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04 異なる世界

 化け物。


 茂みの奥から出てきた虫は、そう呼ぶにふさわしいようなおぞましい見た目をしていた。

巨大なそいつは、その赤い体の横から紫色の棘を生やし危険なオーラをプンプン匂わせている。さらに人を丸呑みできそうな程大きな口には、無数の小さな牙がある。


 こんな巨大な虫が現実に存在しているものなのか。写真で見た日本の虫は、もっと小さくて指に乗る程度だったのに。

まあ、1つ言えることは……とても気持ち悪い。

この体に生まれ変わってから、とりあえず何にでも手を伸ばしてきたが、ここまで興味も沸かず、触りたいとも思わなかった物は初めてだ。こんな大きな体をしているくせに、尺取り虫のようにせわしなく体を動かして移動しているということが、たまらなく気持ち悪い。

こんなに大きいのだから、もう少し移動方法を考えてほしい。


「あいつはバーナワーム。生息数こそ少ないが、森にすんでいる癖に敵と相対すると、あのデカい口から火を吐く厄介な魔物だ。あいつらのせいで森の火事が絶えないから……ってお前には難しいよな。うーん、説明下手だな俺」


 ひ、火を吐くの? それに魔物って……


「まものってなに?」


「んー……何て説明したらいいかな。まあ簡単に言えば、悪いやつらだ」


 それは一目見ればわかる。この毒々しい巨体を見て、誰も無害とは思わないだろう。魔物……聞いたことがないな。


 しかし、木がたくさんあるところに住んでいるくせに火を吐くとは……なんて迷惑な生き物だろうか。


「とにかく、絶対に出てくるんじゃないぞ。あいつは人でもお構いなしにこんがり焼いて養分にしちまうからな」


 父さんはさりげなく恐ろしい事を言うと、右手に持っていた剣を構え、腰を深く落とした。僕も迷惑をかけないよう荷台の下で小さく縮こまる。


 その魔物と対峙する父、オルガはいつものおちゃらけた姿ではなく、僕でも体が震えるほど凄まじい殺気を放っていた。そして、グッと剣を握る力を強めたと思えば、次の瞬間、すでに父さんは数メートル先の化け物の目の前まで迫っていた。

……まったく見えなかった。瞬きをせずじっと見つめていた筈なのに。


「秘技――――三枚下ろし斬りっ!」


 微妙なネーミングセンスと共に父さんが繰り出した斬撃は、一瞬のうちに化け物を切り裂いた。

そして、バーナ・ワームと呼ばれたそれは、緑色の……血なのか、何なのかよくわからない液体を噴き出しながら3枚のスライスと化した。


「……ふぅ。エール、もう出てきていいぞ」


 そういって微笑む父さんだが、その後ろには緑色の血だまりと、気味の悪い白色をした肉のスライスが三枚あった。

唖然としていた僕だったが、周りの光景を見て、状況を理解するのに時間はかからなかった。父さんが化け物を倒したのだ。何となく剣を扱えるんだろうな、とは思っていたがここまでとは思わなかった。


「……うぷっ」


 魔物を切り捨てた父さんに素直に感心していたのだが、直後、初めて目にした凄惨な光景を前に、グロテスクな物に対する耐性のまったくなかった僕は吐いてしまった。慣れない事をしすぎたのか……すごい目眩が僕を襲う。


僕は初めての体験からの疲労か、気を失しなってしまった。


「エール! しまった、外に出るのも初めての子に見せるべきじゃなかったか……?」







 ――目が覚めると、僕はまたもや見知らぬ天井の下にいた。まるで生まれ変わったあの時のようだ。

しかし周りを見渡すと、あの時目覚めた我が家の風景とはまるで違う事に気がついた。

石造りの壁には白い蝋燭が掛けられており、ゆらゆらと揺れながら辺りを照らしている。

部屋の端まで余すとこなく敷かれた赤じゅうたんの上には、我が家で扱うような安物の木ではなく、高そうな彫刻の入った濃茶色の大きな机と、金色の装飾が施された立派な黒椅子が1つ佇たたずんでいる。見たこともない高そうな家具ばかりだ。


「……ゆうかい!」


 浅すぎる知識の中からなんとか絞り出した結果この結論にたどり着いた。きっと、どこかの誰かが僕を人質にして……み、だい金だったかな? そんな感じのお金を両親に払わせる気なんだ。


 そんなことを考えアタフタしていると、部屋の外から誰か階段を上ってくる音が聞こえてきて、やがて部屋の扉がノックされた。


「ど、どうしよう……!」


 僕は咄嗟に机の下に身を隠した。


「エール」


 扉の向こうからは、僕を呼ぶ野太く低い声が聞こえる。その声の主は、僕が返事を返すと申し訳なさそうな顔をして部屋に入ってきた。

声の主は父さんだった。誘拐されたわけではないと安堵し、見慣れた姿に駆け寄り抱きついた。


「ううん。べつになんでもない」


「そ、そうか……さっきはごめんな」


「ううん。かっこよかったよ」


 僕はそう言いながら笑った。

普段は髭面で山賊のようだが……三枚下ろし斬りだっけ? ネーミングセンスは置いとくとして、さっきの技を決めた時の父さんは最高にかっこよかった。

他人から褒められたことがあまり無いのか、「うっ」と言ったかと思うと父さんは頭をかきながら顔を伏せた。きっと照れているのだろう。


「と、とりあえず、下にいかないか?」


 父さんは照れを誤魔化すかのように話を変え、目を逸らした。見た目に似合わず照れ屋なのかもしれない。それにしても、一体ここはどこなんだろう。さっきの魔物? といい、父さんの剣技といい、わからないことだらけだ。


「……ここ、どこ?」


「ここはシグルス城。ここの森を出た時に見えた大きい城だ……なんてな。気絶してから見てないよな」


 どうやらここは城の中らしい。どうりで、ウチとは色々と違うわけだ。


「ぼく、ぱすぽーとないよ?」


「ははっ、なんだそりゃ。まだ寝ぼけてるのか?」


 国境を跨ぐ時はパスポートがいるって聞いたことがある。まさか、父さん――



――不法入国者?



だからあんな森を通ってきたのか。


「ううん、なんでもない。とうさん、いこう」


 僕は疑問を解消する為にも、父さんに言われた通りとりあえず下に下りることにした。


 石でつくられた螺旋階段を下り、下へ行くと大広間らしき場所へ出てきた。

部屋の隅には、銀の鎧をつけた男の人が数人待機している。さりげなくこちらを監視しているようだ。

部屋の奥に豪華な椅子が一つあるだけで、それ以外に特に目立つものは無い。この椅子だけのためにこの部屋があるのだとしたら、ここまでの広さは必要無いんじゃないかと思う。


「エド、待たせたな」


 父さんがエドと呼んだ人物はその奥の……玉座のような椅子にどっしりと座っていた。


 髪色は茶色く、シワも少ない。玉座に座れるような年齢では無いように見えるが……王様にも見えないし。

顔のパーツがどれもハッキリとしていて、端正な顔立ちをしている。日本ではあまり見られない顔立ちだが、こういうのをイケメンと言ったはず。


「おっ、君がオルガのとこの子か。エール……君、だったっけ? 俺はエドワード・シグルス。よろしくね」


 彼は僕を見つけるや否や、首を傾げながら笑顔でそう言った。


「あ、えっと……ぼ、ぼくは――」


 まさか早速自己紹介されると思っていなかった僕は、こちらも慌てて自己紹介しようとしたが、僕の自己紹介の声は父さんの声にかき消された。


「エールちゃん、だ。ぶっ殺すぞ茶髪」


 父さんも笑顔のまま怖いことを言う。冗談なんだろうが、さっきの魔物との戦いを見ているせいか笑えない。


「えっ、女の子なの⁉︎」


 今の僕は髪を短く切り揃え、スカートも履いていない。慣れないというか……髪が長いのも、スカートもあまり好きじゃない。

前髪が目にかかると鬱陶しいし、スカートも風が入ってきて気持ち悪い。確かに女の子らしい格好、とは言えないだろう。


 いや、別にいいんだけどね。性別なんて気にもしてないし。でも、ここまで変な顔で驚かれると何だか無性にイライラする。


「いやーごめんごめん。エールちゃんね」


 なんか軽い人だなぁ。僕、こういうタイプ苦手かも。


「エール、こう見えてもこいつはここ、シグルス王国の王様なんだぞ」


「おうさま⁉︎」


 父さんは、目の前で威張る軽そうな男性、エドワードさんが一国の王だと言うのだ。イマイチ信じられないが、あんなとこに座っていても部屋の端にいる兵士の人達が捕らえていないということは、本物なのだろうか。


「とうさんとはしりあいなんですか?」


 どうしてそんな偉い人と父さんが親しく喋っているのか気になる。僕の父親は腕の立つ鍛冶屋だが、決してそこまで偉い立場にはいない。


「ああ。俺の親父が生きてた頃、よく城を抜け出してエールちゃんのお父さんと遊んでたんだ」


 前代の王は、若くして病気で亡くなってしまったらしい。エドワードさんはその後すぐに王の座を継いだから、こんなに若いということだ。

病気で人が死んでしまったという話はあまり聞きたくない。せっかく忘れようとしているのに、また思い出してしまう。


「その時の俺はこいつが一国の王子だなんて知らなかったからな。今思えば」


 昔を懐かしむように、しみじみとそう言う父さん。


 さっきから当たり前のように話しているが、そもそも僕には1つわからないことがある。


「しぐるすおうこくって……どこ?」


 まずはそこからだ。僕は知らなかったが、名前的にヨーロッパの方だろうか。


「えっ。エールちゃん、ここの国知らないんだ。ふむ…………オルガ?」


 エドワードさんは僕の発言に苦笑いして、父さんの方を向いた。ふむ……エドワードさんの反応も見る限り、この国を知っているというのは、この辺りでは一般常識なのか。日本に住んでいて東京を知っているのは当たり前、みたいな。


「え、えっと……だな。教えるのを忘れてたわけじゃないぞ? そ、そう。明日教えようとしてたんだ!」


 あからさまに目を泳がせ、必死で何かを言い訳する父さん。苦しい。その言い訳は苦しいよ父さん。

そして何故だろうか、さっきまで輝いていたはずの父さんが、小さく見える。


「あれほど5歳になる前に外の世界の事を子供に教えておけと……」


 なるほど。普通は外に出すのは、外の事をよく教えてからなのか。誘拐とか殺人が平気で怒るような治安なら、それも当然かもしれないな。


「……すいませんでした」


 父さんはすっかり落ち込んでしまった。父さんが勉強が苦手なのは見ていてわかるが、それでも近隣の国々の事くらい教えといてほしかった。


「小さい子に物事を教えるのは苦手なんだ……どうしても、難しいように説明してしまう」


 そんなオルガを見て、ため息をついたエドワードさんは、ずっと部屋の隅で隣で待機していた使用人を呼びつけた。


「世界地図ある? ちょっと持ってきてくれ」


 エドワードさんがそう言うと、「承知しました」と、手を胸に当て一礼した使用人は目にも留まらぬ速さで世界地図を用意してきた。

王族ってすごい。


「エールちゃん、わかるかな。ここの大陸の真ん中らへんに赤い点あるでしょ?」


 エドワードさんは、使用人の持ってきた地図をバッと開いた。年季が入っているのか、少し掠れて読みにくくなっている。


 ――その地図を見て、僕は頭が真っ白になった。


 赤い点を見つけられなかったからではない。むしろ、赤い点はすぐに見つけられた……この国の場所もすぐにわかった。

地図の中で一番大きな大陸のど真ん中にある大きな赤い点だ。

周りに引いてある国境線を見れば、この国の規模もすぐにわかる。その大きな大陸のうちの3割ほどはこの国の領域だ。


 ただ……それは、僕が見たこともない世界地図なのだ。

病室の小さな机の淵には、前母さんが買ってくれた小さな世界地図がセロハンテープでぶら下げてあった。

少なくともその地図には、こんな大陸存在してなかった。

これが外国の地図だとしても、右端に僕のよく知る島国"日本"があるはずなんだ。ただ……この地図にはそれすら無い。


「あ、あの……ここのせかいって、ちきゅうですよね?」


「……ははっ、エールちゃん冗談だよね? ……な、オルガ」


「しょ、将来は旅芸人かもな! はは、ははは……」


 ずっとおかしいと思ってたんだ……気味の悪い虫はいるし、剣を持ってても何も咎められないし。そして、やっといまそれが確信に変わった。




 ここは……この世界は、僕の知っている世界じゃない。

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