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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第五章
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第57話 拓海の選択と夏樹の贈り物

「帰ったんだ。なんだよ、あいつの好きなバーゲンダックの高級アイスを買ってきたのに」


拓海がコンビニから戻ってくると、明日香はいなかった。クニヌシが、にこやかにテレビの前にいるだけ。


「まあ、なんだ。大人の本領発揮といったところか。俺の包容力に満足して朗らかに帰っていったぞ」


「あっそ」


(後で連絡してみるか)


コンビニの袋からアイスを一つ取り出すと、拓海はクニヌシに、ほれ、と投げた。残りのアイスを冷凍庫にしまうと、拓海はスプーンを戸棚の引き出しから出し、クニヌシに持っていった。


「俺さ」


「なんだ?」


クニヌシの隣に拓海はちょこんと座り、決心したように話し始めた。夏樹のこの世を去った後の行く末だ。


「考えたんだけど。夏樹な。生まれ変れるなら、そうしてやってくれないか?」


「お前はそれでよいのか?モノカミのことだ、それは大事に育てるだろうがな」


拓海は決心を鈍らせたくないのか、無言でクニヌシから離れ、自分の机に向かった。クニヌシの元で静かに眠ることよりも、拓海は夏樹が穏やかな余生を暮らせる程、長生きできるチャンスがあるなら、その方が幸せだと考えた。


「お前から夏樹に話して聞いてみてはどうか?どうしたいか、とな」


「うん、そうする・・・。今日にでも聞いてみるよ」



その頃、夏樹は神社で元気に働いていた。味覚もそうだが、夏樹には気温も感じない。汗ひとつかかずに、境内を掃除した後は、文乃に台所で一緒に昼ご飯を作り始めた。


「お塩を入れすぎたみたい・・・まあ、お兄様も働いた後できっと塩分を欲しているはずだから、ちょうどいいわ」


夏樹も文乃に真似て、炒め物の野菜を少し口に入れてみた。当然、無味無臭だ。何も分からない。結果は分かっていたのに。夏樹は自分の意味のない行為に苦笑いした。


文乃は先ほどまで、本殿の奥にあるナギの岩の周辺を掃除してきたこともあって、額どころか着物から伸びた両腕にも汗が滴り落ちそうなほど暑そうである。


「夏樹ちゃん、暑くない?うちエアコンがつく部屋が少なくて。ごめんなさいね」


「あ、いえ。その・・・」


「私こそ、ごめんなさい!」


「いいの!みんな暑そうなのに、私、全然感じないから、むしろ良かったかも!」


文乃がすまなそうな顔をするものだから、夏樹は心配されたくなくて笑うしかなかった。文乃や社務所に行っている淳之介の尋常ではない汗を見ていると、暑いってどんな感覚だっけ、と夏樹は思い出そうとしたが、やはり分からない。


「涙は出るんだけどな」


「え、なに?夏樹ちゃん、どうかした?」


「ううん、なんでもないの。淳之介くんを呼んでくるね」


独り言を聞かれそうになって、恥ずかしくなった夏樹は母屋から廊下を渡り、小走りに社務所に向かった。ふと見上げると、これぞ夏の太陽といったところか。暑さは感じずとも、この陽の照りは夏樹の両目を焦がすほどに強く光を放っている。


「眩しいな〜」


自分の体で感じたことを口にするのは悪くない。というか、夏樹は生きている実感を心地よく受け止めていた。社務所に向かうと、エアコンの効いた部屋で淳之介は何やら事務仕事をしていた。


「おお、夏樹ちゃん。もしかして、もう昼?」


「そうだよ。冷めないうちにどうぞ。私が店番してるから」


「じゃ、看板娘に頼むかな。人は、うーん来ないと思うけど。釣り銭とか聞いてるよね?」


「うん、大丈夫」


淳之介は十分で戻ってくると言い残し、涼しい部屋から気温急上昇中の廊下へと出て行った。夏樹はすることもなく、バイトをすることになり、日銭が少し貯まったら、拓海に何かプレゼントしたいと考えてみた。


「何がいいかなぁ。週3回の5時間だから、1万円くらいはあるかな」


こうして自分に出来ることを考えてみるのは楽しいものだ。駅中にあるショップで見かけた、お財布やTシャツ、帽子、いろいろ考えてみる。拓海が恥ずかしそうに受け取り、ありがとうと言ってくれる場面まで。


「男の子にプレゼントって何をあげたらいいんだろ・・・後で淳之介くんに聞いてみよう」


「あら、あるじゃない。あなたしか渡せない素敵なプレゼントが。ねえ、ウララ?」


「そうですわね。女しか渡せない、ご褒美が!」


いつの間にか、部屋には双子の姉妹、ユリアとウララが巫女の姿で現れた。驚く夏樹もなんのその、双子は夏樹が夢想していた拓海へのプレゼントに食いついてくるのであった。


「な、なんですか?それは!?」


ユリアは銀髪を掻き上げながら、なまめかしい視線を夏樹に投げると、その小さな桃色の唇をそっと開け、言葉を発しようとしたところへ、五分で食事を済ませてきた淳之介が滑り込むように部屋に入ってきた。


「はい!そこ!お待ちください!」


「何よ、淳之介。お姉様の邪魔はやめてちょうだい。いいとこなんだからあ」


淳之介は両手でX印をすると、息を切らせながら、それだけはご勘弁を、と双子の仕掛け損なった言葉を制止させた。双子はコロコロと笑いながら、後は淳之介に任せると告げると部屋を出て行った。


「油断も隙もないな。夏樹ちゃん、橘くんに贈り物を考えているんだって?」


「うん。毎週バイト代もらってるでしょ。これを貯めて、何か残るものを渡したくて。でも、何がいいのか本当にわかんないの。男のだったら、何が欲しい?」


淳之介はバレンタインに学校の女生徒から何度か本命チョコとプレゼントをもらった経験はあるが、意外と答えられない。悩んでいる、とても。


「そうだなあ。正直、好きな子から貰えるものなら何だって飛び上がるくらい嬉しいもんだよ」


夏樹はますます分からなくなってきた。淳之介も、女の子からもらって欲しいもの、もらえるものならもらいたいもの、呪文のように唱えながら、一緒に考えた。


「やっぱり、ここは夏樹ちゃんってことになるんだろうか。は!今のなしね!」


「えーもう遅いよ。聞こえちゃったもの・・・」


(これでは、ユリア様が言おうとしていたことと同じではないか!)


淳之介はバツが悪そうに顔を赤らめ、ごめんと言った。夏樹は少しだけ考えてみた。自分が求められるのであれば、それもやはり嬉しいこと、と顔を一緒に赤らめた。


「いや、そりゃそんなプレゼント最高だけど・・・青少年らしい贈り物ってやつがあるよ、きっと!」


「男の子、だもんね。でも、形に残るものがいいな。拓海に忘れられないように・・・なんてね、重いか、そんな気持ちの入ったプレゼント」


淳之介は目の前で照れ隠しに苦笑いしてみせる夏樹の心情を思うと、涙が溢れてきた。夏樹は両手で顔を押さえ、必死に涙をこらえようとする淳之介を見て、まいったな、と呟き、夏樹ももらい泣き。二人は最後には声をあげて泣き始め、少しスッキリするのだった。

読んでいただきありがとうございます。泣くとスッキリすることもありますよね。

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