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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第7章
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第79話 乙女のモヤモヤ

居間は静かさに包まれている。


子供のように眠っている夏樹。その夏樹を守護するように抱きかかえたままのモノカミ。急に居間に入ってきた文乃に目をやるクニヌシが少し離れて座っていた。そして寒々しい居間とは無関係に、甲斐甲斐しく夕食を準備する兄の淳之介。


「私も兄を手伝ってまいります」


文乃はいぶかしげな顔で居間から台所へと移動した。


巫女の姿から部屋着に着替えた文乃は、体にぴったりとしたグレーのキャミソールとボーダーのホットパンツという15歳にはいささかセクシー過ぎる後ろ姿が悩ましい。


この部屋には、それをとがめる者もいさめる者はいない。いるとすれば、それは台所にいる男だろう。文乃が台所に姿を見せた直後、皿が床に落ちる音が居間に響いた。


「あのな、家の中とはいえ、神職に身を置く者として、それどうなんだ?前から言おうと思っていたのだが、お前は年相応という言葉を知らないのか?けしからん格好ばかりして俺は許さんぞ!」


兄に指摘されたことが何を指しているのか分からず、文乃は不服そうである。淳之介は大きくため息をついた。意図的であれば改善の余地もあるだろうが、プールで披露した黒ビキニといい、無自覚のまま周囲の度肝を抜く服装に兄としては心配と不安がてんこ盛り。


「もういい・・・はい、これクニヌシ様のお膳」


正月や行事ごとでしか使うことのない、黒い漆塗りの美しい膳にはいわゆるベジタリアンな精進料理が盛られている。夏野菜のかぼちゃや茄子、シシトウの天ぷら、胡麻豆腐、酢の物やキノコの煮物など、一般家庭でも見られる品々だ。


「盛り付けは悪くないのでは?」


文乃は憤慨する兄を尻目に、捨て台詞を吐くように言うと、御膳を抱えその場を後にした。この頭脳優秀、眉目淡麗、そして兄よりも祖先の霊力を色濃く受け継いだ妹。兄の心配が尽きることはない。


「なんですか、あれ。思春期ですか?月に一度のアレですか?なんで、ああも可愛げがないんだ?子供の頃は僕の後を付いて回る、そりゃあ愛らしい娘だったのに!いつからこうなった・・・母さんがいてくれたら、文乃はもっと優しい子に育ったんだろうか・・・いや、あれはあれで良い子なんだが。はぁ」


誰に話すでもなく淳之介は一人ぶつぶつと不平を漏らしながら、慣れない手つきで皆の膳に盛り付けを続けた。居間の方から文乃とモノカミの小競り合いが始まったらしく、先ほどより騒がしい、いや賑やかになっている。淳之介が短くため息をつき、ふと休めた右手に目をやった。


「最近かな。あいつが近くにいると体がビリビリする・・・明日にでも父さんと話した方がいいかもな」


凝視していた右手をぐっと握り締めると、また配膳に手を動かし始めた淳之介。隣の部屋の賑やかさとは真逆に静まり返った台所で淳之介は無心で作業に没頭した。


賑やかな居間では、文乃がモノカミに食ってかかっている。モノカミはうんざりとした顔で目の前に立ちはだかった文乃を見上げていた。


「夏樹さんの事情は理解しています。が!なぜ、あなたがいつまでも彼女を抱きかかえているのですか?横にして差し上げれば済むことでしょ?」


「僕らのことは気にしないでいいから。君は君の務めを果たせばいいんだよ」


周囲には言えない二人だけの秘密。と言えば聞こえはいいが、文乃にとっては自分を縛る鎖に繋がれているようで不快に感じている内緒事だ。それをモノカミの意地悪な物言いに、文乃の頭はカチンと音がした。


(僕ら?ですって?私の務め?なんか・・・許せない!)


文乃はくるりと向きを変えると、終始無言で見守っていたクニヌシに歩み寄った。少し体を震わせながらクニヌシの前に座ると、静かに膳を差し出した。


「ありがとう、文乃。お前は笑った方が可愛いぞ。さ、笑顔を見せてくれないか?」


文乃が顔を上げると、目の前でクニヌシが菩薩のごとく穏やかな笑顔を文乃に向けている。冷静を装いながら、モノカミに腹を立てている文乃には無理な相談である。


「面白くもないのに笑えるはずがありません」


きっぱりと言い切った文乃は震えていた。それでもクニヌシは文乃に微笑みかけている。


「今は面白くないかもしれないが、とりあえず笑ってみよ」


現時点では何一つ笑える要素がない上に、文乃は自分でも理解できない怒りに似た感情に支配されている。クニヌシの無理難題とも思える指令にどうしたものか、と思い巡らしているが、解決策は浮かんでこない。


「・・・無理、です」


「簡単に無理と決めるものではないぞ。ニッと、な。ちょっとで良いから」


クニヌシは文乃が置いてくれた膳を持ち上げ、自分の横に置き直した。俯いたまま固まっている文乃のすぐ目の前まで近づくと、微笑んだまま文乃の背中に手を回し軽く抱きしめた。


「笑うのは難しいか?では泣いてみるか?」


しばらくしていると、文乃の膝に置かれた握りこぶしにポトポトと涙が落ちた。クニヌシは赤ん坊を寝かしつけるように、文乃の背中をポンポンと優しく叩くと、先ほどまでの剣幕の勢いはどこかへ行ったようだった。年頃の乙女は複雑である。

読んでいただきありがとうございます。マイペースな更新ですが、よろしくお願い致します。

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