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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第三章
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第17話 四つの赤い玉

「ただいま〜」


 玄関から聞こえる拓海の声に呼応するように、待ってました、とばかりにモノカミがうようにクニヌシたちの前に現れた。


 双子は神社で霊力を補給しながら、人としての営みを継続できるが、モノカミはクニヌシからしか得ることができない。よって、一日中、現世に放り出されていた彼の力はすでに限界を迎えていた。


「楽しかったですかぁ? 僕はね、なっちゃんをもう制覇したも……同然ですよ。っていうか、実家に帰らせていただきます」


 モノカミの疲弊した姿を夏樹が心配している様子から、留守番の間に二人は仲良くなったと見える。クニヌシがモノカミを背負ってやると、気持ち良さげに目を閉じ、クニヌシを通じて勾玉の中へ戻っていった。


 その後、夏樹が廊下の先でよろめいた。


 拓海は慌てて駆け寄り手を差し伸べたが、夏樹は無言で大丈夫だというふうに、その手をそっと退けた。


 クニヌシは夏樹の変調を察し、琥珀色の勾玉から再度モノカミを呼び出した。が、反応なし。クニヌシは今度は翡翠の勾玉の表面を擦った。


 人で言えば20歳を超えたくらいの青年が現れた。


「モノカミが駄々をこねてしまって。申し訳ありません。私が承りましょう」


「お前ほどの男に頼むことではないのだが、急を要する。スクナヒコよ、一つ頼まれてくれ」


「承知」


 拓海はぐったりと動けないでいる夏樹の額に、熱を測るように自分の額を当ててみる。


 夏樹の肉体は、見た目も手触りも人のそれとなんら変わりないが、痛覚もなければ、快楽を知ることもない、ただの入れ物に過ぎない。


 入れ物は常に冷んやりとしていた。


 拓海は初めて見るクニヌシの使いに、自然と抱きかかえていた夏樹を差し出した。病人でもなければ死人でもない夏樹を、どうこうできる術を持たないのだから。


 スクナヒコと呼ばれた男の長い髪は、勾玉と同じ乳白色の柔らかい緑色をしており、引きずるように長い真っ白なローブを着用している。


 男は細くしなやかな指で、夏樹の額から輪郭をなぞると、今度は喉から胸元まで手を下ろしていき、クニヌシの方へ顔を上げた。


「頃合いということか?」


 クニヌシがスクナヒコに尋ねると、いかにも、と答えた。


「拓海、夏樹がこちらへ来る際に、お前の手のひらには五つのぎょくがあったはずだ。今は四つだな」


「ああ……モノカミが絶対になくすなよって言ってた玉だろ?」


 スクナヒコは目を閉じ、口元に人差し指を持ってくると、ゆっくりと息を吹きかけた。  


 すると、机の中にしまってあった赤い玉の一つが引き出しをすり抜け、スクナヒコの胸元あたりで止まり、ストンとスクナヒコの手のひらに落ちた。


「あの赤いぎょくは夏樹を生かす源。すでに体が悲鳴を上げておる。これから一粒、夏樹に与えるが良いか?」


「もちろん……」


 スクナヒコは手のひらに落ちた赤い玉をつまむと、吐息も小さくなった夏樹の半開きの口の中にそっと放り込む。赤い玉が口の中から喉を通り、胸のあたりで玉が中で膨らむように大きく赤く光った。


 夏樹の目が大きく見開かれた。痛みを伴うのか、うっと苦しそうな声を上げたが、すぐに治まり夏樹は拓海を見上げ、力なく微笑んだ。


 スクナヒコは軽く拓海に会釈をすると、クニヌシの背後に回り両腕を絡め、そのままクニヌシの中へあっさりと消えていった。


「夏樹は今夜にでも成長するだろう。とは言っても、すぐに大人になるわけではない。せいぜい、三つくらいか」


「じゃあ、死んだ時の年齢をこれで超えるってこと?」


「そういうことだ」


 拓海が抱いていた夏樹をクニヌシが持ち上げると、未だに狭苦しいままの部屋の中に連れていった。


 その間、拓海は疑問が浮かぶ。

 実際には浮かんでいた。


 頭の中でうやむやにしながら否定していた。


 スクナヒコが夏樹に飲ませた赤い玉の残りの数と、あの赤い玉は夏樹が生きる上で必要な要素だという、この二点が示す現実を。


「なあ、クニヌシ。赤い玉は残り三つだ。夏樹が蘇ってから約三週間で一つの玉を必要とした。つまり、夏樹の命はあと九週間ほど、ということになるが合ってるか? 」


 クニヌシはベッドの上でぐっすりと眠る夏樹の顔を見つめながら、ゆっくりとうなずいた。


 そう遠く無い未来に、夏樹が再びこの世から姿を消してしまう現実。遠い未来まで思い描いていた夢は、目の前で見せつけられ、手に入れる前に粉々に破壊されてしまった気分だった。

読んでいただきありがとうございます。

これから少しづつ伏線を回収してまいります。

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