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06 悪魔少女

 森から出て三十分くらい経っただろうか。父さんは未だに森から出てこない。心配だけど、無闇にまた入るのも危険だし……父さんの身を案じて待つ事しかできない。

道に座って父さんが出てくるのを待っていると、隣に寝かせておいた少女が目を覚ました。体を起こした少女は、思い出したように焦りながら自分の後頭部を触り、なんともなかったことに胸を撫で下ろしている。

何も無かったわけではないんだが、あまりその事には触れないでおこう。


「……きみが、あたしをここまではこんでくれたの?」


 僕に気づくと、上体を起こした少女は僕にそう尋ねてきた。


「え、えっと……」


 どう答えたらいいのかわからない。

説明する事が多すぎる。一つ一つ順に話そうと思った僕は、頭の中で情報を整理していた。

魔物にさらわれて、縄で縛られて……よくわからないけど、ロープが切れて脱出できたんだったな。あれはなんだったんだろう。


「あ、ごめんなさい! まずはじこしょうかいよね。あたしはエルザ。エルザってよんで。きみは?」


 エルザ……それが少女の名前らしい。地味な薄手の服とは逆に、派手で真っ赤な髪が特徴的だ。


「ぼくはエール・ハレヴィ。5さいだよ」


 自己紹介は丁寧に。

これが、今世で僕が実践していることの一つだ。やはり、友好関係を広げるためには第一印象というものは大事だろう。


「わぁ……エール、かっこいい!」


 僕の名前を聞き、目を輝かせたエルザは僕の腰に手を回し僕に抱きついてきた。


「たすけてくれてありがとう!」


 エルザは、僕の顔に頬を擦り付けてくる。女の子にこんなことされるとなんだか照れるな。かっこいい……か。そんな事、言われたことなかった。でも、僕が助けたわけじゃないから何ともいえない罪悪感に襲われる。


「……ル! エ……」


 ご機嫌なエルザに頬ずりされていると、何やら森の中から男の人の声が聞こえたような気がする……耳を澄ますと、その声はよりはっきりと聞こえてきた。


「エール、返事をしてくれー!」


 これは……父さんの声だ。


「とうさーん!」


 僕は森の中へ向かって大きな声で叫んだ。ようやく全てが解決したような、開放的な気分になる。


 ガサガサと森の中から大きな人影が現れる。森の中から姿を現した父さんは、泥と血で汚れていて何故だか身につけているのは下着だけだった。髪には葉っぱが数枚落ちている。失礼だが、不審者にしか見えない。よく見ると、布のようなもので包んだ荷物を背負っている。父さんは僕を見るなり、タックルでもするのかという勢いで僕に向かって走ってきた。


 父さんの姿を見るなり、エルザは僕の後ろに隠れてしまった。父さんが怖いのか、僕の服の裾をギュッと掴み震えている。


「よかった。よかった……!」


「だ、だいじょうぶだから。おちついて」


「本当にすまなかった! 許してくれとは言わないけど、せめて俺のせいで怖い思いをさせたことを謝らせてくれ」


 父さんは、綺麗なフォームでジャンピング土下座を決めた。……やり慣れているように見えるのは気のせいだろうか。


「ぼく、おこってるよ」


「わかってる。怒るのが当たり前だ」


「でも、ゆるしてあげる。まものにつかまったから、このこもたすけられたし」


 僕は僕の背中に隠れている少女を指差しそう言った。あそこに捕まったおかげって言ったら変だけど、捕まったからこそエルザを助けられた。危うく売られるところだったけど、人の人生を変えたんだ。自分を誇らしく思う。


「え、エール……なんていい子に育ったんだ……!女の子らしくて可愛い子だな」


 そう言うと父さんは、よっこらしょと立ち上がり、僕の方をチラッと見て、頬を掻いた。僕に何か言いたげな表情をしている。

じ、自分の娘に対して失礼な。僕だって自分が女の子なのはわかってるし、女の子らしくないのもわかってるけどさ……慣れないものは慣れないんだ。それに、まだ5歳だし。そんなに服装を気にしなくてもいいはず。


 エルザは僕の体と腕の間から目だけを覗かせ、父さんの様子を伺っている。かなり父さんを警戒してるみたいだ。


「あら、俺警戒されてるな……まあこんな格好だししょうがないか」


 父さんの言うとおり、髭面の下着姿の男を見て警戒しない人はいないだろう。

僕も目の前にいる人が赤の他人なら近づきたくもない。


「エール、まものよ」


「ま、まものじゃないよ。ぼくのとうさん」


「えっ、これが!?」


 信じられないといった顔で、父さんと僕の顔を比べ見るエルザ。確かに、僕と父さんが似てないけど……その言い方だと、父さんが傷つくんじゃないかな。


「うっ……い、一応父親やってます」


 父さんは苦笑いしながら頭を掻いている。


「エ、エルザです」


「ど、どうも」


 父とエルザの間に気まずい沈黙が流れる。僕の父親だということはわかったらしいが、エルザはまだ少し父さんを警戒しているようだ。


「な、なあエルザ……ちゃん、自分のお家わかる?」


 父さんは明るくフレンドリーに振る舞い、僕の後ろにいるエルザに話しかけた。


「……おうち、ないです」


 エルザは父さんにそう聞かれた途端、顔を落とし小さく暗い声でそう話した。少し、僕の服を掴む力が強くなるのを感じた。


「えっ」


 さらに気まずい空気になる。家が無いって、どういうことなんだろう。


「そ、そうだな……よし! ここで話すのもなんだし、とりあえず家へ戻ろう、エルザちゃんも一緒に。それでもいいかな?」


 パンッと手を鳴らしそう提案する父さん。


「う、うん……いいの?」


 父さんは、恐る恐る僕の背中から現れたエルザの言葉に快諾すると、すぐさま家へと歩き始めた。




 そして場所は変わり、自宅前。エルザを連れて家へ帰ってきた。自分でも、あんな事があってよく生きて帰ってこられたなと思う。


「おーい、帰ったぞー!」


 父さんがそう言いながら扉をノックすると、その向こうから急いで扉へと向かうドタドタという足音がした。

中から何かが転んだような音がしたが、気のせいだろう。


「あなたっ、おかえりなさい! いつもより遅いから心配で……」


 その扉が開くと、家の中から母さんが心底嬉しそうな笑顔で迎えてくれた。しかし、その母さんの笑顔は一瞬のうちに曇り、不審なものを見る目に変わった。


 母さんが扉を開けると、家の前に立っていたのは、パンツ一丁で泥と血だらけの髭男と、その髭男と手をつないだ我が子、そして知らない赤毛の女の子。母さんが状況を飲み込めず固まるのも無理はない。

そこで、父さんが事情を説明する事に。

僕とエルザは、事情を説明する前に父さんに隣の部屋に追いやられてしまった。


「エール、父さんはこれから母さんとお話しするから、な。話が済むまでこの部屋にいてくれ。絶対に開けちゃダメだぞ」


 この時の父さんは、覚悟を決めた悲壮な顔をしていた。これから、子供には見せられないようなことが起こるのだろう……そのための配慮に違いない。


 そして父さんは、パンツ一丁のまま母さんの待つ部屋へと消えていった。


「落ち着いて聞いてくれ……実は――――」






「――――ぶはっ!?」


 我が家の大黒柱のはずであるオルガ・ハレヴィは、頬をぶたれた勢いそのままに床に倒れこんだ。開けちゃダメだと言われたけど、これも人生経験だ。扉の隙間からその光景を見学する事にした。


「……たすけないの?」


「ここからたすけにいくゆうきはないかな」


 そんな僕達の目線の先には、床に倒れる父さんと、髪を逆立て鬼のような形相で父さんに説教する母さんの姿があった。


「今回はたまたま無事だったからよかったものの……一歩間違えばエールちゃんが死んでしまっていたかもしれないんですよ?」


 父さんに平手打ちした母さんの手はなにやらオーラのようなものを纏っている。

そういえば、父さんから母さんは魔法のスペシャリストだって聞いたことがある。そういえば、湯を沸かす時は火、洗濯するときは水、こんな感じでいつも魔法のようなものを使っていた。

二種類の魔法が使えるのはシグルス王国の出身ではなく、魔法が発達した国出身だからとかなんとか……魔力が漏れ出してくると、髪の毛が逆立ち始めるらしい。お怒りのサインだ。


「……その、浮かれてしまって」


 右頬を赤くした父さんは正座して母さんに謝罪している。普段は自由人な父さんも、怒った時の母さんには頭が上がらないんだな。


「で、でも……荷車は森の中探すのに邪魔だったから置いてきたけど、金はちゃんと持って帰ってきたぞ!」


 そう言うと、自分の隣に置いていた大きな荷物を包んでいる布をほどき始めた。あの布……父さんの着ていた服だ。荷物を服で包んだから、パンツ一丁だったのか。

布をほどくと、中からは高そうな金貨が沢山出てきた。剣を納入した分の見返りだろう。


 でも、今それを言うべきじゃない気がする。


「あなた……そういう問題じゃないでしょうっ!」


 そして、父さんの返答に怒りを爆発させた母さんのゲンコツが父さんに振り下ろされたのだった。




 それから一時間。

僕達は家のテーブルに集まり、エルザに話を色々と聞くことにしていた。僕の隣にエルザ、机を挟んだ僕の向かい側に母さんが、エルザの向かい側に父さんが座っている。


「エルザちゃん、家が無いって……どういうこと?」


 頭にコブができ、右頬を腫れさせた父さんが、優しくエルザにそう尋ねる。エルザは、俯き話し始めた。五歳の子にこんなこと話させるのはあまり好ましい事じゃないんだろうけど、聞いておくべきだ。


「にんげんに、やられた。おうちも、みんなも」


「……山賊か何かに襲われたのか」


 父さんが小さくそう呟く。魔物だけでなく、人も人を襲うのか……悲しい世界だ。


「ううん、くろいよろいのひとたちにやられたの」


「黒い鎧?」


 黒い鎧……鎧をつけてるって事は……いや、騎士は人を守る為の職。間違っても人間を襲うような真似はしないはずだ。


「きしは、ひとをおそわないんじゃないの?」


 僕は、疑問に思ったことを素直に口に出した。思ったことをすぐ口に出しても嫌な顔をされないのは、子供の特権だろう。


「……あたしが、ひとじゃないからかな」


 人間じゃない。

そう言うと、エルザは着ている布の服を脱ぎ始めた。その光景を見て、母さんが焦って父さんを向こうの部屋に追いやる。まだ羞恥心の芽生えてない5歳でも女の子なんだから、これくらいの配慮はするべきだという判断だろう。


「これって……羽?」


 母さんはそれを見て目を丸くした。

上半身を露わにしたエルザが、少し力を入れると、背中から黒い羽と、黒い尻尾が生えてきたのだ。羽毛と呼べるようなものは無く、僕が知っている動物でいえば……コウモリに一番近い羽が。

尻尾は犬のようなものではなく、細長いものだ。先端は槍のような形状になっている。


 僕はその光景を見て言葉が出なかった。


「あたし、あくまのこなの」


「あ、悪魔? 悪魔って……あの、デーモン?」


 母さんは、少し驚いたような顔をしたが、またすぐにいつもの顔に戻った。


「うん。だから、にんげんがたいじしにきたんだとおもう」


 エルザが言うには、悪魔"デーモン"は集団で行動し、村を形成する魔物の一種で、さっき僕たちを捕まえた緑色の肌の魔物"ゴブリン"よりもさらに高い知能を持つ魔物の上位種らしい。

そんなデーモンの村の存在を危惧した近隣の国が、討伐隊を結成し、エルザ達が住む村を襲ったそうだ。

そして最年少だったエルザだけが、仲間の手によって逃がされ、ひたすら走ってあそこの森まで逃げてきた……との事だ。


 だから、父さんを見て異常なほど警戒していたのか。

ん? なら、僕はどうして警戒されていないのだろう。


「エールは、あたしをたすけてくれたから……わるいにんげんじゃない」


 そう言うと、エルザは再び僕に抱きついてきた。そんなこと言われると、照れ臭いけど嬉しい。


 そんな僕の目の前で、母さんがブロンドの髪を掻き上げながら何か考え事をしている。


「うーん、困るわね……ここに住まわしてあげたいけど、どこかの国の騎士に追われているみたいだし」


 母さんは、エルザをこの家に居候させようとしているようだが、やはり騎士に追われている、というのが引っかかるようだ。僕も、もし騎士がここの家を襲ってきたら生きていられる自信は無い。


 でも、こんな小さい子を僕は放っては置けない五歳の子が、こんなに辛い思いをしてるんだ、元十八歳として今度は僕が人を助ける番だ。


「もし、そうなったら、ぼくがエルザをまもるよ」


 もし誰かがエルザを襲ってきても、僕が守ればいいんだ。


「よく言ったぞ我が子よ!」


 会話を盗聴していたのか、自分が隔離されていた部屋の扉を勢いよく開き、父さんが再び現れた。


「それでこそ俺の子だ。こうなったのには俺の責任だ。父さんも協力しよう!」


 腰に手を当て、僕にそう言う。「待ちに待った瞬間がやってきた」と、とても張り切っている。だが、右頬に手形をつけたままでは、何をやっても格好つかないと思う。


「あ、あなた――」


「うんうん。何も言わなくていい……これも罪滅ぼしだ。是非協力させてくれ」




「――まだエルザちゃん、服着てませんよ」


「……えっ」

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