第81話 家族の秘密
「穴子、残ってるぞ」
「もう無理。ここは父親に譲るよ」
父と息子、男二人で囲む夕食。出前の寿司を綺麗に平らげた拓海は満腹感のせいか、今のおかしな食卓に疑問を感じることもなかった。最後に残った穴子を父親が口に放り込む様子も、拓海の目には自然に映る不思議。
「っていうか・・・寿司を食いに帰ってきたわけじゃないんだろ。話があるなら手短に頼むよ」
急に思い出したように、拓海は残り少ないグラスの麦茶を飲み干して言った。台所の眩しいほどの蛍光灯の下で、小さなテーブルに向かい合う父親も、2本目の缶ビールを飲み干す。
「ぷは〜!やっぱりこっちのビールは上手いな!」
(どこと比べてんだよ)
能天気に振る舞う父親を不審そうに拓海は見つめながら、頭の中に先ほどまでの疑問がふつふつと湧いてきた。拓海は黒縁眼鏡をクイっとあげてみる。そんな息子をいつになくクソ真面目な顔を向ける梓。
「なあ、拓海。一つ質問していいか?」
「いいよ。俺からの質問は一つじゃないけど」
ハハっと梓は苦笑いすると、彼女でも出来たか?と、父と子で交わされる日常会話のように拓海に問いかけた。
「拓海、初めての変化はいつだ?」
拓海はぎょっとした顔で、だらっと座っていた背筋を思わず伸ばした。ところが、梓は目を輝かして拓海の返答を待っているという。
「いや・・・いつって、何、それ?」
「なんだ、お前まだなのか。覚醒しているもんだと勝手に思い込んでたよ!ハハハハハ」
拓海はテーブルをバンっと大きな音を立てて両手をつき、勢いよく立ち上がった。
「思い込みで話すもんじゃなかったな。すまん、すまん、そう怒るなよ」
「変化ってなんだよ!そりゃあ人より霊力はあるさ・・・けど・・・まだウチには隠された秘密があるとでも??」
梓は両目を閉じたまま腕を組むと、うーんと唸りながら少し考えて口を開いた。
「クニヌシから聞いてないのか?」
拓海はまた自分の椅子に座り直した。
「ああ何も。なんでクニヌシが知ってる?」
額にかかった少し白髪が混じり始めた前髪をかきあげながら、梓は困惑した様子で黙ってしまった。あの世とこの世の狭間を自由に往来しているせいか、少し人間離れした思考に加え、拓海が兼ねてから感じていた父親の不思議な力。大方のことには慣れっこだった拓海だが、今は自分の秘密事を聞くために、息を飲んで静かに待っている。
「では話すとしますか。さて・・・お前が生まれる前の状況説明から入ったほうがいいかな。うん。母さんと出会ったのは、僕がまだ会社員で」
拓海は梓の目の前にすっと右手を突き出し、梓の語りに待ったをかけた。
「先が気になって、父さんたちの馴れ初めをちゃんと聞けそうにないよ」
梓はふうと長い息を吐き出すと、息子の手を優しく掴みテーブルにその手を置いた。
「端的にいうとだな、お前は龍と人間のクオーターってヤツだ」
「・・・・・」
「あ、今、俺ちょっとかっこいいかも!とか思った?拓海?」
父親の告白というには軽すぎる発言に絶句したのか、当の本人である拓海は何かが降りてくるのを待つかのように、両目をゆっくりと閉じると、頭上で輝く台所の蛍光灯に顔を向けた。
「びっくりしたか?」
おもむろに顔を正面に戻し、拓海は呑気な顔でビールを飲んでいる父親に視線を送る。
「びっくりっていうか、理解の範疇を超えてるだろ、その話」
父親の想定外の言葉を聞いて、拓海はこれまでの日々を思い返していた。どこをどう切り取っても、龍に変化する経験もなければ、その片鱗も感じたことはなかった。目の前に座る父親はハーフということになる。が、拓海の知っている幼少期に過ごした梓の姿はごく普通のどこにでもいる父親であり、人間であった。
「拓海。話は簡単ではないということだ。先に話しておくと、僕の父、そしてお前の祖父は目下逃走中のクニヌシの兄、ワカヒコ。おばあちゃんと香は普通の人間だぞ」
「父さん・・・クニヌシが俺のおじさん、ってこと?おじいちゃんは神の眷属。俺は?なに?」
梓はコクリと頷き、唖然とする息子の頬に手を伸ばした。
「そうだ。まあ、あの兄弟は正真正銘の神の遣い。僕ら人間の寿命や老というものに縁がないから、若い見た目からは想像し難いとは思うけどね」
生い立ちが分かってきた拓海は、梓が話しかけていた香との出会いから、夏樹の事件以降に失踪してしまった父親のこれまでのことを知りたいと強く感じていた。落ち着きを取り戻そうと、何度か深い深呼吸をする拓海。
「じゃあ、話そうか。そんなに緊張するな、拓海」
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