第75話 変わらない二人
読んでいただきありがとうございます。次から新章に入らせていただきます。マイペースな投稿になりますが、引き続き宜しくお願い致します。
「いっぱい買ったね」
夏樹と明日香は買い物で疲れた足を休めに、モールにある小さなカフェでお茶をしていた。明日香には見えていないが、夏樹の背後には双子のユリアとウララが浮遊しながら二人の会話を興味深げに聞き入っている。
「もうすぐお別れだから・・・みんなにプレゼントしたくって、ついね」
明日香は自分より幾分か大人びた夏樹の存在を、今ではライバルではなく昔からの親友のように感じている。目の前に座る夏樹は服が入ったショッパーを大事そうに隣の椅子に置いて、時折、中を覗いたりしていた。新しい服や友人たちへの餞別を買えたことが嬉しかったのだ。
「今更なんだけど・・・名前を聞いてなかったよね?私は明日香。あなたは?」
夏樹、と言いかけて口を閉ざす。小学校の頃から変わらない穏やかで優しい笑顔で自分を見ている明日香に、本当の名前を告げられないことが夏樹は辛い。人とは不思議なもので、自分と全く脈絡のない名前を選ばないことが多いらしい。何かしら自身に関連した字が組み込まれてしまうようだ。
「春樹」
「春樹ちゃん。素敵な名前ね。親戚ってことは拓ちゃんの子供の頃も知ってる?」
(知ってるよ。三人でよく遊んだよね、明日香)
週末の買い物客でカフェは常に満席。皆、乾いた喉を冷たい飲み物で潤したり、疲れた体に甘いお菓子を与えたり、一時の休憩を終えると、各々はまた戦場へと戻って行った。夏樹には悩みながら、モールの中を行ったり来たりする必要はない。これで終いだ。
それでも、本来なら体験できるはずなかった多くのことを思えば、自分の終末としては上出来だと心安らかでいられた。こうして明日香とも会って話すことができた。明日香はアイスミルクティーをオーダーし、夏樹は宝石のように煌めいて見えた、フルーツがゼラチンで固められた小さなタルトとアイスティーを。その艶やかでぷるんとしたフルーツたちは、夏樹のかつての記憶が呼び起こしたのか、視覚から美味しそう、と脳に響いたのだ。
「うん。あいつは昔から泣き虫だったでしょ?怒ってばっかりなのに、すぐ泣いちゃうっていう面倒くさい男だよね。私も、それにイラっとしちゃって喧嘩をよくしたな〜。でもね、お母さん思いの優しい男の子。でも面倒くさい!」
「拓ちゃんのこと、ちゃんと理解してあげてるのね。私は、喧嘩したことないかな。ああ、こないだ初めて意地悪なこと言っちゃったけど・・・。拓ちゃん、いつも私にはそっけないの。それが悲しくってね。なのに私は黙って苦笑いしかしてない」
夏樹に向かって苦笑いしている明日香。子供の頃は親同士が仲が良かったこともあり、自然と一緒にいることが多かった三人だったことを夏樹は思い出す。三人三様の性格がお互いを補い合えたから寄り添えたのかもしれない。夏樹は無味無臭のタルトを一口サイズに切るのに悪戦苦闘しながら、俯きがちな明日香をチラリと見て言った。
「あーあ、全然、切れない・・・一口で食べれないかな?」
フォークを使うことを止めた夏樹は小さめとはいえ、一口では大き過ぎるタルトを手づかみでパクっと口に放り込んだ。口の中いっぱいに頬張ってモグモグしたまま、両手で口を覆うと声なく笑った。声を出したくても出せないのだ。そんな夏樹の様子がおかしくて明日香は吹き出した。
テーブルにあった紙ナプキンを明日香は夏樹に手渡し、口の周りを拭くように言った。夏樹は無言で頷きながらナプキンを受け取った。明日香に言われたように口を拭くと、目の前のアイスティーをストローから一気に吸い込んだ。
「あー、向日葵の種を食べてるリスになった気分だった!ふう。落ち着いた」
(春樹ちゃんか・・・名前まで似てるんだもの。そんな。はずはないんだけどね)
「どうかした?明日香ちゃん?」
「ううん。なんでもない。春樹ちゃん、まだ時間ある?うちに遊びに来ない?」
双子は明日香の隣に座ってみたり、顔を付き合わせたりしている。夏樹は姉妹のことが大好きだが、ここは敢えて無視して明日香と自然な様子で会話をするように振る舞っていた。だが会話は耳に入ってくる。
「ウララ〜、もう飽きちゃったわ」
「お姉様ったら。さっきまで楽しそうでしたのに」
夏樹は明日香との会話に集中するように努めていた。お静かに、と振り返って何度も言いたくなったが、霊体を見ることが出来ない明日香からすれば、きっと変に思われるだろう。話しても信じてもらえないだろうし、どっちに転んでも変な人認定されるのがオチだと考えた。それは、子供の頃、拓海を取り囲んでいた周囲の反応を見ていれば分かる。
(拓海は小さかったから幽霊は怖かっただろうな。理解してくれる人もいなくて辛かったろうし・・・今なら分かってあげられる)




