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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第五章
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第53話 さあ夏休み

あれから二日後のこと。夏樹はモノカミの手によって、元気になって戻ってきた。白鳥神社には帰らずに、そのまま拓海の部屋で暮らし始めている。拓海の父に会ったことも、あの家に行ったことも忘れて。


「ねえ、拓海?」


「ん?どうした?」


「制服のことなんだけど・・・もう忘れて欲しいんだ」


未だバイトを探しているのが夏樹にバレて、不甲斐ない自分を見なかったことにしたいのか、拓海はパソコンをパタリと閉じた。松浪小百合にも受け取った金を早々に返したいところだ。


「そういう訳にはいかない!俺・・・夏樹と約束、したし・・・」


「そうなのどうでもいい!私、ここにいたいの。ずっと一緒にいたい。もうすぐ、最後の玉を飲まなくちゃいけないし・・・ここにいちゃダメなの?」


「ダメなわけないだろ!ただ、俺だって何かしてやりたくて」


時間に関しては考えても仕方がないことだが、自分が意地になっているせいで、夏樹と離れたまま、はい終了では本末転倒というもの。


「他にやりたいこととか、欲しいものはないか?俺がしてやれることなんて限られているけどさ」


拓海の言葉に、夏樹はやっと笑顔を見せた。そして、早速、色々と思い巡らしていた。夏休み。なんて素敵な響き。手を繋いで花火を見に行きたい。浴衣で祭りに行って、露店をブラブラしたい。一緒に海も見たい。そんなところか。


「いっぱいあって決められないよ。どうしよ」


「海じゃないけど、市民プール、行く?さっき淳之介から連絡があってさ。みんなで行かないか、って」


朝から横になり、テレビで高校野球を見ていた庶民派の神も急に起き上がると、俺も行く、と言い始めた。まだ、夏樹の体調が心配だから、担当医としてモノカミも連れていくと言う。


「そこ必要?呼ばなくていいよ」


「モノカミは目が見えないのだから心配無用だ。夏樹のビキニ姿はあいつには分からん」


「なんでビキニって決まってんだよ」


夏樹が恥ずかしそうに、奥から小さな紙袋を拓海に持ってきた。夏だもの、何があるか分からないわ、と神社を出る時に文乃が渡してくれたという、水玉模様の可愛らしい小さなビキニが入っていた。


(紐か。うーん)


拓海は紐をつまみ上げたくなる気持ちを抑え、紙袋を上から覗くだけにしておいた。クニヌシも淳之介から海パンは既に借りてある、と誇らしげだ。


「二人とも準備しすぎだろ!」


けしからん!と黒縁眼鏡をクイッと上げると、仕方なそうに、でも満更でもない様子で淳之介に電話し始めた。夏樹は傍らで嬉しそうに、電話する拓海を見つめている。そう、こういう日を夏樹はずっと待っていたのだ。


「OK。じゃあ、2時に現地集合ね。はーい」


「拓海。もう行けば良いではないか。あと4時間も家におるのはつまらんぞ」


電話を切った拓海は、クニヌシを無視し、昼食の準備をしに夏樹を連れ立って台所へ行った。クニヌシは面白くない。少しくらい返事してもよかろうが、と若干ふてくされ気味である。


「もー、だからって、なんでもないのに僕を呼び出さないでくださいよ。今日はなんです?なっちゃんも・・・全然大丈夫そうじゃないですかー」


呼び出されたモノカミはユズキと町で買い出し中だったらしい。だが、前より元気そうに拓海と台所に立つ夏樹をちらりと見て、モノカミは安心したようだ。


「午後からプールだぞ。お前も来い。夏樹は復活して間もないし、最後の一つを飲む時期に来ている。心配事が多いのでな」


モノカミは夏樹のことを考え、確かに、と素直に納得。すると、クニヌシがふと思いついたらしく、モノカミに聞いてみた。


「お前はプールに行ったことはあるか?ないよな?」


二人の間にしばらくの間、沈黙が流れた。言葉が足りないクニヌシの説明では、モノカミは、そこに行って何をするのか、何を持参すべきなのか全くもって分からないでいる。クニヌシの言葉の続きを待っていた。が、向こうもモノカミの答えを待っているようである。


「えっとクニヌシ様。まず、プールとは何ですか?」


「海ほどではないが、大きな四角い生簀いけすがあってだな、真水があふれんばかりに入っておる。まあ、川遊びに行くようなものだ。多分だが」


拓海が背中で二人の会話を興味深く聞いていたが、そんな説明でモノカミは理解できるのだろうかと思っていたら、心配は無用であった。勘の鋭いモノカミは、あー、なるほどね、と即座に理解したようだ。


き止められた川で水浴びする感じですね」


うまいこと言った、とクニヌシは感心してモノカミを褒めている。拓海は昼食のお好み焼きに入れる千切りキャベツを小気味よく切りながら、声を殺して笑っていた。


「ってことは、プールに入る時には裸になればいいのか」


キャベツの千切りを中断し、拓海が包丁を持って台所から飛び出してきた。


「いいわけないだろ!頼むから・・・プールで裸にならないと約束してくれーーーー」


懇願にも似た悲痛な願い。モノカミは面倒くさそうに分かった、分かったと手をぶらぶらさせ、拓海を適当にあしらった。嫌な予感しかしない。拓海はなんだか夏特有の胸騒ぎがするのであった。

読んでいただき、ありがとうございます。夏休み、いいですね。社会人の私にも楽しみです。短い夏休みですけど。

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