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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第二章
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第14話 白鳥神社にて

「あ、ええ。ここらで新しいジャンルに……挑戦してみようか、と」


 淳之介の小説も、またネクストステップへと階段を一歩登ったところだったが、そこへ神社の長い石畳を上がってきた者たちが約二名。


 忌々しそうに、まだ少し残っている道の先を見ながら、拓海は黒縁眼鏡を取りさると額の汗をぬぐった。木漏れの中といっても、道中の体感温度は三十度を超えているように感じた。


 一方、クニヌシは、鳥居をくぐる前に霊体化しようとしたが、拓海に服を脱ぎ捨てるな、とこっぴどく叱られ、致し方なく拓海と並んで登っている。


 なんとか二人が登りきった先には、右へ左へと行ったり来たりしている浅葱色の袴が二人の視界に入ってきた。


「うーん、電話で説明するのは難しいですね……いや、違いますって! BLとか、そういうことじゃなくて……」


 双子の良からぬ構想のせいで、まさに淳之介は執筆中の人気タイトルシリーズの今後の方向性について、担当編集と話しているところであった。


 淳之介は、ゆくゆくは白鳥神社の宮司になる予定だが、このご時世に副職があれば、この神社の存続にも貢献できると考えた。


 著者として公表しているプロフィールでは土地神のナギから何か面白いお話聞かせて、と可愛くせがまれたことがきっかけ、と答えている。


 世間様では、なりきってる、痛い、などネタとしてか受け取られていない。


「お主。淳之介だな?」


「あ、はい。ちょっと掛け直してもいいですか・ええ、分かっています……では後ほど」


 拓海たちを見て驚いた淳之介は、電話を切った。


ーーこの人だったのか。


 肩で息を切らしているクニヌシはTシャツに短パン、ビーサンというコンビニ帰りのような出で立ちながら、淳之介はただ者ではないことを感じ取った。


 実体化しているとはいえ、クニヌシの有り余るオーラは鳥居をくぐった瞬間に、淳之介のアンテナには既に引っかかっていた。


 人にしてはあまりに強すぎるものを感じた淳之介は、わざわざ母屋から境内に出てきて、出版社と電話していたのだ。


「失礼ですが。どちら様でしょうか?」


「クニヌシという。ユリアとウララから話は聞いておるぞ」


「なるほど。初めてお目にかかります。淳之介です。ご案内しますので、こちらへどうぞ。お二人は母屋の奥で……ゆっくりされているはずです」


 クニヌシは悟ったように、こう言った。


「苦労をかけてすまない」


 淳之介は「いえいえ」と片手を振って、ちらりと拓海を見た。


ーークニヌシ様と一緒だということは、やはり、橘くんも見えるたちだったんだな。


 淳之介は二人を涼しげな顔で母屋へ案内した。


 時々、拓海が祠の前にいることは知っていたし、小学校時代に学校中を幽霊騒ぎでパニック事件を起こした拓海の言動と、クニヌシとはまた違うオーラを当時から放っていた存在は、淳之介にとっては注目の人物だった。


「橘、くん、ですよね? 菅岡小学校の時、学年は僕が一つ下で」


 母屋の廊下を渡りながら、今しがた思い出したように、淳之介は後ろに続く拓海に尋ねた。


「ああ、お前、淳之介だろ。覚えてるよ、俺も」


ーー雰囲気、変わったなぁ……。もっと臆病で大人しい印象があったけど。


「見事な牡丹だ。淳之介、お主が育てたのか?」


 クニヌシの指先には、先ほどまで蕾だった白い牡丹がいつの間にか開花していた。というより、クニヌシが現れてから咲き誇るように、その花弁を開いたと言った方が良いだろう。


「あ、ええ‥…」


ーー花の自己主張が半端ないな。さすがだなぁ。


 拓海は家に置いてきた夏樹のことが心配になったらしく、「やっぱ帰る」と、廊下を引き返そうとしたが、クニヌシは牡丹に負けない華やいだ笑顔で「そうはいかんぞ」と拓海の手を強引に繋いだ。


 必死にクニヌシにあらがい帰ろうとする拓海を見て、淳之介は確信を得た、というようにポロリと声に出てしまった。


「これは神からの啓示……その線で行こう」


 訪問者の二人には何のことか分からなかったが、追求することもなく淳之介の後に続いた。三人の男たちがぞろぞろと廊下を歩いている間、既に向こうから双子の楽しそうな声が聞こえてきた。


「ではお姉様。双子は主人公ではなく、ストーリーテラーとしての役割を果たすというのは、いかがでしょう? 」


「その視点、いただきますわ!」


「失礼いたします。お二人をお連れしました」


 淳之介は敷居の手前で座り、部屋の中にいる姉妹に声をかけると、引き手に手をかけ障子を少し開ける。


 部屋の奥でくつろいでいた双子は、淳之介がわずかに開けた障子の隙間から見えた、神の眷属としての威厳も何もないクニヌシと、帰りたそうにイラついている拓海に向かって微笑んだ。


 淳之介は障子の枠に両手を移動させると、幼少期から躾けられた作法にのっとり、二度に分けて障子を開け、客人たちを部屋に案内した。


 部屋は残念なことに、淳之介が書いてきた数々の小説が畳の上に散乱している。理由は言うまでもない。淳之介は何事もなかったかのように、双子の視線を無視し、冷静に本をテキパキと拾い上げ片していった。


「仕方ないわ。ヌシ様のご到着ですもの。さ、ヌシ様、こちらへ」


「お前たち、ここで何をしておるのだ? 夏樹はさっき生まれたぞ」


「あら! 何ということでしょう。立ち会えずに申し訳ありません」


ーー夏樹? あの多賀たが夏樹? いやまさか……でもこの人たちなら。


 部屋の隅に本を積み上げていた淳之介は、自分の耳を疑った。この街に住む者であれば誰でも知っている陰湿な耐え難い事件だったことで、夏樹と言えば、それしか思い当たらないからだ。


「クニヌシ様、今、夏樹と言われましたか? まさか……多賀夏樹、のことですか?」


 一同、静まり返る。


「これは失態。……淳之介に内緒にしておくのは難しいか。拓海、ここは全て話そう」


「そう、だな。後で成敗されても困るし……」


 元を辿れば土地神だったと言われている祖先の力を色濃く受け継いでいる淳之介に、夏樹の存在を理解してもらうことは、拓海にとって大きな助力になると判断した。


 クニヌシは先日までの話を、簡潔に語って聞かせた。


「そうでしたか。それでユリア様たちが……合点がいきました。ですが、ずいぶん大それたことをされましたね」


「全てを理解した上でのこと。拓海が事の重大さをどこまで理解しておるかは分からんが」


 分かってるよ、とクニヌシに食ってかかる拓海をよそに、淳之介は軽く一礼するとスクッと立ち上がり、拓海に自分についてくるように言った。


 クニヌシは行って来い、と拓海を立たせて廊下へ追いやった。


 来た方向と反対に歩き始めると、一番奥の部屋の前で淳之介は立ち止まった。


 薄暗い部屋の中は、日常の雑多をしまった物置となっているようだ。淳之介はその中でも積み上がった衣装ケースを床の上に並べると、一つ一つ丁寧に開けていく。


 その中に、女児の服が入っているケースを見つけ、部屋を見渡していた拓海の前に置いた。


「僕の妹、文乃あやののことは覚えていますか? もう15歳になりました。これらは寄付をしようと残していた、文乃あやのが着ていた服です。よかったら使ってください」


「ありがとう。いいのか? 勝手に服を持ち出したりして」


「構いませんよ。文乃あやのには小さくなった服ですから、もう着ることもありません」


 淳之介は部屋に置いてあった紙袋の中に、今の夏樹には少しばかり大きいと思われたが、持てる分だけ服を詰めていった。


 天女のような浮世離れした双子の姉妹といい、突然現れたクニヌシといい、高位の霊的存在を自然に受け入れる淳之介を見て、これが彼の日常なんだと思うと、年下の淳之介に敬意を持たずにはいられない。


 その熱い視線に気づいた淳之介は手を止めると、拓海につかさず言った。


「僕はクニヌシ様と橘くんとは違いますので……」


「え‥…」


 その後、淳之介が用意したささやかな酒宴が賑やかに夕刻まで続いたが、淳之介は夕拝があるからという理由で、四人を部屋に残し、そそくさと本殿に行ってしまった。


ーーあの人たちは、いつになったら帰ってくれるんだろうか。

読んでいただきありがとうございます。

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