第84話 心の声って
「おはよう、拓海」
「夏樹。帰ろう、うちに」
「うん」
明日香とモールで選んだ服を着た夏樹は、緊張しているのか少し息を弾ませて玄関に現れた。着の身着のまま、拓海に追い出されたあの日の服を詰めた紙袋を手に、夏樹はようやく拓海に手を引かれ、二人は白鳥家を後にした。
「時間がかかったわねぇ、あの子たち」
静まり返った玄関には、姉妹が名残を惜しむように立っていた。
「夏樹ったら、あんなに嬉しそうな顔して。可愛かったわね、ウララ」
「ええ、最後の最後に収まって安心しました」
ウララの言葉にほくそ笑んだユリアは一転し、呆れ顔で振り返って言った。
「物陰にいる小鬼も気になっているようだけど?」
ユリアの意地悪な声に呼応するように、小鬼の気配は消えてしまった。ウララがユリアの肩にしな垂れて苦笑いしながら、小鬼の代わりに答えた。
「お姉様、あの子も色々と思うことがあるのでしょ。ちゃんと子育て出来るのかしら。今から心配ですわ」
拓海たち二人が少し照れくさそうに手を繋ぎ、神社の石段を下りた頃、小鬼は夏樹がいた部屋にいた。室内に広がる甘酸っぱい芳香の中に、夏樹の残り香があるはずもないのに。夏樹が慌てて出て行った後、敷きっぱなしになっている布団の上に、モノカミはゴロンと寝込んでいる。
居間からは、姉妹と白鳥兄妹のざわめきがかすかに聞こえてくるが、大あくびをしながら仲間に加わろうとする様子はない。藍色の柔らかな前髪が横向きに寝転ぶモノカミの片目にかかったまま、香りだけが立つ金木犀を小さく舌打ちをして見つめる。
「あーあ、今夜は二人で初めての夜を迎えるのか・・・。パパはやるせない気持ちでいっぱいですよ、なっちゃん」
そこへ、ぼやくモノカミを呼びに、淳之介が閉めていた障子をスーッと開くと部屋に入ってきた。
「もうお父さん気取りですか。まだ早いのでは?」
声がする戸口の方へ、モノカミは体を向き直した。が、相変わらず脱力した状態で、今度はうつ伏せになり、浅葱色の袴をはいて支度が済んだ淳之介に顔だけを不満そうに向けてみる。
「悪い?で、僕になんか用?」
(可愛いな・・・男の子なのに。神の遣いともなれば、やはり容姿端麗じゃなきゃダメなんだろうか。それともクニヌシ様の好み?)
目の前に横たわる華奢な少年を見下ろす淳之介の瞳が若干、濁っているように見えたのは気のせいではない。モノカミには淳之介の目をみることはできないが、言葉の間やその間のちょっとした体の動きから生じる衣擦れの音や空気の淀みなどから人の色んな心の動きを感じ取ることができる。
「僕が可愛いのは生まれつきだから、あんまりジロジロ見ないで」
(鋭いな・・・こういう女の子のような美少年もキャラクターにいるといいかも。うん)
「コホン。今から、僕たちは朝食なんで呼びに来ただけですよ」
まるで病人のようにモノカミは体を起こすと、布団の上を這うように移動し、畳の上でゆっくりと立ち上がった。淳之介が貸している短パンから、程よい筋肉に包まれた細い足が伸びているのに、淳之介は思わず目を見張った。
(うーん、文化系美少年のはずなんだけど、肢体のしなやかさにはアスリートのそれを感じさせるな。ふむふむ)
「ホントお代をいただくよ」
「すみません・・・つい」
淳之介はモノカミに心を読まれたようで恥ずかしそうにペコリと頭を下げると、そそくさと廊下に出た。夏樹が出て行った余韻に浸っていたのも束の間、モノカミは皆がいる居間へと向かうことに。まだ慣れない白鳥家のせいか、前を歩く淳之介の着物の袖に手を伸ばし、たもとをきゅっと軽く握ってきた。
(ナニコレ、もう・・・可愛いんですけどー)
近頃、執筆時間を十分に取れないでいる淳之介にとって、モノカミが新しいキャラクターの参考になりそうな予感をひしひしと感じているところであった。
読んでいただきありがとうございます。モノカミはジェンダーを超えたキャラクターとして、個人的にも気に入っています。




