第62話 慟哭
「クニヌシーーーっ!あれ?いない?」
静まり返った玄関先。拓海は、普段の運動不足が祟ったのか、このクソ暑い中を全力で走ってきたおかげで膝がガクガクと震え、だらしないことに、その場に座り込んでしまった。ついでに、酸欠も加えて、目眩で頭がクラクラして倒れそうである。
「どうなってるんだよ・・・誰もいないって。はあ、はあ、はああ・・・」
クニヌシは拓海が家に入ってくる直前まで夏樹の側にいたが、拓海の帰還を確認したところで姿を消していた。夏樹から事情を話させるのが良いと判断したためだ。拓海が受けいれるかどうかは別の話。
「拓海?」
へたりこんで息切れ中の拓海のところへ、部屋から夏樹がやってくるのが分かった。拓海は顔を上げて、怪我をした様子もない、朝、見送った時と同じ夏樹の姿を目視して、安堵のため息をついた。
「あーー、良かった。どこ行ってたんだよ・・・。俺、運動センスゼロなのに、すげー走っちゃったよ」
心配しすぎていた自分に笑いがこみ上げてくる拓海。これから話すことで、その笑顔を奪うことを不安に思う夏樹。どこから話そうか、と夏樹は汗だくになって笑っている拓海を見つめながら考えていた。
「心配かけちゃったよね」
「んだよー、また、父さんに連れてかれたのかと思って心配したんだぞ」
とりあえず、喉がカラカラだという拓海は、立ちすくむ夏樹の横を抜け、足早に台所へ向かった。冷蔵庫を開け、冷やしていた麦茶をグラスに注ぎ、一気に飲み干す音を夏樹は廊下で聞いている。
「どした?体の調子でも悪いのか?」
台所からひょいと顔をのぞかせ、じっと立っている夏樹を不思議そうに拓海が見ている。夏樹は、大丈夫だと笑顔で返した。残りの日を考えれば、まごついている時間などない。大きめのTシャツの裾をぐっと握ると、決心した様子で、夏樹は部屋に入っていった。台所では、拓海が2杯目の麦茶をグラスに注ぎ、部屋に持ち込もうとしているところだった。
「飲むか?」
夏樹は首を横に振る。さすがに、拓海は夏樹の様子がおかしいと感じ、そっと夏樹の手を引っ張ると、エアコンの効いた涼しい部屋へ移動した。夏樹は終始無言。やはり、どこから話せばいいのか決めあぐねているのだ。
「で。今日はなんで神社に行かずに戻ってきたんだ?いや、帰ってきたことが悪い、って話じゃないんだぞ。無断欠席は小学校でもダメだったろ?お前は、そういうルーズなことしない子だし。きっと何か理由があるんだろうって、俺は思うんだ。違うか?」
「うん。違わない」
拓海は何でも受け止めるぞと言わんばかりの満面の笑みで夏樹を見返した。その笑顔を壊してしまうことが、夏樹には分かっているから、余計に話しづらくなっている。そして、それは唐突に結論から始まった。
「私ね。残り5日になっちゃった。15日あるって聞いてたと思うけど・・・」
夏樹の予想していたとおりの拓海の顔をまっすぐ見ることができないでいる。拓海の顔からは笑顔は消え、ぐっと眉間にシワを寄せて、目を合わせようとしない夏樹を見ていた。
「15日あるはずが、10日も減るって、何?なんでそうなるんだ?」
夏樹は言葉を選びながら、拓海に話し始めた。長い間、怨念に囚われ悪霊と化していた両親を浄霊したいがために、予てから、その機会をうかがっていた拓海の父、梓に同意した上で、両親を解放することを自分も望んで、自分を生かしている玉に宿った煉獄の炎を使ったこと。そのせいで、使った炎を取り戻すことができず、残りの炎が5日で消滅してしまうことを。
「・・・言葉が出ないよ」
「私ね!」
「いや、その。分かるんだ。夏樹が両親を助けたかった気持ち。俺だって、きっとそうするはず。でもさ・・・あと5日って。短すぎるだろ・・・」
夏樹は一気に事情を説明した。拓海も夏樹の心情を理解できると言ってくれた。でも、二人に残された時間が、三分の一になってしまった現状を打破する手段もなく、このぶつけようのない憤りにも似た、こみ上げてくる感情に、拓海が苦しんでいることは、夏樹にも伝わっている。
「もう、この話はやめよう」
拓海の何も感じていないような顔。夏樹には、どう受け取っていいのか分からず、ただ黙っている。一時の沈黙の後、拓海はおもむろに立ち上がり、出かけてくると言う。今は一緒にいて欲しいと夏樹は願っているが、それを口に出せずにいる。このまま別れてしまうと、もう二度と会えない、そんな気がして、夏樹は声をあげて泣きたい気持ちで一杯になっていた。でも、拓海は振り返りもしない。
「ごめん・・・一緒にいると、今は何も考えられないんだ」
そう言って、無表情に立ち去る拓海の後ろ姿を見送ることしかできない夏樹。うだるような暑さの中に戻っていく拓海は、玄関で靴を履きながら、感情が高ぶってくるのが自分でも分かった。それは恐怖とも怒りとも言える、これまで抱いたことがないような禍々(まがまが)しいもの。
外は相変わらず日差しが眩しく、自分の置かれた状況とは相容れないのが笑える。拓海はパンツのポケットからスマホを取り出すと、一瞬考えて、電話をかけ始めた。今は頭を空っぽにして、現実逃避させてくれる相手に。
「あ、拓海だけど。今から、ちょっと会えないかな・・・俺がそっちに行くよ」
読んでいただきありがとうございます。男の子の荒ぶる感情を鎮めるには、やはり女の子が必要なんでしょうか。




