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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第三章
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第26話  十八歳と十三歳の夏

 拓海は大学一年になったばかりの十八歳。

 生きている幼馴染の明日香も十八歳。


 一度、死んで魂だけがこの世に戻ってきたのは十三歳の夏樹。


 三人三様の夏が始まった。


 ことの発端は、拓海の母、香がいつものようにアポなしで拓海の部屋を訪れたこと。


 日曜日の朝から、玄関で迎え撃つは全裸のクニヌシ。初めての試験勉強で疲れきって母親に叩き起こされた拓海。香から逃れるように、クローゼットに小一時間も隠れていた上に、出てきたら泣き出す拓海を慰める羽目になった夏樹。


 家の中は、この四人のそれぞれの思惑の上で、ひと騒動あったわけだが、拓海だけが、まだぐずっているという結末は、夏樹とクニヌシにとって、非常にめんどくさいものだった。


「どうだろ。夏樹と出かけてみては?」


「何言ってるんだよ、夏樹が誰かに見られたら、なんて言われるか分かってんのか?」


 夏樹は黙って、テレビの前に座っている。


「そうは言っても、この狭い家の中で一日中いるというのもなぁ。もう十年経っているのだ、案外、人は忘れているものだぞ、他人の顔なんてのは」


 それも一理あると思いつつ、拓海は決断した。


「おし。夏樹、出かけるぞ!」


 クニヌシは静かに頷いた。決めた後の拓海は晴れやかな顔で、喜ぶ夏樹に文乃から借りている服をもう一度見て来いと、偉そうである。


 畳んであった布団を避けて、クローゼットから服を探す夏樹の姿は、普通の女の子。


 夏樹が平日に街を歩こうものなら補導されてしまう可能性も。買い物に行くのであれば夕方と相場は決まっている。それでも、過去に知っている誰かに会わないとも言えない。


 先日はモノカミが大手を振って、のんきに街まで出かけ、二人で買い物をしたのが最初で最後だと夏樹は思っていた。


「これに決めた」


 十五歳の文乃は同級生に比べ、少し背が高い早熟な肢体をしている。そのため、彼女が着れなくなった服というのは、夏樹には大きめだったが、どれも飾り気のないシンプルで選びやすかった。


 拓海も風呂場の前で夏樹に隠れるようにして、襟のあるシャツとくるぶしが見えるくらいのパンツに着替えると、そのまま夏樹の用意ができるのを玄関で待つことにした。


「クニヌシ、お前は家にいろ」


 クニヌシは着替えもせず、廊下に突っ立っている。拓海に言われるまでもなく、クニヌシは用があるから家に残る、と言う。珍しいことだ。


 来るなよ、と言っておきながら、拓海はなぜ? と不思議に思ったが、そんな気持ちもどっかに失せた。


 お気に入りに着替え、髪を夏らしくポニーテールにアップして現れた夏樹を見て、拓海は心の底から、今日、クニヌシもモノカミもいないデートに感謝した。


「じゃ、行こうか」


 夏樹は少し不安そうだが、差し出された拓海の手をしっかりと掴むと、お日様が眩しい外へ踏み出していった。


「命短し恋せよ乙女、だぞ、二人とも」


 クニヌシは二人が出て行った後、閉じられたドアの間で呟いた。



 拓海と夏樹の二人は手をつないで駅前までやってきた。デートに見えなくもないが、夏樹は大学生には見えないし、やはり幼さが残る。せいぜい中学生といったところ。


 拓海も大学生になったとは言え、まだ高校生でも十分通用する。拓海が補導されることはなさそうだ。


「さて、どこに行く? 行きたいとこはない?」


「うーん。家。連れていってくれない?」


 昔、夏樹が家族と住んでいた家。

 拓海は悩んだ。困った。


 一家惨殺の後、お化け屋敷として有名になっているらしい。


「夏樹の家族は、だいぶん前に引っ越したらしいよ」


 夏樹は懐かしそうに、それでも行きたいと言う。実際、夏樹の両親はまだそこから動けず、悪霊に成り果て家にいる。夏樹も少し前までいた場所。


「今日は止めよう」


 そう言うのがやっとの拓海は嘘がヘタだ。

 うつむいたまま、繋いだ手をギュッと握りしめた。


「そうだ、デートだから。一緒にケーキとか食べるんだよね。ね?」


 思いがけない提案に拓海は救われたように、元気に頷いた。


「拓海、じゃあ凄く美味しいとこ連れてって」


「お、おう。任しとけ」


 晴れやかな顔で、拓海のエスコートを期待する夏樹に拓海は、また困った。


「では。うーん」


「知らないの? 仕方ないなあ。一緒に探そうよ」


 一緒に探す、悪くないアイデアだ、と拓海は俄然ヤル気がみなぎってきた。こういうのは路地を入ったような場所にあるはず、と拓海は夏樹の手を引いて、一本、更に一本と駅前から離れていった。


「ここは? 中は女の人ばっかりだよ。きっと当たり」


 夏樹が通りで、見つけたカフェ。店前の看板には手書きで、日曜日のおすすめとして、イチゴのシフォンケーキがイラストと一緒に描かれている。


「男の俺にはハードル高いなあ……」


 今度は積極的に拓海の腕を夏樹が引っ張って、店の中へ入っていった。若い女性がいっぱいだ。


「いらっしゃいませ。こちらにどうぞ」


 案内の女の子に言われるまま、拓海と夏樹は混み合う店内を進む。


ーー明日香が好きそうな店だなあ。


 見事なフラグを立てた拓海。

 夏樹と二人、一番会ってはいけない人物に遭遇。


「拓ちゃん!」


「あ、明日香! な、何してんだ!」


「え、私はお友達と……」


 明日香の向かいに座る友人とおぼしき女性が、ペコっと頭を下げた。明日香は席を立ち上がり、拓海の後ろで隠れている夏樹の顔を見ようと必死だ。


「拓ちゃんこそ。デート?」


「あ、あー、えっと。親戚の子が来てて……」


 拓海の腰の辺りのシャツを両手で夏樹は握っている。


「そうなんだ。初めまして、だよね?」


「ゴメン、この子は人見知りでさ」


ーークニヌシーー! これは嘘ついていいよな!


「そう」


 明日香は、いつも拓海の嫌がることはしない。

 これ以上の追求をせず、退く。

 それが明日香。


 夏樹は明日香のテーブルを通り過ぎる時、拓海のシャツに顔を埋めて、明日香から逃げるように案内された席に座った。明日香に背を向けられる席に。


 おもむろに明日香は席を立つと、友人の制止も振り切り、テーブルに3千円を置くと、振り返らずに店をでていった。


 夏樹は出て行く明日香の後姿をチラリと見た。スラリとスカートから伸びた脚や女性らしい曲線を。十年の間に彼女は、かつての親友は夏樹には眩しいほど大人だった。


「危なかったな……でもこれで落ち着いて」


「明日香はキレイになったね」


 メニューを開いて、今日のおすすめ、という文字をじっと見る夏樹に、拓海は平静を装って豪語した。男らしく。


「まあな。でも、夏樹もすぐに追いつく! しかも、間違いなく超絶美少女に! 今でも可愛いけど」


 追いつくとは、また死の深淵に近づくことを意味するのだが。


「そうだね。きっと私はもっと大人になれば、明日香にも負けないよ」


 必死に笑顔を作る夏樹の痛々しさよ。そして、自分で墓穴を掘ったことに、ようやく気づいた拓海は泣きそうになるのだった。


 双子の言葉を借りれば、男っとホントお馬鹿さん。

読んでいただきありがとうございます。

男の子はいつの世も罪作りな可愛い生き物です。(ユリアとウララ談)

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