表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第二章
6/95

第6話 クニヌシの憂鬱

 商店街を抜けると、時代に取り残されたように、街には不似合いな小さな森がある。街灯がぽつぽつと続く通りに存在し続けている、人の手入れが行き届いたほこらが奉られていた。


 祠の前で膝を折ると、いつものように手をあわせた。


『拓海。おかえりなさい』


 祠が淡い光でぽおっと明るくなると、そこから子どもの姿をした神様がひょっこりと現れた。


 小鳥の巣箱のように小さな祠の中で、愛らしい顔立ちとは対照的に、燃えるような真紅の髪は体を覆うほど長く、まばゆく白い光を放つ衣には、淡い七色の文様が生きているように動いていた。


『ただいま。今日は暑かったよ』


 女児の光に照らされた拓海は心で呟いた。


 その光は眩しくない。むしろ、体を丸ごと包むように優しく、心地よい波動を感じさせるものだ。


『そう。いつも来てくれるおばあさんも辛そうだったわ。ちゃんとお家に帰れたのかしら』


『ナギは優しいな。きっと大丈夫だよ。みんなの守り人にお参りに来たんだから』


 祠の中の女児は微笑んだ。


 拓海がすくっと立ち上がると、祠の背後に広がる真っ暗な森の中に目を留める。目の先には、陽炎のような揺らめきが見えた。


 まるで対峙するかのように、拓海を見ている気がした。

 怪しげな影は、祠を今にも覆い尽くそうだ。



 心配そうに見上げるナギの視線に気づき、拓海は祠を覗き込むようにして、ナギに笑顔を見せた。


『どうか夜道に気をつけて』


『ありがとう。ナギの加護が俺にはあるから心配ないよ』


『うふふ、それはようございました』


 幼い風貌に似合わない、大人びた言葉でナギは答えた。

 姿は幼女なれど、ナギは土地神。


 街の発展とともに、少しずつ削られてしまった、かつての山を、人々を、見守ってきたのがナギだ。今では、祠に手を合わせる者も少ないが、拓海はわずかな訪問者の一人だった。



「結局、クニヌシは帰ってこなかったな」


 一人焼肉を堪能した後、三本目の缶ビールを飲みながら、スーパーで涼しげに微笑む神をぼんやりと思い出していた。腹が満たされると、思いのほか疲れていることに気づいた。


「さっとシャワー浴びて寝るかな」


「待たせたな」


 拓海の背後から声がした。


「つーか、待ってないし。後、玄関から入ってこい」


「そう怒るな」


 そこには、漆黒の長い髪を日本神話のそれと同じ、美豆良みづらスタイルにした霊体のクニヌシ。スーパーでは間違いなく実体化していたが、どこかでまた霊体に戻ったということ。


「あ。まさか、どっかに俺の服を放置してきたんじゃ……」


「すまなんな。代わりに渡せるものは、この装束くらいなんだが」


「お、それは興味ある。けど、人の子には触れないって言ってなかった?」


 試すつもりで伸ばした指先は、衣の襟元に結ばれた胸紐に自然に届いた。


「あれ? 触れたけど?」


 クニヌシは一瞬、目を大きく見開いたが、何か思い巡らすように黙り込んでいる。


 そして、指先にクニヌシの手が重なった。

「難儀なことよ」


 そう言うとクニヌシは一歩下がり、体をゆっくりと離した。


「さて、あれから数日たったが、心の準備は出来たのか?」


 クニヌシのよく通る、だが静かな声にハッとして、拓海はリアリティを取り戻す。バツが悪そうに、眼鏡の奥で目をパチパチと瞬きをしながら。


「夏樹を甦らせてくれるって話?」


「いかにも。始まれば後戻りはできんぞ」


「…………」


「最後にもう一度だけ尋ねる。お前の願いは変わらないのだな?」


 拓海は即答した。


「ああ」


「承知した。では、明朝。お前の願いは叶う」


「……どうやって?」


 拓海は自らが口にした、背徳とも言える願いが現実となることに恐れを感じ始めている。


「死者を生き返らせるなんて、やっていいの……?」


「お前が願ったことではないか」


 警報を鳴らすように頭の中にキーンと音が響き、こめかみが痛みでうずいた。


「何を狼狽うろたえている?」


「会えるのは嬉しいけど……」


「お前が何を思い悩もうと、契約は成立している」


 拓海は顔を少し歪ませ、頭をゆっくりと上げた。

 時計は午後十一時を指している。


「俺は何をすればいい?」


「何も。明日の朝になれば分かる」


 いつになく淡々としたクニヌシの様子が気になるが、タンスからタオルを引き出すと、


「あーっそ。じゃ、明日のために、念入りに風呂でも入ってくるわ」


 拓海は何でもない風情を装い、タオルを肩に掛けると風呂場へ向かった。


 クニヌシの気配が途切れたことを感じとった拓海は、唇を一文字にきゅっと結ぶ。


 生まれるということ、生きているということ、死ぬということ、その輪廻の輪に入るはずのない、生き返るということ。そんな都合の良いオプションが存在するのだろうか。

読んでいただきありがとうございます。

ここから本編かな、、、と思っています。

長いエピソードとなってしまいましたが、しばらくお付き合いいただけると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ