを求めるようにクニヌシをじっと見つめてみる。


「拓海が禁術を使ってまで望んだお前の蘇りに対する代償、な。拓海と初めて瀬戸内の海辺で出会った時、自分では神に渡せるほどのものは持ち合わせていない、と言い切っておったが、実のところそうでもない。あやつには払えるだけのものを既に持っている。お前が心配することはないぞ、夏樹」


そのような背景があるとは露知らず、夢のような三日間を拓海と過ごして、少し浮かれていた自分を夏樹は責めた。


クニヌシは大丈夫だと言うが、あの拓海が何を持っているというのだ、と不安は増すばかり。

霊が見える程度の力を引き換えにしたところで、全く足りないことは夏樹にも理解できた。


何しろ人の生き死にを願い事に持ち出したのだから。


「なっちゃん」


モノカミに声を掛けられ、我に返った夏樹は胸を押さえ苦しそうに、息を一つ吐き出した。


「たっくんは全部飲み込んだ上で君を取り戻したんだよ。実際、楽しかったろ?それでいいんだって。なんといっても、たっくんは人じゃないからね。ドラゴンの化身だって、まだ話してなかったか。僕なんかより、ずっと高位の霊体になるはずだよ」


あと半日もすればこの世を去り、記憶の全てを失い、生まれ変わるというタイミングで聞かされた数々の話。


夏樹は困惑を隠せないでいる。

クニヌシとモノカミは顔を見合わせ、一度に話しすぎたか、と反省。


「すまなかった、夏樹。お前に聞かせる話ではなかったな。だが、拓海はやればできる子。お前もそう思うだろう?」


「うん。拓海はすぐ泣くけど、負けん気はすっごく強いから、神様にやられっぱなしってことはないはず。そのドラゴンの化身というはよく分からないけど」


夏樹の不安が全て去ったわけではないが、自分が拓海を信じないでどうする、と言い聞かせながら、また笑顔を取り戻した。


モノカミは既にこの話に興味が失せたらしく、ナギと初めましての挨拶を交わしている。


「あなたが噂のモノカミちゃんなのね!なんて可愛いのおおおお!」


小さな祠の神様はユリアの手のひらで、モノカミの顔立ちに興奮しているご様子。

双子の姉妹から、口は悪いが顔はいい、という話を以前からナギは聞いており、どれほどのものか一度会いたいと思っていたらしい。


「ナギ様もかなり可愛いです」


しれっとモノカミもナギを褒め称える。

ここへ姉妹も参戦し始めると、妙なテンションで四人の会話が盛り上がっていった。

この清らかな場所で笑い声が絶えず聞こえる風景を、クニヌシは満足そうに眺めていた。


が、そもそも、この場所に来た理由をクニヌシは思い出してみる。

彼以外はもうすっかり忘れてしまっているようだが。


(そう言えば)


「モノカミ、今何時だ?もう夜でした、と言うことはないだろうが」


モノカミは作務衣のような上着の合わせから、細かい細工で施された懐中時計を取り出した。


「時間は合っているはずです・・・もうすぐ淳之介たちが戻ってくる頃合いかと」


この面子めんつで、また樫の国で集まりましょう、ということになった。

オフ会的な。


とにかく、淳之介たちが帰宅する前に、クニ主は夏樹に事前説明を行っておく必要があるという。

モノカミはすくっと立ち上がると、皆の前に移動した。


「お待たせしました、なっちゃん。転生の間で生まれ変わるまでについて、説明を行いまーす」


(夏樹:可愛い。私のパパになるなんて信じられない・・・)


(ナギ:噂以上の愛らしさ!しかも可愛い幼妻(男の子)もいるとか、どう転んでも最高!)


(双子:モノカミの苦痛に歪んだ顔も素敵だと思うの。どうにかして見れないものかしら)


(クニヌシ:世が世なら俺の小姓に抜擢するほどの美少年っぷり。いとはまさにこのこと)


つづく。

読んでいただきありがとうございます。夏樹の退場まであともう少しです。

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