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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第二章
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第5話 もう一人の幼馴染

 二人は帰るタイミングを失い、目的もなく歩いていた。


 長かった髪を肩まで切り、垢抜けたとキャンパスで評判の横尾明日香。遠い目で落ちない夕日を見ていたが、気を取り直し、小さく咳払いをした。


 素っ気ないのはいつものことだが、会話の糸口がなかなか見つからない。


「……ボランティア……行って、よかったでしょ?」


「ああ」


「拓ちゃん、子どもたちに人気だったよね」


 明日香はお転婆ではない方の、生きている方の幼馴染だ。その日は、彼女が定期的に活動しているボランティアに拓海を連れて、小児科病棟の慰問に出かけた帰りだった。


 拓海には友人と呼べる存在もなく、家族ぐるみで付き合いのあった明日香と彼女の家族は、拓海が気兼ねなく話すことのできる貴重な存在である。


 時々こうして、大学以外は引きこもりがちな拓海を、明日香が気遣って外に連れ出しているのだ。


「お前、ピアノが弾けるんだな。今日、初めて知ったよ」


 明日香は立ち寄ったコンビニで買った缶コーヒーを袋から取り出し、拓海に手渡しながら苦笑いした。


「そうなの? 知らなかったんだ。幼稚園から中学まで教室に通ってたのに」


 明日香は缶コーヒーのフタをカポンと音を立て引き上げた。


「えぇ? そうだっけ?」


「そうだよ……。拓ちゃんは小学校の放課後とか、これ弾いて!なんて、よくリクエストしてくれてたなぁ。弾けない曲ばっかだったけど」


「……そんな昔のこと、もう覚えてないよ」


 拓海の返答が聞こえなかったように、明日香は慰問の話に戻した。


「笑ってる子どもたちを見てると、私のほうが癒されるんだ。元気をもらう、っていうか」


「あ、それ分かる」


 あれっきり現れないクニヌシのことで、頭がもやもやしていた拓海も充実した一日を過ごせたらしい。


「また行かない? 一緒に」


「考えとく」


 まだ少し明るい空に、先走って現れたように月がぼんやりと見えている。


「駅まで送る」


「ありがとう!」


 まるで義務のように、明日香は拓海の前では笑った顔の仮面をかぶり、努めて明るく振舞おうとするところがある。


 拓海にも明日香の気遣いは痛いほど伝わっているが、正面から受け止めてやれず、雑な対応をしてしまうことがある。それは中学生の反抗期に似た、ただの明日香への甘えでしかなかった。


「あ、あとね、今度うちに遊びに来てよ。ママが拓ちゃんに会いたがってたから」


「うん」


 歯切れの悪い拓海の返事に、明日香は答えず精一杯の笑顔で「待ってるね」と言った。


 それから二人は、家路に急ぐサラリーマンや夕飯の買い物に来ている主婦たち、部活帰りの高校生、駅につづく商店街を行き交う喧噪の中、無言で駅まで歩いた。


「じゃあ、今日はありがとう!」


「うん、おばさんによろしく。悪いな……明日香」


 明日香は「いいの」と笑うと改札へ走って行った。明日香の後ろ姿が見えなくなるまで、拓海は見送った。


「さて……俺も、帰るか」


 冷蔵庫に残った食材を思い出しながら、夜十時まで開いているスーパーに立ち寄ることにした。


ーーそうだ、母さんが『高級和牛』を家に置いてったな。


 スーパーに入る前に、足りない野菜とタレ、そしてクニヌシが飲み干した母専用のビールを買いたすことに決めた。自動ドアがすーっと開くと、もあっとした空気を纏っていた拓海の体も、ひんやりとした冷気に包まれて気持ちいい。


ーーやべぇ、ここで暮らしたい。


 くだらないことを考えながらスーパーに入っていくと、入り口にある、いつもの試食コーナーの様子がおかしい。いつになくにぎわっているのは、気のせいだろうか。


 特売特有の早い者勝ちという騒ぎとは違い、群がる女性たちが色めき立っているのだ。それも女学生と言える十代とおぼしき若人から、幅広い年齢層のマダムたち。


 集団を横目に通り過ぎようとした時、見知った男の姿を女性陣の中に発見。


「お帰り、拓海」


「何やってんだよ。こんなところで」


すずんでおった」


 クニヌシは周囲の熱気とは別次元にあり、大変涼しげな様子で、試食とは程遠い量の惣菜を手にして、にっこりと笑って立っている。


 神出鬼没の相手は、ここで足止めしておくべし。拓海は、そう瞬時に悟った。


「ちょ! そこで待ってて! ぜーーーったい! どこにも行くなよ!」


 ご婦人たちに囲まれたクニヌシを残し、目的の買い物を済ませるべく、野菜売り場へと続くエレベーターに飛び乗った。だがしかし。


「お待たせ、っていないし……」


 大急ぎで食材を調達して戻ってきたにも関わらず、クニヌシは去った後だった。服や靴が散乱した様子はない。つまり、歩いて移動したと思われる。


 がっくしと肩を落とし、深い溜息をついて立ちすくんでいると、背後からふいに声を掛けられた。


「会えなかった? お兄さん、さっきまでここにいたんだけどねぇ」 


 振り向くと、試食コーナーのおばさんが、試食用の小さな銀色の皿を差し出している。頬をほんのり赤くしている理由は、だいたい想像がついた。


 試食の皿は丁寧に断り、ついでに拓海は少し口を尖らせて言った。


「アレは兄じゃないですよ。僕ら、兄弟じゃないんで」


 おばさんは勘が外れたことに、少し驚いていた。眉を寄せて不思議そうに、拓海をじっと見つめる。


「あら、そうなの? ごめんなさいね。似てると思ったんだけどねぇ」 


ーーいやいや、全然似てねぇけど……。悔しいが、どう見てもあっちの方がイケメンだろ。比べられても困るわ。人間じゃねぇし。


 見失ったクニヌシのことは諦め、おばさんに軽く頭を下げた後、拓海はスーパーの袋を片手に「なんだかなぁ」と言いながら家路についた。

読んでいただきありがとうございます。

次は、小さな神様とのほっこりした拓海との場面があるかと思えば、クニヌシとの問答もあり、もうすぐ色々展開されていきます。

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