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05 今世の夢

 薄暗い洞窟。ジメジメとした湿気。攫われた僕。


 僕、誘拐されました。父さんが僕から目を離した一瞬の隙に茂みの奥へ引き込まれ、口と手足を縛られた僕は、抵抗する術もないままにこの洞窟に運び込まれた。


 犯人は、父さんが言ってたような魔物と呼ばれる生き物。確か、ゴブリンって言ってたかな。小柄な僕よりも少し大きい程度、つまり五歳児の平均ほどの小さな体格をしており、頭には緑色の肌をした体相応の小さな角が生えている。

見た目こそ小柄で迫力に欠けるが、そこは魔物と呼ばれるだけのことはあるようで、丸太を軽々と運べるほど筋力が発達しているようだ。体格を考えると中々のパワーだろう。


 なぜ丸太なのかというと、今現在、僕の手足は細い丸太に縄できつく縛られているからだ。もちろんゴブリンが僕を捕らえるために作ったもので、身長の高くないゴブリンが作ったからか、地面からの距離はそう遠くない。背伸びすれば、僕でも丸太のてっぺんに触れそうなくらいの高さだ。ゴツゴツとした岩と岩の間に突き刺された丸太は、木槌で上から叩いて動かなくしていたので、僕が暴れてもまったく動きそうにない。

僕がここに連れてこられた段階では全くの未完成で、自分が捕らえられる為のステージの作成工程を縛られたまま一から見せられたのは、中々に複雑な気分だった。


 奴らの監視が薄い時を狙ってなんとか逃げ出せないものだろうか。と、最初は考えた。

でも、どうやらこの魔物は複数で集団行動をとっているようで、そう簡単には逃げ出せそうにない。ここにいるのだけでも七、八匹はいる。小さな魔物だからこそ、連携をとることによって大きな魔物に対抗できるようにしているのかもしれない。


「ちょっと、はなしてよ!」


 そして僕の他にもう1人、同じように魔物達に捕らえられている女の子がいた。燃えるような赤いロングヘアーに、少し吊り気味の目。服はボロボロで、僕とあまり歳も違わなさそうだが、何というかこう……どこかのお嬢様っぽいような気品がある、ような気がする。


「きーっ! あたしたちをどうするつもりよ!」


 少女は丸太に縛り付けられた手足を動かそうと、周囲に歯を見せ威嚇しながら体を左右に振り暴れている。

……お嬢様っぽいと思ったのは、一時の気の迷いだったのかもしれない。


「タ、ター……タベル!」


「へあっ!?」


 驚いたことに、この魔物は、片言ながらこの地域の言葉を発することができるらしい。返事が返ってくるとは思ってもいなかった少女は、素っ頓狂な声を上げ、驚きの表情で魔物の口元を見る。


「ぼ、ぼくたちをたべるつもりなの」


 恐怖で上手く声が出ない。それでも何とか絞り出した声で会話を試みる。


「ツ、モリ? ……タベ、タベル!」


 どうやら簡単な単語にしか反応しないようだ。恐ろしいことを言う魔物の姿を見まいと顔をそらすと、隅に転がる人骨らしきものがいくつか目に入った。

肉がまばらにこびりついており、おそらく少し前までは骨ではなかったのだろう。

生々しい死を近くに感じ、背筋が凍った。僕も、近いうちにこうなってしまうのだろうか。

危機一髪の場面で冷静さを失えば、死は確実なものになる。父さんが昔から言い聞かせてくれたことだ。

わかっている……わかっているんだけど、いざこういう場面になるとパニックを起こしそうになる。


「あー、あー。そこの人間、聞こえてるか?」


 洞窟の奥から頭に赤いバンダナを巻き、他のゴブリンの二倍くらいだろうか、大きな体格をした、いかにもリーダーっぽい同種族の魔物が出てきた。その赤バンダナは、他のゴブリンに後ろへ引くよう指示した。


「しゃべった⁉︎」


 驚きに次ぐ驚きだった。魔物なのに、流暢に人間の言葉を発している。やはり、こいつらの親玉だろうか?


「あの馬鹿共はお前らを食べるだの何だの抜かしてるが……大人しくしていれば、何もこの場で食い殺そうだとか思っちゃいない」


「じゃ、じゃあ、ぼくたちをたすけてくれるの?」


「おいおい、冗談。お前の親父のせいで、俺たちの仲間も犠牲になったんだ。仇の息子は仇。そうだろ?」


「そんなの……!」


「ああわかってる。息子として、責任を取りたいんだろ。心配するな、手筈はこっちで整えてやる」


 先に襲ってきたのはそっちじゃないかと言おうとすると、僕の声をかき消すようにゴブリンは立て続けに口を動かした。


「ゴブリンってのも大変でな。人間にはあまり知られてないが、俺のような知性を持ったゴブリン達の間にも、人間と同じように社会ってもんがあるんだ。もっとも、知性のあるゴブリンは少数だし、規模も人間と比べれば微々たるものだけどな」


 僕達に少しずつ近づきながら、ひとりでに話し始める。


「で、だ。社会が成立しているということは、当然貨幣も存在する」


「……? なにいってるのかわからないのよ! あたしにもわかるようにせつめーしなさい! はやく!」


 痺れを切らしたのか、僕の隣の子が結論を急ぐ。普通の五歳児には、とても理解できたものではないだろう。というか全く教養の無い僕でも難しい。


「人族ってのは、便利なもんでな。食料にしてもそれなりの量になる。骨は装飾品にもなるし器にもなる。苗床としても丈夫で、体格に優れた子供が生まれる。何が言いたいかというとつまりは……そう、いい金にもなる」


 その言葉の意味に気づいたときゾッと寒気がした。僕は、このゴブリンがしようとしていることを理解してしまったのだ。


「黒い髪の方は賢いな。そう、お前らを売るんだ。人間の子供は、一部の層に良い値がつくんだよ。そうだな……もう少しすれば、その丸太ごと市場に運んでやる。長生きしたいのなら、大人しくしてろ」


 赤バンダナはそう言うと、僕たちを運ぶ準備の為か、再び部下のゴブリン達を集めた。


「逃げようなんて考えるなよ。もうお前らの市場での番号は、気絶してる間に割り振らせてもらった。出品間近の商品ってことだ」


「そんな……」


 そう聞かされると、僕は絶望の底まで落とされたような気がした。自然と涙が出そうになり、上を向いてなんとか耐えるので精一杯だった。こんな魔物に涙なんか見せるもんか。


 リーダーのゴブリンは、部下達に木と……おそらくは人の骨であろうものを組み合わせて出来た悪趣味な桶を持って来させた。


「これでよしっ……と」


 桶には濃紺色の塗料が入っており、ゴブリンはそれを指で掬うと、動けない僕の服を首の下まで捲りあげた。そして塗料をつけた指で、僕の体に何かを描いていく。そのザラザラとした感触がとても気持ち悪く、より一層ここから逃げ出したい気持ちに駆られた。


「おぼえときなさいよ……ぜったいゆるさないから」


 悔しそうに魔物を睨む隣の少女も、同じように別のゴブリンに何か描かれていた。少女の上裸体を見るのも申し訳ないとは思ったのだが、自分が何を描かれたのかわからない今、現状把握のために見させてもらった。


 するとそこには、市場での番号と思われる文字がデカデカと上半身一面を使って書かれていた。一般的な数字ではなく、魔物の世界での文字なのか、人間には読めない独特の形をしている。文字や貨幣を使うほど、魔物の世界は発展しているようだ。ここからもし逃げることができたなら、少しだけ調べてみたいような気持ちもある。


 ゴブリンは仕事を終えて満足したのか、高笑いしながら準備のために一度洞窟の奥へと消えていった。


 何も抵抗できないのが悔しいけど、逃げるなら……今しかチャンスはない。ここで何もせず待ってたら、それこそ二度と父さんたちに会えなくなってしまう。


 でも……どうする? 僕たちを縛っている縄をどうにかしない限りは逃げることは到底不可能だ。僕は刃物なんて持ってないし、縄を焼き切れるような物も持ってない。抜け出そうと体をひねったり、もがいてみたりもしてみたが、縄が余計に食い込むだけで、一向に抜け出せそうな気配はしない。



 ――もう、どうにもならないのかな。



「ね、ねえ。そこのきみ! どうにかしてよ!」


 諦め気味に、項垂れて時が過ぎるのを待とうとして目を閉じた僕に、隣の少女がそう頼んできた。


「みんな、みんな……あたしをにがしてくれたのに! やだっ……やだよぉ……!」


 赤い髪を振り乱し、必死に抜け出そうとしている少女の目からは、大量の涙が溢れ出ていた。涙を見るのは……昔を思い出すし、あまり気持ちのいいものではない。


 感化された僕も、時間一杯までまで暴れてみることにした。縄を力でちぎることは出来ないだろうけど、何かの拍子にほどけるかもしれない。何もしないで終わるよりは、わずかな望みにかけたほうがいい。


「んーっ……!」


 縛られて縄と一体化している手に、限界まで力を込める。ただでさえキツかった縄の食い込みがよりキツくなる。


それでも、縄はほどける様子はまったくない。


 せっかく生まれ変わったのに、また親に悲しむ顔をさせなきゃならないのか。また、何も親孝行出来ないまま、大人になれないまま終わるのか。そんなの、嫌だ。

僕は、この世界で……今度こそ、……!



「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」



 半ばヤケになって僕は叫んだ。痛みを感じられるのも最後かもしれないんだ。どれだけ痛くても目一杯暴れてやる。


さらに腕に力を込める。すると、ブチッと何かが切れるような音がした。


――あっ、終わった。


僕の腕の何か千切れてはいけないものが千切れた。どこかの筋が限界を迎えて千切れてしまった。



そう思ったのも、つかの間の出来事だった。


「わわっ!?」


 丸太が突如拘束力を失い、僕はお尻から地面に落下したのだ。聞きなれない切断音に焦り、四肢に異常はないか確認したが、力を込めた右手と右足が熱を持っていること以外に異常はなかった。


「いてて……き、きれた?」


 丸太を確認すると、僕を拘束していた縄が真っ二つに切れていた。父さんが助けてくれたのかと思い、周りを見回したが、誰も周りにはいない。僕と彼女だけだ。よくわからないが、僕はとりあえず捲られた服を直し、隣に捕らえられている彼女も助けることにした。それにしても、今は一応女の子なんだけどな……あいつら、息子息子って……別に気にしてないけどさ。


「ほ、ほどけない」


 まずは女の子の足首を縛っている縄の結び目を解く。先に腕の方を外すと、最悪の場合丸太から離れた上体を支えられずに足首の骨を折ってしまうかもしれない。そうなれば逃げることなんて不可能になる。


 早くしないと……さっきの僕の叫び声でゴブリン達が来てしまったらそこでゲームオーバーだ。ヤケクソだったとはいえ、叫んだのは馬鹿な行いだったとしか言いようがない。


縄を解こうとしても、僕の力じゃビクともしなかった。そこから少しの間悩んだが、時間の残されていない今もはやもうこの方法に賭けることしか思いつかなかった。もしかするとさっきと同じ要領でいけるかもしれない、と。


「き、きれろぉぉぉぉぉ」


 物は試しだ。先程のようにがむしゃらに引っ張りながらそう念じてみた。


「……あれ?」


 ちょっと違ったか。正確にやらないといけないのかな。確か、右手に全身の力を伝えるように、そして目を瞑って……声も同じじゃないとダメか。


「う、うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 リピートのような再現度で叫びながら縄を引っ張ると、ブチっと僕がさっき聞いたのと同じ音がした。恐る恐る目を開けてみると、

足首の縄にも触れ、目を閉じながらそう念じると、やはり縄だけが真っ二つに切れてしまった。

丸太のてっぺんまで届きそうと言ったが、想像以上に自分の身長が小さかったので届かず、手首の縄は、丸太をよじ登ってから同じように切った。


「うーん、なんできれたんだ……?」


「あ、ありがとう!」


 何もわからないまま抜け出せたことに困惑していると、感極まった少女は僕に抱きついてきた。まだ小さい子とはいえ、女の子に抱きつかれるのは初めてだからか、その……照れるね。


「と、とりあえずここをでよう!」


 照れ隠しというのもあるが、今はこんなところで話している場合じゃないと説明し、抱きつく少女を体から引き離して、こちらも捲られた服を直させた。もう一度捕まって同じように抜け出せる保証はない。あいつらが帰ってくる前にここを抜けないと。


僕らは何かを考える前に洞窟抜けるために走り出した。こういう時は、走りながら考えるべきだと判断したからだ。

そしてしばらく走っていると、曲がり角が見えた。


「ニ……ニンゲン。ド、ドコイク!」


 その曲がり角を曲がると、運悪くあいつらの仲間と鉢合わせしてしまった。僕達を見つけ、急いで棍棒を取り出す。まだ殴られてはいないはずなのだが、自然と自分の頭に傷が無いかどうか触って確かめてしまう。


 早速魔物に見つかってしまった。それに相手は武器を取り出そうとしている。こんな時はどうする。どうすれば……!


「――うるっさいのよ、こいつ!」


 思いの外早くぶつかったピンチに慌てふためいていると、少女が先制攻撃を仕掛けた。魔物の頭目掛けて今の僕らが持てる最大限の大きさの石を投げたのだ。石は魔物の頭に直撃し、鈍い音と共に魔物は崩れ落ちた。


「ほら、いこう!」


 少女は、呆気にとられる僕の手を引っ張り再び走りだした。さっきまで僕がリードしてたはずなのに、気がつけば女の子が僕を先導している。この子……さっきまで泣きじゃくってたとは思えないほどの思い切りが良いな。



 しばらくすると洞窟を抜けた。運良くあの後ゴブリンには出会わなかった。


「ここは……」


 無我夢中で洞窟から飛び出ると、そこは見たことのない場所だった。

父さんと歩いていた道は、人の手によってある程度整備されていたが、この道は手入れもされず草が伸び放題で、僕や少女の目線からすると、もはやジャングルといってもいいぐらいだ。


 この先へ行ったら二度とここへは帰ってこれない……外にも出られないかもしれない。森で野垂れ死ぬかもしれないし、また別の魔物に殺されるかもしれない。

決断を渋っていると、後ろから魔物達の声が聞こえてきた。さっき石をぶつけた魔物が連絡したのだろうか。どうやら迷っている余裕はなさそうだ。


「あいつらがきた! はやくいこ……」


 僕が少女に声をかけようとした時、僕達の来た方向から木製のブーメランが飛んできた。


「ふぎゃっ」


 そのブーメランは少女の後頭部にクリーンヒットし、少女は気を失い倒れてしまった。ブーメランまで使うのか。


「ちがでてる……! いそがないと」


 ブーメランが直撃した少女の後頭部からは真っ赤な血が流れ出ていた。相変わらず血を見るのは苦手だ。普通の赤色とは違い、気味の悪い毒々しさを感じてしまう。


「せおっていくしかないか」


 僕は気を失った少女を背中に背負い、歩こうとした。


「んぎぎ……」


 が、情けないことに今の僕には女の子を背負って走れるほどの筋力はない。一歩一歩ノロノロと足を進めていくが、すぐに追いかけてきた魔物達に追いつかれてしまった。


「どうやって抜け出したのか知らないが、どれだけ逃げても無駄だ。子供の足ではこの森からは抜けられない」


 一歩、また一歩とゴブリンの集団が近づいてくる。


「それじゃ、一緒に来てもらおうか」


 親玉が棍棒を持ってゆっくり近づいてくる。僕もそれに従って後ろへ下がるが、この集団相手では、もう逃げられないだろう。

父さん、母さん……ごめんなさい。

僕はもうダメだ。


 死を覚悟した僕は、少女に覆い被さる様にその場で伏せ、目と耳を完全に塞いで現実から目を背けた。この方が、死への恐怖も少しは和らげられると思ったからだ。



「……あれ?」


 しかし、いつになっても棍棒の一撃が僕に振り下ろされない。それとも、何も感じることなく気絶させられ、実は今はもう市場かゴブリン達の胃の中なのではないだろうか。


 考えを巡らせながら、恐る恐る目を開く。



すると、そこにあったはずのゴブリン達の姿は、複数の緑色の死体へと成れ果て、代わりに白い鎧を纏い剣を持った男が一人、佇んでいた。

男は、剣を抜いたまま表情を変えず僕の方へと近づいてくる。


「だ、だれ……ですか」


 ゴブリンに次ぐ脅威へ向けて警戒を強めながら女の子を庇うように前に立つ。僕だって元とはいえ男の端くれ。こんな小さい女の子に背を向けて逃げるわけにはいかない。それに、ここで女の子を放って逃げてもどうせ追いつかれる。それなら逃げて殺されるより、いっそ女の子を庇って死んだ方が格好がつくというものだ。


僕が目を瞑ってから、そこまで時間経っていないはず。そんな短時間であの数のゴブリンを倒すなんて、只者ではないに違いない。うぅ……どうせやられるなら、こんな長剣より棍棒の方がマシだったよ。男は僕を仕留めるために一歩、また一歩とこちらへ歩み寄る。


 剣を鞘に収め、屈んで僕の頭を撫でる男の顔は冷酷で――



 冷酷、で……?



「君、大丈夫かい?」


「え……あ、は、はい……」


 困惑する僕を見つめる男の姿は、木々の間から漏れる日の光が差し込むことで、警戒心を最大まで強めていた僕に、気がつくと神々しささえ感じさせていた。


「まったく、こんな小さい子を襲うなんて……その子、ひどく出血してるみたいだ。よし……そうだな。少し、彼女を支えてあげてくれるかな」


 頭の整理がつかない内に、言われた通り彼女を寝かせ、倒れないように後ろから支えた。


「ごめんね。すぐ終わるから」


 男は少女にそう語りかけ傷口に手を当てると、何かを呟き始めた。

しばらくすると、彼の手から少女の傷口へと、やさしい緑色の光が流れ出てきた。やがて緑色の光は少女を包み込み、後頭部の傷を早送りのビデオのようにみるみる塞いでいく。


「す、すごい……」


 ついポロっと今思っていたことが口から出てしまう。やはりこの世界は僕のいた世界では無いということを再認識させられる。


「そ、そんな事ないよ! こんな応急処置程度なら、誰でも練習すればできる」


 彼は少し驚いたような顔をすると、あははと笑いながら謙遜している。それでも、何もできない僕にとっては十分すごい。


「とりあえず、この森を抜けてから話そうか。ここは小さな子がいるべきじゃない。どこでもいいから、僕に掴まって」


 彼は話を変え、背に少女を背負うと僕にそう指示した。まだ彼を信用していいものかわからないが、結局ここにいるだけじゃ何にもならない。一時的かもしれないが、ゴブリン達から助けてくれたのは事実だし、ここは言われた通り彼の体にしがみついておこう。


 僕が捕まったことを確認した彼がまた何か呟くと、僕の目線が急激な速度で高くなった。彼の手ほどきで巨大化する技でも使えるようになったのか……? 確か日本には巨大化するヒーローが悪と戦うテレビ番組があったような。

しかし、巨大化したわけではないようだと言うことはすぐに理解できた。

今、僕の体はふわふわと宙に浮いているのだ。


「ここから森の出口へは十秒ぐらいか……怖いかもしれないけど、ちょっとだから我慢してね」


 あ、ありえない。人が空を飛ぶなんてそんなの、今まで生きてきた中で聞いたことがない。人が飛べるとしたら、それは飛行機の中にいる場合に限る。もしかして彼は鎧にエンジンでも積んでいるのだろうか。

普通なら、飛んでいる彼に強くしがみついていないと重力に引っ張られて落っこちてしまうはずだが、軽くしがみついているだけでも、僕の体はこの星にある重力を忘れさせるくらいに軽く、落っこちる気配はまるでない。彼に触れることで、彼の力を共有しているのだろうか。




 そして、ふわりふわりと浮きながら不思議な時間を楽しんでいると、僕達はあっという間に森の出口に着いていた。


「はへ」


 あれだけ長かった森の中をこんな短い時間で抜けてしまった。気が抜けて間抜けな声が自然と漏れる。


「僕はちょっと用事があって、この辺りまで来てたんだ。最近、ちょっと魔物たちの様子がおかしいらしくてね。そこで、ゴブリン達がえらく興奮しながら何かを追いかけていったのを見かけたから、何事かと思って後ろから後をつけると、君とその女の子が襲われてたんだ」


 父さんも似たような事を言っていた。近頃、魔物が知恵をつけてきている。これまでとは何かが違ってきている、と。


「あ、あなたは……?」


 彼は肩まで伸びた銀色の髪に、すぐ汚れそうな真っ白の鎧を身につけている。蒼い瞳の下には、小さなホクロがある。泣きボクロ……だったかな。そんな感じのやつだ。目の下にあるから泣いているように見えるということだろうか。日本人と父さんのネーミングセンスは未だによくわからない。


「僕はここからずーっと西にある国、オーヴェ王国の王立騎士団に所属するしがない騎士だよ。国の権威ある学者さん達に頼まれて、わざわざ遠くからここの森まで生態調査団として生き物を調べに来てたんだ」


 オーヴェ王国、か。

また知らない国が出てきたな。やっぱりもう少し社会について勉強した方がいいな。


「ところで君は……」


「あ、エ、エールっていいます! エール・ハレヴィですっ」


 かっこいい。不思議なことに、そんな感情を抱いた僕は、いつの間にか彼への警戒を無くしていた。嘘をついているようにも見えないし、どう考えても彼を敵とは思えない。


「ふふっ、丁寧な自己紹介ありがとう。それじゃエールちゃん、ここから家までの帰り道って……わかるかな?」


「た、たぶんだいじょうぶです!」


 家から森までの間にあった特徴的なものは全て記憶している。目に入るもの全てが新鮮で目新しいものばかりだったからだ。それを順に辿れば、おそらく家に着くことが出来るだろう。


「出来ることなら家まで送ってあげたいんだけど……ごめんね。これ以上無断で行動するのは立場上流石にまずいんだ。幸いここから先は道も整備されている。それに開けた場所だから魔物も出てこないだろうし、道さえ分かっていればもう襲われることはないはず」


 森を抜けると、家へと続く道に出る。この辺りに魔物が出てくるとは父さんにも聞いてないし、この人もこう言っているから大丈夫なんだろう。


「それじゃ、そろそろ行かなきゃ。安全な道でも、気をつけて帰るんだよ」


 彼はそう言うと僕を地上に残し、再びふわりと宙に浮き僕の目の前から去ろうとした。

最初は疑っていたけど、今となっては彼には感謝しかない。この人がいなければ今頃あいつらに売り飛ばされていたかもしれない。もっと言えば、殺されていたかもしれない。


「あ、あの!」


 だが、別れる前に最後に聞きたいことが一つある。この場を逃せば、二度と聞けないような……一生後悔するような、そんな気がした。


「どうやって、そんなにつよくなったんですか? ぼく、なきむしでよわいから……つよくなりたいんです」


 僕は弱い。肉体的にも、精神的にも脆すぎる。

だからこそ、強くなりたい。病弱だった前世の僕の無念を晴らす為にも。父さんにも、この人にも頼らなくていいくらい……その二人を超えるくらいに。


「ぼ、僕なんてそんな大げさなものじゃないよ。でも、強いて言うなら……騎士になったから、かな」


 褒められて照れ臭そうな彼は、もう一度地面に足をつき、僕にこう言った。


「君には勇気がある。僕が君に近づいた時、震えていた君はそれでも女の子を守ろうとしたよね。そんなこと、僕が君くらいの歳の頃は絶対に出来なかったよ。だから……君なら僕なんかよりも、もっともっと強くなれるよ」


 子供相手だから、軽い気持ちでそう言ったのかもしれないが、僕にとってはその言葉が、とても心に響いた。


「あの……おにいさん。さいごにひとつだけきいてもいいですか」


「うん。何でも聞いてくれていいよ」


 質問の前に、一度大きく深呼吸をする。

今日は、青葉家の一人息子青葉歩としてではなく、ハレヴィ家の一人娘エール・ハレヴィとして、初めて夢を持った一日。

僕の人生の中で、一度目の節目を迎えるのだ。




「――ぼくも、きしになれますか?」

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