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07 新たな生命

 八歳になった。言葉もはっきりと話せるようになり、コミュニケーションの幅が広がった。


「髪の毛、伸びてきたなあ」


 髪型だけでも女の子らしくするよう母さんに言われた僕は髪を伸ばし始め、男の子のように短かった髪は肩の辺りまで伸びている。


この三年でそんな僕以外にも、色々な変化が。


「エール。そんなに鏡見つめてどうしたの?」


 まずは、僕を不思議そうに見つめるエルザのことだ。

エルザと出会ってから三年。彼女は結局、ハレヴィ家に居候しており、僕と同じ部屋で寝泊まりしている。初めの頃はこの黒い騎士達がこないか心配だったが、今だに騎士が家を訪ねてきた事は無い。


「いや、そんな大したことでもないよ。ただ髪の毛伸びたなーって」


「いい感じじゃない? アタシは前の男みたいな髪型より今の方が好きよ」


「へ……? あ、ありがとう」


 八歳になったエルザは、赤い髪を右半分だけ下ろした髪型をしている。この年齢にしては大人っぽい髪型だが、エルザこそ髪型がよく似合っていると思う。あくまで僕の主観での話だけど。


「って、尻尾出てるよ」


「家の中だからいいの」


 笑顔で口から小さな牙を覗かせたエルザは、僕がそう言うと尻尾を引っ込めた。悪魔の象徴である黒い羽と尻尾は出したり引っ込めたりできるらしく、引っ込めているときは何ら普通の人と変らない姿をしている。

尻尾がある分人間の服は窮屈だそうで、尻尾が出ても窮屈にならない短いスカートを好んで着用していて、その下には尻尾が出る位置に小さな穴の開けられたショートパンツを履いている為スカートの中のガードは固い。


 普段は出さないようにしているが、油断すると出てきてしまうようだ……街を歩く時は気をつけないと。僕らは良くても、周りの人からすればエルザは魔物。

嫌な話だけど、エルザを恐れる人もいれば、差別する人もいるかもしれない。


『おーい、2人共。ちょっと来てくれ!』


 下の階から大きな声が響いてきた。

この家は二階建てになっていて、一階には父さんの鍛冶場とみんなで集まるリビングにあたる部屋がある。

僕達が今居るのは二階で、二階にはオルガ・ティア夫婦の部屋と、子供部屋の二部屋がある。が、僕の部屋だった子供部屋はエルザが居候してから、僕とエルザの部屋になってしまった。


 何故呼ばれたのか、そこに何があるのか……それは一階に行けばすぐにわかるはず。




「おお、来たか! とりあえず俺について来てくれ」


 一階に下りるなり、父さんは僕とエルザに着いてくるよう指示をした。そこはかとなく嬉しそうな顔をする父さんの隣には、僕の二分の一程度の身長しか無いぽけーっと口を開けた小さな男の子が立っている。


「おはようビートっ。えへ、へへ……今日も可愛いわね」


 エルザが器用に尻尾をハート型にして飛びついたその男の子は、僕のように中途半端な髪色で無く母さんによく似た美しいブロンドの髪に、大きな深い青色の瞳を持っており、将来は男前に育つだろうと僕は踏んでいる。


「こらこら……ほどほどにしておけよ。まだこいつは小さいんだから」


 半泣きになりながらエルザに頬ずりされる男の子の様子を見かねたのか、父さんがエルザを制した。


 おそらく、これが一番この3年で変化したことだろう。そう――


「ビートもそろそろアタシに懐いてくれてもいいのになあ」


「もう、そんなことばっかしてるから懐かれないんじゃないの?」


「エールはビートと"兄弟"なんだから……その、生まれつき仲が良い様なものでしょ? アタシはそうはいかないのよ!」


 ――弟が、産まれました。


 名前はビート・ハレヴィ。

僕が六歳の時……エルザが居候を始めてから一年後に生まれた子で、わんぱくでとても元気な二歳児だ。

歩きだすのも喋りだすのも遅かった僕とは違い、ぐんぐん成長している。

まあ一つ言えることは、とにかく可愛いという事だ。弟がとる仕草を二十四時間中眺めていられそうなくらい、目に入れても痛く無いほど可愛いってやつかな。


「にーちゃん!」


 エルザに解放された弟はダッシュで僕の方へと駆け寄って来て、そのまま僕の後ろに隠れてしまった。

……うん、可愛い。


「だから、僕は兄ちゃんじゃ……その呼び方、誰から教わったんだ?」


 残念なところと上げると、どうやら僕の名前を兄ちゃんだと思っているようで、最初にお姉ちゃんと呼んだのは僕ではなくエルザの方だった。

なんというか、とても悔しかったね。エルザのことをお姉ちゃんと呼んだ最初の日は拗ねてエルザと絶交しようとしたっけ。

僕は兄ちゃんじゃない。というか男ですらない。


「ま、まあいいだろ? とりあえず外に」


 僕とビートが話していると、何故だか父さんが焦ったかのように僕に外に出ることを急かす。怪しい。


「この呼び方、教えたの父さんじゃないよね?」


「な、何のことだ……父さん馬鹿だからよくわっかんないな」


 僕がそう尋ね、ジーっと父さんの顔を見つめていると父さんの目が明らかに泳いだ。そして少しの静寂の後、舌を出し「てへっ」と、軽く僕に謝った。この人、謝る気はあるのか。


「じょ、冗談のつもりだったんだよ。ちょっとしたジョークのつもりで教えたら、本当に覚えちゃって」


 一歩後ろに下がった父さんを追い詰めるように僕も一歩前に出る。


「ゆ、許してくれたり……しない?」


 母さん直伝の脛蹴りを思い切りくらわせてやった。






「さあ、始めるぞ!」


 歩き方のぎこちない父さんに連れられて家の外まで出た僕は、そこに広がる異様な光景に首を捻らせた。


「……何これ」


 少し不機嫌な僕とエルザの目の前には、広大な草原に似合わない不自然に配置された机と椅子が二人分並べ置かれていた。その前には小さな黒板があり、ニコニコと笑顔の母さんがその脇に立っている。


「青空教室、ってやつだ。まあ、なんだ。とりあえず座ってみろ」


 寝てしまったビートを背負った父さんは、僕たちを強制的に椅子に座らせる。

聞くと、8歳にもなって一般常識を把握していないのは人間的にも、世間体を考えてもまずいそうで、父さん発案で僕達向けの授業を行うことにしたらしい。


「ま、父さんは勉強苦手だから何も教えられないんだけどな」


 そう言い高笑いした父さんは、よっこらしょと僕の隣に椅子を置き座った。


「もう、本当にあなたは……それじゃ、2人共、始めるわよ」


 父さんを見てため息をついた母さんは、父さんから目線を僕たちに移し、そう言った。

どうやってしっかり者で美人な母さんと、横着者でお世辞にもかっこいいとは言えない父さんが結ばれたのか……少し気になる。


「うげーっ」


 エルザは悲痛な声を上げると、目の前の現実から目を背けるように机に突っ伏してしまった。エルザの勉強嫌いは凄まじく、黒板を見ているだけでただならぬ眠気が襲ってくるらしい。


「あ、アタシ、ちょっとお腹が……」


「嘘つきなさい。引っかからないわよ」



 こうして、内心ワクワクしている僕と、今にも死んでしまいそうな顔をしたエルザの勉強会が始まるのだった。

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