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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第7章
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第87話 鎮守の森にて その1

夏樹は朝日を背にして、神社の石段をゆっくりと登っていく。

少し先にはモノカミが待っているのが見えてきた。

懐かしい友人を見つけたように、夏樹は残りの階段を一気に駆け上がる。


「いい子だ。ちゃんと戻ってきたね、なっちゃん」


「もしかしてだけど、モノカミはずっとここで私を待っていてくれたの?」


陽に透けたモノカミの柔らかい藍色の前髪がふんわりと風に持ち上がる。

少年のような少女のような中性的な彼から溢れる笑みに、夏樹も何故かホッとしていた。


「そうだよ。パパは夏樹の帰りをずうううううううううううっと待ってたんだから」


「嘘を言うな。お前はさっきまで樫の国に戻っていたであろうが。それに、お父さんと呼ばれるにはまだ時期尚早ではないか、モノカミ?」


背後には、いつ間にやら、霊体化したクニヌシが立っているではないか。

神社の鳥居をバックに何と神々しいことか、と夏樹は眩しそうにクニヌシへ目をやった。


神話の時代からの白い装束はいつもと同じだが、両耳のところで結っていた長い髪は短くなり、結ぶこともなく肩にかかる程度の長さになっている。


「ノリで言ってるんですから、細かいことはいいでしょ?十分に休んで力を温存しておけ、って言ったのはクニヌシ様なんだし。僕はなっちゃんが戻ってくるまで、仁王立ちで待っていたかったのは本当なんですから」


夏樹はモノカミの顔を包むように、そっと両手を差し出そうとしたが、一瞬ためらい、そのまま両腕をゆっくりと引っ込めた。


「私の知ってるモノカミだ」


モノカミは迷うことなく右手で夏樹の左頬に触れた。


「僕の知らないなっちゃんだ」


ハッとして夏樹はモノカミから離れようとしたが、モノカミは手を離さなかった。


「意地悪で言ったわけじゃないんだ。今の君は何て言うか・・・」


夏樹はモノカミの目を見ることができず、視線をふと横に落とした。


「分かってる」


「分かってないね。そうだな、きっと君はまた少し大人になったんだ。男に容易に触れられないのは、恥じらいと危機感を覚えたから。でしょ?違う?」


「そう、かも。なんでもお見通しなんだね」


モノカミは夏樹の手をとり、母屋の方へと歩き始める。

手を引かれながら、夏樹は後ろを振り返った。


今日も太陽は夏樹の瞳を射抜かんとばかりに眩しい。


諌められることを覚悟して戻って来た夏樹は、モノカミとクニヌシの変わらぬ態度に安堵したせいか、今度は前を歩くクニヌシの肩まで短くなった黒髪が気になってきた。


(あの美しい黒髪を切った理由は何だろう。髪には霊力が宿っていると言ってたのに・・・)


「夏樹、気になるか?」


母屋までの短い道のりの間、クニヌシの腰まであったはずの黒髪を、無意識に夏樹は凝視していたことに気づく。

モノカミは前方の声の主と隣の夏樹を交互に視線を動かした。


「ごめんなさい。でも、すごく気になる。何か明日の儀式と関係あるの?」


クニヌシは足を止め、困惑した夏樹の方へ一瞥すると涼しい顔で夏樹に言った。


「ない。案ずるな」


「そう・・・」


大切なところだったが、母屋から騒々しい面々が現れたので、この話はここまでとなった。


平日の朝なのだから当然だが、淳之介と文乃は制服を着用している。

これから学校に行くのだと一目でわかる。

夏樹は羨望の眼差しを二人に向けざるおえない。


「夏樹は無事にご帰還だ」


クニヌシはそう言うと夏樹の方へ振り返った。

淳之介が夏樹の元気そうな姿を見て駆け寄った。


「良かった〜。見たとことろ変わった様子はないようで、安心しました。ですが、僕らはこれから学校に行かねばなりません。文乃も僕も学校は早退して、午後早めに戻ってきますので、詳しい話はそれからにしましょう」


コクリと頷く夏樹と隣にいるモノカミの二人を文乃はじっと見ていた。

文乃はつい先ほどまで、モノカミへ霊力を渡す日に三度のお勤めを終わらせたばかり。

額が汗ばみ、瞳がまだ潤んでいるのがわかる。


モノカミは知ってか知らずか、文乃の視線を無視するように、夏樹と繋いでいた手をほどくと、そっと夏樹の肩に手を回した。


「じゃあ、なっちゃん。僕らは、その間に今後のことでも話すことにしよう。ちゃんと話してないもんね」


肩を掴まれた夏樹は恥ずかしそうに俯いてモノカミの言葉にうなづいた。


そんな二人の様子を観察していた文乃は、胸元の赤いリボンを押さえるようにしながら呼吸を整えている。

嫌味の一つでも言うために。


「私たちはこれで失礼しますが、クニヌシ様、あの二人が暴走しないように見張っておいてくださいね」


「今更、どう暴走するって言うんだ。文乃、お前は嫉妬でもしているのか?」


妹はギロリと兄を睨み返し、ふん、と言うと、クニヌシに一礼し、そそくさとその場を後にした。

冗談が通じない、と兄の淳之介は不満を口にしながら、やはりクニヌシにペコリと頭を下げ、兄妹は小競り合いをしながら、石段を下っていった。


モノカミは空いている方の手で、クニヌシの袖をくいっと引っ張った。


「クニヌシ様」


「ん?ああ、そうだな。あの二人が戻る前に夏樹には説明をしておかなければな」


「淳之介の言ってた詳しい話、とは違うのですか?」


クニヌシの話はこうだった。

淳之介と文乃は儀式に立ち会うことはできない。

彼らの役割は、儀式を始める前段階に行う夏樹の支度である。


夏樹の生命維持装置、つまり煉獄の炎を体から取り出し、完全なる生の終わりを迎えた後、転生者たちが住む別世界で生まれ変わることまでは兄妹に伝えている。


が、どのように行われ、何がその時に起こるのかなどは秘密である。

いくら霊力を備えているとはいえ、兄妹はあくまで人間。

見てはいけない、知ってはいけない領域もあるということ。


「さて、ナギ様の岩場にでも行くとするかな」

読んでいただきありがとうございます。滞りなく儀式が終わりますように。

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