第34話 夏樹と明日香
男所帯というのは、華もなければ会話もない。
モノカミは隣に座るクニヌシを見やり、次に、スマホを一心不乱で見ている拓海、最後は静かに茶をたしなむように飲んでいる淳之介を見た。
正確には音と空気で、状況を読んでいる。
「あのさ、女子が戻ってくるまで、こうしてるつもり?」
夏樹の制服姿が楽しみらしく、クニヌシは少しはしゃぎ気味だが、会話をしようという気配はない。拓海も何だか必死そうである。
精神的には一番大人である淳之介がモノカミに答えた。
「もうすぐ戻ってくるでしょう。さ、モノカミさんもお茶でも飲んで」
「えー、もう飽きちゃったよ。たっくんはスマホばっか見てるしさ。淳之介はつまんないし」
「モノカミ、はっきり言いすぎだろ。淳之介が面白くないのは今に始まったことじゃないんだぞ。この世ではもっとオブラートに包んでだな」
クニヌシは淳之介が黙って怒りを堪えているのを見て、ここは俺がまとめなければ、とでも思ったのか、やっと口を開いた。
「拓海、モノカミ。そんな口の悪い子は鬼に食われてしまうぞ」
そこへ、用意を終えた双子達が戻ってきた。
「まあ、ヌシ様。私たちは、そんな悪い子は食べませんわ。食べるなら淳之介の方がいいわぁ」
「ユリアお姉様、同感ですわ」
淳之介が冗談にならない冗談に青ざめているところへ、文乃の制服を着た夏樹が姿を見せた。
可憐な変身を遂げていた。
夏樹自身も期限付きの生だとはいえ、初めての制服を着たことができて嬉しくして仕方ないといった様子。だが、拓海はチラ見しただけで、何も言わずスマホの画面を見ながら言った。
「俺が高校の制服を買ってやるから、それまで待ってろ」
「たっくん、中学の制服でもいいじゃん。今、着てるなっちゃんを見てやりなよ。スッゲー可愛いから」
「可愛いのは当たり前だろ! そんなことは昔から知ってる」
「おお」
全員が感嘆の声を上げると、熱い視線が拓海に注がれた。
スマホを見るのを止め、拓海は顔を上げると、立ち尽くす夏樹の制服姿を目の当たりにして思った。
ーー可愛すぎる!
馬鹿である。
「年頃の娘らしい恥らいも覚え、成長を嬉しく思うぞ、夏樹。最初にこちらに現れた時のお前の物言いは、尖ったナイフのようだったからのう」
「そうだった?」
生まれてくるや否や、怒り心頭で怒鳴り散らした自分を夏樹は回顧すると苦笑いした。
モノカミは夏樹のそばへ行き、夏樹の首筋あたりをクンクンと嗅いで、セーラー服の上からきゅっと抱きしめた。
「なっちゃんから女の匂いがする。もう子供扱いできないよ」
「橘くん、ここで提案なんですけど。夏樹さんは僕んちで預かりましょうか?」
淳之介は横に来ると、驚きを隠せない拓海に真面目な顔で詰め寄った。拓海は淳之介から体を離し、「ありえん!」と言い放つが、文乃も参戦し、拓海はさらに追い詰められている。
「いやいや、なんでそうなるんだよ。夏樹はうちの子だから」
黒縁眼鏡をクイッと上げ直すと、拓海はしどろもどろになりながら答えた。
「十六歳の娘が男と同棲なんて良くないですよ。うちなら、一人部屋も提供できますし、同い年頃の文乃もいますよ」
「淳之介、ユリアお姉様と私もいますわ」
双子はともかく、歳の近い文乃が一緒というのは夏樹に取っても悪い話ではないだろう。夏樹は黙って拓海がどう答えるかを見守っている。
「お前はここのほうがいいか?」
夏樹は答えようとしたが、拓海は遮るように続けて言った。
「お前はここにいろ。俺はバイトで忙しくなるだろうから、家にいる時間も減る。ずっと家に一人でいるより、淳之介と文乃ちゃんといた方が賑やかでいいんじゃないか?」
うちは賑やかではありませんが、と淳之介は妙な合いの手を入れてきたが、夏樹と拓海の間に流れる不調和音に、かき消されてしまった。
「……分かった。私、ここで拓海のこと待ってる」
「ええぇ……なっちゃん、それでいいの? じゃあ、僕もこっちにいよっかな。そっちの巫女がいれば、霊力は十分そうだし」
モノカミは微笑を浮かべて、怪訝な顔で睨んでくる文乃に視線を送る。両脇には双子が、モノカミの提案を断固として断る空気を醸し出している。
夏樹は思ったよりも涼しい顔で、淳之介と文乃に向かって頭を下げた。
「拓海よ。本当にそれで良いのか? 生娘を男所帯の部屋に一人置いておくのもけしからんと言えばそうなんだが」
モノカミまでもが神妙な顔つきで事態を見守っている中、空気を読めない淳之介のスマホに着信が入った。
一斉に、淳之介へ罵声が飛び交う中、淳之介は懐からさっとスマホを取り出すと、着信の名前を見た瞬間に顔色が変わった。
すぐに部屋を出ようとした。が、当然、双子に阻止される。二人は淳之介のスマホの着信画面を見て、二人してため息をついた。
「まあ、また乳牛からよ。淳之介、お年頃だからって毎日盛るのは、いい加減におよしなさいな」
「ユリア様には関わりのないことです! あ、もしもし、淳之介です」
スマホを両手で抱える様に耳に当てながら、淳之介は部屋をそそくさと出て行った。
文乃は優雅な風情でお茶を飲み干すと、
「家族全員、二人を祝福していますの」
にこやかに笑う文乃の言葉に、拓海は固まった。
「え? 明日香と付き合ってるの?」
文乃は拓海の心を知ってかどうか、コクリと嬉しそうに頷いた。
拓海は「マジかよ……」と言葉をなくした。現金なものである。日頃から、明日香には甘えて、存外な扱いしかしてこなかった男に、何も言う権利はないだろう。
「乳牛というだけで、それが明日香のことだと何故わかった? まあ、分からんでもないか」
クニヌシの言葉に反応して、モノカミは小学生のように笑い始めた。一方で、拓海は夏樹の前にいることも忘れ、思いっきり落胆している。
以前、クニヌシに連れられて神社に来た時には明日香もいたが、二人は久しぶりの再会といった雰囲気だったはず。
明日香は自分のことを好きだと、拓海は心のどこかで決めつけ安心していた。ところが、淳之介との関係が浮上し、まるで自分のおもちゃを取り上げられた子供のように悔しがっているという始末。
「お付き合いしているのだと思います。毎晩、こうして明日香さんから電話があって、時々、境内にも来られて、仲睦まじくお二人でお話されてるんですけど、とっても楽しそうですよ」
文乃はもう諦めてくださいね、と言わんばかりに、兄のために拓海に釘を刺す。夏樹はそんな拓海が少し可哀想に思ったのか、セーラー服の上着の裾を握りしめながら、拓海に声をかけた。
「明日香は綺麗だし優しいし。いい子だもん。淳之介くんも優等生だから、頭のいい明日香と話が合うんじゃないかな……」
拓海は夏樹の方に顔を向けると、怪訝な瞳で夏樹にきつい一発を浴びせた。
「お前の明日香の記憶は十年前のものだろ。その間にあいつにも色々あったんだよ」
言った端から後悔して、また俯く拓海。
夏樹は、自分の思慮が浅いから拓海を傷つけてしまった、と見当違いな思いに捉われた。十年の月日の間に、二人の間で起こった良い思い出も悪い思い出も、何も知らないことを指摘されたのは辛かった。
読んでいただきありがとうございます。身勝手な男の子の行く末が心配です。




