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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第三章
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第19話 ダレモシラナイ国

 梓は今日も門の前に立っている。


 首から革紐を引っ張り出すと、赤い勾玉を通行書として、背丈の五倍はありそうな扉の両側に立つ二人の門番に見せた。


「入ってよし」


 ゴズとメズは息もピッタリに声を合わせた。


 様々な文献においてはゴズが牛の頭、メズが馬の頭であると書かれているわけだが、実際は異なる風貌をしている。二人の髪は馬のタテガミのようで前髪は特に長く、どちらも口元しか見てとることができない。


「ありがとう、ゴズとメズ。変わった客人は来なかったかな? 」


 もちろん、二人が梓の問いに答えることはない。そんな暇はないのだから。荒涼とした真っ暗な闇の中で、ゴズとメズはこの世とあの世の狭間に立ち、巨大なこの門を守り続けている。


 今、門の前には梓が一人で開門を待っているが、実際、別の次元空間では他の魑魅魍魎がそれぞれ、ゴズとメズの厳正な審査を受け、追い払われたり、門の中へ入ったりしている。


 暇そうに見えても、ゴズとメズは常に忙しいのだ。


「では、入らせてもらおうか」


 およそ門というには、あまりにも大きすぎる扉だが、ゴズとメズは指先一つで、音も立てずに軽やかに開いた。


 同時に梓は、かぶっていたハットについていた小枝をつまみ、マジックでも見せるかのように、つまんだ小枝を軽く振り下ろすと、それは立派な樫の木の杖に変わった。


「あの子もまだあちらの世界にしばらくいるわけだし、今日はお前が頼りだ」


 よろしく頼むぞ、と杖に優しく声をかけると、杖は応えるように内部から暖かい光を灯した。


 門が開き始めると、辺りの暗闇もゴズとメズの姿も差し込む光の中に消えていき、完全に開ききれた時には、闇どころか、それは明るい陽だまりの中にいるように明るく、小鳥のさえずりが聞こえてくる穏やかな風景が広がっていた。


「いつ来ても、ここは素晴らしいなあ」


 梓はそう言うと、晴れやかな顔で光の中へと消えていった。梓の背後にあるはずの門はなくなり、梓の全方位を緑の絨毯で敷き詰める草原が広がっている。


 梓は持っていた杖を自分の胸くらいまで持ち上げ、地面にストンと落とす。すると、一人の少女がぴょこんとお辞儀をしながら梓の前に現れた。


ぬし様、お帰りなさいまし。今日はお早いお戻りで」


「お留守番はちゃんとできたようだね。では行こうか」


 二人は並んで、緑の中をくねるように続く一本道をゆっくりと並んで歩き始めた。


 梓は腕に龍の形をした腕輪を持っていたが、この少女は首に小さな龍をチョーカーのように巻きつけている。彼女の龍は、その小さな頭を持ち上げてみたり、尻尾の先を動かしている、生きた龍の子供だった。


「落ち着きがない子だな。火を噴くようなことはさせるなよ? 君が怪我でもしたら大変だ」


「この子? ちょっと眠いだけだと思うの。それより」


 少女は梓の白いシャツの端っこを子供のように引っ張ると、梓を見上げて言った。


「拓海様はどうしておいでかしら? もう、カノコより大きいのでしょう? 」


 シャツの裾を握って離さない少女、カノコの小さな手を梓はシャツから離させると、しっかりと手をつないでやった。年の頃は十歳くらいだろうか。


 二人は緑豊かな草原の中をくねくねと下っていく。梓のもう一つの屋敷へと。


「そうだなあ、拓海には会ってないから分からんが、あちらで楽しく過ごしているようだったよ。お前も、行ってみたいか? 」


 カノコはそれを聞いて目を輝かせた。以前から、扉の向こうに行ってみたいとずっと思っていたのだ。ただ、カノコはあの扉を超えられるほどの高位の存在ではない。


 もしも、扉の向こうへ出てしまったなら、きっと体は燃えて灰も残らないだろう。


「でも行けない。カノコはこの子を育てなくちゃいけないし、色々と忙しいのだもの」


 首に巻きついた小さな龍の背中を人差し指で優しく撫でながら、呟くように梓に言った。梓はこの小さな少女と少女から離れない龍の子供のことも守ってやりたいと思った。


 中年の男と少女が手を繋ぎ歩く姿は、どこから見ても親子そのもの。拓海が見たら泣いてしまいそうだ。


 二人は足元から風が強く噴き上げる場所で止まった。そこは断崖絶壁。大地が大きくえぐれて、底が見えない深さが崖の高さを示している。


「毎度、人の身にここはこたえるね。ゾッとするよ。背筋が凍るとはこのことだな」


ぬし様は何度も飛び降りているのに。きゃあ! 」


 梓は綿毛の様に軽いカノコを抱き上げると、そのまま七色の光が渦巻く中へ飛び降りていった。


 カノコは右手を梓の首に回し、至って冷静だ。空いている左手は梓の帽子が光に巻き上げられないように、しっかりと押さえてやっている気の回しよう。


 一方、どうやっても慣れないバンジージャンプで顔面蒼白の梓は、飛び降りている間ずっとカノコにしがみついていた。樫の木の杖は強い光を放ったまま、まるで意思を持って二人を守るように共に落ちていく。


「さあ、着きましたのよ、ぬし様」


 二人はどのくらい落ちたのか、やっとの事で地に足がついた。カノコはゆっくりと梓に降ろしてもらうと、少し駆け出して振り返った。


「菅谷に注文しておいた華を取りに参りましょう! 」


「ずいぶん待ったが、やっと入荷したんだな」


 カノコはそれは嬉しそうに梓の元へ戻ってくると、幾分はしゃいで大きくうなずいた。宙に浮いていた樫の木の杖は役目を終えたように、その場にストンと落ちた。


 杖を梓は拾いあげ、眼前に広がる城下町を指差して言った。


「さてと。これで拓海も入城する資格を得るということだ」


「ああ、お会いするのが楽しみなのです! 」


 小さなカノコの頭をポンポンと梓は優しく叩くと、梓を見上げるカノコの瞳には表情が読み取れない梓の顔が映っていた。


「そうだなぁ。一回、死んでもらうんだけどねぇ」

読んでいただきありがとうございます。

優しそうなお父上が恐ろしいことを言ってましたが。。。

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