第77話 モノカミと夏樹の魂
(それにしても夏樹ちゃん。軽い。大人の女性の重さじゃないんだよね。背中に当たるこのむにゅとした感触は紛れもない大人のソレなんだけど。けしからんな)
神職である前に淳之介は17歳の健全な男子である。脳内で葛藤するのは致し方ないとして、淳之介には別の顔、ライターとしても冷静に状況を分析していた。
(なるほど。女の子を背負えば、こう感じるわけね・・・サイズは関係なく感触は柔らかい、と)
えっちらおっちらと階段を無言で上る淳之介の背後には、任務を完遂させて満足そうな双子の姉妹。夏樹の不調はモノカミが治癒を施せばよかろう、と姉妹は心配はしていない様子だ。
「淳之介は悟りでも開いたようなお顔をしてますけど、不埒なことを考えているのでは?」
「まあ、ウララったら。そりゃそうよ〜。夏樹の胸は大きくはなくとも女の子らしく膨らんでいるんだもの。ね〜淳之介?」
(ええ、ええ、そうですとも。いっぱいいっぱいですよ)
軽いと言っても夏樹を背負ったまま長い階段を登りきる頃には、淳之介は肩で息をするほど疲労困憊。姉妹はふわふわと漂うように気楽な様子で二人についてきている。淳之介の背中で眠っていた夏樹は家に入ったことが分かると、淳之介にありがとうと言って床に足をつけた。
「気分どう?」
「私は平気。淳之介こそ大丈夫?」
「平気、平気。これでも男の子だからさ。ハハ」
家に入ると滝のように汗を流す淳之介を見て、夏樹はクスっと笑った。そこへ玄関に団扇を仰ぎながら、拓海を慰めてきたクニヌシが現れた。風呂上がりらしく淳之介の浴衣をさらりと着流している。
「おかえり。おい、夏樹。ちょっと無理をしたな?だが楽しかったようにも見えるぞ」
力なく笑う夏樹にクニヌシが近づくと、医者のように夏樹の胸元に右手を当てた。うーむと唸った後、クニヌシはモノカミの治癒が必要と判断した。モノカミは長らく留守にしていたユズキの元へ戻っていたのだが、また呼び戻すことに。どうやら悠長にしてはいられないようだ。
「楽しかったよ。実はね、明日香と会ったんだ。あ、でも大丈夫、バレてないから。私は拓海の遠縁ってことにしたんだ」
「遠縁か。俺も遠縁の者として名乗っているから夏樹とも親戚ということになるな」
バスタオルで汗を拭う淳之介に即され、夏樹はよろめきながら居間へと入った。皆が畳に座りくつろぎ始めたところで、クニヌシは首からかけている琥珀色の勾玉を一擦り。
「ああもう!僕はさっき戻ったばかりで、ユズキとの夕飯はこれからだったんですよ!」
クニヌシは不満そうに現れたモノカミの腕を引っ張り、足早に玄関まで連れ出した。居間にいる夏樹に聞こえないようにコソコソ話をするためだ。
「夏樹の調子が悪化しておる。このまま寝たきりでは可哀想であろう?何かできることはないか?」
神妙な顔つきでクニヌシはモノカミの耳元で囁いた。駄々っ子のような態度だったモノカミが顔色を変え、居間へ走っていった。
「廊下は走るなと文乃にきつく言われておるだろうが。それにしても悩ましいことよ」
居間に駆けつけたモノカミはいつになく真面目な顔で夏樹の元にやって来ると、彼女の細い肩に手を乗せ居場所を確認。両手で夏樹の顔の輪郭を包み、手のひらを滑らせながら首筋をなぞり胸元で両手を重ねると、モノカミは大きくゆっくりと息を吐き出す。吐息と一緒にモノカミの重ねた両手は、夏樹の体の中に沈むように入っていった。
「なっちゃん、少しの間だけ我慢してね。出来るだけ・・・痛くはしないから」
夏樹を模る外観は作り物である。だから何も感じることはないのだが、体内にある夏樹自身の魂は違う。魂を煉獄の炎で包むことで外界の邪気から守っているのだが、炎の中に異物が混入すれば、それは痛みにも快楽にも変わる。今、モノカミは夏樹の核となる部分に触れようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。主人公が全然出てきませんw 移動の関係もあり、自動投稿しましたので、これで多分、いつもと同じ時間帯のはず、です。