第40話 バイトという名の 後編
「ピンポーン!」
「モノカミ、お前出ろよ・・・」
「たっくんが出ればいいじゃない」
「拓海〜、あれは普通なのか」
「んな訳ないだろ!」
拓海は仕方なく立ち上がると、頭を掻きながら玄関に向かった。途中で気づく。明日香も来たことがない、この部屋に年頃の女の子が、すぐそこに来ていることに。
(まあ、女の子と言ってもな。あいつだしな)
「分かったから、もうピンボン言うな」
ガチャと扉を開けると、満面の笑顔で立っている松波小百合がいた。拓海はどうぞ、とだけ言うと、ぎこちなく家に招き入れた。彼女は全く臆せず、玄関からどんどん中に入って来た。
「ねえ?もしかして、私が来るって決まってから、お掃除したの?」
玄関でサンダルを脱ぎながら拓海に聞いてきた。が、拓海は無言。小百合は躾の行き届いた女の子のように、きちんと靴を揃えてから部屋に上がった。そこには、先ほどまでテレビの前から動かなかったクニヌシと興味津々の様子で隣にモノカミが、こちらも満面の笑顔で待っていた。
「よく来たな、小百合」
「ヌシ様〜!今日は本当にありがとう!あ、お邪魔しまーす」
思った以上に二人は知り合いだったことに拓海は驚きを隠せない。そんな拓海の反応にいち早く気付いた松波小百合は拓海の顔の至近距離まで顔を近づけてきた。
(・・・・・)
「びっくりした?」
びっくりしたのだ、拓海は。玄関だけでなく、彼女はぐいぐいと、ずかずかと拓海の狭い心の中に入ってきた。その背後で、モノカミは二人の様子を達観してみていた。
(あーあ、近いなあ。免疫のないたっくんには少しばかり刺激が強すぎやしないか?)
小百合は部屋の中に入ると、ほほう、と言いながら、ぐるりと部屋を見渡す。拓海は台所へ入り、用意してあったグラスに冷蔵庫のアイスティを注ぎ、クニヌシが既に小百合の質問に次々と得意げに答えているのが聞こえてくる。
(ロクでもないな、本当に)
お盆にグラスを四つ乗せて部屋に運んでみると、拓海のベッドの上で小百合を挟むようにモノカミとクニヌシが座って談笑している。小百合は話の流れから、どうやら興味はクニヌシからモノカミに移ったようで、クニヌシが不満そうである。
「へええ、そんなに可愛い男の子と同棲してるの?」
「うん。昔は苦労したみたいでさ。なのに、すごくいい子なんだ。可愛いことばっかり言うもんだから、すぐにキスしたくなるんだよねー。おかしいかな?」
「おかしいわけないじゃないですか。愛、ですもん」
「だろ?幸せにしてあげたいんだ」
小百合が卒倒しそうなほど呼吸が激しくなっている。クニヌシは口を挟む間もないので、拓海が座るテレビ前に移動すると、拓海に耳打ちした。
「つまらん」
「お前が呼んだんだろ。あんなに二人で盛り上がってるんじゃ仕方ないだろ」
小百合はもうベッドの上に倒れて目が宙を泳いでいるときた。モノカミはユズキの話を出来て満足したらしく、クニヌシのところへやってきて、もう疲れたから帰りたいと言い出した。
(馬鹿か、お前は!ここでクニヌシの背中から消えたりするんじゃないぞ・・・)
モノカミは本当に疲れているのか、飽きてしまったのか、クニヌシにまとわりついて離れようとしない。その気配に、小百合が気づいたらしく、ガバッと起き上がると、ポケットに入っていたスマホを取り出し、最高の瞬間を収めようと、その一瞬を狙い射った。
「ちょっと・・・神がかってるんですけど・・・」
カシャと言うシャッター音にクニヌシとモノカミは小百合の方を見て、すぐに二人は互いに顔を見合わせた。拓海は、もうどうでもいいと思い始めていた。
「クニヌシ様、バレて、ますよ・・・」
「やはり、この神々しさは隠せなんだか。困ったのう」
(バレてねーよ)
小百合はベッドから飛び降りると、這うようにクニヌシとモノカミの所へやってきた。ペタッと二人の前に座ると、最高の一枚をいただきました、と両手を床につくと、深々と頭を下げ礼をした。
「よいよい、頭を上げよ、小百合。いいか、このことは誰にも秘密だぞ」
「困るよ、変な誤解は。あの子にバレたら大変じゃないか」
小百合は敬服しましたとばかりに、再度、頭を下げると、ははぁ、とひれ伏した。クニヌシは愉快、愉快と笑いながら、背にぶら下がっているモノカミではなく、拓海の肩を強引に引き寄せた。少し離れた所から引っ張られた形となり、拓海は驚いて振り返ったところに、クニヌシは、ちゅ、と子供じみたキスをした。
「ヌシ様!何、ここは天国なの!!!!!!」
「まだ早いぞ。小百合が常世の国へ行くにはな」
「常世の国って・・・何て詩的な表現!ヌシ様ってやっぱり素敵だわああ!」
拓海は二度目のキスまでもがクニヌシに奪われたことに怒り心頭。のはずだったが、噛み合っているようで全く噛み合っていない二人の会話にある意味、拓海は救われた。
「クニヌシ様〜、僕、もう我慢できません・・・(疲れた)」
「しようのない子だな。まだダメだ」
「ひどいじゃないですか・・・僕はもうこんなに(倒れそうなのに)」
「もう少し我慢できるだろ?いつもならこんなに早く行かないだろうに」
小百合と、クニヌシ、モノカミ、この二組は実は全く別の意味で会話しているにもかかわらず、誰もそのことに気づいていないことを拓海だけが理解していた。スクッと拓海は立ち上がると、興奮冷めやらぬ小百合の片腕をつかみ、立ち上がらせた。
「今日はみんなおかしいから、もう帰れ。今日のところは・・・」
「そうね・・・こんな話はいくらでも同人にあるけど、今日は目の当たり出来たことが収穫だったわ」
拓海はもう何も言うまいと心に決め、とにかく小百合を玄関まで連れて行った。その頃、まだ小百合がいるというのに、まさにモノカミは限界を感じたのか、クニヌシの中に消えていったところ。
「橘くん。今日はありがとう。この経験を生かして、私はすごいものが書けそうよ!」
「そうか、よかったな・・・」
我を忘れていたのかと思ったが、思いの外、小百合は律儀に肩にかけたカバンから財布を取り出した。拓海は当初の彼女の目的を思い出し、財布に手をかけた小百合の手に待ったをかけた。
「いいのよ!これは私の糧となり、血肉となり、素晴らしい一冊に仕上がるはずだから。外伝としてね」
「何ができるのか分かんないけどさ、家に来た同級生から金をもらう訳には行かないよ」
小百合は真面目な顔になると、拓海の言葉を聞かなかったように、財布から3万円を取り出すと拓海の手に捕まえた。さすがに拓海はもらえないと突き返そうとしたが、なぜか小百合は涙ぐんで、いいから、と言うと慌てて玄関を飛び出して行ってしまった。
(なんなんだ・・・・)
「小百合は帰ったのか。挨拶くらいしても良かっただろうに」
3万円を握って、拓海はクニヌシに詰め寄った。今度は、拓海がクニヌシにキスでもするのかと思うほど、顔を近づけて。
「お前。あいつに何を言ったんだ?なんか泣いてたぞ!?俺のこと、哀れむような顔して!」
「誤解だ、拓海。俺はただ、拓海には余命いくばくもない娘のためにやらなければいけないことがある、とな」
「間違ってはいないところがムカつく!!!」
とは言え、もらう理由もない金は小百合に謝って返そうと拓海は思ったのだった。つづく。
読んでいただきありがとうございます。おかしな方向に行ってしまいそうな自分をなんとか制御できましたm(_ _)m




