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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第二章
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第4話 等価交換

 さあ、どうだ、と言わんばかりのクニヌシの顔に、少々苛立ちを感じている。しかし、おとぎ話にある最悪のオチを考慮しても、やはり魅力的な申し出に違いない。


「願いごと? んー、実際に頼むとなると、すぐには思いつかないな」


「成年男子ならば、一つくらい野望とか夢とか、何かあるだろ?」


 クニヌシは冷蔵庫に冷やしてあった缶ビールを見つけ、慣れた手つきでフタをジュパっと開けると、ぐびぐび飲んでいる。


 満足そうだ。しかも二本目という。


 拓海は考えることを止めたのか、ゆっくりと眼鏡を外してテーブルに置いた。戸棚の引き出しから目薬と小さなツルッとした布地を取り出し、天井を仰ぐように顎をあげ目薬を点眼し始めた。


 両目がうるっとなると、今度は眉間にシワを寄せ、目の前でビール片手に上機嫌の神をにらむようにまばたきしている。


「なんだ、怒っているのか?」


「ん? そうじゃないよ。目薬をなじませているだけだ」


「そうか。ならばよいが。では最後の一本もいただいてよいか?」


「どうぞ、ご勝手に」


 拓海がツルっとした布で磨いた眼鏡を両手で掛けようとした時、クニヌシの手が伸びてきて、拓海の手を止めた。眼鏡を掛けそこなった拓海はきょとんとしていると、前のめりになったクニヌシの顔が近づいた。


「おい、ちけーよ」


「うむ、なるほど」


「何がなるほどだよ」


「乳臭い」


 クニヌシの手を跳ね除け、怪訝けげんそうにスチャっと眼鏡を掛けると笑顔のクニヌシを見た。


「では最初からだ。何か願ってみよ。俺は神のようなもの。神そのものではない故、出来ないこともあるが、お前のために力を尽くそうぞ」


「実は一つだけあるんだ」


 茶がわずかに残ったグラスを、まるでワインを嗜むように揺らしながら、拓海は言おうか言うまいか決めかねているようだ。


「申してみよ」


「うん」


 台所の椅子に優雅に座ったまま、涼しい顔で拓海を真っすぐと見つめるクニヌシ。決心したかのように拓海は、クニヌシを直視した。


「死んだ人間を、生き返らせることもできる?」


 クニヌシは少し驚いたように目を見開いた。


「そうきたか」


 拓海が口を挟む間もなくクニヌシは続けた。


「人の死をそう簡単に無かったことにするわけにはいかないが、どうしても、というのであれば一考しよう。起きてしまった事実は変わらないが、それでも願うか?」


「ああ」


「誠か?」


「もう一度、彼女が人生をやり直すチャンスがあるのなら、俺は」


 実現性のない夢物語の一つを発したに過ぎなかったことには違いない。


 だが、なるほど。

 言霊というものか。


 後先を考えずに、拓海が望んだ願いを声に出した瞬間から、それは藁をもすがるような懇願へと変わっていくのを感じていた。


「では、期待に応えよう」


 顔色一つ変えず、神らしくと言うべきか、クニヌシは冷静に、ただそう答えた。そして、拓海に念を押すように言った。


「後悔はするなよ」


「するかよ」


「そうか。お互い命がけの契約になるな」


 外では雨が完全に止み、薄暗かった雲の波間から光が地上を照らし始めていた。


「それで、誰を取り戻したい? ご祖母様か?」


「違う。夏樹。さっき話しただろ……」


「お転婆の方か」


 朝粥を食べながら話していた最中に、初恋である夏樹の話をした。生きていれば拓海の二つ上。今は二十歳になっていたであろう。


 長い時間をかけ、記憶の隅っこに追いやっていた幼馴染み。


「さて、俺は所用で出かけてくる」


 音もたてずにイスをすっと引くと、クニヌシは立ち上がった。


「あの世から死体をもってくるなんてオチは勘弁しろよ……」 


「案ずるな。それより、お前が支払うことになる対価は、それ相当になることは覚悟しておけ。なにせ、蘇りを願ったのだからな。ゆめゆめ忘れるな」


 何か言いかけたようだったが、拓海の返答を待たず、クニヌシはどこかへ消えてしまった。


 着ていた白いTシャツとジーンズがふわっと宙を舞ったかと思うと、そのまま床に重なるように落ちた。クニヌシが床に脱ぎ捨てた服を拾い上げながら呟いた。


「等価交換、ってことか」

読んでいただきありがとうございます。

次は、拓海の二人の幼馴染うちのもう一人が登場です。


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