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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第四章
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第36話 モノカミ白書 前編

 「ユズキに土産を買わなくちゃ」


 一仕事終えた僕は、またこの小さな世界に戻ってきた。


 特に何があるって場所ではないけど、みんな知り合いみたいなものだし、それぞれが自分にしかできない何かを持っているから、互いを必要とし合える。


 理想的な世界と言えるかもしれない。

 あちらの国へ行くと、どうもその辺りがめちゃくちゃな気がする。


 一方で、出来るかどうかは別として、自分のやりたいことを選ぶ権利を持っている、という点は面白い。


 僕はこの世界の住人だから関係ないけどね。


 「おじさん、椿餅を、そうだな。一人二つで四つちょうだい」


 僕は仕事の帰りに、この菓子屋で大好物の椿餅を買うことにしている。椿の形をした、ほんのりピンク色をした可愛い餅なんだが、中の白餡がこれまた絶品。


 一緒に暮しているユズキも僕も、これを食べると幸せな気持ちになるんだ。


 もちろん、僕には色は分からないよ。

 目が見えないんだから。

 でも、ユズキがいつもそう言うのよ、嬉しそうにね。


 僕が留守の間、ここの店主が彼にも良くしてくれるので助かってる。


 「モノカミ。お前、最近、ちょっと男らしくなってきたな。前は、こう、うん。女の子みたいだったけどな。ハハハハ!」


 「僕にも守るべき人ができたんだから、そりゃ大人にもなるさ」


 「ユズキか。あの子はいい子だ。大切にしてやれよ。よし、おまけに一つ入れとくぞ」


 気前のいい店主に代金を払って、椿餅を大きな蓮の葉で包んでもらったら、さあ帰宅だ。通りには馴染みの店が軒を連ねているもんだから、なかなかまっすぐ帰れやしない。


 でも今日は片手を上げるくらいで、挨拶もそこそこに家路を急いだ。


 僕の家は町の外れの小高い丘にある。以前は、周りに他の家もあったんだけど、近頃はみんな町の方に行ってしまった。


 隣人がいないっていうのは気楽でいいもんだよ。

 ほら、もうユズキの匂いがここまで風に乗ってくる。


 出迎えは不要だっていつも言ってるんだけど、今日も駆けてくるんだもん。

 可愛いじゃないの。


 僕は両手を広げて、飛び込んできた小さな体を受け止めた。

 つもりが、支えきれずに草の上に二人とも倒れこんでしまった。


 「おかえり、僕、待ちくたびれちゃったよ」


 「た、ただいま、ユズキ。僕は武闘派じゃないんだから、あんまり無茶なダイブはやめてよね」


 僕のユズキは本当に可愛い。

 お互いに一目惚れだった。


 ある日、クニヌシ様がしばらく休んでていいぞ、っていうもんだから、茶屋で久しぶりの休暇をまったり過ごしてた時のことだ。


 僕が団子をほおばってると、知り合いが目の前を通ったものだから、声をかけようと急に立ち上がったんだけど。


 後ろでお茶を飲んでいたユズキの背中に、僕の体がぶつかってしまってさ。

 あとはご想像にお任せでいいよね。


 そんなこんなで二人は出会って、すぐに意気投合。

 今では僕の家にユズキが暮らすようになった、ってわけ。


 一人も気楽で僕には合ってると思ってたけど、帰ってきた時、家に明かりがついてて、飛びついてくるくらい僕のことを待ってくれている誰かがいるってのは、やっぱり嬉しいもんだ。


 家から漏れている明かり以外は何もない暗い中、僕らは手をつないで草むらの中を歩いていた。


 「あれ、なんだろう。モノカミ、いいことあった?」


 ユズキは勘がいい。

 今日は夕食の後に、彼にある提案をするつもりだ。


 「分かる?後で話すよ。それより、夕食の前に川に行かない?風呂じゃなくて、川の冷たい水を浴びたい気分なんだ」


 「いいけど、夜は寒いんじゃない?」


 「まだ大丈夫だろ。月の光だけでは暗いだろうし、ユズキは怖がりだから、カンテラを幾つか持って行ってさ。で、一緒に水浴びしよ」


 ユズキはいいよ、と可愛く笑うもんだから、僕は家に着く前に思わずキスをした。周りに誰も住んでいないのに、ユズキは恥ずかしがって真っ赤な顔して怒ってるんじゃないかな。


 ホント、人生って楽しいよね。


 ああ、人生と言っても、僕らはすでに死んだ人間だ。


 死者はクニヌシ様の一族が司つかさどる常世の国で管理されるのだけど、特別な技量や事情があれば、この樫かしの国に転生することができる。


 僕らが決めるわけじゃあない。

 偉い人たちが死者から選ぶんだろうさ。


 死後、数百年経って転生することもあるらしいけど、僕はどうだろう。


 転生者はある程度、成長するまでは、町にある転生のと呼ばれる家で大事に育てられる。


 転生と言っても、人間だった頃の記憶など何一つ持たずに生まれ変わった僕らは、元人間とは言えないだろうね。


 生前の能力はそのまま専門職として活かされているらしいけど、僕はこう思ってる。


 もう別の存在だって。

 元も何もないよ。僕らは、ここで生まれたんだから。


 ひどい怪我をしたり大病にかかれば死ぬこともある。

 スクナヒコのような高名な医療術者がその場にいれば、死ぬことはないだろうけど。


 そして寿命もある。

 十分に長生きできる寿命だけどね。

 僕のようにクニヌシ様からお役目をもらっていると、意外と短命かもな。

 あの人、優しい顔で無茶振りしてくるから。


 あと、二度目の転生は基本的にない。

 功績があれば、高位な霊体になることもあるらしいけど。

 そんなのは千年に一人くらいの夢物語。


 僕が言うのもなんだけど、長く生きればいいってもんでもないでしょ。


 姉さんたちは特異な例。

 あの双子はまだ一度も死んだことがないらしい。


 生きながら鬼になったっていうね。

 何でも凄まじい経験をしたって聞いてるよ。


 わざわざ自由を捨ててまで、クニヌシ様の配下になったらしいから、相当、惚れ込んでるのは確かかな。


 人喰い鬼なのに、クニヌシ様の前には猫みたいに大人しい、ってもっぱらの評判。

 笑えるよね。


 おっと、ユズキが急いでるな。


 そっか、もう夕食の準備してくれてたんだな。

 家が近い。ダシのいい香りがする。


 「先に水浴びするなら、早く行こう!」


 「そんなに急いでどうした?ユヅキは腹が減ってるのか?」


 「うん!今夜は春屋のおでんを買ってきたんだ。牛蒡ごぼう巻きもあるよ!」


 「いいね。僕も土産を買ってきたよ。ほら」


 持っていた土産を見せると、ユズキは背伸びして、僕の肩に片手をのせると、頬にキスしてきた。そして、僕らは家まで笑いながら走った。

読んでいただきありがとうございます。明日は後編に続きます。

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