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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第五章
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第51話 銀のピアス

「たっくん、二度目の僕はどう?もう平気じゃない?」


「全然ダメだ・・・前より・・・辛いかも」


モノカミがいつもの調子に戻り、嬉々として、この儀式に望んでいる。禁じられているものに手を出すことに、相当の魅力を感じるらしい。生前はマッドサイエンティストとして名を馳せたらしいので、その点では生前の性質を受け継いでいると言えるだろう。


廊下で着替えを済ませ、部屋にやってきた巫女装束の文乃が初めての儀式を目の当たりにし、いささか緊張しているようだ。クニヌシは意識を失いかけている拓海を指差した。


「モノカミが拓海に憑依しているところだ。ここから、モノカミによる施術が始まるわけだが、今夜は文乃にも協力してもらうぞ」


「分かっています」


「前回は夏樹の霊魂を呼び出し、ぎょくに吹き込めばよかったのだが、今回はすでに人の形をなした状態から、もう一度、玉の中に夏樹を封じ込む必要があるのが難儀だ。モノカミと拓海の力だけでは到底足りまい。そこでお前だ」


文乃は傍観者のように、ただ見ているだけの監督風情のクニヌシに疑問をぶつけた。


「クニヌシ様」


「なんだ、文乃?そんな目で見るでない。お主は、まだ15であろう?急いで大人になる必要などないぞ」


「いえ、そうではなくて・・・。足りない霊力は、クニヌシ様が補完すれば良いのでは、と思いまして」


クニヌシのセクハラまがいな会話にも冷静に対処する文乃。二人が無駄話をしている間に、モノカミは拓海に憑依し、拓海は完全に意識を失ったようだ。クニヌシは二人の状態が悪くないことを確認すると、何故か、隣にいる文乃の手をしっかりと握った。


(いちいち手を繋ぎたがるのは、クニヌシ様の癖なのかしら・・・)


「いい質問だ。もし、モノカミが憑依の途中で失敗すれば、拓海も一緒に命を落としかねない。その時、誰かが適切な処置を施す必要があるだろう?いわゆるアレだ。スリーマンセルがベスト、ということだな」


(スリーマンセル。どこかで聞いたことがあるのだけど)


「納得しました。それにしても、拓海さんは苦しそうですけど・・・心なしか、心地よさそうにも見えますね」


「ふむ。モノカミが体内で拓海の意識を操っているのでな、拓海の力はモノカミに吸い取られておるのだ。使われているといったほうがいいか。拓海は取られた分だけ辛いだろうが、この吸引される感覚は、なかなかどうして」


「気持ちいいとでも?」


「ああ。すごくね。経験してみたいか?」


「いえ、結構です」


クニヌシの言葉に反応してしまい、不本意ながら顔を赤らめる、神クラスの15歳、文乃。


一方で、憑依されている人間の様子を文乃が見るのは初めてのこと。モノカミの姿は部屋にはなく、拓海の中で、拓海の魂とせめぎ合っているのが、文乃には見て取れた。


「拓海さん、無意識にモノカミくんを拒否しているのでしょうか?手こずっているせいか、思った以上に二人の霊力が消耗されているように感じます」


「深層で拓海はモノカミをすんなり受け入れられない部分があるのだろうな」


文乃は神に仕える者として、禁術を補助することに抵抗はある。文乃に神罰が下るようなことがあれば耐えられない、と淳之介も猛烈に反対したという。


それでも、午後に見せた夏樹の生き生きとした顔が忘れられずに、ここにいた。でも、心細い。


そんな文乃の気持ちを知ってか知らずか、クニヌシは文乃の手をしっかりと握っていた。文乃の最初の違和感は何処へやら、誰かに支えられていると確信できることで、文乃は心が落ち着くのを感じていた。


文乃は大きく深呼吸。クニヌシの手を握り返し、隣の呑気な顔をした神の眷族を少しだけドキッとさせた、ことは内緒だ。


「では、参ります」


「頼んだぞ。少しくらい無理をしても、俺がどうとでもしてやる。安心して行ってこい」


はい、監督、と言いそうになる程、今のクニヌシは、例えるなら、そう。腕組みをして試合に臨む力強い監督の眼差しを思わせた。


モノカミに憑依された拓海は、いつもの自分下げが止まらない雰囲気はなく、自信に満ち溢れ、完全に別人、いやモノカミそのものになっている。


モノカミは立ち上がると、部屋の中をぐるりと見渡し、拓海の目を通して、順番に部屋の人物を見ている。愛しいクニヌシの顔、姿見で自分が憑依した拓海の姿、目の前にいる相棒となる巫女の文乃、そして、昏睡状態の夏樹に近づくと、一時の間、夏樹を見ていた。


当然ながら、拓海の中にいる自分の姿は視認できない。


「モノカミくん?」


「そうだよ。たっくんは僕の依り代だから、今は中でぐっすり眠ってる。つーことで、この体は僕の思うまま、ってわけ」


「そう。じゃあ始めましょうか」


淡々と答える文乃にモノカミは薄ら笑いをすると、赤い玉を一つ握った右手とは反対の手で文乃に手を伸ばした。


「お前。すごいな。神かよ」


首筋にモノカミの指が触れ、一瞬ビクッとなった文乃は無言でモノカミの診断を受け入れた。


「まず、僕はこの手の平にある赤い玉をなっちゃんが入る大きさまで膨らませる。そして、あちらから煉獄の炎を口寄せする。その間、僕に絶えず霊力を送って欲しいんだけど。君なら問題なさそうだね」


モノカミは握っていた赤い玉を文乃に見せた。


「分かったわ。どうしたら渡せる?」


憑依する前に耳から外しておいた、銀色の華奢な装飾が施されたピアスを机の上からつまみ上げる。モノカミはニヤっと笑うと、文乃の目の前にピアスをぶら下げて見せた。


「これ、口にいれて舐めててよ。終わるまでずっと」


「え?」


「え、じゃないよ。僕の依り代だと思って。さあ、口を開けて」


文乃が恐る恐る口を小さく開けると、モノカミは自分のピアスを文乃の口に、強引に指ごと押し入れた。


モノカミの指が離れると、文乃が恥ずかしそうにピアスを飲み込まないようにして口を押さえている。霊力に満ちた文乃の唾液がピアスを覆う頃には、拓海の体に満ち満ちと力が流れ込み始めていた。


「負ける気がしない!」


「もういいから、早くしろ、モノカミ。文乃が泣きそうな顔をしておるぞ」


みなぎるパワーを手に入れたモノカミは、神クラスの文乃からの助力により、最強の俺様になった気分でご満悦である。

読んで頂きありがとうございます。セリフだけ読むと下ネタに見えてくるのは私だけでしょうか。失礼しました。

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