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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第四章
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第35話 白いミソギの赤い口づけ

 モノカミは、沈んでいる夏樹と、無神経な男、拓海の納得がいかんと言いながら憤慨ふんがいしている様子を感じ取りながら、夏樹の方へゆっくりと近づいた。


 夏樹の腕に触れると、上から下へと両手をゆっくりと探るように下ろしていく。手首までたどり着くと、モノカミが求めた夏樹の手をしっかりと握った。


「なっちゃん、これからは僕がずっと一緒にいてあげる」


「優しいのね、モノカミ……」


 拓海はモノカミの言い分も気にくわないらしく、誰にいきどおっているのか、自分でも分からないまま、どうしようもないジレンマに雄叫びをあげる。


「俺は許さんぞ! モノカミなんかと! なんで二人で手をつないでるんだよ! 仲良し姉妹かよ!」


「よし。拓海のツッコミにキレがなくなっておるので、ここらでお開きとしようか」


 クニヌシはやれやれと立ち上がり、拓海の肩に手をかけようとしたが、拓海に手をはねられた。


 淳之介はまだ廊下の向こうで、明日香と談笑しているようだ。


 夏樹はテーブルから少し離れた場所に座り込み、モノカミの手をしっかり握ったままだ。理不尽な怒りに震えながら、拓海は同時に自身に失望していた。


「聞き分けのない子はもう知りません。一人で帰ってきなさい。モノカミ、お前も戻ってこい。帰るぞ」


 モノカミは夏樹の耳元で、何かをささやき優しく抱きしめた。クニヌシの方へ迷わず歩いて行くと、クニヌシの背後から両腕を肩に回し、そのまま夏樹に視線を残しながら消えた。


 クニヌシもモノカミが自分の中に戻ったことを確認すると「ではまた」と言って、静かに姿を消した。


「俺も帰る……文乃ちゃん、夏樹のこと頼むね」


 モノカミもクニヌシもいなくなり、今度は拓海までも行ってしまう。


 一言も自分に声をかけようとしない拓海を少し恨めしそうに見たが、拓海は会わす顔がないのだろうか、夏樹と目も合わさない。


「ご心配なく。双子様もいますし、私も兄もいますから」


 自分より年下の文乃の毅然とした拓海に対する態度は、拓海を萎縮いしゅくさせた。


 慚愧ざんきに耐えないと文乃に感じる一方で、明日香が淳之介と頻繁に会っていることにも腹がたつし、モノカミのこれまでとは違う夏樹への接し方も許せない。


 そして、お前は何なんだ、と自問自答しながら殻に閉じこもったまま、無言で部屋を後にした。


 廊下で楽しげに電話で明日香と話している淳之介の横を通り過ぎながら、電話の向こうから聞こえてきた、明日香の屈託のない笑い声に、自分が明日香にしてきた仕打ちを思い出していた。


 子供の頃から臆病で塞ぎ込みがちだった拓海にとって、思い上がりだと分かっていても、明日香の笑顔は自分のものだと、疑いもせずに信じていたが、そんな上手い話はないのだと悟った。


 一人で帰る夜道は、それはとても寂しいものだった。


「自業自得だな」


 拓海を白鳥神社へ置き去りにしたまま、一足先に部屋に戻ってきたクニヌシは、手首の白い腕輪を袖口から覗かせると、


「純潔なる白き乙女よ、盟約に従い、俺を癒してくれ」


 真っ暗な部屋の中で、その腕輪は光を放ち始めると、閃光のごとく強い光を放ち、その姿を現した。


「ヌシ様、ご機嫌麗しゅう」


「長いこと閉じ込めたままですまんかったな、ミソギ」


 ミソギと呼ばれたクニヌシの使いは、白いきらめくうろこに包まれた蛇。重さを感じない軽やかな動きで、クニヌシの周りを嬉しそうにゆるりと巻きついていた。


「お疲れのご様子で。拓海を置き去りにするとは。ふふ、意地悪な方」


 巻きついたミソギの腹の辺りにクニヌシは頭を預け、ゆったりとした様子で白い胴体を優しく撫でながら言った。


「疲れた。夏樹のおかげで少しは大人になったかと思ったが、もう一人の娘が他の男と親しくしておるだけで、顔面蒼白で大騒ぎしよったわ」


「それはそれは。そういったことはユリアとウララが得意なのでは?」


「まあな。それにしても英気を養うとは、このことぞ。ミソギ。お前は本当に素晴らしい」


 ミソギはいつの間にか人の姿になっており、クニヌシはミソギの膝枕で心地よさそうに目を閉じている。その頃、拓海は街灯の下を、とぼとぼ一人で歩いていた。


「ヌシ様」


「んん?」


 髪も肌も纏った衣も真っ白なミソギは、赤い宝石のような瞳で、膝にいるクニヌシの顔を覗き込むと、赤い唇を額に押し付けた。


 口づけられたクニヌシの額は、暖炉の火に照らされたように暖かくなった。


「お前の体は冷たいのに、唇とその瞳は炎のように暖かだ」


「これで少しは早く回復されることでしょう。ですが」


「なんだ?」


「思った以上に、霊力を消費されているようです。あまり長いこと、人の姿で出歩くのはお止めください」


 クニヌシは神そのものではない。神のようなもの。神の眷族けんぞく


 自分の使いを持ち、こうして高位なミソギのような者を仕えさせるほどの位置に君臨する者ではあるが、限りなく力を使えるわけではない。


 拓海と会ってからは、人として長くこの世に留まってしまっていることが、疲れの原因らしい。


「分かってはいるのだが、楽しくてな。つい」


「ワカヒコ様と同じではありませんか。あの方もこちらに来ると、人の営みの中で疲れて、私を呼び出して、また元気になると笑って出て行かれたものです。今頃、どうされているのか……」


「兄者か。お前がここにいるということは、今は人にはなれんだろうな」


 クニヌシの兄、ワカヒコは人が好きで、この世に降り立っては、人の中で生活することを好んだ。だが、ある日、失踪した。常世の国には戻ってこなかった。


 戻ってこれなくなったのだ。


「俺たちは眷族と言っても自由だ。どんな時代でも好き勝手に海から渡って行くことができる。が、兄者は禁を犯した。まさか、人間の女と交わって子をなすとはな。自由にもほどがある。兄者らしいがな」


「ワカヒコ様が追放され五十六年。ヌシ様、まだ続けるのですか?」


「ああ、続ける。ここに居れば、最重要参考人がそのうち現れるだろう。さすれば、物語が読み解けるというものよ」


 ミソギの膝枕と癒しの両手で、すっかり元気を取り戻したクニヌシは、部屋に近づく気配に体を起こした。ありがとう、とミソギの透き通る様に白い首筋に口づけをすると、ミソギは微笑んで、また白い腕輪に戻った。


「先に帰宅するのは拓海と踏んでいたんだがな。嬉しい誤算というやつか」


これまでに見せたことのないクニヌシの不敵な笑い。そして、暗がりの中でガッツポーズ。つづく。

読んでいただきありがとうございます。次はモノカミ白書をお送りします。

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