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常世の国のシトラス  作者: くにたりん
第二章
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第11話 女児降誕

 外部の喧騒もなんのその、女児は変わらず穏やかな表情でぐっすりと寝ている。


 双子はこの家に絹もなければ、買う金もないと分かると、人の子に着せる服はこの世であつらえる他あるまいと言って、二人して部屋を出て行ったのは、つい先程のこと。


「クニヌシ、一ついいか?」


「もちろん」


 クニヌシは一日に一回、玉に両手を当て、内部を常に浄化している。


 夏樹が生まれ出てくる前に、万が一にも悪い部分が少しでも復活することがあれば、煉獄の炎も消えた今、あっという間に玉の中の夏樹は、死後の世界でのおぞましい姿になり果てるかもしれないというのだ。


 だからこそ、今もクニヌシは浄化に精を出している。


「仕事中に申し訳ないんだけど」


「構わんぞ」


「あの二人、仕事するって言ってたよね?」


「ふふ、面白いだろ、あの双子は」


ーーそこじゃないよ。面白いけどさ。


 双子が長い衣を無駄にキラキラさせながら姿を消した後、拓海はネット通販のサイトを回遊していた。画面に映るは、子供服をカタログである。


「あの姉さんたちなら銀座とか六本木あたりを歩いてれば、すぐにスカウトが来て、バンバン太客ふときゃく捕まえて稼げそうだけど、仕事は当てでもあるのかな?」


「中は完璧に清浄だ。で、あの双子の何が心配なのだ?」


「いきなり外で実体化することだよ。この現代社会では、それは立派な犯罪。この世では痴女と呼ばれている」


 浄化を終えたクニヌシが隣へやってきて、画面を覗き込む。


「ほう、色々あるものだな。この獣の絵がついた上衣もいいのでは?」


「女児の服より、姉さんたちのことを心配しようか」


 小熊のイラストが可愛いカットソーを指差すクニヌシを完全無視。ネット通販の画面を閉じると、椅子を回転させてクニヌシの方に向き直った。


「拓海は、白鳥神社の入り口にある祠を知っているだろう?」


「ああ、それが何?」


「祠におるのがナギ。この土地を預かるものであり、双子の姉様のようなものだ。二人はそこに行ったと思われる」


ーーナギはあんなに可憐なのに、あの下世話な双子の姉ちゃん、だと。


「あの祠を代々守り続けている一族の元を辿れば、ナギも登場するのだ」


「白鳥家には神様の血脈があるってこと? 」


しかり。あの神社を奉務しておる白鳥家だが、もとは神職ではない。武家であったと聞く」


 元祖は武家だったと聞いて、俄然がぜんと興味が湧いてきた。


「その昔、白鳥家の長子が諸国の旅帰りのことだ。乾いた喉を潤そうと、道から外れた小川に下っていった。そこで美しい女人と出会った」


「テンプレだけど、男子なら一度は憧れる出会いだな」


「二人は互いに一目惚れし、そのうち男、次は女が生まれた。だが、美しい女人は人の姿で、この世に留まり続けることが出来ずに、しばらく男と子供達と暮らした後、人間として亡くなったそうだ」


「白鳥家がその血脈があるってことは、あいつもやっぱり見える奴だったのかな……って何してんの?」


 壮大な絵巻物語の要点だけを話し終えたクニヌシは、右手に自然解凍させた冷凍枝豆を乗せた皿、もう片方に酒瓶とグラスを器用に持ち運んできた。


「お前も飲むか?」


「いや、俺はいいや。昼間っから飲むなよ」


「酔ってみるのも一興。介抱してやるぞ」


「そういうのは、もう! いいーから!」


 昼前だというのに、クニヌシは嬉しそうに日本酒を小さなグラスに注いだ。


「よし、話の続きだ。白鳥の今の長子ちょうし、淳之介が母親の腹におる頃から、双子がしょっちゅう神社に行きたがって困ったものだったが、久しぶりに霊力のある子が現れて、双子も嬉しかったのであろう」


ーー淳之介か。


 クニヌシはテーブルにあったリモコンを片手で掴むと、ボタンを押してテレビをつけた。


 拓海は眼鏡のブリッジを中指ですっとあげ、テレビの前で寝転んでくつろいでいる、大きなニート神を呆れ顔で眺めている。


 テレビのチャンネルを次々に変えては、つまらなそうにしながらクニヌシは拓海に向かって言った。


「心配ない。あの一族は俺たちのような存在を理解しておる、と双子が言っておったわ」


「あんな派手な巫女、見たことないけどな。それとさ」


 拓海が言いかけた時、それまで静かだった玉がぽこぽこと音を立て、無数の泡が玉の内部を覆い始めた。ゴボっという大きな音と同時に、拓海は驚いて椅子を立ち上がったが、何をしていいのか狼狽うろたえるばかり。


 クニヌシは持っていた枝豆を放り捨て、霊体化すると、琥珀色の勾玉からモノカミを呼び出した。


「ちーす」


 勾玉から光と共に現れたモノカミは、なんだか少し偉そうな顔をして、拓海をちらっと見た。


「おお……」


 拓海は憑依される前後は夢現ゆめうつつな状態でモノカミのことは、ほとんど覚えていなかった。こうして、陽の当たる明るい部屋の中で、生意気そうなモノカミの顔を正面から見るのは初めてと言っていい。


 思わず、拓海の口から独り言のようにポロっともれた。


「モノカミ……可愛い」


「だろ?」

 

 クニヌシは背後から現れたモノカミの頭を愛でるように撫でた。


 モノカミは二人の戯言ざれごとにも反応せず、玉の方へスタスタと歩み寄ると、藍色の髪を両手でかきあげ、両腕を上げガッツポーズ。


「ついに完成じゃないですか。待ちくたびれましたよ、クニヌシ様。仕上げといきますか」


「頼む。お前にしかできぬことだ」


 モノカミはクニヌシの言葉を聞いて、やる気を倍増し、"仕上げ"に取り掛かることにした。


 中を診断するように右手を玉の表面に当てていると、グラスに注がれたシャンパンの泡のごとく、内部ではシュワシュワと音がどんどん大きくなっていった。


 藍色の少年モノカミは、今だとばかりに作務衣さむいの袖をまくり上げ、露わにした白く細い腕をゆっくりと玉に突っ込むと、夏樹の無防備な手首を掴み、一気に引きずり出した。


 気泡でいっぱいだった玉は煙のように、フーッと上空に逃げるように消えていった。


 現世に完成させた作品を見て、モノカミは狂気にも似た喜びに満ち溢れている。へたり込む夏樹を見下ろし、笑いが止まらない。


 胸で息をしていたモノカミは膝を折り、夏樹の耳元にささやいた。


「お嬢ちゃん、どう? 話せる?」


 モノカミをにらみつけ、幼女が言い放った一言は、全員を黙らせるのに十分な威力を発揮した。


「最悪の気分よ! バカじゃないの!」

読んでいただきありがとうございます。

夏樹がこの世に生を受けました。でも、お世話係りの双子は神社で何をしているのでしょうか。

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