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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第六章
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第65話 黒くなった白龍

「夏樹。続きを話そうか。ここからは俺の推測にすぎんがな」


仮定の話とはいえ、夏樹が想像した通りの話に違いない。だが、それでは、誰も悪くないということになる。そう感じてしまうのは、家族が、自分が、どんな風に殺されたのか、詳細を覚えていない夏樹には、憎しみが足りないからかもしれない。が、知ったところで、余計に苦しむだけだろう。


「兄者は己を制御できなくなる前に、梓と洋子様から離れ、きっと力を取り戻そうと彷徨っていたと思われる」


「今なら、淳之介や文乃ちゃんも、あなたもいるんだから、人の姿に戻すくらいは出来るんじゃない?」


「まあ・・・そうだな」


珍しくクニヌシは言葉を濁し、夏樹を誤魔化そうとしているように思える返事。クニヌシは出て行ってしまった拓海のことも気にかかっていたが、夏樹に続きを話すことに専念することにした。


「さて。兄者は意識だけは、かろうじてあったと思われる」


「何故、そんなことが分かるの?もうずっと会ってないのでしょ?」


「正確には、最近、見かけたのだ、白鳥神社で。闇に包まれてはいたが、あのとぐろは間違いない。かなり小さくはなっておったが」


夏樹は、白鳥神社の周辺に出没する黒い影の話を覚えていた。ナギが姿を消したのも、不浄な黒い影の存在のせいだ、とクニヌシたちは言っていた。だが、影は何を仕掛けてくるでもなく、境内には入り込むことができないらしいことも。淳之介たちが浄霊しなかった、ということにも納得がいく。


「お兄さん、助けて欲しいのかな?」


「そうなんだろうが、近づけない、といったところか」


夏樹は眉間にシワを寄せ、何故?と、腕組みをして難しい顔をしているクニヌシに聞いた。


「意識はあるのだろうが、淳之介たちに近づいて、もしものことがあれば、10年前の二の舞になる可能性を恐れて近づけないのだと俺は思う」


「じゃあ、あの犯人は運悪く・・・お兄さんの邪気に当てられて犯行に及んだというの?」


クニヌシは組んでいた腕をほどくと、コクリと頷いた。夏樹にしてみれば、話の流れから察していたことだし、想定の範囲内ではあるが、ぶつけようのない事情に落胆した。


「なんで・・・お兄さんはウチの近くにいたの?人がたくさん出入りする住宅地に邪気を纏った霊体で・・・なんで?お兄さんのこと可哀想だと思うけど、でも」


「孫にあたる拓海を一目見たかった、ではないかと思う。でなければ、お前が言うように、人に悪影響を及ぼしてしまう我が身をさらけ出すことはなかったろうよ。もしくは、より自分に近い霊力を持つ拓海に救いを求めていたのかもしれん」


眷属神でありがながら人間の女と恋をして、たった数年間の幸せのために全てを放棄し、その身を落とした兄ワカヒコは死ぬこともできず、未だに霊体となって世を彷徨い続けている。その兄を時代を超えて探し続けていたクニヌシにも罪はない。


夏樹の家族も当然のことながら悪かったことなど何もない。


「悪いのは兄者だ。意図的ではないにせよ、結果、お前とお前の家族を不幸にしたのだから・・・すまない」


「やっぱり悔しい・・・けど、お兄さんが恋をしなければ、私は拓海に出会うこともなかった、でしょ?でも、私たちだって何も悪くないのに、家族が突然殺されるなんてことも許せない。でも、これって無限ループのように繰り返し同じことを思うだけだね、きっと」


誰かを責めることが出来るのであれば、もっと夏樹もクニヌシも気が楽だっただろうが、誰をどう憎んでいいのか分からない夏樹にはそれ以上の恨み節が出てこない。


「私は誰も恨んだり憎んだりしないで眠りたい。そして、生まれ変わったら全く新しい人生を歩みたいの」


本心ではあるが複雑な思いのまま夏樹は無理に笑ってみたが、長く続けられるはずもなく、それっきり黙り込んでしまった。クニヌシは陽は高いが夕刻を窓の外に感じ、スッと立ち上がった。首にかけている琥珀色の勾玉をこすり、モノカミを呼び出す。


「あー、今日はシリアスな展開ですか?も・し・か・し・て」


「心して聞くがよい。夏樹は訳あって残り5日となった」


モノカミは考えるように、うーんと唸りながら、くしゃくしゃと藍色の髪を乱した。自分以外の誰がそんな期間を短縮し、その判断を誰が下したのか納得がいかないようだ。急に5日に短縮されているのかも理解に苦しんだ。


「なっちゃんは、あと5日でいいの?納得してる?そりゃあ、僕はその日が早くなればなるほど、君との再会が早まる訳だから、さほど最悪ってことでもないけどさ。君の気持ちが、僕は一番心配だ」


先ほどまで暗い顔だった夏樹がモノカミの言葉に触れ、ふと心が和んだのか花がほころぶように笑った。


「ありがとう。私は大丈夫。自分で選んだ結果だから」


クニヌシは夏樹の両親の魂の解放、それに伴い夏樹の中にある煉獄の炎が多く消費されたこと。そして、兄ワカヒコと事件の関係性を仮定として現状をモノカミに伝えた。


モノカミは真相を聞いている間に、生前の記憶の断片が蘇ってきていた。


「頑張ったね、なっちゃん」


「・・・うん」


モノカミが転生の間で生まれ変わることが天界から許されたのは、モノカミに特殊な才能を望まれただけではない。彼自身も夏樹と似たような凄惨な苦渋を舐め、ある日突然その生を終えたからだ。家族団欒の最中に夜盗に襲われ、夢半ばに殺害された若きモノカミ。


知らず知らず夏樹に自分の姿を重ねていた故のシンパシー。探していた己に出会ったような嬉しさと、胸を締めつけるような鈍痛が交互に襲ってくる。


「夏樹、俺は拓海を探してくる。落ち着いたらモノカミと一緒に白鳥神社に行って待っていてくれないか?必ず拓海も連れて行く。モノカミ、頼んだぞ」


モノカミは無言で頷くと、夏樹の手をしっかりと繋いでクニヌシを見送った。盲目のモノカミには夏樹の成長した姿を見ることは出来ないが、こうして手をつないでいる位置や、わずかに当たる夏樹の体つきから子供時代の終焉を感じていた。


「僕には生前の記憶はほとんどないんだけど、この世でいう、そうなんて言ったけ。フラッシュバックってやつ?僕はね、なっちゃんと似たような体験をしていると思うんだ」


突然の独白に夏樹は驚いたが、そっか、とだけ呟くように言った。モノカミの整った横顔を見上げ少し泣いた。

読んでいただきありがとうございます。

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