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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第三章
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第18話 十三歳

 朝が来た。昨日の真夏のような暑さが和らぎ、窓から心地よい風が吹き込んでくる。


 夏樹は誰よりも早く目覚め、忍び足で台所へ向かった。拓海は着替えもせずに、眼鏡もかけたままソファで眠っている。


ーーあれ、誰か台所にいる? 


 ぼんやりと思っていると、ガシャーンと皿を床に落とした音に飛び起き、台所へ行ってみると、そこには見知らぬ少女がTシャツ一枚で立っているではないか。


ーー改めて見ると、これは……。


「ご、ごめん。朝ごはんを作ろうと思ったんだけど……お皿、落としちゃった」


 もう女児とは言い難い、思春期を迎えたばかりの女の子がいる。Tシャツだけの姿で台所に立たせるなど、拓海にはまだ早すぎる。


「き、気にしなくていいよ。俺が片付けるから……ああ、そうだ。部屋のどっかに紙袋置いてあるから、その中の服を着るといいよ。昨日、淳之介の妹の服を借りてきたんだ」


 眼鏡をクイッとあげると、夏樹を見ずにしゃがみ込んだ。床に散らばった皿のかけらを、ひたすら拾い集める。


 夏樹も顔を赤らめると、無言で拓海の横を素早くすり抜けると、言われたとおりに部屋の中に置かれた紙袋を探した。


 見た目年齢が近づいてきたことで、お互いを異性として意識し始めている。しかも、拓海は夏樹の二度目の生が長くないことを知っている分、どんな顔でどんな風に夏樹に接したらいいのか分からないでいた。


 同じ部屋の中に一緒にいると息が詰まりそうになり、初めて夏樹から離れたいと思った。


 一方で、初恋だった女の子が半裸状態で自分のすぐ手の届く場所にいるかと思うと、思春期のピークを過ぎたとはいえ、男の子としての本能は抑えがたい衝動に駆られているのも事実。


 夏樹は見事な猫目の女の子として成長を遂げており、一度も飼ったことのないが、猫をこよなく愛する拓海には、夏樹の成長は眩しすぎた。


 そんな浮ついた気持ちと同時に、この子とはもうすぐお別れだよ、というもう一人の自分の声がする。


 掃除機を取ってくると言いながら、いつまでも欠片を拾っている拓海の背後から夏樹の声がした。拓海が恐る恐る振り返ると、夏樹は淳之介の妹、文乃あやのから借りたコットンのワンピースを着て立っていた。


「いいじゃん」


「うん……ありがとう」


「あー、帰ってきたら、俺、掃除するから……そのままにしておいて」


 夏樹を背後に感じながら、拓海は振り向きもせず、台所にあった新聞紙に拾い集めた欠片を包むと「学校に行ってくる」と身支度を始めた。


「うん……」


ーー夏樹はもっと元気が良くて、声もでかくて、怒ったり、笑ったりする子なのに。俺のせいか?


 夏樹がたった一晩で小学生が中学生に成長したことを思うと、その成長速度に二人が戸惑い、お互いの距離感がつかめずに、良い対処法が思いつかないのも仕方ないこと。


 とは言え、拓海は学生という隠れ蓑を武器に逃げることができるが、夏樹にはどこにも逃げる場所も拓海以外は頼れる相手もいない。


 そんな相手を受止めるには、拓海もまだ幼すぎる。


 多くは望まない、でも、せめて自分がこの世に再び生を受けた、確かな理由が欲しいと夏樹は思った。拓海はその答えをくれるだろうか、それとも自分で探しだせるのだろうか。


 誰もいなくなった部屋の中にいるだけでは答えが得られるはずもなく、夏樹は繰り返し自問自答を繰り返しながら、ただ部屋に一人で帰りを心待ちにしていた。


 夏樹と暮らし始めてから、拓海は病欠を返上し授業に参加していたが、逃げるように家を出るのは初めてのこと。


 そんな拓海が通う大学は可もなく不可もなくといったところか。


 香から離れることなく自宅からバス一本で通えること、何より、母子家庭の拓海には大学独自の奨学金制度で、授業料を出世払いする教育ローンを組めることが、受験の動機としては一番大きかったと言える。


 人付き合いの苦手な拓海に、香は無理に大学に行かずとも、何かしら生きていく術はあるのだから、と言ってくれた。


 だが、無難な生き方をしてきた拓海にしてみれば、自分で何とか人生を切り開いていくような自信はないし、自分探しをするほど夢を見ることもない、という変な自負があった。


 拓海なりに考えた結果、自分には大卒という資格は必要だと判断して受験を決めたのだった。


 夏休みに入る前には、近々、前期の試験ウィークがやってくる。つまりのところ、休んでばかりはいられない。


 それに、こうしてバスに揺られ目を閉じていると、何もかも少し前の日常に戻ったような安らぎを、拓海は密かに感じていた。


 しかしながら、一時いっときの休息の場所とも言える、このバスに乗っているのは何も拓海だけではない。


『何故、お前がここにいるんだ? クニヌシ』


『霊体化しているのだから無賃乗車ではないぞ。お前が心配で』


『まさか!』


 教科書が入っているはずのリュックの中身を調べてみると、そこにあったのは、クニヌシが愛用中の白い無地Tシャツに短パンにビーサンだった。


『用意がいいじゃないか……』


『お前という子は本当に賢いな』


 結局のところ、クニヌシは本来の目的であるはずの人探しを全く実行していないし、焦っている様子もない。こうして、拓海が出かけるところには必ずと言っていいほど、一緒についてくる。


 この世での生活を存分に味わっているのは、夏樹でも誰でもない、クニヌシ本人のようだが、本人曰く。


「戦術を変えただけだ。俺は必ず探し出すという強い信念で、ここにおるのだ」とのこと。


 時代錯誤な言い回しにも拓海は慣れた。時々、自分を我が子のように愛でる眷属を鬱陶うっとうしいと感じることも少なくない。


 真面目に答えないことにイラっとすることもある。が、そんなクニヌシがいつも側にいることが、いつの間にか日常となりつつある。


『そう、俺は拓海の癒しとなろうぞ』


『心を読んだのか!?』


 このように取るに足らない二人の掛け合いのおかげで、時間はあっという間に過ぎ、バスはキャンパス前の停留所に到着したのであった。

読んでいただきありがとうございます。

拓海は大学生なのに、ずいぶん学校に行っていないことお詫び申し上げますm(_ _)m

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