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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第五章
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第54話 夏の風物詩

「一人多くないか・・・」


拓海がボソッと口にした。市民プール前に集合した総勢7名の男女の集団は、賑やかで一見楽しそうではある。


「おい、何故あいつが来ているんだ?クニヌシ、お前なのか!?」


「うむ。あやつは楽しいやつだからな」


拓海とクニヌシがつつき合っている姿を微笑ましく見つめる一人の女子。拓海の心配もよそに、彼女は一歩前に出ると、夏樹と文乃の顔を見て、なんとも嬉しそうな顔で言った。


「初めまして!私、松浪まつなみ小百合。橘くんと同じ大学の文学部なの。あなたは夏樹ちゃんね。そして、そっちは文乃ちゃんね?」


バレやしないかとドキドキしている夏樹はショートカットの溌剌はつらつとした小百合に面食らい、思わず後ずさりしてしまった。小百合は物怖じせずに、二人の名前をピタリと言い当てたのは、クニヌシと日頃からのコミュニケーションの賜物だ。


「ヌシ様から二人の話は聞いてたんだけど、二人が話しよりずっと可愛くって!私は感激してるの〜」


「初めまして。白鳥文乃です。クニヌシ様から?」


「クニヌシ様って!えー!文乃ちゃんも、もしかして私の同胞なの!?」


(何を言ってるのか分からないけど、クニヌシ様という言い方はまずかったかしら。でも、でもクニヌシくん、とか言えない!)


女たちがぎこちなく自己紹介し合っている一方、拓海と淳之介は、事情を知らない松浪小百合を呼んだことに文句を言っていた。


集まった7名の内、人間ではない者が3名もいるパーティである。この機密事項が多いメンバーに、何も知らない娘が加わったことで、色々と言動に注意が必要となるところに、わざと空気を読まないモノカミや、天然なのか適当すぎるクニヌシという爆弾まで抱えているのに、非常識だと小さな声で非難轟々である。


「心配しすぎだ、拓海。淳之介。小百合は九州という国から来ておるそうだから、夏樹の事件も知らぬようだぞ。まあ、どうとでもなるわ」


「ならんわ!あと、モノカミ、お前は空気読めよ」


拓海はクニヌシの次にモノカミにも釘を刺しておいた。


「たっくん、任しておいてよ。そういうの得意だから」


(一番苦手だろうが・・・守って欲しいのは、お前の羞恥心だ)


松浪小百合は文乃と夏樹を連れて、嬉々とした様子で拓海たちに手を振ると、更衣室へと消えて言った。残された男たちも、じゃあ行くか、と言葉少なく、その場を更衣室に移動することにした。


それぞれロッカーで着替え始めると、すでにモノカミが自然児らしく、全裸になって着替えている。モノカミが拓海に借りたハーフパンツの水着の後と前の確認に手間取っているせいか、余計に全裸タイムが長くなってしまい、若干、周囲の目を引いているのは確かだ。


「こっちが前ね。更衣室とはいえ、全裸はないぞ。幼稚園児じゃないんだから」


「ありがとう、拓海。でも、なんで裸がダメなのか理解できないね。裸で川遊びは最高だよ?今日、みんなで裸にならない?」


モノカミは拓海に借りた水着を着用できたが、どうも違和感があると言って脱ぎたがっている。


「モノカミ、裸になりたがる気持ちも分からんでもないが、ここはまあ拓海の顔を立ててだな」


それまで黙っていた淳之介は、大きなため息をつきながら、3人の前で腕組みをして困った人たちだと首を横に振った。


「っていうか、淳之介・・・お前、まさかの競パンかよ」


「それが何か?僕はこう見えて水泳部だったんですよ。去年から本格的に神社で奉仕し始めたので、部活は辞めてしまいましたけど」


当然ながら、淳之介に借りたクニヌシも見事なブーメラン。拓海はこの二人の姿は小百合が喜びそうな絵面であると確信しつつ、着替え終わった4人は集合場所のプールサイドへ向かった。


先に到着していたのは女性陣。早く支度を終えたらしく、三人三様の水着で既に男たちを待ち構えていた。


夏樹は文乃の趣味とは思えない水玉のフリルが胸元、腰についた可愛らしいビキニ。文乃は15歳にして、全てを悟ったのごとく何の飾りもない真っ黒な大人仕様のビキニ。そして、松浪小百合は痩せているせいか、誰も気づかなかったが、意外に豊満な胸元を強調するかのようなねじったような花柄のバンドゥビキニ、という、何とも華やかな3人。


太陽の光を受け、黒縁眼鏡がキラリと光った。


「まあ、なんだ。悪くない光景だな・・・淳之介」


「橘くん。はしゃぎすぎですよ、フっ」


そう言う淳之介も、プールにやってきた他の女子たちの姿も含めて、満更ではない顔で答えた。隣には、首から勾玉を下げたブーメラン姿のクニヌシと、一見、水着を自然に着こなした細マッチョなモノカミの姿があった。


「二人とも、早く童貞なんぞ捨ててしまえ。いつまでたっても、雑念に囚われるばかりだぞ?」


「あの子たちも一人や二人は経験あるんじゃないの?ねえ、クニヌシ様?」


珍しく拓海と淳之介は息をぴったりと合わせるように、クニヌシとモノカミに言い放つのであった。


「それは絶対にない!」


「そんなことはお前たちが知らんだけだろうよ」


クニヌシの冷めた言い様に、童貞二人の心に、あるいは、という疑念が持ち上がったのは言うまでもない。


クニヌシとモノカミは童貞を残して、そそくさと女子3人に近づき声をかけている。市民プールでまさかの生身ブーメランに軽く悲鳴を上げさせつつも、いつしか笑い声に変えていくクニヌシとモノカミの匠の技を、拓海と淳之介は遠巻きに眺めていた。


「俺はあんな風にビキニ3人に囲まれて話しをする余裕はない。淳之介、お前は俺より社交的、だよな?」


「小学校の頃の話でしょ?僕は無理ですよ。まだ学ランを着た思春期真っ只中なので、色々と反応しやすい年頃ですから」


「その水着で反応するなよ。もしもの時は脳内で祝詞のりとでも読み上げろ!」


プール特有の塩素の匂い、人々のはしゃぐ声、水しぶきの上がる音、夏らしい光景を物珍しそうに見るクニヌシとモノカミ。そして、二人を取り巻くように、プールでの遊び方を楽しそうに二人に教える夏樹、文乃、小百合の女子3名。


彼らを背後で見守る二人の童貞には、遠い夏でも見ているかのような気分。それはあまりに眩しい光景であった。

読んでいただきありがとうございます。夏のプールはやっぱりいいものですね。

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