第86話 夏樹の告白
私が拓海に言った言葉を思い出すと、ちょっと照れ臭い。でも、あれは本心。後悔なんて全くない。
玄関を開けると部屋は真っ暗だった。誰も帰っていないことにホッとする自分に苦笑い。拓海は玄関の照明をつけると、先に靴を脱いで、靴というかビーチサンダルを。私も履いていたスニーカーを急いで脱ぐ。
狭い廊下を拓海の手に引かれ、街の明かりでかろうじて部屋の家具が見える程度の薄暗い部屋へ入る。
私たちは躊躇なくベッドのそばに寄ると、拓海にベッドに座らせられ、そのまま優しく押し倒された。私に覆いかぶさるように拓海が近づいてきて、私に言った言葉。心が震えた。
「俺、優しくする自信、ないから」
私は涙を浮かべて恍惚とした、あの瞬間を忘れたくない。
拓海も私も初めてだから、何が正しいのか分からない。けど、あんなに彼に激しく求められたことで、失いかけていた女としての自尊心が再び高まった。あの喜びは本物だと思う。
贅沢を言わせてもらえるのであれば、優しく体を包んでくれる両腕も重なる体も全て、彼の暖かいであろう体温をこの身で感じてみたかった。
三日目の晩には少し慣れてきてたけど、やっぱり男の子のあれは内心びっくり。体は大人になっているけど、気持ちはまだせいぜい中学生くらいな私にとって、最初のインパクトは凄まじいものが・・・。男の子、だものね。
実は、最初から上手く二人は結ばれたわけではないのです。拓海は不発に終わったのでした。
拓海は何度も謝って凄く落胆してたけど、私の方が申し訳ない気持ちになってた。私は胸も小さいし、体温もないし、明日香のような豊満な体つきとは程遠いんだもの。
「すまん・・・気持ちが高ぶりすぎて・・・実はものすごく緊張してたんだ。もう一度チャンスをくれ!」
拓海の緊張は伝わってたよ。お互い、これ合ってる?って感じだったしね。男の子は心理的な要因で、心と体が離れてしまうことがあるみたい。好きすぎて、というなら、これはむしろ嬉しいこと。
その後、裸のまま抱き合ってベッドの中で色んな話をしたことも、私には十分すぎるほど素敵な時間だった。結局、二人が結ばれたのは、存分に語り合った後。薄っすらと空が明るくなりかけた早朝のことでした。
拓海は泣き顔を私に見せないように、両手で顔を覆って声を必死に押し殺して泣いていた。これじゃあ、こっちは泣けないじゃない。でも、それが愛おしくてたまらなくて、私は拓海を胸に引き寄せ抱きしめた。幸福感に包まれるというのは、ああいうことなんだ。
こうして、私はめでたく拓海の初めての相手となりました。
これから続く長い時間の中で、彼が人生を振り返るたびに、私のことを思い出してくれるんじゃないか、って思うと口元が緩んでしまう。そんな大切な出来事を全てリセットしてしまうことは残念だけど、今の私は覚えている。経験した全てを持って、永遠の眠りにつくのだ。次の世界で生まれ変わるために。
私たちは何も三日間ずっとベッドにいたわけではありません。まあ・・・覚えたての二人はベッドの中にいる時間が多くなったのはご愛嬌ということで。
時々、私たちは近くのスーパーに買い出しに行って、拓海の手料理を楽しんだりもしたし、映画館にも行った。
「デートのお約束は恋愛映画だって相場は決まってるんだって!」
私はアクションものが見たいと言っているのに、拓海がそう言い張るものだから、つまんない恋愛映画を二人で見に行くことになったり。上映中のシートでこっそりキスもした。ステレオタイプなエピソードだけど、恋人同士っぽくて悪くない。もちろん手を繋いで。
昨日の午後には、拓海の大学に連れて行ってもらった。キャンパスにいる学生たちが眩しくて泣きそうになった瞬間もあったけど、以前プールに来ていた松波さんにも偶然一緒になって、涙が吹っ飛ぶほどテンパりました。
前より幾分か成長している私の容姿に少し驚いている風ではあったけど、細かいことを気にしない人なのかな?彼女は何も言ってこなかった。だから、私たち三人でコーヒーを飲んだりして楽しい時間を過ごすことができました。コーヒーは苦いから嫌いなんだけど、少し大人ぶって飲んでみた。
生気に溢れた松波さんと、彼女にいじられて存外喜んでいる拓海を見るのは、少し忍びない。でも、彼女は少し私に似ている。松波さんなら、引きこもりがちな拓海の心にも身軽にノックしてくれるだろう。図々しいくらいがちょうどいいんだ、あの人には。それに明日香もいる。
最後の夜も拓海が肩で息をする程、私たちは何度も求めあって愛し合って果てて。凄く嬉しかった。他に言葉が見つからない。
「もう行かなくちゃ」
彼が可愛い寝息をたて始めた時、私は着て来たワンピースを身にまとい、ベッドで眠っている彼に最後のキスをした。
読んでいただきありがとうございます。もう少しだけお付き合いください。