第70話 女の子の身だしなみ
「淳之介〜」
モノカミと夏樹の登場から一夜明け、朝からユリアが境内から大きな声で呼んでいる。
「ああ、もう。朝から騒々しいな。文乃、後で食べるからこのままにしておいて。ちょっと行ってくるよ」
「はい、どうぞごゆっくり」
淳之介は朝の掃除を終え、文乃の用意した朝食に口をつけたところだったが、境内から母屋まで聞こえるほどユリアの甲高い声に渋々と立ち上がった。
(クニヌシ様がいなくなるとこれだもんなぁ)
外へ出てみると、夏樹が昨日も着ていた服のまま太陽を仰ぐように立っている。ファッションに無関心な年頃でもないだろうが、拓海に借りた男物のTシャツと短パンにビーサン姿を見て、淳之介は不憫な思いを夏樹に感じた。その夏樹の隣には、双子が待ちきれない様子で淳之介を待っている。モノカミも一緒だ。
「何事ですか?ユリア様。大声はお控えください」
「出かけてくるわ」
夏樹が買い物に行くと言う。淳之介はそう聞くと顔を和らげ、快く夏樹を送り出すことにした。昨夜、これまでのバイト代を淳之介から受け取ったばかりだ。
「僕は霊力が足りないから行けないんだよねー」
モノカミは常にこの世で実体化していることが多くなり、いざという時に必要となる夏樹を看取る霊力を心配していた。それに、ユズキにも夏樹の話をしておきたいと考え一度戻ることにした。いつ戻るか分からないクニヌシの帰りを待つために出かける訳にいかないのだ。
「夏樹ちゃん、楽しんでおいでよ。バイト代が少なくてごめんね」
「私には十分すぎ。淳之介、ありがとう」
幾分か元気を取り戻したかに見える夏樹。そして、その横にはペッタリとモノカミが手をつないで立っている。
(仲良し女子的に見るべきなんだろうけど。こうも隙間なく寄り添ってる感じは誤解されても仕方ないんじゃないかな。今日を入れて、あと・・・4日しかないっていうのに。彼氏より一緒にいるよね。うーん)
「淳之介、話、聞いてる?」
(夏樹ちゃんはなんで僕だけ呼び捨てなんだ・・・まあ、いいですけど)
「ごめん、なんだって?」
「なっちゃんがちょっと心配だ、って話。あの幽霊屋敷で浄化の炎を消耗してるだろ?だけど、僕は出かけられないし。ちょっと気になってね」
(確かに。同行する姉妹のスキルと言えば、人を迷わせて魅了して食っちゃうくらいだからな。助けになるような術は持ち合わせてなさそうだし)
心配そうな顔をするモノカミと淳之介に夏樹は笑顔で答えた。
「大丈夫。ユリア様とウララ様が一緒だもの」
モノカミを隣で見上げる夏樹の頭をモノカミは優しく撫でると、繋いだ夏樹の手を離し淳之介の方へ歩いた。淳之介の隣に立つと夏樹に向かって笑いかけた。
(本当は見えてるんじゃないか?っていうか、仲良すぎだろ・・・)
「淳之介、ではね。ウララ、参りましょうか」
「はい、お姉さま」
「待って夏樹ちゃん!二つ約束して。無理は絶対にしないこと。そして、橘くんのお父さんに会っても、絶対についていかないこと。では、ユリア様、ウララ様、お気をつけて」
姉妹は同時に軽く頷くと天女の姿のまま、19歳の夏樹を取り囲むように街へと出発した。モノカミは山道を下っていく夏樹の後ろ姿を無言で見つめている。時々、夏樹もモノカミとの別れを惜しむように、時折振り返っては足元をよろめかせながら山を下って行った。
「ねえ、夏樹」
モノカミに気をとられていた夏樹は少し驚いて、浮遊しながらついてくる姉妹たちに目を向ける。浮世離れした美貌が眩しい天女の姿をした鬼の姉妹は、夏樹の周りを軽やかに飛びながら、好奇心旺盛な大きな目を見開いて夏樹の顔を覗き込む。
「今日はどんなご用で出かけるのかしら?」
「ユリア様。買い物を少しだけしたくって」
姉妹は夏樹の道を阻むように目の前に立ちはだかり、何かを考えるポーズを取っている。夏樹は眼前でふわふわと浮き上がっている天女たちを正面から見て、思わずその美しさに感嘆の声を漏らした。
「この時代の衣装はどうも捉えどころがないのだけど、あなたにとってはいいことね」
「ええお姉様。女子として、夏樹の華のない姿は如何なものか、とウララは思っておりました」
「そうなの。私もそれが気になっていたのよ〜」
夏樹はふと立ち止まり埃っぽいビーサンの足元から、サイズの合っていない男物の服を着た自分を改めて観察してみた。
「見てくれは馬鹿にできないのよ、夏樹。ねえ、ウララ」
「お姉様のおっしゃるとおり。夏樹、お前は元がいいのだから、もっと努力した方がいいのでは?」
「でも、あと4日しかいないし・・・」
姉妹は浮いたまま夏樹の両サイドに分かれて立つと、夏樹の頭の上で顔を見合わせ、同時に大きくため息をついた。
「それがたったの1日だけのためだとしても、無駄なことではないのよ」
「ユリア様・・・私」
「女ですもの。美しく装って嫌な気持ちになるなんてこと、絶対にないわ」
ポケットに入れていた三万円を取り出し、夏樹は少し考えてみた。19歳になった自分に合う装いで拓海に会いに行ってみようか、と。変身した自分を想像するだけで、すでに心がワクワクと高まるのを夏樹は感じていた。
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